2章 秘密
夜、11時。田舎だと街に明かりはなくなる時間だが、六本木は夜こそ活気がある。
六本木でも今一番活気があるライブハウス『Q』では今日も何組かのライブが行われていた。
今日は人気バンドが演奏するということで観客の数も多く、ボルテージも最高潮を迎えている。
「アヤノ、今日は特に良かったよ。なんか、いいことでもあったの。」
人気バンド【cle】のギター担当トオルがボーカル担当アヤノに対し、にこやかに笑いかける。【cle】はヘビーメタルの曲調に、訴えかけるような歌詞と深く強いアヤノの歌声が人気を呼んでいる。六本木で活躍するバンドの中でも3本指に入るくらいの人気ぶりだ。
「ありがと、トオル。でも、実は反対だったり・・・。気分最悪よ。でも、だからこそ盛り上がらなきゃつまらないじゃない。」
アヤノは陽気に笑いながら言う。
そうアヤノこそあの早瀬綾乃なのだ。実は綾乃の家は両親の関係が完全に冷え切っており、毎日喧嘩が耐えない。
そんな家にいるのが嫌で綾乃はよく家を飛び出し、六本木に遊びに来ていた。
そこで歌の上手い綾乃はバンドメンバーに誘われ、今に至っている。
しかし、この裏の顔のアヤノのことは敦子はじめ大学の友人たちは全く知るところではなかった。
「はは、そうだったんだ・・・」
申し訳なさそうにトオルが言うと、そこにトオルの彼女である桃子が入ってきた。
「あら、アヤノも一緒だったんだ。ごめんなさいねぇ、仲いいところに。」
桃子が嫌味たっぷりでアヤノに言い放つ。
「あぁ、桃子来てたんだ。楽しめたか?」
桃子の嫌味な様子に気がついていないのか、トオルはにこやかに桃子に話しかけた。
桃子が話そうとした瞬間、ホールの方から『ギャー!!』という大絶叫が聞こえてきた。
「な、何があったんだ。」
心配そうにトオルが言うと、平然と桃子が
「あぁ、もうこの時間だしdiableが出てるんじゃないの?もうデビューも近いらしいし、噂聞いた子達が集まってきて今話題騒然なのよ。ねぇ、アヤノ。」
とまたアヤノに対し嫌味に言い放つ。
「あぁ、diableか。あのショウがいるグループの・・・」
ショウはdiableのボーカル担当だ。
実はショウとアヤノは数年前まで付き合っていた。
しかしショウは女遊びが激しく、そんなショウに嫌気が差しアヤノは別れを切り出した。
その途端、ショウはアヤノや【cle】に対し小さな嫌がらせを始めた。
嫌がらせが収まったと思ったら次はアヤノに対しストーカーのようなことをしたりと一時期大変だった。
しかし、今ショウはとても人気があり、もうそんなことも過去のこととなっている。
そんな状況を共にしたトオルや桃子は今でもショウを恨んでいる。
「何であんなのが売れるんだ?どうせあいつの顔だけで売ってるグループだろうけど。」
トオルは嫌味を込めて愚痴を言う。
「ま、あの時の責任はすべてアヤノよねぇ。アヤノがショウとあんな別れ方しなければ私たちが迷惑することもなかったわけだしねぇ。」
桃子が言い放つ。
だから、桃子は今もアヤノを恨んでいるのだ。
同時にトオルとアヤノが仲がいいことを気にしているのであろう。
実際、トオルは桃子と付き合ってはいるが、アヤノのことが好きである。
ホールから聞こえていた演奏はとまり、また『ギャー!!』という大きな声がした。同時に「ありがとうございましたぁ!!」という声がした。
「げっ。あいつら終わったじゃん。俺、あいつには会いたくないしもう帰るぜ。行こう、桃子。アヤノも帰ろう。」
トオルはショウたちの演奏が終わったのを見かねて急いで帰る支度を始めた。
「はっ、アヤノも一緒にぃ?それ絶対嫌だぁ!!」
桃子はトオルの最後の言葉に反応した。
それをなだめていると、diableのメンバーが控え室のドアを開けた。
つまりアヤノたちと対面することになったのだ。
会うのは人気が出るようになってからは初めてであり、約1年ぶりになる。
「あっ、綾乃。トオルも。今日【cle】も一緒だったのか・・・」
ショウは3人を見るとそうつぶやいた。そして、綾乃に近づき、
「久しぶりだなぁ、綾乃。元気だったか?新しい男とかできてないだろうなぁ。」
とにやりと笑いながら話しかけた。
綾乃は辛い時期を思い出し泣きそうになってしまった。
それを見かねたトオルはアヤノの手を引き控え室を出ていった。そんな2人を追いかけるように桃子も出て行った。
「まだ、アヤノを追いかけてるんすか?麗華さんのほうがずっとキレイじゃないっすか。」
「またトオルか・・・それにしても綾乃、相変わらず可愛いな。でも俺を振るなんてやっぱり憎い!!」
diableのドラム担当ユウジがその様子を見て言うが、そんなユウジを無視してショウは言い放ち、持っていた紙をビリビリにやぶいた。
翌朝、昨日のこともあり、綾乃の気分は最悪であった。
授業は1限よりあったが綾乃は昼から授業に出た。
途中駅で、友人の1人長谷川万里に会った。
万里は綾乃以上に大人しい。
家庭状況も綾乃に似た感じであり、ずっと祖母に育てられてきた。
今は1人で住んでいるという。
「お早う、綾乃。昨日はごめんね。」
万里は昨日のことを謝ってきた。
もちろん万里が言ったわけではないが、同調して笑っていたのは事実だ。
万里は昨日一日中悩んでいたという。
しかし、綾乃は別にそんなことなど恨んではいなかった。
ましてや、もうすっかり忘れかけていたのだ。
「あぁ、別に気にしてないわよ。良くあることだし。それに万里は何も言っていないじゃない。」
綾乃はにこやかに万里に言った。
万里もそうなのかな?と大して気にすることなく、すぐに別の話へと話題は移っていた。
綾乃と万里がいない教室では今日も敦子を中心に話が盛り上がっていた。
「綾乃の予定なんてあてにならないから私が立ててみたわ。フランス旅行は8月22日成田発で29日着。どばっと一週間。どう、楽しそうでしょ?」
と敦子が言い切る。
「でも、もう一ヶ月しかないじゃない。いくら敦子でも航空券とかホテルとか取れるの?ちょうどいい時期だし、さすがに厳しくない?」
恭子がいつになく厳しく言う。
確かに正論だが、敦子の父親は膨大な会社の会長であり、相当コネが利く。
「私を誰だか忘れているようねぇ、恭子。私なら可能よ。パパに聞いたら取っててくれるって。そっち側に顔の利く知り合いがいるか安心しろって言ってたわ。」
と、得意げに敦子が言う。
「そうよ、恭子。敦子なら確実にいいところ取ってくれそう・・・。っていうか、まさかそれ分かっててフランス行きたいって言い出したの?」
美紀が怪しげな目で敦子に問う。
「まぁ、フランスなら結構自由利くし。でも、それだけじゃないわ。Diorだってvuittonだって本物じゃない。そんなブランド王国行きたいじゃない。」
ふふ。と笑いながら敦子が答える。
やっぱりか・・・とでも言いたげに美紀と恭子は顔を見合わせた。
「そういえば、六本木の『Q』ってライブハウス知ってる?そこって、結構人気あるバンドがいくつか出演してるらしいのよ。特にdiableってバンドが人気なんだって。彼氏の大学では結構話題らしいの。」
美紀が思い出したように話す。
「へぇ、そんなのあるんだぁ。でも六本木より銀座派だからねぇ、私は。音楽も興味ないし、知らないわ。六本木なら、綾乃ね。綾乃は六本木好きらしいし、よく行ってるみたいよ。」
敦子はつまらなそうに言う。
「へぇ、綾乃って六本木によく行くんだぁ。なんか意外。っていうか私はチケット取って貰いたかったのよ。人気あって、月1のライブ開催日だってチケットあまり取れないんだから。デビューも近いらしくて『Q』でライブするのもあと数回だけって言われてるのよ。次に人気あるのは【cle】らしいけど、やっぱりdiableのショウはカッコいいって有名なのよ。」
美紀は咳き込んだように力説した。
「ショウ?どっかで聞いたことあるような気がするけど・・・。それにしても、カッコいいって顔だけなの?音楽って普通歌でしょ?」
呆れたように敦子が言った。
反対に恭子はカッコいいという言葉に対し敏感に反応し、「行きたい」と目を輝かせている。
綾乃と万里が学校に到着したのは昼過ぎだった。
その頃にはもう敦子たちは「今日は渋谷に行くから」という言葉を残し、帰っていた。
そのメールを見て綾乃は息を吐いた。
万里は良かったねというように肩をたたき、
「敦子ちゃんって綾乃に対して冷たいよね。私、あんまり大きな声で言えないけど、敦子ちゃんって苦手だな。」
と小さな声で言う。
「そんなことないよ。結構昔から敦子には助けてもらってるし。学校でも、家でもさ。私はその恩があるから、あんまり強く言えないけど。やっぱりその強さには感謝してるし・・・」
綾乃は苦笑いをしながら言った。
最近はさっぱり冷たくなってしまったようだが、以前は支えになっていたのだ。
また万里の方は美紀と幼馴染である。
大学に入り美紀が同じ学科でサークルも同じだった敦子や恭子と仲良くなったため自然と万里も仲間の一員となったのだ。
その日の午後、久しぶりに綾乃は早めに家へと戻った。
綾乃の両親は先にも述べたように非常に仲が悪い。
父親は銀行員で金銭的には困ることのない家庭ではあった。
しかし、大人しいが女性好きな父親は何人も愛人を作り、しまいには家に連れ込むということも行っていたのだ。
はじめのうちは気性の荒い母親も見てみぬふりをしていたようだが、最後には自分自身でも浮気を繰り返すようになった。
それでもたまに帰ってきた母親は父親に似て大人しい綾乃に冷たくあしらうようになったのだ。
また暴力も繰り返されていた。
そんな両親と共に暮らしていた一人っ子の綾乃は、成長するにつれあまり家に寄り付かずにいたのだ。
家に帰ると、母親・順子は1人でテレビを見ていた。
「ただいま。」
小さな声で綾乃は言ったが気がついていないのか順子は反応をしめさなかった。
綾乃はため息をつき、自分の部屋のある2階へと上っていった。
「よくあること・・・」そう綾乃は自分に言い聞かせていた。




