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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第二章 体育祭のノックアウト
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ランチブレイク


 別に私が悪くない。

 元はといえば、生徒会の仕事を押し付けた市原さんと北側君が悪い。もっと言えば彼女の秘密を知っていて、本まで返して来ない新藤さんが悪い。


 皆が悪い。私は何も悪くない。

 なのに、何でこんなにも怖い思いをしなければならないのだろうか。


「あ、コーヒー入れようか」

 なんて声かけてくるクラスメートが怖いです。

  

 一条君はそんな私の心とは裏腹ににこやかに対応してくる。彼が後輩男子に熱烈アタックしていたストーカーさんであり、そんでもって私が罠にハメた相手だと思うと尚のこと怖い。


 彼の内心が分かりません。あの私による彼女のための大演説会で市原さんに劣情を抱き、あわよくば押し倒そうとしていた犯人に仕立て上げられた彼に、クラスの目は厳しかった。週明けには女子からは白い目で見られていたし、私の主人格である彼女も若干かわいそうな目で見ていた。いや彼女にその目をする権利は無いんだけどね。諸悪の根源は彼女だし……仕組んだのは私だけれども。

 そもそもどうしてこの場に一条君がいるのだろうか? もしや新藤さんと彼は男女の仲で、新藤さんが『貴方をハメた女を生徒会室に隔離したわ。さあ思う存分やっちまいな!』っていやいや、メガネさんそんなキャラじゃないって……多分。

 ただ新藤さんと一条君に恋愛関係がちょっぴりでもあるとするなら、私のあの推理は勘違いだったことになる。彼が市原さんの弟を好いている。っていうのは。嘘だといいなあ。


 生徒会室は部室棟と中館の間に置かれた一見倉庫のような場所であり、内部なんか確認したこともなかった。が、その秘匿された空間がここまで快適だとは思っていなかった。

 

 隅に置かれたコピー機や製本用のデカい二穴パンチやホッチキスがあること、本棚が丁寧にラベリングされたファイルで埋め尽くされ、若干の倉庫感はあるにはある。ただそれを包み込む凝ったインテリアや不法に持ち込んだであろう音楽スピーカーからして……おしゃれオフィスだろこれ。

 沸かし器とかインスタントコーヒーとか設置されていて、職員室にも取るに劣らぬクオリティー。大人共だけが飲んでる苦くて黒い飲料品を学内で優雅に飲めるとか。教諭って殿上人かよなんて思っていた昨日の私にさよならしたくなった。真の支配者は生徒会執行部だったのだ。って関心している場合じゃない。なんとかここから脱出する方法を考えないと、私の精神は後数分で死ぬ。


 だって、一条君だよ? 婦女暴行罪をなすりつけた相手だよ? 報復に殺されたりやしないか?


 その当人は中央に置かれた丸テーブルにコーヒーカップが対角線上に2つ置き、周りを囲む5つの椅子の内の一つに座った。仕方なく向かいの席につく。どうしよう、動悸が止まらない。


 ――こんな閉鎖された空間に二人きり。

 

 相手が違えばラブコメ展開だったのに。そりゃ彼女の好きな人だし、私だって女子なんだから壁ドンとか床ドンとか一方的な打ち付けの恋愛シチュエーションにときめいたりする場合もある。

 だが、一条君がドンしたいのは私ではなく、『トシくん』だ。齟齬が生じている場合もあるかもしれない。ただ断じて言える。一条君は彼女のことは好きじゃない。


 たとえ彼女が一条君の全てを受け入れられるとしても、一条君のために死ねるとしても。彼はその行為に何のときめきも感じないだろう。可哀想に。

 

 受け入れるといえば、彼女は一条君がホモ野郎って知っても引かなかったな。人間の出来てない彼女がそんなに柔軟性があるとは思えない。分かっただけでキーキー言いそうな気がする。


 恋は盲目だから? まあいいか、彼女のことだ。どうせろくでもないこと考えているに違いない。

 私は彼女の平穏を守るだけの存在だから。彼女の思考概念を一般程度に整えるのは仕事に入らないから、それはカウンセラーに任せていればいいだけのこと。私には私のやるべきことがあるんだって。

 

 よくよく考えると彼女を取り巻く環境は先々週の金曜日から一変している。

 彼女は変に精神安定していたし、市原さんを殴るまで錯乱していたヤンデレ具合が、図書館での出来事以来、さっぱり消えてしまったこと。

 そして、あの日から彼女は一条君に一言も話しかけなかったこと。もちろん一条君から彼女に話しかけたりもしなかった。しいて言うなら一回だけ肩をたたかれたような気がするが、プリント回しとかそんなたわいもない要件だ。興味ない。

 それに市原さんの私への異常な可愛がり。数分たっても来ない新藤さん。


 ってオールキャストが不審な行動を働いてるじゃんか。

 というか生徒会室なのに生徒会長は居ないの? 来ないの? 役員の一人や二人いたっていいのになんで一条君だけなんだって。あ。なんか気が付いちゃった。ま、まさか。


「――まさか一条君って生徒会役員だったりする?」



 すると、一条君はにこっと笑ってこう言った。

「――違うけど」

 違うんかい。勿体ぶって損した。

 じゃあお前なんでここにいるんだよ!


「俺は新藤みどりに呼ばれただけ。そっちもだろ」

 そりゃ役員じゃなければそうでしょうね。でもなんで君と私が二人っきりなんですかね。せめて清涼剤はないんでしょうか。もさい男じゃなくてですね、こう巨乳の萌え系がいいです。今思えばメガネさん、ツンデレで程よく肉付きのいい女子で、正直好みだったのになあ。なんで一条君なんだろ。なんでホモ君なんだろ。私腐女子じゃないのに。

 

 一条君と目が合った。瞳の中に私が映っており、下手に見続けると火傷しそうなくらいギラギラしていた。目を背ける。よくよく見るとまつ毛が長かったので腹が立ったのは一理ある。心を見透かされているような気がしたからってこともある。


 その時、「フッ」と笑ったのは私じゃなかった。

 なんですか。その今にも笑い転げそうなのをこらえているような顔は。

 何がおかしいんですか。手玉にでも取ったつもりかあああん??


 一条君はぼそっと告げる。

「もしかして、今日は生徒会役員が来れないことを知らないってことは無い……よな?」


 ――はい? メガネさんは来れないの?


「生徒会役員は昼の代表者会議で出払ってることが多くてさ。ここは金曜日の昼は滅多に使われないってこと……あれ、その顔はやっぱり知らなかったんだ」

 なんじゃそりゃ。というかそもそも生徒会役員でもない人がそんなことを知ってるのか。


「一回くらいは聞いたことあるだろ。ほら、部活とかで」

 自慢げに言われた。部活入ってねーわ。正確には無所属。モデルでいうならフリーランスだから。


「あー、そうだっけ。まあ気にしなくてもいいだろ。市原もそうだし」

 うちのクラス委員長やっぱりモデルだったんだ。そりゃ素人にあんなスタイルのいい子いるわけないか……。


 って違うよね。ただの部活の話だ。まあわかる気がするよ。あの傍若無人な女性が部活なんて凝り固まった組織の枠組みに入れるわけがないもんね。せめて入るとすれば演劇部しかないだろう。

 『傾国の美女』……市原さんにぴったりだ。


「覚えてないと思うけど、あいつ部活やめたんだよ」

 きっと退部理由は『私の思い通りにならなかったから』とか理不尽な理由なんだろうなあ。たぶん関係者は殺害いや社会的に殺されたか……どちらにせよ怖いし、プライバシーに関わることなのでこれ以上は詮索しないこととする。  

 

 なんか身震いした。話変えたい。

「じゃあ、今回は二人で何するの」

 説明ではPC操作って耳にした気がする。何? ワードでもいじるの?

「ああ、犯人捜し」「――犯人?」

 物騒なワードが出てきた。私の考えていたワードは単語ではなくソフトの名前だけれども。


「犯人」一条君は爽やかフェイスを貫いて、そう言い放った。

 私は何が何だか分からなかった。

「何の?」

 誰か死んだのか。それとも問題はとっくに発生していたのだろうか。案外、あのコピー機の裏から麻薬の入った袋でも出てくるとか。まさか。そんなん犯罪じゃないか。


「決まってるだろ」

 さも当然のように。ただその声は少しだけ低く、底に響くような。


「予算委員会のデマを流した犯人だよ」 

 

 ――裏切者を探せ。

 ただし、一条照明を含む。

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