ファイリング
ざわめく教室。
『一条、一体何をしたんだ』って顔を皆がする。一条君本人が一番驚いているに違いない。
それもそのはず。告知なしの急展開だし。
私だけが知っていた流れ。
絶対的支配感。
ふふ、いいねえ。面白くなってきた。
待っててね、彼女。あなたのために梱包材は力の限りを尽くします。
ここで私は誰かの言葉で掻き消えない程度にそっと市原美香子につぶやく。しかし、皆にも聞こえるような声で。それって呟いたに入らなくねと、いわれそうだね。
うん、呟きじゃないかも。だって皆に聞いて欲しいもん。黒い私が顔を覗かせる。
「――市原さん、分かってあげられなくてごめんね。気付いてたのに。ごめんね。助けてあげられなくて」
私だけがあなたのこと分かってるよって。思わせぶりな顔で。
市原さん、何が起きてるのか分からないようだ。そりゃそうだよね。彼女自身は一条くんに害を受けていない。
もちろん二人は恋愛関係ではない。というより敵対関係だ。ラブラブよりも火花散らすような関係なのだよ。
しかしだ、私は彼らを利用する。
徹底的に利用して、私と市原さんの利害を一致させる。
そのために、二人が恋愛してるっぽい設定のみを生かす。
「市原さん、あの時一条君に言い寄られてたんだよね。私、昨日その現場を見ちゃって、ちょっと頭おかしくなっちゃって」
ざわつきが大きくなる。
『言い寄られていた』この表現だけで、生徒たちの創造意欲を掻き立てる。あ、ちなみに彼女の頭おかしくなったのは本当だ。少しくらい真実を混ぜてもいいだろう。
「でもね」
私は忠告する。
「駄目だよ。一条くん。好きになったからって」
ここでうぶな聴衆の女子高生、男子高校生の嫌悪感を引き入れてっと。
「――強引に唇を奪おうとするのはいけないことだもの」
そういった瞬間、周りの人の頭には、強引に押し倒される市原さんと押し倒す一条君が想像出来たろう。ふふ、ざまあ、彼女の純情をもてあそんだ仕返しだ。十分おののくがいい。これで一条くんの性癖、私の加工済みが完成した。哀れ一条、儚く散れ。
私は市原さんの手をぎゅっと握った。
「市原さん、辛かったら、すぐ皆にいえばよかったんだよ。べつに隠さなくてもよかったんだよ」
親友気取りかてめえとつっこまれそうなことを大げさに言ってみた。この期に及んでそんなツッコミをしてくる人はいない。当の市原さんは、「えっ……」とだけいい、目線を落とす。
市原さん思考停止。まあいいや。市原さんは看破した。残るは一人。
ここで現状確認。これで皆は何を思うか。
一条くんの犯行現場に偶然来た私。そして、何故か市原さんを殴った私。でも、謝ってる。
――もしかして、私が市原さんを守るために、一条くんを殴ろうとしたのでは。
しかし、ミスって被害者を殴った。しかも、被害者がこれらの件が露見しないようにした。そのために私の行動はただの暴力になった。
これで私の行動は正当防衛になった。市原さんは何も言わないし。これでいいじゃない。
「おいおい、俺はそんなことしないってするわけないじゃん」
一条くんがそういった。うん、知ってるよ。君が押し倒したいのは市原さんじゃない。だからといって私でもない、そこらへんにいる女子でも、ない。
知ってるというより勘で分かった。彼が唯一愛情を素直に向けていた人間を私は知っているんだ。彼はその人を好きでたまらなくて、その人を得るために努力を重ねたに違いない。
彼女を利用価値としていた彼の心の端っこを、確かに私はあの昼休みに垣間見た。
ああ、なんということ。彼は彼を愛しているんだ。
――市原さんの弟でしょ?
一条くんは美女ではなく、年下男子に劣情を抱く人なんでしょう? ごく普通の男子がイケメンに恋した物語なんだよね。まあ、一条くんもかっこいいから絵ヅラてきにはいいと思うよ。
すてきね。
でもね、それに嫌悪感を感じてる人がいた。お姉さんは弟思いだったのね。
まあ、BLだからってだけじゃなく、人間として一条くんの腹の中身まで全部透かして、コイツは弟にふさわしくないって思っただけかもしれないけれど。
お姉さんはそれに気付いて、君を遠ざけようとした。
うるうるおめめは『愛しい』じゃなく、『哀しい』だよね。弟が危ないから、助けようとした姉の愛。
でも、あなたは諦めなかったんだ。だから今日も弟くんをカラオケに誘って。それに市原さんは絶望した。手の尽くしようが無いって。
でもね、方法はひとつあるんだ。あ、一条くんにじゃないよ。私にだよ。
この一条くんというキャラをつぶす方法を。か弱い女子でも出来る効果的な方法を。非暴力の素敵な活動。
よし勇気を出して実行しよう!
脅そう。一条くんを!
では、彼にクリーンヒットするような発言を。
何を言うべきか。それは分かっていたはずだ。
ゲイ、ホモ。それらの言葉はただの識別であり、そもそもそれって差別用語にはなりにくい。嗜好の問題だもの。自覚があれば何のかせにもならない。彼に対する決定打にはならないだろう。
そして、それは彼にとって知られてもいいことだ。それ自体は罪じゃない。
だから、罪になる行動のほうを言いつける。
私は市原さんから離れて、一条くんに近寄る。
「なんだよ」
脅しに来ました。簡略的にはね。
私は笑って彼の耳元で囁く。究極のウィスパーボイスで。女子高生の素敵なお告げ。とくとごらんあれ。
「――この悪質ストーカー。惚れた男に言い寄るためになら何してもいいって思ってるのかよ」
念のため、お前の恋愛対象は男であることを知ってるぞっていう風で言ってみた。
部員でも知らない他人のサッカー部の休みを何故知っているか。収集方法は知りたくないね。多分グロイ。
「あ、あああっ……」
うろたえる一条くん。やっぱりストーカーの自覚あったんだ。
「お前、どこまで」
続けていわれた。
え……ここまでしか知らないのだけど。というか君、他にもしてんの?
まあいいや、ここは一応含みを込めて。
「それはあんたの行動しだいで変わるけど。いい?」
――直訳、お前の全てを知っている。下手なことをすれば全てが聴衆の目にさらされる。
それだけで、愛しの彼は真っ青。
ブルーベリーのようだった。
うはあ。一条くん乙。