好きだとか何だとか
「へっ。髪も服も兄さまかよ! お前、ぶらこんだな!」
……この時の俺がブラコンという言葉の意味を理解してかたかどーかは定かじゃない。
***
柴崎工務店。
昔ながらの職人堅気なじーさんにとーちゃん、それを尻に引くかーちゃん。
そして、かーちゃん譲りの性格のねーちゃんが3人。
そのねーちゃんズの下に産まれた末っ子長男な俺・柴崎蓮。
ま、ご想像の通り(?)虐げられて育ちました。
それはもうすくすくと。
ある時はねーちゃんズのお下がりで女装させられ、またある時はおやつを奪われ、おもちゃのように弄ばれた挙句いじめぬかれ、そのまたある時は……。
いかん。
言っててなんだか虚しくなってきた。
ま、とにかくガキの頃はピーピーよく泣かされてたっつー訳。
仕方ねーじゃん。
だって、その頃の俺は3歳かそこらだったんだよ。
で、ねーちゃんズに付けられたあだ名が「ピーピー泣くから『ピー助』」。
***
そんな「泣き虫ピー助」な俺も3歳になり、近所の幼稚園に通うようになりましたとさ。
ねーちゃん達のお下がりの青いスモックに、アザだらけの膝が覗く半ズボン。
生れつきの茶色い髪をモンチッチ(わかる?)みたいに刈って、黄色い帽子を被ってさ。
え~え~、いかにも悪ガキ・お山の大将って風体でした。
そこで、ルミと出会う訳。
えらく綺麗な兄ちゃんに手を引かれたルミは、それだけで十分に目立っていて。
人一倍小さい体に、人一倍でかくて綺麗な目をしていて。
気位に至っては、『お前、ほんとに幼稚園児か!?』っていう。
今、思うと好きな子ほどいじめたいっていう、ガキの心理なんだろうな。
こともあろうに、初恋の子をいじめるという暴挙に出た。
幼稚園の園庭で他の子供と遊ぶルミに後ろから近づいて、その綺麗に結われたみつ編みをひっぱった。
「お前の兄ちゃん、男女!」
……今じゃ怖くて言えないが、『お前の母ちゃんでーべそ!』的な俺なりの悪口だったんだろう。(そこはかとなく悪寒)
そこで黙っていられない気位の高いルミ。
言われっぱなしですぐ泣くような子じゃぁ、ない。
「兄さまは男女なんかじゃないもん! れんのいじわる!」
なんだこの女。
今までの奴は泣くとかで言い返されることなんてなかった。
その事が面白くなくて、みつ編みのリボンを引っ張って解いてやる。
「何をする!? 兄さまが結んでくれたのに!」
「へっ。髪も服も兄さまかよ! お前、ぶらこんだな!」
……この時の俺がブラコンという言葉の意味を理解してかたかどーかは定かじゃない。
ルミが俯いて唇を噛み締める。
その姿に正直、言い過ぎたな、と思った。
ヤバい、絶対に泣く。
でも、子供ながらに自分から引くなんて出来なかった。
「れんくん、やめなよ。ルミちゃんが泣いちゃうよ」
俺の暴挙に呆気にとられながらも一部始終を見ていた市田が、ルミの様子を見て止めに入る。
(俺と市田は幼稚園からの友達だったりする)
「あっちいくぞ、歩」
子供ってのは単純で、ルミをからかうのにも飽きて、その当時のマイブームだったジャングルジムに向かうために踵を返す。
(ジャングルジムの頂上を占領するのがマイブームだったらしい)
「あ、うん」
市田を従えて2、3歩歩いた所で、
ドカァッ
ルミの後ろからの飛び蹴り。
隙をつかれて組み伏せられる。
(幼稚園児に体格差なんてあまり関係なかったようだ)
ルミが俺に馬乗りにのしかかり、タコ殴りにあうかってとこで、ルミのお兄さんの庸さんと幼稚園の先生が止めに入った。
からかった俺は、幼稚園の先生に叱られたのち、庸さんに諭される。
だからいまだに庸さんとルミには頭が上がらなかったりする訳。
そうして今に至るっと。
***
「? なんで笑ってる? 蓮?」
ルミが不思議そうに俺を見上げる。
そうだった。
大掃除で出てきたアルバムを整理してる最中だったんだっけ。
「いや、昔のこと思い出してたんだよ」
目の前には、咲き誇る庭木を背にかしこまった様子のルミと庸さんのツーショットの写真。
そしてその頃と大差ない大きな目と気位の高い彼女。
十何年もかけて手に入れた初恋。
「ふぅん」
大きなお腹を重そうに支えるように手を添えながら俺の隣に座る。
春には俺も父親になる。
産まれるのは女の子の予定。
名前は庸さんにお願いした。
俺の横でアルバムをめくるルミの様子に目を細める。
やっと掴んだものの有り難みを噛み締めた。