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煙立つ

 「南君、今日のあれどう思う?」

 相楽さんは部室の戸を開けると直ぐにそう尋ね、向かいの椅子を引き座る。放課後に相楽さんがやってくる事は多々あり、もはや遠慮というものはなさそうだ。

 「授業が無くなって良かった。」

 「いつかしわ寄せがくるよ。いや、そうじゃなくて。」

 目の前で手のひらを見せちょっと待ったのポーズをする。

 「誰が犯人かってこと?」

 「それもあるけど。」

 言い淀む。言いたくない事があるのかと思うが、わざわざここまで来て自分から話を振ったのだ。何から話すか悩んでいるのだろう。上手く聞き出せる自信もなく、意味もなくポケットからスマホを出して机の上に置く。

 「何ていうか、凄い違和感があった。」

 どうやら、相楽さん自身明確に何が気になっているか分かっていないらしい。

 「今日の学年集会で、具体的にどこに違和感があった?」

 「長岡先生の話かな。聞いてて何かスッキリしなかった。話の内容は普通なんだけど、何でだろうね。」

 今日の集会での長岡先生の話は、自分に関係のないと分かった途端まともに聞いていなかったとは言えない。

 「覚えてる範囲で再現してほしい。」

 「えーと。」

 一度目線は天井を見つめ思案する顔になる。それから一度咳払いして話始める。

 「今日、一年生の男子トイレで煙草が見つかりました。心当たりのある生徒は私の所まで来てください。何か知っている生徒も来てください。私でなくても担任の先生でも、話しやすい先生で構いません。皆さんの善意に期待しています。」

 それから、と言葉を続けようとする相楽さんを「ストップ。」と言って静止させる。

 「確かにその通りに長岡先生が言ってたならちょっと変だ。」

 「え!どこ?」

 机に両手をついて身を乗り出してくる。勿体ぶるつもりもないため、直ぐに話す。

 「煙草が見つかったっていうところ。」

 答えを言ったつもりが相楽さんはピンとこないらしく、首を傾げて浮かせた腰を下ろした。

 「俺の通ってた中学でも似たような事案で学年集会があったんだけど、その時の生徒指導の先生はこう言った気がする。」

 そこで一息置く。相楽さんは傾けた首を戻して、真っ直ぐこちらを見る。

 「煙草の吸殻が見つかりました。」

 「あ!」

 相楽さんは手をパンと叩く。納得したらしい。

 「確かに、煙草が見つかりましたじゃ変だよ。まるで吸殻じゃなくてその物が見つかったみたい。」

 「みたいじゃなくて、実際そうなんじゃない?吸殻であれば吸った事実が生まれるけど、煙草だけであればそこまでは分からない。未遂で終わってるかもしれない。だから、吸おうとした本人から話を聞こうとしてる。吸おうと思ったが辞めた、後悔している人なら先生に相談しようと思うかもしれない。」

 相楽さんは大きく頷いた。

 「確かに、悪いと思わないで吸ってる人なら今日の集会で何言われてもバレなきゃ良いで片付けそうだね。」

 椅子の背もたれに身を預けるぎしっと音が鳴る。

 「それで善意に期待してるんだろう。」

 なるほどなぁと呟いて大きくため息をつく。

 「でもまだ変なところがある。」

 「まだあるの?」

 目を大きくしてこちらを見る。

 「場所だよ。」

 顎に指を当てて思案している。目線は斜め下で、特に何かを見ているわけではないらしい。

 「別にトイレは定番だと思うけどなぁ。」

 「そう、トイレは定番だ。」

 相楽さんはヤンキーの思考がないため、俺の感じる違和感にたどり着かないかもしれない。言うなとは言われていないため、俺の感じた違和感を言ってしまう。

 「一年生の男子トイレなんて場所が悪過ぎる。」

 顔を見るが、やはりピンと来ていない様子である。

 「中学校の時は体育館のトイレだった。」

 ハッとした顔になる。察したようだが、一息に言ってしまう。

 「体育館のトイレなら利用者が少ないし、容疑者は全学年になる。一年生のトイレじゃ、容疑者は一年生だけとは言い切れないが、一年生の確率が高い。それに人目も多い。」

 「確かに、そもそも学校で吸うリスクの中で更にリスクがあるね。」

 頷いて続く。

 「他学年が一年生に罪を着せるためにやったのかもしれないけど、主体がデカ過ぎるからあり得ないと思う。学年が学年に恨みを買う事は俺の知る限りじゃない。」

 「私も知らない。」

 相楽さんが知らないのであれば、まずそういういざこざは起きていないのだろう。

 「となれば純粋に未遂か、恨みを持った人の偽造かもすれない。後者の場合は煙草と一緒に個人が特定できる何かがセットでないといけないけど。」

 そう言うと相楽さんは勢い良く立ち上がる。その反動で椅子が倒れそうになるが、直ぐに掴み。元の位置に戻す。

 「ちょっと第一発見者に話聞いてくる!」

 俺の返事も待たずに部屋を出て行った。

 もうそろそろ帰ろうかと思っていたが、相楽さんが戻るまではここに居ないといけなくなってしまった。


 相楽さんはわりと早く戻ってきた。

 今の時間教室に残っている生徒はほとんどおらず、大半が部活へ行き、そうでなければ帰ったはずだ。彼女の性格からすると、第一発見者を既に知っていて、部活中に質問しに行ったのだろう。

 「やっぱり南君の言う通り、吸殻じゃなくて煙草が一本吸う前の状態で落ちてたって。」

 相楽さんは息を切らせつつ報告する。椅子を引き、座ると大きく深呼吸をした。

 「それと、他には何も落ちてなかったって。」

 「物以外でメッセージがあったりとかは?」

 「石垣君は他に変わったところはなかったって言ってた。」

 第一発見者は俺と同じクラスの石垣君らしい。

 「石垣君は昼休みにトイレに行った時に見つけたって。トイレには2組の小和田君も居て、2人で職員室の長岡先生のところに行ったんだって。さっき石垣君と小和田君どっちも話聞いてきたけど、同じ事言ってたよ。」

 2人が共犯でない限り、状況的に嘘はないだろう。しかし、この短時間で2人を捕まえて話聞いてきたとは、さすが相楽さんだ。

 「だいたいさっき話した通りで、なんだか怪しいね。ただの未成年喫煙じゃない気がする。」

 「それでも十分悪い事だけどな。煙草はどこに落ちてたって?」

 「床。男子トイレにお邪魔したことないから、正確には分からないけど、床の排水溝付近だって。」

 頭の中でトイレをイメージする。普段から行っている場所なはずなのに、意外と細部までは思い出せない。ただ、確かに排水溝のある場所はトイレのど真ん中で目につく場所だ。それ故におかしい。

 「落ちてる場所も、何だか変だ。」

 相楽さんは首を傾げるが、すぐにあっと声を上げて話し出す。

 「喫煙何てやましいことをするなら、そんなど真ん中じゃなくて個室で鍵掛けてやるよね。」

 頷きながら補足をする。

 「それと換気だ。煙草を吸えば匂いで分かる。換気扇の下か、せめて窓側だ。窓だと外から見られる可能性があるから、あまりないけど。」

 そこまで言うと、相楽さんは何故か俺をジッと睨み付けてくる。何か変な事を言っただろうかと考えるが、間違いは言っていないはずだ。

 「なんか南君、やった事あるような口ぶりだね。」

 そういうことか。

 「中学でそういうの多かったんだよ。先生たちに告げ口して後で何されるか分かんないから皆黙ってた。」

 そこまで言って、一つ思い当たった。

 「本当かなぁ。実は南君ヤンキーなんじゃない?」

 「それなら放課後に部活動何てしない。」

 「名ばかり部でしょ。」

 相楽さんは呆れ口調になり、背もたれに身を預ける。

 「たぶん、この煙草は吸おうと思って持ち込んだ物が偶然落ちたわけじゃないと思う。」

 相楽さんは首肯する。

 「私もそう思う。南君の言う通り、一年生のトイレじゃリスクが高過ぎるもんね。」

 「それじゃあ、何のために煙草をトイレに落としたか。これは、その結果を考えればいくつか可能性は思い浮かぶ。」

 顎に指を添え、思案するように目線を上に向ける。

 「第一段階として、これは見つけられるために捨てた。」

 「そうだと思う。」

 これは相楽さんの言う通りで明白だ。一年生トイレのど真ん中にうっかり落とすのは、間抜けにも程がある。

 「その結果、学年集会が行われた…。」

 目線がどんどんと下にゆき、今は机の上をぼんやりと見つめている。数秒そうした後、パッと顔を上げ目が合う。

 「学年集会をする事が目的だったとか?」

 「何のために?」

 「例えば、一年生全員が不在になった教室で何かしようとしてたとか。具体的に何かまでは分からないけど、最悪盗みとか人に見られたら困る事。」

 あり得なくはない。

 「可能性はあるけど、ちょっとリスキー。もしかすると、今日じゃなくて明日になってたかもしれない。」

 「それなら明日にやりたかった事をすれば良いんじゃない?」

 「先生達の判断で学年集会は開催されずに、クラスごとにホームルームで注意喚起になった可能性もある。」

 相楽さんは少しムッとした顔で睨む。意地悪している気分になるが、事実だからしょうがない。

 「まあ、そういうことになるね…。」

 沈黙が生まれる。

 それを破るように俺の考えを言う。

 「おそらく、これは声を上げない告発なんじゃないかと思う。」

 「と言うと?」

 「実際に煙草を吸ってる奴が居る。それを告発したいが自分に反撃されたら敵わない。」

 「反撃?」

 相楽さんは首を傾げる。

 「お前が告発したんだろと後で痛めに遭わされるとか。」

 「成る程。」

 「それは嫌だけど、煙草を吸ってる奴らが気に食わない、それか吸うのを辞めさせたい。」

 「それで、わざと煙草を落として“校内で煙草を吸ってる奴がいるぞ”とメッセージを残した。その結果、教師陣、生徒達からも監視の目が生まれる。そして吸い難くなる。」

 相楽さんは言葉を繋ぐ。それに首肯して話を続ける。

 「煙草は親とか兄弟とか、吸ってる人から一本拝借すれば良い。」

 相楽さんは納得したのか、窓から眺めの良くない外を見る。そして嘆息と共に一言。

 「どっちも馬鹿。」

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