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5.まずは腹ごしらえ


 朝の柔らかな光が、昨日客人を迎えた部屋に優しく差し込む。私はクリスマス用に買っておいた冷凍のチキンをテーブルの上に置き、麦茶をガラスのコップに注いだ。


 朝から揚げ物なんて胃もたれ間違いないが、我が家に残された食料はこれだけだった。普段から自炊をしていればサラダでも出せたのだろうが、あいにく私にそんな女子力はない。


 うん、明日からせめてご飯炊こう。さすがにこれはヤバイ。



 昨日、彼―――アイト君はあのあと張り詰めた糸が切れたようで、すぐに眠ってしまった。気持ちよさそうに布団を握る彼に興奮したいところだったが、煩悩を必死で押さえ無理矢理目を閉じた。そのあとすぐ寝てしまえたようだ。

 少年とはいえ人間を担いでかなり疲労は溜まっていたし、混乱が続く脳を早く休めたかったというのもある。ん、どこで寝たかって?



 勿論、床だよ(はーと)。


 天使に布団を献上した下僕精神で、周りの服を押しのけて縮こまって寝たよ(はーと)。


 ……フローリングだから、かなり寒かったけどね。来客用の布団? そもそも来客がいな……なんでもない。



「ほ、ほんとに、食べても、いいんですか?」


 透き通った青の瞳を一層輝かせて、アイト君は頭部の猫耳をピンと立てた。


「もちろん。どうぞ召し上がれ」


 私は麦茶を数口飲んだ。昨日夕飯も食べずじまいで空腹であることは間違いないが、「もう20代ではない」胃腸に朝チキンはきつい。胃もたれどころか吐き戻す可能性もある。自分の朝飯は後で買ってこよう。


 油ぎった鶏肉の表面に薄く可憐な唇が触れる。ぱり、と小さな音がして、鋭い犬歯が肉の奥へと気持ちよく沈んでいく。


 薄い桃色の柔らかい部分がゆっくりと吸い込まれていき、丁寧に咀嚼され、飲み込まれた肉片は膨らみ始めた喉仏の下へと流れる。


「おいしい、です……!」


「よかった、どんどん食べてね」


 穏やかに微笑んだ、ように見えていてほしい。まだゆるむな、頬の筋肉!


 一口目とは打って変わって一心不乱に食べだしたアイト君の向かいで、私は残りの麦茶を一気飲みする。


 はーーーーーー可愛すぎかよ、冷凍のチキンだぜ? なんならチンしたけど冷たいままだぜ? 食べたいっていうから早く出したけど、一体いつからまともに食べてなかったの?


 不憫かな、これからは私が一生おなかいっぱい食べさせてやるよ! 仕事頑張るよ! メリークリスマス最高のプレゼントをありがとう神様!


 全身に熱気がこもったまま萌えにありったけの感謝を叫ぶ。もちろん脳内で。


 あああ可愛いよアイト君! こっち向いて、違った気にせず食べてて!


 ほっぺにお肉ついてるよ、取りたいけど夢中になってるからそっとしとこう! うっかりさんなところも可愛いぞ(はーと)。まじ天使だ(はーと)。



 ふう……。


 気が済むまで取り乱してから、私は数度瞬きをする。

 

 いい加減これからのことを考えていかなきゃ。萌えだけ見て生きるなんて、そんな都合のいい話ないよね。


 私はもう一度、目の前の美少年をじっくりと見る。白銀の髪、青い目、白い猫耳……。


 どう考えても日本人ではない。もっと言うと人間かどうかも怪しい。足に残る凄惨な傷だって、まだ何の情報もない。


 彼は一体、何者?


 ない知識をひねってみても、美少年ということ以外分からない。明らかに個人の理解の範疇を超えている。やはり警察に届けるべきだろうか。いやダメだ。猫耳が本物だと知られれば解剖されてしまうかもしれない。


 思考が深みにはまっていく。考えれば考えるほど分からなくなって、底なし沼に沈んでいくみたいだ。



 音を出さないようお腹がぱんぱんになるまで息を吸い、そして限界まで吐き出す。闇に覆われた思考が一気に澄んでいくのを感じる。慌てちゃったら深呼吸、お姉さんに教わった大事なこと。


 落ち着け。大人の私が混乱してどうするんだ。今考えないといけないことなんて、分かってるでしょ?


 アイト君をこれからどうやって幸せにするか。それしかないじゃん。


 いくら大人びていても、アイト君は子供。もし私が定時で帰らなかったら、手遅れになっていたかもしれない。それに、もし私が彼を見つけるよりも先に悪い人に連れ去られていたら、最悪の結末を迎えた可能性も十分にある。


 もし、私がいなかったら。


 逃げ切ったはずの「もしも」話なのに、考えるだけで悪寒がする。


 こうして出会えたことは偶然だ。しかもとびっきりの。だけどもう知ってしまった以上、知らぬ存ぜぬなんてできない。幸せになるお手伝いぐらいしてもバチは当たらないはずだ。


 なんてったって私は全ての美の味方、平田京子だから。


 ……あのとき、できなかったことだけど。私はもう、大人だから。



「ねえ、アイト君」


「はい、なんですか……?」


 口元をべたべたにした姿が、「あの子」になんだか似ている気がして。心の底から温かい気持ちがふわっと湧いた。







「もしよかったらなんだけど……。ここで、一緒に暮らさない?」

 


 




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