3章 フランスへ
「大型ライブ!?」
それから数日後、【cle】の練習スタジオから綾乃の素っ頓狂な声が聞こえた。
その頃はすでに大学も夏休みを迎えており、8月22日からのフランス旅行のための準備で忙しくしていた。
パスポートの更新や、宿題のレポート等やらなくてはならないことがたくさんあり、大変であった。
また同時にバンドの練習もしなくてはならない日々。
そんな中の出来事である。
「そう、ライブの話だよ。しかも『Q』のように小さなライブハウスじゃなくて、でかいトコでのコンサートだ。俺らにも六本木以外でライブする日が来たんだよ。」
そう目を輝かせて語るのは【cle】のリーダーでありドラム担当のシンジだ。
「そ、それにしてもあまりにも急すぎるわよ。9月1日なんてあと1ヶ月もないじゃない。どうしてそんなにいきなり・・・」
綾乃が戸惑うのもおかしくはない。
もう既に8月に入っている。
『Q』では月に2回程度のライブは行っている【cle】であるが、今回のライブはあの『東京ドーム』で開催される。
それはもちろん、【cle】だけのライブではない。
東京で活動しているインディーズバンドが何組か集まって行われるライブだ。
しかし各地区から1,2組程度しか出ることのできないライブだ。
もちろん出ることのできない地区もある。
デビューの近いdiableこそ何回かこの地のステージを踏んでいるが・・・
「実はさぁ、最初は銀座のライブハウスのバンドが出る予定だったんだけど、それが何かで駄目になったらしくて。それで俺らが出るってことになったらしい。六本木はdiableいるから、一組だけって話だったけど。メインはあっちだしさ。diableトリらしいぜぇ。」
シンジが成り行きを説明するが、やはり『Q』以外でライブをしたことのないメンバーは心配を隠せない。
「確かに心配だけど、これって俺らにとっての大チャンスじゃね?俺らの歌聴いたことないやつに聞かせるいい機会じゃん。俺らもデビューへの階段まっしぐらってことだよ!!練習なんてこれからやってけばいいんだよ。」
トオルが明るく励ますように言う。
「そう、トオルの言うとおりだよ。なんだかんだ言ったって、俺らも『Q』で終わりにするつもりはないだろ?それならチャンスと思ってやってけばいいんだよ。ドームでって言っても結局は会場がデカクなるだけで、俺らのやることは変わらないわけだし。な。やろうぜぇ!!」
シンジもやはりリーダーらしく、励ますように言う。
その言葉で綾乃もベース担当リュウも安心したような顔をする。
「そうだな!!トオルとシンジが言うとおり。俺らが毎回やってる『Q』だって満員になると100人は入るじゃん。その何十倍のトコだって言っても俺らがやることはひとつだ!!!!」
リュウがそういうと、綾乃も安心したように頷いた。
「でも、またショウと一緒だな・・・」
トオルがつぶやくと、またみんな沈黙してしました。
それからの綾乃はまた忙しい日々を送った。
「アヤノは22日から29日までいねぇんだから、それまでちゃんと練習だぞ。」
シンジが言うことにはやはり逆らえず、毎日早朝から夜中まで練習が続いた。
その間に新曲を10曲以上マスターした。
そのなかにはアヤノが初めて作詞をした歌もあった。
そして22日、綾乃たちはフランスへと旅立った。
「やっぱ最高!!エッフェル塔がステキィ!!」
恭子はパリに到着した途端、周りの目を気にせずにも叫んでいた。
敦子は早速ブランド店へと急いでいる。
美紀は写真を撮り続けていた。
「ほんと、すごい・・・。なんか日本とは違う感じ。」
フランスが始めての綾乃は周りの風景にただ呆然としていた。フランスといえば、街の中心ををセーヌ川が流れており、エッフェル塔、凱旋門等が有名である。
他にも中世ヨーロッパ調の建物が立ち並び、教会も昔の趣を残している。
「ステキィ!!こんなトコに恭子住みたいわぁ。絶対に恭子と超カッコいい王子様とぉ・・・」
恭子は目を輝かせ、妄想していた。
「あはは・・・恭子ぉ・・・。」
さすがの万里も周りの日本人観光客の目を気にして苦笑いしていた。
その夜のホテルではみんな一部屋に集まり、酒やワインを飲み、盛り上がっていた。
敦子はまだ一日目だというのに、ブランド品を手一杯買ってきたようだ。
その上、「明日もまだまだ買うわよぉ。」と言いながら目が輝いている。
「明日までパリで明後日からはブルターニュ地方に宿泊よ。
そこって、結構田舎なんだけど、凄いステキなの。フランスの田舎って都会のパリとは違う趣があるのよ。ワインのためのぶどうだっていっぱい取れるし。そこに行きましょうね。」
敦子はお酒のためか明るく軽快に話した。
「フランスの田舎ってステキなところが多いって聞くし、ワインもおいしいらしいし、ぜひ行きたいわ。」
美紀も明るく話す。ちなみに、ホテルの部屋割りは敦子と綾乃、恭子と美紀と万里となっている。
1日目の夜はみんな酔っていたせいか、何事も起こらずに過ぎていった。
24日になり、綾乃たちはフランスの田舎、ブルターニュ地方へと向かった。そこには敦子の知り合いの広大なブドウ畑があるという。
「さ、さすがに田舎ってかんじ。こんなおんぼろしかないなんて・・・」
綾乃たちが乗っている車は車といって正しいのか、トラックといったほうがいいのか、今すぐにでもエンストを起こしてしまいそうなものであった。
「すいません、せっかく敦子さんとお友達がいらっしゃるのにこんなものしか用意できなくて・・・」
ジョンが片言の日本語で丁寧に謝ってきた。
ジョンは綾乃たちと同い年で、農場に雇われている青年である。
近くのバス停まで迎えに来てくれたとはいえ、お嬢様暮らしをしてきた彼女たちにおんぼろ車は辛いものがあった。
「あ、いえ大丈夫ですよ。はは・・・」
美紀が気を使って言ってはみるが、長い道のりにはきつく、乗り物酔いをしてしまったのか顔は真っ青であった。
一時間ほどかけ、やっと目的地に到着した。
そのころにはもうみなフラフラしていた。
「お疲れ様です。到着ですよ。」
ジョンが言う言葉に車を降り、周りの景色に目を向けると向こうには果てが見えないほどの広大な景色が広がっていた。
「わぁ、広いわぁ。これ全部ブドウ畑なわけ?」
恭子が目を輝かせて言う。
他の4人もその広大な景色に圧倒され、さっきまでの疲れなど吹き飛んだようであった。
「さ、さすがに敦子の知り合いってだけはあるわね・・・」
綾乃も呆然としてしまった。
敦子自身もここに来るのは始めてだったらしく、驚きを隠せないようだ。
「あぁ、いらっしゃいませ。お疲れのところよくいらっしゃいました。さぁ、どうぞ、中へ。」
農場の主人ゴードラ氏は流暢な日本語で話してくる。
ゴードラ氏の屋敷は相当大きいが、ブドウ栽培に適している夏から秋にかけてのみ、この地方に住むのだという。
「ここまでくるのは大変だったでしょう?お疲れ様です。でも、ここら辺の景色はとてもすばらしいのできっと気に入っていただけると思いますよ。」
ゴードラ氏はにこやかに言った。
その夜、綾乃たちはゴードラ氏の屋敷に2部屋を借りて泊まることとなった。
その日の部屋割りも、綾乃と敦子の2人部屋であった。
「ね、綾乃。アンタ六本木でバンド組んでる?」
突然敦子が言い放った。それはシャワーを浴び、明日も早いのでベッドに入ろうとしているところであった。
「な、ど、どうして?」
綾乃は敦子にバンドを組んでいるということを話してはいない。
どうして知っているのかと戸惑ってしまった。
「やっぱりマジなんだ・・・。
私は音楽にあんま興味ないんだけど、美紀が『Q』って言うライブハウスにショウっていう男がいるって話してて。ショウって聞いて、もしやあのときの男じゃないかって思って。一度だけお忍びで行ってみたのよ。
そしたらショウじゃなくて、【cle】のライブの最中で。最初はもちろんまさか綾乃が歌ってるなんて思わないからぜんぜん気にしてなかったんだけど、途中『ami』っていう歌流れてきて、その詩にすごい感動しちゃって。それで、そのボーカル見てみたら綾乃なんだもん。化粧違ったけど、すぐわかったわよ。
私の知っているいつもの綾乃と全然違って少し驚いたけど、いいんじゃん。あーゆーのもさ。ただ教えてくれなかったのが悲しいけど・・・」
少し悲しげに敦子は言った。
いつも、綾乃に対しつめたい態度をとる敦子はそこにはいなかった。
「あ、敦子?」
綾乃もそのような敦子の態度に驚いてしまった。
「だって、昔から私を頼ってたわけじゃない。綾乃の両親ってほらあれだから。なんだかんだ言ってもうちに逃げてきてたじゃない。それがいきなり六本木に行くようになって。それで、ショウって男に付きまとわれるようになって。なんか綾乃が変わってきたことが寂しくなっちゃったのよ。」
「と、突然どうしたの?よ、酔ってるんじゃない?敦子。」
いつも見たことない態度の弱弱しい態度の敦子に綾乃は戸惑った。
「そうかもしれないわね。じゃあ、おやすみ」
綾乃の言葉に敦子は短く言い切り、電気を消して寝てしまった。
(突然どうしたんだろ。敦子。バンドしてることがバレたら怒られるとは思ってたけど、まさかこんな風に言ってくるなんて思わなかった・・・)
綾乃は敦子のいつもとは違う態度に戸惑い、夜中考えてしまった。
翌朝になると敦子は昨日のことなど無かったかのようにいつもの態度に戻ってしまったのだ。ブルターニュ地方では、ブドウ栽培の見学や海で泳いだ。
また夜にはワインを飲んだり等と毎日が充実していた。
東京にいる時とは全く違い、ゆったりとした時間がそこには流れていた。
そしていつの間にかブルターニュ地方に滞在する4日間は過ぎていた。
最後にはゴードラ氏や奥様、ジョンと親しくなっていた。
お土産としてもたくさんのワインを頂いた。
別れのときも皆涙ながらにお別れということになったのだ。
日本への帰国一日前にはパリへと戻った。
その最後の夜には、皆でパリのお洒落なレストランで飲み会をした。
「ねぇ、綾乃ってバンド組んでるのよぉ。しかもボーカル。意外じゃない?」
突然敦子が言った。それは、フランス旅行の思い出話で盛り上がっていたところであった。
綾乃もこんなところで突然言われると思ってはいなかったので、とても驚いた様子だった。「はぁ、マジ??綾乃が?なんかの間違いじゃないの?」
口々に間違いだと繰り返す。
「いや、マジだって。ねぇ、綾乃。」
そう言って敦子は綾乃に問いただす。
「あ、うん。実は。」
もう隠し切れなくて綾乃も苦笑いをしながら答えた。
「っ、今度東京ドームでライブするの。も、もちろん私たちだけじゃなくて、東京のインディーズバンドがいくつも集まるバンドなんだけど。もしよかったら、見に来る?」
「マジ!?それってすごくない?東京ドームなんて・・・
そういえば、diableのショウって知ってる?超かっこいいんでしょ?」
綾乃が言うと、美紀が目を輝かせて聞いた。
「あぁ、diableのライブもあるよ。来てみてよ。チケットならあげるし。」
『ショウ』という言葉に万里の顔が曇ったのを誰も気づいていなかった。




