生存戦略 Part5
じゃあ、狩りを始めよう。
山に矢を番え、狙うは視線の先、雷鳥。その翼の根元。
鳥ってさ、弱点丸出しだよね。自身のレゾンテールたる『翼』を剥き出しにしてるなんて。そして、あんなにも巨大化させてさ、これはもう狙わなければ失礼ってモノだろう?
「『ペネトレイト』」
HIT!狙い違わず翼の根元に突き刺さった。
この攻撃に対し雷鳥は怪訝な様子を浮かべ、自身に『小石』をぶつけた不躾な者を探している。脅威とは認識していないみたいだ。
まあ、それもそうだろうね。僕が今使ったこの『矢』本体の攻撃力はすこぶる低い、何せ先生を倒しきるまでに二桁ほど攻撃をしなければならなかったほどなのだから。木の矢でも一発、運が悪くても二発で倒せるダメージを出すことができる。じゃあなぜこの矢を使ったのか、それはね……
「『ペネトレイト』」
二発目命中、場所は一発目の少し下あたり。いい位置だね。出来ればもう二発、欲張れば3発ほど撃ち込んでおきたいけれど……。難しそうかな?雷鳥がこちらに気づいたみたいだ。一応確認のため普段使いの鉄矢を撃ち込んで見る。あっさり躱された。それと同時に本格的に敵対行動として判断されたらしく、雷鳥は空へと飛び立ち、こちらを睥睨している。
……まあ、鳥だからね、空中と言うアドバンテージを持ち続けるっていうのは理解できるよ。でもなんかムカつく、安全圏に逃げ、隙があれば攻撃して、また逃げる。戦術として有効なのはその通りだし、自分に有利な展開で戦闘をするって言うのも理解できる。形は違えど僕も似たようなことはしてる訳だし……でも。
でも、その態度が気に入らない。安全圏からで踏ん反り返るその態度が気に入らない。
その表情が気に入らない、鳥の表情なんか分かるわけないけど優越に浸るようなその表情が気に入らない。
その視線が気に入らない、自身を圧倒的上位者として他者を見下すようなその視線が気に入らない。
確かに卑怯な手も汚い事も全部やるつもりだったけど、それは相手が格上だと、自身の全力を尽くすに相応しい存在だと認識しているからこその卑怯卑劣なんだ、なのに……。
「……気に食わないなぁ……!」
心の何処かで八つ当たりだと声がしたけど黙殺する。
腕装備に装填できる矢を変更する、これでショートカットから矢を装備するよりも早く矢を取り出すことが出来る。
はるか上空を旋回する雷鳥を見る。確かにあそこまで高く飛ばれたら魔法も避けられるだろうし、仮に当たったとしても距離による威力減衰で打ち落とすまでのダメージを稼ぐ事は出来ないだろう。弓矢なんて以ての外、矢って直上に撃ったとき、意外と高度が出ないんだよね。
そんなの関係ないけど。
「『八艘飛び』」
地を蹴り、空を蹴り、高度を上げる。
「やあ、稲穂の雷鳥クン」
地面を蹴って僅か4歩で同じ高度まで到達できた。
雷鳥は突如安全圏に、自分と同じ高みへ登ってきた僕に驚き、硬直している。
普通にチャンスじゃん?
「『巻き付き』『引き寄せ』」
雷鳥の首に鎖を巻き付け、僕自身を引き寄せる。
着鳥。
「さて、ぼーなすたーいむ」
例の矢を雷鳥の翼の根元に、先に撃った二発が刺さっている左の翼の根元に撃ち込む。さてさて、何発射けるかな?
「『鎧通し』『ペネトレイト』『アサルトショット』『アンコー……っ!」
4発目を撃とうとした時、漸く雷鳥が我に返り背中に乗る僕を振り落とそうと暴れる。
まあ、『暴れ』に巻き込まれると僕の方が死んじゃうので自分から飛び降りるんだけどね。
飛び降りた空から雷鳥を見ると怒りを込めた目で僕を見ている。そしてその大きな翼を広げ何かをしようとする。
「悪いけど、付き合うつもりはないんだ『爆破』」
僕の声と共に雷鳥の左翼が弾け飛ぶ。
……意外に威力があったなぁ、これなら最初の二発だけでも良かったかもしれない。
そう、僕がさっきからずっと撃ち込んでいたのは『封魔結晶矢《爆裂》』、『爆破』をキーワードとして設定してあり任意のタイミングで爆発させることが出来る便利な矢だ。
さて、片翼を捥がれた雷鳥だが、当然のように落下している。落ちる速度は僕よりも速い。
あ、もしかしてこの雷鳥、所謂ギミックモンスターって奴だったのかな。正面戦闘では鬼難易度だけど特定の条件を満たすと攻略が簡単になるって言うアレ。
まあ、ギミックモンスターで有ろうと無かろうとお米の食べたい僕に刈られる運命ではあったのだけれど。『稲穂の』だし。
墜落した雷鳥は、まだ生きていた。
片翼を奪われ、墜落した衝撃でHPの大半を失い、それでもまだ生きている。
そして今も自動回復と再生で体を癒し、翼を復元しようとしている。
「残念だけど、回復を待つつもりは無いよ。曼荼羅展開」
雷鳥を中心として8方向に曼荼羅を展開する。
「それじゃ、さよならだ」
『十華』毎秒80発の弾幕の嵐が吹き荒れる。
数分後、雷鳥は電子のカケラへと姿を変えた。
さて、
「それで、何の用ですか?」
曼荼羅を上空へと隠し、フェイルノートに矢をつがえながら振り返る。
しばらくして観念したのか、それとも別の算段をつけたのか森の中からプレイヤーが出てくる。
あー、装備になんか見覚えがあるなぁ……誰だったっけ?
「なに、君が倒したモンスターだけどね、先に僕たちが見つけて戦闘をしていたんだ。つまり君は僕たちの獲物を横取りしたんだよ」
あー、思い出した、さっきの雷鳥に手も足も出ずにすり潰されたプレイヤー達か。うんうん、覚えてたよ?言わないけど。
「そうなんですか?私が戦い始めた時には誰もいなかったので……」
「そうなんだよ、君が僕たちを見なかったのは少し『補給』に戻ってたからじゃないかな?それでどうするんだい?」
「どうする?とは?」
「決まってるだろ、君は僕たちの獲物を横取りした、それに君は弓使いだろ?そんな雑魚があの鳥を倒せるとは思えない、僕たちが体力を削ったモンスターにトドメを刺したに過ぎないんだ」
ふーん、手も足も出なかったくせに随分と話を盛るね。
「結論だけ言ってくれます?」
「はぁ、察しが悪いな、君があの鳥から手に入れたアイテムを全て譲れば今回の事は不問にしようって言ってるんだよ、ああ、いやそれだけじゃ足りないな。君の持つ全てのアイテムを差し出すんだ」
話なんて君達が現れた時から察しはついてるよ、返事ももちろん決まっている。
「で、早く渡せよ」
「お断りいたします」
上空に避難させておいた曼荼羅で爆撃を開始する、狙うは後方にいる回復職、ならびに遠距離魔法使い。
ちっ、落とせなかったか。
「な!何をする!僕たちは正当な請求をしているに過ぎないんだぞ!」
「……雷鳥に手も足も出ずに負けたくせに偉そーに」
「なぁっ!」
おっと本音が……。
「もういい!お前ら出てこい!」
僕の背後からも敵の仲間が出てくる。
なるほど、一度負けたから仲間を呼んで来たのね。これは……生還は無理かな?
「素直に渡さなかったことを後悔しろ!そうすれば許してやったのに!」
「うるさーい、人数に頼るしか能の無い無能めぇ♪」
「────っ!」
生還が望めないのなら盛大に煽って最後まで敵を消耗させ、物資を浪費させて死んでやろう。
どうせ死んでもアイテムのロストやドロップは起きないんだし。
「行っくぞー♪無能どもー!」
「死ねっ!」
あぁ、なんでプロレスでヒールが人気なのかわかった気がする。これは、とても楽しい!
視界が暗転する。
「あー、やられちゃった」
十数人を相手したにしては結構良かったんじゃ無いかな?
プレイヤー本体への攻撃はなるべく避けて、武器や防具を重点的に攻撃して耐久値を減少させたり、要所要所で本体に攻撃することで隙を作ったり、ポーション類をわざと使用させたり。これで確実に彼らは僕一人を倒すよりも損失の方が大きいだろう。
と言うか僕が8人落とした時点で確実に大赤字確定なんだけど。
それに、やられたのも彼ら本人の攻撃ではなく実質自滅技だったしね。モヤモヤとした後味の悪さを感じるがいい。
「さて、ポイントとアイテムはどうなってるかな?」
現保有ポイントは995P、1回めの死に戻りで100減少するって言ってたから死ぬ前は1095Pだった訳だね。やった、昨日の倍以上だよ。
それからあの鳥からのドロップアイテムは……っと。
これだね、『雷鳥の米俵』品質はA+か、ほぼ最高品質だね、やっぱりあの鳥強かったんだよ。
その他には『一合升』、『大土鍋』、『魔剣・稲穂狩り』があった。雷鳥本体のドロップアイテムは無いみたいだ。
そう言えば教授って留守番係だったよね。ちょうどいいや鑑定とかは本職にやって貰おう。その間に僕は晩御飯の準備に取り掛かろう。時間があるから今日は豪華にするぞー!
「……あ、ユウさんお帰りなさい。部屋から出て来たってことはやられちゃいました?」
「ええ、流石に十数人を相手にするのは厳しかったです」
「あはは、それは災難でしたね」
「ええ、私一人を倒すのに山のようにポーションを使い、8人も倒された上に装備もボロボロにされるなんて、相手方も不幸でしたね」
「……あはは、それはもう……ね」
うん、やっぱりアポロさんは常識人枠だ。とても癒されるね。
「そうだ、教授は何処に?」
「うーん、確か部屋でまとめ掲示板の書き込みしていたと思うよ」
常識人アポロさんにお礼を言い、教授のもとへ向かう。
ちなみにこのログハウス、リビングを中心に左側が男子部屋、右側が女子部屋となっている。万が一にも間違えてしまわないように、だそうだ。
男子部屋に着いた、ドアをノックする。
「教授ー、ちょっと見てほしい物が沢山あるんです。お願いできますか?」
言い終わるか終わらないかのうちに扉が勢いよく開いた。内開きの扉だったから良かったものの、外開きの扉だったら間違いなく僕は死んでいただろう。
……自分の脆さに情けなくなるね。
「おお!ユウくん!さ、入りたまえ、早速鑑定をしよう!」
「お邪魔します」
綺麗に整頓された女子部屋とは違い、男子部屋は布団がベッドから投げ出されたままだったり、昨夜遊んでいたのだろうトランプが出しっ放しだったりとぐちゃぐちゃだった。
「はは、汚くてすまないね。後で片付けるように言っておこう」
ぐちゃぐちゃの部屋の中で唯一整頓された空間、教授のベッドに座らせてもらう。
うん、こうしてみるとロリとショタが並んでいるようにしか見えないだろうね。実際は親子ほどの年の差があるし、そもそも両方とも男だし。
「さて、それでは出してくれるかい?」
教授に促されアイテムを出す。
既に鑑定は済んでいるが一応『防森』の肉とかも出しておく。
「ふむ」
どれから鑑定しようかと迷っていた教授だったが、明らかに目玉だろう雷鳥からのアイテムは後からのメインディッシュにする事にしたようだ。
「ふむ、……む?ふむ、……うむ」
「何かありましたか?」
防森素材各種を見ていた教授が肉を見たときに怪訝な顔をしたので一応聞いてみる。
「うむ、この防森素材、耐火性に難があるもののそれ以外はかなり上質なものだな。特に対雷性に非常に優れている、おそらく対雷性においては現状最高峰と言えるだろう。問題は肉だ」
うん、やっぱりそうか。
「この肉はね、一見食べられるように見える、テキストにも食用と表示されているしね。しかし、このテキストは偽装されているんだ。一定以上の鑑定スキルがあると本当の情報が出てきてね、非常に強い毒性を持つトラップアイテムだったよ。しかも火を通すとより毒性が強くなる。プレイヤーを的確に狙いに来ているね」
なるほど、教授に見せて良かった……。危うく今日の晩御飯にする予定だったの。晩御飯の時に少し多めによそってあげよ。
さて、いよいよメインディッシュだ。
「うむ、まずはこの『一合升』何の変哲も無い升だね。正確に一合、つまり0.18039リットルを量り取ることが出来る。『大土鍋』にも効果は無い、ただの土鍋だ。一升炊きが出来る。ご飯が美味しく炊けるようだね?」
ニッコリと笑う教授だがその笑顔の裏に『今日はお米が食べられるんだろう?そうなんだよね?』と強い意志がはっきりと見える。もちろんその予定です。
「『雷鳥の米俵』だがMPを消費することで『精米済み白米』を取り出すことが出来るようだね。使用回数制限はなく、上限もない。ただ分類が食材ではなく家具アイテムの一つで、設置するための拠点が無いと使えないようだ。まあ、我々には関係の無い事だけれどね」
うーん、魔力消費か。どれだけの消費でどれだけのお米が出てくるのか分からないけど足りなかったらネルネルさんに協力してもらおう。
「最後、『魔剣・稲穂狩り』だがね、これは植物特攻のついた魔剣だ。ユウくんこれいるかい?」
「いりませんけど……」
「なら、ガンテツにあげてくれないか?現在『○○特攻』がついた武器は少なくてね、プレイヤーが特攻効果のついた剣を打った報告がないんだよ。だからガンテツにこれを見てもらい何か閃いて貰えれば……」
「なるほど、良いですよ。教授の方からガン爺に渡してください。私はこれからお米を炊く実験とか色々あるので」
「うむ、承った。ところでその実験に私が参加することは?」
「良いですよ、どんな実験でも試行回数が多いほど正確な情報が得られるでしょう?」
「まさに、その通りだ。ユウくんは優秀だね」
その後、みんなが帰り次第早めの晩御飯にした。
お米を出した時はみんなとても驚いていたけど、すぐにご飯を掻き込む様に食べていた。例外は『実験』をしていた僕と教授だけだった。
みんなの今日の成果は食材以外も多いらしく、そちらの素材は各自持っていてもらうようにお願いした。あくまで僕は料理担当だからね。アイテムボックスじゃ無いんだ。
2日目の夜警も襲撃はありませんでした。残念。
でも、徐々に満ちていくお月様を見れたのは嬉しかったな。