スピーキング
六限目、生物。移動教室。
私も市原さんも生物選択。廊下を渡るとき、つい声をかけてしまった。
「一条にはいつから付きまとわれてんの?」
そういったとき、市原さんは私のほうを見た。
「何か、勘違いしてない?」
市原さんが言う。
続けて市原さんは私をなぶるような目で続けてこういった。
「あなた昨日間違えてたんでしょ」
違う。それは彼女だ。
彼女は馬鹿だから。
でも、私は大丈夫。パズルは得意だもん。
自信満々に答えた。
「じゃあ、証明するよ。放課後、皆を残してくれない?」
にやっと笑って見せた。
不気味に見えるように口角をぎぃっとひっぱって。
市原さんはそれを見て、表情がこわばる。
「あなた、誰」
誰とは失礼な……私は私。でも彼女とは違う私。
ここで二重人格をばらすわけにはいかない。私は普通に流した。
「私は、市原さんの悩みも全部知った。でもね、他の人たちにバラすつもりはない。かといって何もしない傍観者ではいたくない」
これは提案なんて、生ぬるいものなんかじゃない。
賭けだ。
私の立場回復のための決戦なんだ。
失敗は死に繋がる。準備はいいか。私。
そして、私は号砲を鳴らした。
「――私が、全部ひっくるめて解決してあげるよ」
私は大きく一歩を踏み出した。物理的に右足を前にだして。市原さんを追い越した。彼女の顔を見ようとは思わなかった。
驚いてるとか不審がっているとか、顔色みたって何も起きない。ここで何も解決しない。場をつくっただけだ。
思えばこれは簡単なクイズだった。ヒントは出尽くしていて、解決法だけが確定していない。
私が私で作り出す解決法。それは市原さんと私の問題を一発で消す方法。それ以外の用途では使えない。でも、それでいいんでしょ。私はただの梱包材なんだから。私は山の上から覗き込んだ世界を勝手に書き換えればいい。それが誰の目に、どのように映ったとしても私には、今の私には関係ないんだから。
準備万端。
勝率測定不可能。
それでもやるしかない。
さあ、金曜日は戦いだ。
負けたら終わりのガチンコバトルは開催決定した。
――時が流れ、HR教室にもどった生物選択者たちは教室内にいた物理選択者と合流。
そして週末にかかるの最後のHRをおのおのに感じていた。
静かな教室。明日は休みだからか、妙に安堵感のある室内。私には息も抜けないけれど、むしろ緊張しかしてないけれど。これが針のむしろってやつか。
ここで墓穴掘ったらどうしようとか内心いっぱいいっぱいですが、何か。
担任教室に入ってくる。来週の報告。そして、さよならの四文字を言い、教師は去る。
その後、市原さんは言った。
「皆、嶺さんがちょっと話があるんだって。聞いてあげてくれない」
と独特の言い回しで言った。
その呼び止め方は怖いです。
頑張らないと。いや頑張れ私。この後は私の時間なのだ。市原さんの与えてくれた大切な時間。
夕暮れの中。集まったというより、立ち止まる生徒たち。
私はそんなみんなの前、すたすたっと歩いていって、教壇に立つ。
「皆さんをここに集めたのは、私が謝りたいからです」
私はこう切り出すことにした。
私は脳内シュミレート通りの行動をする。
市原さんの方を向き、申し訳なさそうに頭を下げる。ちょうど45度。
「市原さん、ごめんなさい。あなたを殴ってしまって。本当にごめんなさい」
ここでよく出来た謝罪をする。
心は無い。でもあるように見せかけて見る。私は演技派ではないのだけれど、まあ何とかなるかな。そんな素人芝居で市原さんがころっと騙されるわけはないけれど。
もちろん、市原さんはこっちを向いているだけで何もいわない。
そうそれでいいの。あなたはまだ分かっていない。今から私が何を言うか。
その方が扱いやすい。
私は今日一日、考えた。どうやって私は私の立場を回復させるか。
どうやって皆平穏仲良しな素敵なクラスに戻せるか。でもね――別に『全員』を救わなくてもいいんじゃね。
「――殴らないといけない人物はあの時、あなたの隣にいたの」
思わせぶりな口調で、切り返す私。
どよめく群衆。市原さんは顔が固まった。
私は、彼のほうを指差した。
彼というか一条くんのほうを。
にやり。貴様に決めたって。