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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第二章 体育祭のノックアウト
30/31

ドラフトバジェット


 『予算委員会』とは、体育祭予算を各クラスもちろん、開会式に行われるパレード出場するクラブ(主に文化部)で分配するために臨時で設置されたものである。会場は主に本館2階の小ホール。年中エアコンの効いてるところだ。


 でも、デマって何だ? クーラーが来年から使えなくなるとか? 


「予算報告書の締め切り日は22日なんだよ」

 と言って、コーヒーをすする一条君。ほうほう、クーラー関係ないじゃん。


 ただ一条君が思っていた以上にその黒い液体が苦かったらしく、口から舌出して。なんか若干悶えてる。かっこつけオワタ。とりあえず私の方は満悦の表情が出ないように顔をしかめとくとしてだ。


 あ、一条君がせき込んだ。

 

「っつんで、それを『29日』だっていったバカがどっかにいるって話だ」

 とりあえずコップに入れちゃった分は飲み切ろうとする一条君……その姿、男気があるとは言えないって、え。日にちずらして言ったやつがいるってこと?


 ――はい? そんだけ? 


 そこまでのことでもないじゃん。


「呆れてるの丸わかりだぞ」

 いや、そりゃ呆れる気持ちも分かってよ。

 締め切りが7日後にのびたんでしょ。


「伸びたんじゃなくて、『事実とは異なる情報が流れた』って話だ。嘘なんだよそれが。そのせいで締め切り破りが続出した」

 それがなんだっつーんだ。大体締め切りってさあ。


「そんなん守らなくたって、予算ってしれたもんでしょ。一団体にせいぜい衣装代賄えるか賄えないかくらいの額を給付……だっけ? それでも足りない分は部員全員で出し合うとか」

 

 ってこの前千葉が言ってました。

 一緒に学校からの帰り道でばったり会ったら、彼女相手に予算に対して不満を爆発させていた。


『もーほんと、金なし公立高校のばーか』

『いっちゃんもさーー分かってよこの気持ち。放送部に補助金交付なしとか支離滅裂ってーか』

『増額申請いっても何にもしてくれないんだよ! もうシオン様ったら傍若無人!』とか何とか。

 

 まったく貸した本は無くすわー。文句は多いわー。

 なんで彼女は千葉なんかと付き合っているのだろうか。『類は友を呼ぶ』……?


「――もらえるだけましだろ。締め切り破ったクラスは『全額没収』だぞ」


 え、まじか!?

「――市原さん締め切り破っちゃったのに」


 どどどどうしよう。やっぱりあのメガネさんは陰湿かもしれない。

 わざわざ全額没収しておきながら私に残業を押し付けるとは。


「うちのクラス……結局破ったのかよ」

「え、私たちただ働きなの?」

 そこははっきりさせてよ。


「良かったな、今回は違反者大勢でお咎めなしだよ」

 あ、そうなの? ならいいけれども。いやいいのかそれ?


「それに予算委員会はしけた額しか出さないけどな。そこに『争い事がない』ってわけでもないからな?」

 へ、それどういう意味? 


「戦争みたいな?」  

「そんな大それたものでもねえ……もっと身近な戦いってイメージだ」

「女子の派閥争いみたいな?」

「そこまで陰湿じゃねえよ」

「バーゲンセール?」

「まあそんな感じ」

 

 何が『そんな感じ』だ。いくらなんでも適当すぎんだろよ一条君。

 そんな私の脳内ツッコミは誰にも聞こえない。もちろん一条君にも。


 だから彼は私なんてお構いなしに話せる。


 まあ私なんて所詮、他人に害だけをもたらす悪魔みたいなもの。周りの反応が侮蔑的であっても仕方がない。かえって愛情なんか示されると、その反面が憎悪か何かで出来てないかと心配になるので……市原さん、違うよね?


「予算委員会って言うのは『体育祭前の特別予算をどのように使うか』を示した予算案の書き方説明会だって話だ。俺、行ったことないけど」

 行ったことなかったんかい。


 じゃあ一条君って部活所属でも会計みたいな幹部ではないのか。そもそも君、何部だったっけ? 彼女は2年の記憶がごっそり抜けているので、イマイチ情報不足なのだ。

 

 正直、一条君が頭いいのか、悪いのかさえ分かっていない。

 市原さんは学年上位30番圏内だっていうのは風の噂。彼女はまあまあ頭いいらしいが実際はどうなのか曖昧だ。ここらでひとまず、一条データ保存のために、聞いてみてもいいかなあと思いつつ、中々実行には移せない。

 彼とは2年連続同じクラスらしいし、ここで私の記憶の無いことでもばれてみろ。人格違うことでも見破られてみろ。

 

 確実に私の今後は死んでしまう。


 それはごめんだ。

 下手にこっちからアクション起こすのは、得策ではない。

 

「もちろん予算金は分配済みだ。今更口先だけで予算金ぶんどれるほど甘くねえよ。予算案の提出期限さえ守れば金額がそっくりそのまま会計担当の元に届く」

 窓口はあくまで会計担当のみってことか。

 他の人間、特に私や彼女には一生関係のない話だなあ。

 分配とか、没収とか。


「じゃあ、没収された場合は?」

 来年度への繰越金として使われるとか?


「その分予算が余るわけだから、もちろん他の団体に均等に分配される。そのためのペナルティーだからな。違反の有無で格差をつけるっていう」

 なんて嫌味な仕組みなんだ。


「――でも……、なんかわかった」

 

 敵が減る分、分配金が多くなるのか。


 そりゃあ私なら、デマでも何でも流して他をつぶし、金をぶんどろうって思うけど。リスク高くないか?


「実は伝達ミスってオチはないの?」

 生徒会会報の印刷ミスとか、言い間違い。

 わざわざデマなんて扇動目的みたいな言い方しなくても。


「――それはない」

 言い切られた。それも自信満々に。


 コーヒー残しておいてよく言えたもんだよ。その発言、ハリボテだったらぶっ壊すよ?

「多分ない」

 多分かよ。偉く脆い壁だなあ。そんなんだから私みたいな性根クズに嗅ぎつけられちゃうんだって。なんかおなかすいてきた。この話、早く終わんないかなあ。


 一条照明は胸ポケットからスマホを取り出し、画面を操作しだした。

 メモでも読み上げるみたいに。

「締め切り内で納めたのは三年の1、2、3、4、5組……って俺らのクラスは結果的に破ったから2組は省く。後、放送部、吹奏楽部、陸上部」

「1、2年は」

「全滅。それにクラブ参加だったテニス部、バト部、軽音、アメフト部もアウト。って、テニス部に関して生徒会長がいる癖に」  

 それふさぎようのないパンデミックだよ。関係者内包しておきながらそれって。

 

 それにしても6、7、8、9組ってほぼ文系クラスが死んでるのに、理系クラスは無傷……いやうちのクラスが汚点でした。ん? 


「それ、理系クラスが犯人だって言ってるようなもんじゃん」


 1から4は理系クラス。

 特に1組は数学特化のエリート集団。うちはその他の理科系。3組は看護系、4組は工学系男子と英文系女子の混合。

 

 1から3までが純粋な理系。ただ3組は医療人を目指す傾向からか、ナース服並みに真っ白な清廉潔白優等生しかいないので、こういう後ろめたいことで名を挙げる人もいない。

 また1組みたいなエリートもそんなせこいことしない。じゃあウチのクラス……そもそも締め切り破ってるし、いや市原さんに限ってそんな。ことするかもしれないけれど。信用してないけれども。

 いっそ一条君、君が主犯ってことはないかねうん?

 よし、結論が出ないので。とりあえずエリート犯人ってことでこじつけてしまおう。


「一組の担任って確か生徒会の顧問だったよね。じゃあ、その人が自分のクラス愛しさにやったんじゃない? そもそも生徒会から供給された情報なんだし、提供元がグルじゃないと狙ってそんなことできないでしょ」

 

 口から出まかせが出た。すごいな私。流石バックアップだ。やろうと思えばできるもんだ。

 それに対して彼は。


「やっぱりか」っておいおい。

 勘づいてたなら先に言えって。


「まあ、そんなリスクを冒してまですることでもなかったように思うけどな」

 なんてへらへら笑っていた。

 

 いつも通りの対応がそこにはあった。


 人をこき使うだけの一条君。

 彼女のことなんか好きでも何でもない照明君。


『彼女は彼のどこが好きだったのか』


 どこにもその内情を書き記していないため、私に知るすべはないけれど。

 せめて彼女がブログか交換日記でも書いていてくれれば、テレビでかじったメンタリズムでも使って精神分析できるのに。


 私は彼女のバックアップのくせに。

 本当は彼女の足手まといかもしれない。


 ただ彼女が人に嫌われるようなことをしているだけかもしれない。


 だって彼女が求めたのは、市原さんでもなく、もちろんわたしでもない。

 この目の前にいる男なんだって。


 恋愛感情の処理かもしれないけど、彼女の欲求が一条君を選んだことは確かなことだ。


 現に私も5限目に肩をつついて教えてなんて言ってくる人間をうざったくも思いつつ、返事をしていたんだから。

 本当に嫌いならこんなに悩まなくてもよかったんじゃなかろうか。

 結構好きだったのかもしれない。

 大好きじゃなくたって友達程度に好きだったかもしれない。


 なのにそれを何もあんな風にしなくてもよかったのに。私は面倒だからって彼にだけブルーベリー農場を経営させてたっていうか。悪かったっていうか。


 我に返るとなんだか心がじりじり焼けて、いたたまれなくなった。私は思わず。


「――この前は、なんかごめん。一条君は市原さんのことなんか好きでもないのに」

 

 市原さんにセクハラした人みたいに言ってごめんね。

 異性愛者みたいな言い方して、

 挙句発情期の獣のごとき汚名を着せてしまって。


「――女子には汚物みたいな目で見られたけどな」

 と内容とは裏腹な、思っていたより柔らかい口調で答えられたことにほっとする。


 口から白い歯が見え隠れしつつ、頬が上がっているのを見て、安心してしまった。

 

「まあポジティブに考えれば好転したわけだしな。そこまで気にしてない」

 どうやら触れてもいい話題だったみたいな。というか好転って? 


「迷惑被ったのは確かだけど、対したことなかったし。俺、結構そういうのは上手いから、しばらくしたらクラスポジはリカバリー出来るって思ってるし、そもそも男どもには同情されたっていうか」

「同情って?」


「――『あんなデカい胸見せつけられたら、何しでかしてもおかしくない』」

「……ごめんそれ、共感できない」


 分かる気はするけれど。

「あれは『若気の至り』で済んでるってことで。気に病むほどでもなかった」


 若気の至り。

 それで済むってことは、一条君は周りから愛されてるんだろうな。

 ウチのクラスの男子だけじゃなく、もしかしたら女子だって、そこまで気にしてないかもしれない。

 

 今は体裁を保つためにしているだけであって、来週の体育祭でそんなささいなことは吹っ飛ぶだろうし、表向きの被害者である市原さん自身が問い詰めでもしない限り大丈夫なんだ。

 誰の力も頼らなくたって、一人で大丈夫なんだ。ってああそっか。


 一条君にはそもそも『バックアップ』なんか必要ないんだ。

 

 自分の力だけで生きていける。

 そういう強い人だから、こうやって誰かを許してあげられるのか。


 それが優しさ? あんなことをされて許すとか、聖人君子かな? 


 それなら精神的に強くない彼女は優しくないってことなんじゃ……。


「――むしろ、ホモ疑惑が解消されて良かったというか」

 

 あっいきなりそこ来る……、あっ……なんか相槌打ちづらい……。


 え、ああ……疑惑やっぱりあったんだ……好意が見え見えだったのかなあ。


 誰宛てかって? あのイケメン後輩へに決まってるじゃないか……全く笑えないけれど。


 せっかく人が見直したところを綺麗に伏線回収するとか……もうこのストーカー、展開泥棒だって。


 私の行くとこばっかり罠しかけてくるじゃんか。もう何なんだよ。 

 良かったって返すのが正解なのか、この変態がって罵ったらいいのかさえ分かんない。でもってどっちも正解じゃないことは分かってる。予想外過ぎてなんかついていけないし、お近づきにもなりたくない。彼女から遠ざけなければ行けないランキング堂々1位の座は揺らがなかったというかなんというか。


 

 ――やっぱり私、一条君が嫌いだ。



「――じゃ俺、コーヒー飲んでから帰るわ。お前先かえってていいよ」


 どうやら犯人は1組ってことで報告するのだろうか。

 デマだのなんだのよりその後の発言が印象的過ぎてもう意味が分からない。


 パス。お手上げ。参りましたか、うのって言い忘れましたでぼろ負けした感。

 どうでもいいから早く帰りたい。


 私の鼻はつんととんがったコーヒー豆の匂いを、ただのコロンビアにしか感じなかったわけで。

 そもそもコーヒーは好きじゃない。きっと一条君だってそうなのだ。

 だから彼のコップには遠慮の塊程度の液量があって、私のは。


 あ、そういえば話すのと緊張ですっかり忘れてた。

 

 真っ黒いそれを。あーでも帰りたい。

 今すぐお昼ご飯食べたい。

 

 弁当を教室に忘れてきていた。腹の虫が鳴りそうで鳴らない。

 

 ――そういえば彼女は恋心には忠実だが、空腹には無頓着なところがある。

 

 私もそうかなと思っていたが、違った。

 どうやら私は腹が減ると考えが鈍るタイプらしい。

 

 だからこんなバカなことをしたわけだけど。



「あげる」


 私の分のコーヒーを、一条君に差し出した。


 よくよく考えれば私、苦いのは苦手だった。ゴーヤとかふきのとうとかもろもろ。

 大丈夫、一度も口付けてないから。

 間接キスも何もない。しいて言うなら冷めているかもしれないってことだけだ。


 それに対して、一条君はこうきっぱり言い放ったんだけれど。

 これは果たして正解解答例なのか。



「――俺。お前の犬じゃないんだけど?」


 きょとんとされた。

 あ。


 わん。


 ――私は自分が実はかなり失礼なことをしてしまったと、気が付いたのは今の今で。


 あれっ、頭が混乱する。

 とっさに出た言葉がここまで非常識だったのは、これが最初で最後ではなかろうか。

 なんで私そんなこと言った?


 あげるって何だ? 付き合いたてのカップルだって、夕食を用意してくれた母親にだってそんなことは言わないだろう。というか言えない。もし言えるとすればどんな関係性かって……私たちってそもそも何だ? 


 ただのクラスメイトじゃんか。私たちってそこまで仲良くないって。


 うわああしくった! もう全部ほったらかしにしてやりたい。バックアップやめたい。JKやめたい。


 でも事後なので仕方がない。一条君がどんな顔をしているか、見る気にもなれない。


 視界がいい感じに埋まる程度に目を細めて笑ってるふりをして、生徒会室のドアを開閉。急いで廊下を突っ切った。


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