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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
3/31

パッキング

 

――『二重人格』というものをご存知だろうか。

 

 正式名称は『解離性同一性障害』。人は誰しも二面性や多面性を持っており、本来それらは本人の自覚の上で行われるのだが、この病気はそうじゃない。


 通常と違い、別の人格が『無自覚』に発生し、勝手に活動する。

 その無自覚だの、勝手に活動する、にあたるのが『私』である。

 

 私はある女子高校生『彼女』の二重人格なのだ。

 ようするに『後付け人格』である。

 

 しかし、私は自我を持った。


 演技でも設定でもない、もっと変え難い何かを持ってしまった。

 故に私は私自身を『仮』人格ではなく『補助』人格とみなす。主人格である『彼女』を守るために生まれ、生み出された瞬間から『彼女』の保護を目的にする存在。


要するに緩和剤。

 そう、私は荷造りパッキンなのだ。

 

 荷物の間に挟まれたツナギの発泡スチロール。荷物が痛まないように、隙間に埋める梱包財。これらは傷を防ぐ重要な役割を持つ。


 そして、ひどい不快感をゼロに近づけることも。

 

 そこまでして、私が守るものは、私にとって痛むと困るものだ。

まあ一つしかない。


 「『彼女の心』だよ」


 話は変わるが、何故私が頭の中で永遠と一人語りをしているかって? 私が駅の改札を出るのに戸惑っているからだ。

 

 ICカードがうまく反応しないから。え、なんで改札を通るかって? 


「学校に行くためだよ。行きたくないけど」


 本題に戻ろう。

 私にとって傷がつくと困るものは私のものではない『彼女の心』。

 

 彼女という人物は私にとって生命線であり、パートナーだ。一生、憎むことは出来ないし、むしろ大切にすべき存在。

 

 それは愛か? でも、自分を愛したらそれは自己愛だ。


 通常の認識では歪んでしまうくらい強く思ってしまう。愛おしくてかわいそうな存在。


 それが「彼女ってこと」だ。

 さすがに駅員が近寄ってきた。さすがに混雑した改札で立ち往生は困るし。まあ普通の対応だろう。

 


 あ、付け加えるのを忘れていた。

 私と彼女は同じ体を共有する人格同士ではあるが、もちろん彼女に私になっているときの記憶は無い。


「代わりに私には彼女の記憶も残っているってことな。あ、やっと反応した」


 ピッという電子音が鳴った。

 ようやく改札のブロックが開く。



 彼女と私の違いはそれだけではない。

 

 私の出番は『金曜日』だけであること。

  

 後、もう一つ。


 「彼女には人の心が全くといっていいほど分からないこと」だ。


 能がないといっても良いかもしれない。

 それ故に阻害される。世界からはじき出されたかわいそうな人。


 私は彼女の存在を間近で見ていたから分かる。悪気は無い。 

 でも、それが返って面倒を生む。純粋な少女であるがために彼女は多くのことができない。


「偽装が出来ない。素直で率直。故に不器用」

 駅前のうどん屋の前の通りながらまた心の声が口から洩れた。

 

 本当に不器用なのだ。彼女は。

 

 だから、私は彼女を守ることに決めた。

 彼女の世界を守るため、私は今日という金曜日を駆け回る存在になる。


 ――私は、世界と彼女をつなぐ梱包材(こんぽうさい)だ。



 朝の通学路の途中、駅から高校に続く長い坂を歩く中、ふと手の平のツボを押した。


 手の真ん中は疲労回復のツボ。今日も多分疲れるから。念のため、疲労は残さないようにしないと。


 ――なぜ、今日が疲れる日か?

 理由は分かってるんだ。私には、『昨日の彼女の記憶』があるのだから。

 

 昨日、彼女はとんでもないことをした。怒りに任せて、とんでもないことをした。


「なんで感情のセーブができないのか」

 それは私が彼女でないから分からない。


 同一人物にも理解が出来ない行動だってある。むしろそちらの割合の方が多いのではなかろうか。

 

 そう思いながらも私は彼女のバックアップとして、任務を全うしようという意識を大きく強める。


「ワタシは梱包材。ただの梱包材」

 歌を歌いながら坂道を駆け抜けた。気分が楽ではない。

 むしろ最悪。

 

 日照りが首筋に刺さる。高校へ向かう坂道の斜度がひどく大きく感じる。

 校門を通り抜け、入り込んだ下足室は、洞穴のように冷たく。


 靴を履き替えるとき、私は恐怖を感じていた。

 億劫になる階段を一段上がるたびに体が少しずつ重くなっていった。私という存在が余計にちっぽけに見えた。学校が私を押し潰している。肺の中の空気が抜けていく気がした。

 

 このまま行くと酸素が全部なくなりそうでとても怖くなった。


 視界の端がどんどん暗く染まり。いつしか目の前に小さな光の円がふわふわ浮かびだした。気味が悪い幻覚。廊下のタイルに朝日が反射してそう見えただけだ。


 行き着く先は教室だった。私の、彼女の小さな世界がここにあった。手が震えた。でも、私は勇気を出してドアの取っ手の金具に手をかけた。


「はあ」

 ――もう、どうにでもなれ。


 私は投げやりな気持ちで横開きのドアを勢いよく開ける。


 ただ力強く開けただけで、教室内で騒いでいたクラスメイトは、全員静かになった。

 

「よく今日来れるよね」

 誰かが言った。それは私が今日のみのバックアップだから。

 いや、ちがうな。たとえ彼女の方が今日という日を生きたとしても普通に来たんだと思う。

 

 ――普通に来て、いじめられてたんだと思う。


「うっざいってわかってないの?」

 また違う人が。クラスメイトBがCが、その他大勢が、私の方をみて笑った。


 くすくす。笑い声。中傷か? 

 いいや、昨日の彼女の行動の方が駄目だろう。


 ――散々電波な言葉を発し、終いにはクラスの中心人物である女子生徒を殴るなんぞ。


 人間社会ではあるまじき行為だ。


 駄目だろう。ねえ、彼女や。 


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