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あちこちにいる幽霊

周囲一帯の高校がそうであるように、我が校も例外なく応援練習たるものがある。何をするのかと聞かれれば「夏の高校野球に出場する野球部ための全校をあげて行う応援の練習」というのが建前的な回答であろう。最初は自分もそう思っていた。しかし実際にはそうじゃないと分かった。昨日の放課後に「明日は一年生全員早く登校するように。」と言われ、銘々が早めに教室に入り雑談をしていると応援団が大声を上げて教室に突入して来た。竹刀を持ち壁や机を叩いては蹴り「目を閉じろ」と声を荒げた。そして「今日の放課後から応援練習が始まるから体育館に来い。」と言った。返事がないとすぐさま「返事!!」と大きな声で催促した。それでも声が小さかったらしく「声出せ!!」と叫んだ。ひとしきり騒ぐと竹刀で床を叩き騒がしく出て行った。その様子を見てクラスメイトはやばいだの怖いだのヒソヒソ話出したが、後ろの席の関口君だか関山君は「竹刀をあんな雑に扱うなんて…。」と飽きれと憤怒が入り混じった声を漏らしていた。彼は良い剣士なのだと確信した。話は少し逸れたが、このことから、応援練習は言葉通りの意味より「入学して来た新入生を応援団がただの上級生によりいじめやストレス発散」の方が適した表現に思える。


なぜ野球部だけ全校を率いて応援しなければならないのだろうか。部活動はそれぞれ頑張っており、野球部だけ特別頑張ってるわけではない。確かに野球部だけ部活をする時間は長いが、それが学校側が勝手に長くして良いと言ってるからであり、他の部も長く部活が出来るのならするだろう。そうした所謂野球部贔屓のようなものの所為で野球部の輩は常日頃学校のヒエラルキーの頂点に位置していると勘違いしているのだろう。

こうした考えは自分の偏見と兄による応援練習に辛さと野球部という存在を聞き感じた結果生じたものである。

一年生は実に5日間も朝夕に上級生によるいじめ、もといご指導に耐えなければならない。初日の放課後は体育館へぞろぞろと列を成して向かい、準備体操をするのかという程一人一人の感覚を空けて立たされ「目を閉じろ!」と叫ばれ「声を出せ!」と叫ばれ、40分程経つと「お前は声が出てるな、よし帰れ」と歩合制で帰宅する仕組みであった。そして人数が少なくなると残った全員を集めてステージに登らせ、一人一人声を出させ始めた。ステージに登ることなんて高校生活で一度もないだろうなと思っていたが入学して20日前後で登ってしまうとは。そう考えながら半ば適当に声を出した。結局、自分は最後から数えて10番目で帰らされた。残った男女9名は全力でやる人もいれば、明らかに手抜きをしている人がいた。


今までやるべきことはちゃんとやって来たが、「これはやるべきことじゃない、いややりたくない。」と行事をサボった事が一度もない自分は翌朝の応援練習をサボった。

クラスの全員が疲れた顔をしてる中、悠々と登校し教室に入った自分を見て、まだそれ程親しくない友人皆が「お前やるな。」と賛辞のようなものを送ってくれた。

応援練習は放課後の方が時間が長く、そのためメインであるようだ。廊下でクラス毎に列を作り、体育館へ移動する。その間に自分は担任や応援団の目を盗みトイレの個室に逃げ込んだ。そして辺りが静かになったらトイレから出て、こっそりと帰った。

翌日の朝練もサボったが、友人達はもう何も言わなかった。昼休みに1人の友人に「今日もサボるのか?」と聞かれ「一生行かない。」と言った。友人は呆れたような顔をしたが、行きたくない気持ちが勝ったのだから仕方ない。

放課後になると、昨日と同じ作戦で練習をサボることにした。トイレの個室に入り、しばらく携帯の時計だけをぼーっと眺めて5分程経ち、周囲の音を聞いて静けさを確かめトイレから出た。すると隣の女子トイレから1人の生徒が同時に出てきた。この階のトイレは男女共に一年生しか使わないためおそらく一年生だろう。顔を見ても名前は分からない、かろうじて同じクラスではばないとは分かった。如何せん、入学してまだ一ヶ月経っていないため、他のクラスの女子生徒まで把握できないでいる。彼女も同じようで、驚きとこいつは誰だろうが半々といった顔をしている。

一年生であれば、当然今の時間帯にトイレにいた理由は自分と同じだろう。そう思い

「応援練習サボっちゃったね。」

と言った。すると彼女は

「昨日の君を見て、私もそうしようと思ったの。」

と言った。なるほど、自分の行動が誰かに影響を与える事があるんだなと思った。そして同時に一つ思い出した。

「初日の練習で最後の方まで残ってたね。」

たしか残った9名の中に彼女の顔を見た気がした。明らかに手を抜いていた人だったはず。

「君はわりと早めに帰れたね。」

間違いなかったようだ。自分と同じで初日で嫌になったようだ。どこまで自分と同じか気になり尋ねた。

「昨日はどうしたの。」

「トイレに入ってく君を見て、なるほどと思って私は体育館より前にある特別棟のトイレに入ったの。」

「なるほど、じゃあ朝練は?」

「遅くに来てサボった、君は?」

「おんなじだよ。」

と言って2人で少し笑った。あまり大きな声で笑うと誰か来てしまいそうだったが、応援練習に行かなかった2人とは思えないほど大きな声で笑った。

「君は5組だよね。」

と聞くと、

「あれ?私の事知ってたの?」

と少し驚いた顔をした。慌てて

「いや、俺が4組で、整列して体育館に行く時にトイレに入るのが見えるのは後ろに並んでた5組だけかなと思っただけ。」

と答えた。最初は少し不思議そうな顔をしていたが、やがて合点が言ったようでああと呟いたのが聞こえた。彼女は制服を崩さず着ていて、黒い髪が肩あたりまで伸び、白い肌との色合いが綺麗だった。清楚や真面目というような印象の彼女が行事をサボるということが少し想像できなかった。

そんなことを考えながら彼女を凝視していたためか、彼女は居心地悪そうに

「私は5組の相楽合、よろしくね。」

と自己紹介をした。そうすると自分も自己紹介をしなければなるまい。

「俺は4組の南統次、こちらこそよろしく。」

「ところで南君、このあとどうするつもり?」

いきなりそう聞かれたが、するべき行動は決まっている。

「直帰。」

そう答えると相楽さんは少し顔を顰めて言いたくないんだけどいう顔で

「私もそうしたいんだけど…。昇降口出てから校外に出るまでの道は職員室の視界を掻い潜って行く必要があるよ。それに自転車で来てるならチャリ置き場の脇は体育館だから運悪かったら見つかって連行されちゃう。あんまり良い手だとは思えないな。」

と言った。なるほど、考えると確かに今の時間帯では迂闊に外を出るだけで身に危険が迫る。

「昨日、直帰した僕は運が良かったのかもしれない。」

「きっとそうだよ。」

もし昨日職員室や体育館の誰かに見られたらと思うだけで身震いした。

「でも、トイレで暇潰しも出来ないし逃げ隠れる場所もない。」

と言うと、相楽さんは待ってましたとばかりにニヤッと笑い

「いい場所があるの、ついてきて。」

と言った。


相楽さんに連れてこられた先は特別棟4階の狭い部屋だった。部屋の名前を示すプレートには第3準備室と書かれていた。なんの準備室だ?部屋の中は狭いわりに物がたくさん置いてあった。椅子と机は4セットあるだけだが棚などにはダンボールや色褪せた紙がたくさん詰め込まれていた。

「ここは新聞部の部室。私は新聞部に入ったの。」

なるほど新聞部か。そう言われると棚に押し込まれた紙は学内新聞のバックナンバーのようだ。

「俺がここに居てもいいの?先輩とか迷惑じゃない?」

そう聞くと相楽さんは少し悩んだ様な顔をして少し俯いてから喋り出した。

「先生が持ってる部員名簿には3年生の佐々木祥太郎って人がいたんだけど…。」

そう言うと尚も次の言葉を探してるようだった。沈黙をそれでという合いの手に代えると相楽さんは困った顔で

「その人、一回も部活に来ないの。」

と言った。

「へー。忙しいのかな。」

「そうだとしても新入部員が来たら一回くらいは顔出しそうなもんじゃない?それもないの。」

なるほど確かにそうだ。そして相楽さんは続けた。

「しかも、その人数日前に退部したの。」

「じゃあ部員は相楽さんだけになったの?」

「そういうことになるね。」

「なら別に、幽霊部員だった佐々木先輩が新入部員が入ったのを知って気まずくなってやめたんじゃないのか。」

そう聞くと

「普通はそうなんだけど、おかしい事にその佐々木先輩、写真部にもワンダーフォーゲル部にも調理研究部にも所属してるの。全部幽霊として。」

と答えた。なるほど、それはおかしな話だ。


写真部、ワンダーフォーゲル部、調理研究部、そして退部してしまったが新聞部にも佐々木先輩は幽霊部員で所属していた。

「それはどうやって調べたの?」

「そりゃもう新聞部のリサーチと教職員の方々の部員名簿で。」

「それなら情報は確かなようだね。」

そういうと相楽さんは自分の手柄だと言いたいのか小さくVサインをした。

この事案の真相として最初に思い付いたものは随分と簡単なものだった。

「随分と多趣味で飽き性な先輩が居たんだな。」

「うーん。やっぱそう思う?それが1番まともであり得る結論だよね。」

と相楽さんは悲しそうに言った。体育館からは未だに大声が聞こえてくる。時折、バンバンという音も響いている。これはさぞかし後ろの席の某君はお怒りだな。

「でもそれだとあまりに普通過ぎて、ジャーナリストは悲しいよ。」

「そう思うなら直接、佐々木先輩に真相聞いてきたら?」

「いやいや、それはあまりに芸が無いよ。」

「普通ジャーナリストは真相究明のためにより確かな情報源にへばり付くもんじゃないの?」

そう言うと相楽さんは苦笑いして、

「へばり付くってなかなか酷いね…。」

と言った。確かに少し表現が下手だった。しかし相楽さんは直ぐに顔から苦さを消し

「確かにそうするのが1番確かでジャーナリストらしいけどさ。一応、新聞の問題でもあるから、なんとなく挑戦されてる気分なんだよね。」

とはにかんだ。どうやら相楽さんは自力でその理由を見つけ出す事でジャーナリストの力を付けるつもりらしい。与えられた情報から推論を展開する能力もジャーナリストには求められるだろうが、それは基本が出来てからではないだろうか。そうは思ったが言い出しはしなかった。

しばらくの沈黙の後で彼女の方から話し始めた。

「私、しばらく色々聞いて回ったり考えたりしたけど、やっぱりわかんなかった。」

「じゃあ、本人に…?」

「いや、それは嫌だなぁ。」

どうやら相楽さんは一度決めてしまった事を曲げる事が嫌なのだろう。

「どうせ応援連絡終わるまで暇だし、部室にかくまってる恩もあるでしょ?南くんも考えてみない?」

別にかくまってくれと頼んだ覚えはないが、断る理由もない。少し考えてみよう。


現3年生の佐々木祥太郎先輩は、新聞部、ワンダーフォーゲル部、写真部、調理研究部にも所属しており、その全てで幽霊となっているようだ。

「その佐々木先輩の活動記録とかはないの?昔作った新聞のバックナンバーとか。」

「私も調べたけど一つもないの。ちょうど先輩がいたはずの去年と一昨年の分だけ。それ以降はあるんだけど。」

 なにか佐々木先輩が自分自身のことを新聞に書いていないかと思ったのだが、そんな簡単にはいかないようだ。

「新聞部は別段、活動しなくていいの?」

「新聞部だけじゃなくて、人数少ない部や同好会は活動免除になってるみた。免除というよりは自発的にやらないみたいだけど。」

相楽さんの言うことが少し分からなかったので

「どういうこと?」

と聞くと、ええとねと言って下を向き少し考えた後、話し始めた。

「文化部は、文化祭で展示ができるのね。でもそれは部がやりたいって言ったら出来るもので、やりたいって言わなかったら文化祭は何もしなくていいの。だから何もしない部活があって、去年と一昨年の新聞部はそうだったみたい。」

「なるほど。」

しかし、まだ分からないところがある。

「同好会と部とはどう違うの?」

そう聞くと相楽さんは、ああそうかと言って教えてくれた。

「うちの学校、文化部は異常に多いでしょ?確か30ちょっとくらい。」

それは知っていた。

「部紹介時、文化部だけいっぱい出てきて驚いたよ。」

新入生歓迎会たるイベントでは、1年生に部活動を紹介するというコーナーがあった。運動部はいつもの練習を見せたり吹奏楽部は演奏をしたり美術部は作品を見せたりしていた。化学部は炎色反応を大規模で見せて歓声と先生と怒号がとんでいた。確かにその時は文化部の数が異様に多いなと思った。

「その理由は部と同好会を簡単に作れるからなの。」

また部と同好会だ。もう一度部と同好会の違いを訪ねそうになるが、それは今から説明するのだろう。

「まず、同好会を作るには成員5人以上いればいいの。」

それは簡単だ。

「常識的にダメな同好会はダメだけどね。万引き同好会とか詐欺同好会とか。」

相楽さんは例えが下手か極論過ぎるようだ。

「それで部の場合は、10人以上いればいいの。同好会も10人以上なれば部にランクアップするの。」

「そんな簡単な条件であればいくつでも出来るなぁ。」

「そうなの。それに成員は1人でもいれば存続し続けて0になったら廃部になるの。」

なるほど。簡単に出来てなかなか消えないのであれば数は増していくのは必然だろうな。

そこで一つも思い当たる。

「それじゃあ正確には新聞部じゃなくて新聞同好会だね。」

そう言うと相楽さんは

「そうなんだけど、新聞部の方が言いやすいし語感がいいでしょ?だから新聞部でいいの。」

と言った。

「それで。」

そう言いながら少し間を置き、考えた事を口にした。

「佐々木先輩の所属している部活の共通点はもしかして、部員が佐々木先輩だけだったりする?」

そう言うと相楽さんは両手を机に叩き付け

「なんでわかったの!」

と言った。身を乗り出しながら言うものだから、俺は上半身を仰け反らせる。

「いや、相楽さんのさっきの話を聞いたら大体わかったよ。それに相楽さんは新聞部とワンダーフォーゲル部、写真部、調理研究部の部員が佐々木先輩だけって知ってたらそうはもう答えだよ。」

相楽さんは何がという顔をして何も言わない。勿体ぶるつもりもないので一息吸って言った。

「佐々木先輩は、部活延命の為に所属していただけなんだよ。」

そう言ったが、相楽さん一瞬固まった。しかし、直ぐにああ!と言って一歩詰め寄って

「部員は1人でもいれば廃部はしない、だから佐々木はそれぞれの部に居ながら活動はしなかったんだ。」

そう、佐々木先輩の目的は廃部にさせないこと。それだけであるため、活動をする必要はない。そして新聞部に相楽さんが入部したことにより佐々木先輩は新聞部に対しては役目を終えた。そして退部した。きっと新入生が入学するこの時期は小まめに入部の状況を確認したのだろう。

しかし、相楽さんは明るい顔からあれ?と言い

「でもなんで佐々木先輩はそんなことしてるんだろう。」

「さあ、先輩に頼まれたとか、知り合いに頼まれたからとかなんじゃない?」

「いまいちスッキリしないね。」

「折角手伝ったのに。」

そう口を尖らせると相楽さんはごめんごめんと言いながら笑った。そして

「じゃあ、この説を検証しようか。」

と言った。

「検証?」

訝しんでそう聞くと相楽さんはさも当然と言わんばかりに

「そう検証。南くん、ワンダーフォーゲル部か写真部か調理研究部入りなよ。」

と言った。

「嫌だよ。」

「そうしないと、南くんの説は実証されないよ!南くん山と写真と調理どれが1番好き?」

「その中なら写真かな。」

そう言うと、体育館から一際大きな声で「声出せ!」という声が聞こえた。



数日後、相楽さんは僕の名前で写真部の入部届けを書き、先生に「南くんが用事で出せないそうなので代わりに出しにきました。」と言って出してしまった。非常に緩い先生であり、入部届けの提出期限一分前に出すという相楽さんの作戦により南統次は写真部へと入部することになった。そして3年生の佐々木祥太郎先輩は俺の入部3日後に退部した。

なお、退部する為には1年間はその部活に所属していないとダメだということもわかった。これではやはり部の数は増える一方だ。


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