9.服選びは試着が肝心
正面から見ただけではよくわからなかったが、テナントの奥の方は思っていたよりも男物が充実していた。
きょろきょろしているアイト君の腕を掴んだまま、いくつか服を手に取ってみる。スウェット、ジーパン、ロンT。最近の服っておしゃれだな。私が子供の時は目が痛くなる色のワンピースやサイズのおかしいズボンとかしかなかったのに。
「いらっしゃいませぇ~、何かお探しですかぁ?」
いつのまにか、頭に卵色のターバンを巻いた店員がすぐそばにいた。年は二十代半ばぐらいだろうか。化粧は薄いが結構美人だ。そのとぅるっとぅるのお肌は数年後に大変なことになるんだぞ。なるべく考えないようにしてはいるけど、もう若くはないことを日々実感させられるのは中々につらい。
「はい、この子の服を」
「なるほどぉ~、じゃあ~、これなんかどうでしょう~?」
語尾が伸びきった彼女は、群青色のトレーナーを私にすっと差しだしてきた。袖口が少し膨らんでいるだけのシンプルなデザイン。私はそれを受け取り、アイト君の体に軽く当ててサイズを確認してみる。
うん、問題なさそう。値段もお手ごろだ。
胸の下で「店長 田中」と書かれたネームプレートが揺れる。仕事はちゃんとできるのね、と先程沸いた苦い感情をこっそり恥じる。でも、あくまで個人的な意見だけど、そのターバンはないと思う、
「お子さんスタイルいいですしぃ~、きっとこの色映えますよぉ~」
あとこれとかもいいですねぇ~、と彼女は手元の籠に数着ぽいぽいと放り込む。おいおい、そこまで買うと思ってるの? でも選ばれたのは上下バランスがよく、色合いも素敵なものばかりだ。
「お子さん」と言われたのは若干ひっかかるけど、最終的に断ればいいし、今は放っておけばいいか。
「よかったら試着してみますぅ~? ズボンもセットで~」
「あ、お願いします」
全ての服を試着することは時間上厳しい。サイズだけ分かったらあとは適当に、というのを見抜いたのか、彼女は試着室の方に私たちをいざないつつ声をかけてくる。
「ではこちらへどうぞ~」
コンクリートの小さな部屋を前に、トレーナーとジーンズを渡した。店員がカーテンを開けて中へ入るよう促す横で、アイト君はそわそわと店の外を見ていた。
「この服に着替えてね」
「わかった、キョウコおねえちゃん」
彼がカーテンの向こうに飲み込まれていく。
あー、やっぱり何度聞いても「おねえちゃん」の破壊力はヤバい。どれぐらいヤバいかっていうと芋焼酎ストレートで三杯飲んだ後全力疾走した後みたいに頭がくらくらする。
え? やったことあるのかって? ご想像にお任せします(はーと)。
――――
「ふおぉ……」
普通の大人でいようとしたのに、思わずそんな間抜けな声が口から漏れてしまう。
でも、これは仕方ない。
スキニータイプのジーンズが今までパーカーで隠されていた太ももの艶やかさを強調する。内ももに控えめについた脂肪がデニム生地に張りを持たせ、触れば押し返してきそうなふくらはぎに絡みつく様はまさしく国宝級の美しさだ。
膨らんだ袖口から白い指がこっそりと見えている。きめ細かい肌と群青色のコントラスト。くっきりしているが派手なわけでもない。淡く透き通った瞳を海の表面とするなら、こちらは奥へ奥へと潜った先の海流の色だ。
息苦しかったのかマスクを顎のあたりまで下げている。鼻についた水滴が、蛍光灯を浴びてきらりと光った。
「どう、だろ、おねえちゃん」
白銀の髪がニット帽の隙間からぱらりと落ちる。
「……ください」
「え?」
「ください。今この子が着てる服と、あなたが籠に入れた服、全部ください!」