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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第二章 体育祭のノックアウト
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バッドチャンス


 金曜日の昼には時々会議がある。

 ある時は部長会議、またある時は予算会議だったり、多種多様な集まりが金曜日にランダム発生する。


 それが今週は『クラス委員長会議』だったってことで。市原さんも呼び出されたっと……まあ知ってたよ。クラス委員長は激務ってことくらいは。


 

 また、近所の市民会館の絵画展に美術部員が駆り出されることがある。土日開催だとその前日、金曜日に。

 

 作品の搬入なんかは絵画のトラックへの詰め込みだの、体よりも数倍大きい巨大油絵を運んだり、結構な力仕事である。美術部の搬入は昼休みから始まり、必要に応じて部員は午後の授業を欠席してもいい……。みたいな話は耳にしたことはありました。例えば、『朝登校してきたはずのあの人はどこに?』ってなった時は大体『そういえば美術部だったね』ってことはよくありますよ。あるにはあるんだよ。


 ただ、忘れていた。

 さっぱりすっぱり忘れていた。


 だって私は帰宅部だから。まじ関係ない。だからといって気が付かなかったことへの言い訳にはならない。でも帰宅部ってお家に帰るのが仕事なんだから。仕方がないって言ってみたい。


 確かに絵画展での入賞経験は美大の推薦入学に関わることだし、高三の北側君はちょっとのそっとじゃ抜け出せないよな。わかってますわかってるから余計空しいんです。


 

 ――要するに、クラス委員長と美術部員。


 役職もちの二人と出向いた時点で間違いだったってことだよ。むしろこれが私の定めと言わんばかりの完璧な罠。

 もしやはめられたかもしれない。市原さんと新藤さんが陰でつるんでいた可能性も視野にいれておこう。 視界の端で黙々とノートを取っている優等生がそこまで悪役にも思えない。だが実害は出ている。昼休みという私のオアシスは一瞬にして崩壊したのだ。


 ああ、もう無理。こうして黒板の数式を眺めていると数字くらいは愛せる気がする。答えを探すってところが名探偵と似ていてかっこいい。

 ただ現実は推理とは別なのだ。こっちがどんだけ精神右往左往し、やっとのこさで見つけた真実だってお構いなしに世界は動いていくんだから。それも私の望んでいない方向に。彼女の平穏を冒すような兆しは見つけたら潰さないと。私が。ブチッ。


 そんな悪態をついているとこれまたちょうどいい具合にチャイムが鳴った。

 チャイムと共に廊下に出ようとする群れが、帰宅ラッシュ時の満員電車みたいに混みあっていた……なんかの特売?


「――皆、焦りすぎね」


 なんて近寄ってきた市原さんがすっぱり言うので、私が「なんで」っと聞いてみた。


「応援合戦の練習。あんまり上手くいってないみたいなの……その、キレがないってやつね」

 キレがないって致命的では? たしかに練習を積み重ねれば山になるっていうし、本番まで一週間を切った今からでもどうにかなるかもしれない。ただあそこまで圧迫する必要はないと思う。


「嶺さんも踊ればよかったのに」

「そういう市原さんこそやればよかったじゃないですか。いい思い出にもなったでしょうに」

 リア充的なイチャイチャイベント。振付と銘打てば好きな男と恋人つなぎでもなんでもできる『希望者のみのダンス合戦』。それがわが校の応援合戦。


「私、運動とか苦手よ」

「ダンスってそんな本格的なものでもありませんよ。それに市原さん、運動できるじゃないですか」

 この前の球技大会できれいなアタックナンバーワンしていたのは貴方じゃないですか。


「そんなことないって」と市原さんはリア充特有の否定返しをしてくれた。じゃないのじゃないは肯定ってことをご存じだろうか。


 市原さんは途端顔を赤らめて、

「それに、好きな人が出てないなら……私も出ないわよ」

 


 え……、何このフラグ。私宛て……いやいや第3者宛てだろって。私って待て待てそれだと確実にユリ科ユリ的なこんにちはお花のってだめだめそんな私には彼女がいるんだって。肉体共有フォルダ状態の精神不安定ご主人様がいるっつーに! 別の人の梱包材になる暇なんてないんだって。


「ははっ……」

 笑ってごまかした。だって……それしかないじゃないですか。


「なあくらいよ。応援合戦に出るのって。なら私は徒競走で済ませることにしたの。100メートルの勝敗ならそこまでクラスの成績に関わってこないし」

 あ、応援合戦って加点対象なんだ……何点かな? 大体30点とか?


そこで私は「私も100メートルなので一緒に頑張りましょう」ってどきまぎしながら言ってみた。勿論社交辞令である。

 

「そうね。そっちも頑張ってね」

 それって100メートルがですか? それとも今日の昼がですか?

 あまりに綺麗な策略にはまったせいで励ましも素直に受け取れません。まあそんなものか人生。


「あ、じゃあまたね」

 なんて席に戻る少女の去り姿に悪気はなかった。なかったはなかったで余計悪質なんだけど。


 その後の3限、4限。まさかの復習プリントパーティー。要するに消化試合だった。先生も体育祭前だからって手抜きすぎだろおい。

 


4限目は早めに切り上げられたことも、授業内容はそこまできりの良いところでもなかったことも、何故私が5分も早く生徒会前に到着することができたのかも。


たぶん体育祭前だからとしか言いようがなかった。

あの担当教諭は調子こきで有名なおっさんであったため、そのくらいの検討はついた。


生徒会はもぬけの殻のようだ。

 遮光カーテンで内部が見えない、また鍵がかかっていたため確かめることはできないが……これで鍵を開けた瞬間、中から死体が出てきたらどうしよう。


 新番組『梱包材の名推理』の始まりである。

 勿論探偵役は私。おそらく容疑者も私だ。


ヒロインはヒステリー気味の彼女ではない第三者……出来れば美少女がいいなあ。そうだ、新藤さんなんてどうだろう。あの仏頂面に笑みでも足せば、教室の暖にでもなりそうだ。わざわざ見る気力にはなれないが、その時があれば是非お目にかかりたい。学園ものにはメガネ女子の需要も必要だし、彼女も新藤さんくらいの頑固者ならいけるかもしれない。まあ実際に会わせたことはないので、絶体絶命な拒否反応を起こす可能性もなきにしもあらずだが。



廊下が寒い。誰もいない。


もし歩行者がいるとすれば、季節外れの転校生が学校見学でもしているか、私に仕事を押し付けたメガネ会計さんぐらいだと思われる。新藤さんまだーー?


 5月の癖に底冷えしたコンクリートの上を歩いて誰の足音が、近づく。

 その誰かの姿を確認したとき、私は愕然とした。


 でもそれは新藤さんでもなければ、駆けつけた市原さんでもなかった。

 だってその人は私より身長が高かったから。


私より長身と言えば、親友の千葉もそうだけれど残念ながら違う。残念だけど、そっちの方が救いようがあった。私の不運人生を物語るような、というかなんで笑いかけてくるんだこの人は。先々週に私がお前にやったことを忘れたのかと言わんばかりにそいつは優等生ぶった振る舞いで私の前に現れた。


「待たせてごめん。職員室で鍵、取りに行ってたんだ」って一条君が言った。


一条君だ。

 先々週、私がハメた一条君だ。


 私はとっさに目をつぶる。そうすれば再度目を開けた時、彼が幻であれば消え去ると思ったから、出来ればそういう都合の良いものであればいいと思った。


その後のことは言うまでもない。


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