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Hello! My sister! 前編

作品中、『シスコン』呼ばわりされる兄・深沢よう31歳。


彼のシスコンっぷりをご覧にいれましょう。

*1


 僕が9歳の1月。


妹が産まれた。


病弱だった母の命と引き換えに。


だが、僕にとってはほとんど会うことのなかった母の死よりも、妹の産まれたことの方が一大事だった。


ずっと兄弟が欲しかった。


広い邸宅に祖父母とともに暮らしていたとはいえ、子供ながらに淋しさを感じていたのだと思う。


病弱で床に伏せっていることが多かった母、仕事でほとんど家にいることのなかった父。


その二人がいないというのは大きかったのだ。


 自分によく似た白い肌に黒目がちな瞳。


烏の濡れ羽のような艶やかな黒髪。


力強く僕の指を握る小さな手に感動を覚えた。


母が今まさに生命の灯を消そうとしたその時に。


 母の葬儀を終えた家には祖父母と僕と産まれたばかりの赤ん坊だけが残った。


元々あまり自宅にいることのなかった父は、母の死をきっかけに尚更寄り付かなくなった。


その父も僕が11歳、ルミが4歳の時にこの世を去る。


「出生届を出さなくちゃ、いけないな」


 祖父がそう呟いた。


父は妹の名前を決めることすら放棄したのだ。


母の面影を強く持つ僕やルミに顔を向けられなかったのだ。


今思うと、なんと哀しい人なのだろう。


よう。何か良い名前はないか?」


 珍しく瞳の開いている妹をあやす僕に、祖父がそう尋ねる。


(赤ん坊が一日の大半を眠って過ごしているのをこのとき初めて知った。)


「ルビー。眼がキラキラしてて宝石みたいだから」


 ……代弁するとこの時の僕はまだ9歳だった。


今は深沢建設のほとんどを任されてはいるが、所詮はただの子供だったのだ。


僕のその返答は祖父を大いに悩ませた。


「……ルミ、ではどうかな? ほら、ルビーに響きが似ているだろう?」


 少々面白くはなかったが、まぁいいだろう。


「ルミ。今日から君の名前はルミだよ」


 そう名前を呼んでやると、ルミがにっこり笑った。


そんな、気がした。




*2


「兄様!」


 真新しい幼稚園の制服に身を包んだ妹が走って来る。


庸・11歳、ルミ・3歳。


ルミが幼稚園に入園する歳の春だった。


「ルミ。走ると転ぶ」


 注意する側から躓いたルミの体を支えてやる。


「おばあちゃまが兄様に見せてやりなさいって」


 真新しい出来上がったばかりの制服をくるくると回って見せてくれる。


それはもう嬉しそうにキラキラとした笑顔で。


「よかったな。汚すとまずいから着替えておいで」


「うん!」


 パタパタと妹が駆けて行く。


ルミは祖父母と僕から一身に愛情を受けてすくすくと育ってきた。


母も知らず、父も不在だというのに素直に育ってきた。


祖父母はそのことを不憫に思い、尚更に彼女を可愛がった。


 祖母は言う。


「庸さんはルミちゃんの事が本当に可愛いのね。ルミちゃんといると表情が緩むのよ」


 祖父がそれを受けて言う。


「男は不器用でもいいんだ。家族に優しい? それで結構じゃないか」


 その言葉通り、僕は愛想のない子供になった。


無愛想で寡黙で、子供らしくない。


それが僕の身の回りについて回った。


だが、それでいいと思った。


妹さえ守れるならそれでいい。


ルミの屈託のない子供らしさを守りたかった。


それは大人になった今でも代わりはない。




*3


 4月の入園式には行けなかった。


僕も行きたかったし、ルミも楽しみにしていたが、学校を休みんで行く訳にも行かず、やむなく祖母が出席することになった。


しかし、迎えはの都合がつく限り、僕がすることに決めた。


「こんにちは。深沢ルミの兄ですが……」


 学校から一度自宅へ帰ってから、迎えに行った時のこと。


「……触るなっ。この無礼者めがっ」


 ……ルミの声が聞こえた。


この頃、ルミは祖父母とともに夕方に再放送していた時代劇にはまっていて、言葉遣いもそれに感化されていた。


……それは今でも代わりはないが。


 ともかくただ事ではないと感じ、声が聞こえた園庭へ向かう。


 園庭へ向かった僕が目にしたのは、愛妹がスカートをひらりと翻し、男の子に飛び蹴りするところだった。


「ルミっ!」


 妹の活発さに驚いている場合ではない。


慌てて妹を止める。


男の子に飛び蹴りを食らわせた後、馬乗りになって殴ろうとしていた。


「……兄様」


 妹が僕に気付く。


途端、その大きな瞳に涙が溜まる。


「ルミ。何があったのかはわからないが、他の子に暴力を振るってはいけないよ。ましてや、ルミは女の子なのだから」


「だって、だって」


 諭しながら、服の袖で涙を拭ってやる。


ルミにも言い分はあるようだ。

      

「ひっく……れん(・・)が、ルミのこと、……ぶらこんだって……。兄様に……ひっく……髪を結んでもらうのもおかしいって……」


 僕のことでからかわれたらしい。


見れば今朝結んであげた髪が、無惨なことになってしまっている。


「それでも人に手をあげてはいけないよ? わかるね」


 優しく諭すと素直な妹はコクンと頷く。


その小さな頭を撫でてやる。


「わかったなら謝らねば。出来るね?」


 ルミが首を縦に振る。


なんとも素直だ。


 それから、ルミに付き添って喧嘩相手の男の子の元へ謝りに行く。


既に先生に絞られたらしく、どこか不服そうにそっぽを向いている。


れん(・・)


 男の子の傍らにいた気弱そうな大人しそうな子が、彼の制服の袖を引っ張る。


れん(・・)。さっきはごめんなさいっ」


 ルミが真っ先にそう言って頭を下げる。


「……おれもからかってわるかった。ごめん」


 自毛らしい赤みがかった髪の男の子は、髪に負けず劣らず頬を赤く染めて、ぼそぼそと呟くように謝罪の言葉を口にした。


──まぁ、上出来か。


 僕は、彼の側にしゃがみ込んで目線を合わせてやった。


「いいかい? 女の子をからかったり、いじめたりはしてはいけない。守ってあげられるくらいにならなきゃいけないんだ。わかるかい?」


 赤い髪の彼がコクンと頷く。


これぐらいの年齢の子は御しやすい。


なんとも物分かりが良い。


「それじゃ、また仲良くしてくれるね?」


 彼―柴崎蓮―が妹の下僕になった瞬間だった。


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