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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第二章 体育祭のノックアウト
26/31

ハートビート

北側君は美術部員らしい。


 なーんだ。まあ腑には落ちるよ。アメフトのガッチガチ熱血集団がうちのクラスに居るわけなかった。

いてもテニスラケットとリア充バカップル集団。我が校のテニスコート、体育館が彼氏彼女づくりの場になりつつある現状。

 これが他校なら大会優勝を向けて努力を重ね、汗と涙のスプラッシャー。きっと心踊る青春を送っているのであろう。

 

 どこで道を踏み外してしまったのか。『協力して全国制覇』か『男女の愛を育む』かの違い……………ひぃいっ……なんか生々しい表現……グハッ! 吐血し……く、くるしいぃよぉ。急患になりそうな悪寒が襲ってくる。愛を育むとかエロい……思いっきり淫らなことしか想像できない。って何やってんだエロ梱包材が。不潔だ。酷すぎる。せめてロマンチックな、カップルが手を取り合ってカフェでお茶とか、一つのドリンクをハートのストローで分け合うバカップルとか! 不愉快ラブラブ映像だけでいいんだよ! エロの需要は18禁だよばあああっか! この悪影響パッキンめ。ううぅ……なんか泣けてきた。ごめんなさい彼女。どうせ生きるなら少女漫画みたいなお花畑で走り回りまわりたいよね! ふぎゃあああああ。


「じゃあ、クラス会計さんに聞いてくるから」

なんて私の脳内暴走をよそに市原さんと北側君は何やら話し込んでいた。

 市原さんはふらっと、どこかに行ってしまわれた。

 

 去り際の市原さんの肩甲骨がエロいことに気がついた。Yシャツの中に淡い横線が入りこんでいる。まあ汗でぴったりとはりついたシャツの向こう側にブラのホックが透けていたってだけなんだけれども。それの色が空に似た色で、ああ今後私は天を仰ぐ際、必ず市原さんを思い出すことになるだろうと胸の中の暑い何かが燃えたつ。ああ青春の味ってドキドキするよね。自分のじゃなく、他人のしかも巨乳の姐さん。同い年なのにあの色気は何のだろう。一体どこから来てるんだ。

 

 それを眺めて何かしらたぎるものがあるのは、どうやら私だけではなかったらしい。

 

 北側君も見ていた。

その眼差し、ムッツリを越えていて……まるで芸術家のように鋭い。食い入るように眺めていた。こいつ、中々の上級者ではなかろうか……でもまあ、見ちゃうよね。思春期の男子であんな扇情的なものを見ないやつはいないよね。むしろ見なきゃ損だ。そもそも容姿のキレイな人は、全てが国宝級の財産であってだ。あ、拝観料を払うのを忘れていた。そりゃそうだ。


「市原さんの美しさは、お金払っても見たい人はいるだろうし。じっくり見たって罪は無いよね」


 その時、北側くんが一瞬にして固まった。

 

 なんで、急に目を丸くしてこっちをみているのだろうって。


 あ、しまった。

 ――心の声が思わず口から出た。


 しかも、何やら変態チックな代物が。

 何が拝観料だ。たしかに憲法では思想の自由は受け付けても、変態の押しつけは迷惑防止条例違反だっつーの。うわ、なんか顔が熱くなってきた。恥ずかしい。口角が上がりまくりのムッツリスケベ……傍から見ればそう見える変態女子高校生がここにいた。というか私がそれだった。


 それよりも問題なのは目の前の人物の異常行動である。


 何故か北側君はこっちを見つめていた。

 じっと私を自らの目の中に入れようとガン見。んな阿呆な。こんなバカ発言の意図でも探っているのだろうか。何か楽しいものでもあるのか。今流行りのムッツリウォッチング? 

「何?」

 流行の最先端は不審者観察なのかもしれないと、一抹の期待をもって聞く。


「お前、背中が乱れてるぞ」

 何て指摘……ああ、変な格好で色塗りしていたからいつの間にか服にシワが寄っていたのか。Yシャツの腕をむりやりまくったため、布地がねじれて筋が背中まで伸びているのを触って確認。もしかしたら、絵の具も飛びちって大変なことになっているのかも。


「ああ、教えてくれてありがとう」

 にこやかに微笑んだつもりだった。

 けれども、北側君のぶっきらぼうな表情は代わり映えしない。

 

 会話が止まる。


 話に不器用な私とマイペースそうな北側君の間の断裂を感じた。何を喋るにもこっちは喋る話題のアテなんか何も無い。静かに見守るだけだ。

 

 そんな時だった。先に口を開いたの相手方だった。

「もしかして、お前。みっちゃんか」

 おっとりとした口調が重々しくのかった。その圧力は空気全体にじっくり広がっていったみたいな。

 そんな違和感。


 ―――というか、何がミッチャン。3チャンネルの洒落た言い方かフランスの城で出来た島……ってあ、分かった。


 嶺 → みね → みっちゃん。


 おいおい。いきなりにしては馴れ馴れしすぎるよ北側さん。一流ナンパ師だってそこまで踏み込んだことはしないだろう。多分彼らは女性の懐に空気のように入リ込み、そのまま侵食していくのだろう。彼の如き野暮なことは聞いてこない。結局、何言いたいんだこいつ。


「みっちゃんなんて、呼ばれたことは無いんだけどなあ」

 軽くかわす。すると北側君、視線を落とす。


「あー、ミスった。言うんじゃなかった」

 何がだ。

「なんか余計に混乱した。ごめん、今言ったことは無かったことにしてくれ」

 だから何がだ。

 

 そうこうしているうちに美少女こと市原さんが帰ってきた。


「ごめんなさい。やっぱり無理だった」

 けれどもそこまで落ち込んでいるようには見えない。おそらく何か別の算段でも立てているのでしょうね。アハハ。いやさすがにそこまではないか。


「さすがに今日で体育祭まで一週間を切ったものね。予算報告書の締切は22日だからとうに過ぎているし……仕方のないことなのだけれど一か八か、生徒会に直談判でもしようかしら」

 

 と女神のごとき輝きで言い放った。そこまでいかないと思っていたけれど、この人そこまですごい人だった。

 直談判って何。殴り込みか殴り合い。どっちに相当する試合だろうか。戦いだと思っている時点で無意識に後者を選択しそうで怖い。いや、怖くない。頼もしいの間違いだと信じたい。

 

「どうせなら今から3人で交渉しに行きましょう」

 へえ、いってらっしゃーい。

「じゃあ嶺さん行きましょ」

 と行って、私の右腕にしがみつく豊満ボディさん……って、人間違えてるよ。脈絡から行って北側君じゃない? 美味しい思いは男がするもんじゃない? 何故私。


「だって、私と北側君と嶺さんの3人で行った方が効果的だもの」

 彼女には。と付け加えなさった。へえ、会計さんは女性なのか。正直どこの誰かは知らないし、そもそも私は使い物にはならない。私は只の人間。あえて言うのなら主人格の彼女を守ることに特化した救助要員でしかないのだけれども。


「いや俺はどっちでもいい」

 と横でつぶやいた美術部員は。

「行きましょう」

 と市原さんが言い、微笑まれた途端、青ざめた。

 

 線になった目が北側くんの網膜に焼き付いたであろう瞬間、彼は怯えつつ首を縦に振った。犬の身震いみたいだった。こえぇ。やっぱりうちのクラス委員はこえぇ。やっぱり男性でも市原さんの怒りは怖いらしい。ある意味特殊能力だよねこれ。


 こうして市原さんはおともの私と北側君を連れて旅に出かけたのであった。

 どうせ生徒会長にでも謁見するくらいなのだろうな。仕方ない生徒会室まで行ったら隙を見て引き返そう。とかなんとか。



 ただし行き着いた先は生徒会室ではなく、5組の教室の前だった。


 あれっと思っても市原さんはドアの取っ手に手をかける。


 いや、ちょちょっと待った。

 生徒会室は? 

 そりゃ5組のほうが近いよ? 

 中央階段を挟んでも実質4クラスくらいの距離しかない。階段下がって1階に設置された生徒会執行事務室よりは確実に近い。だからってここに生徒会長がいる気配は。


「あら、嶺さんは知らなかったの? 生徒会会計さんは5組所属の方よ。今の時間は担任の新舘先生も準備許可くらいはしているだろうし、訪問してもご迷惑にはならないと思ったのだけれども」

 

 だからって5組には行きたくない。入りたくない個人的に!

 生徒会会長じゃなく、会計様相手でも太刀打ちできないし。


 まず文系クラスのチャラい女子に敵いっこない。

 

 たしか5組はテニス部とバとミント部のメンバーでその半数が占めているという。うわ無理。絶対リア充爆発しない。むしろこっちが自爆する。たとえ市原さんは大丈夫でも北側君がバリケード張ったとしても、先に私のちっぽけなメンタルが潰れる。


 要するに文系怖い。人様の弱いところを詭弁で言いくるめ、やげて人格そのものの否定に走るあの空気に耐えられない。怖いよーそんなん100人の市原さんを敵に回したのと同義じゃないか。そもそもリア充の発する殺気に対して対抗する究極奥義とか持ってないし、山ごもりや謎の仙人に弟子入りしない限り無理だし無茶だ! わ、わわ私は逃亡する!

    

 それなのに、市原さんはあっさりそのパンドラの箱を開けてしまった。逃げ切る隙など皆無だった。 

新藤(しんどう)みどりさん、いらっしゃるかしら」

 なんて声をかけてしまったのだ。


 私はこの時、これから私の身に降りかかる不幸を知らなかった。

 全ては箱から飛び出した厄災のせいなのである。箱を開けたのは市原さんであり、それを傍観していたのは私と北側の二人であり、どちらも同等に罪状はあったはずなのに、結果的に被害被ったのは私だけなのである。


 そんなのありか。

 しかし、ありだった。

 

 まあ物語と違うところがあるとすれば、箱の隅に希望はあるのだろうかどうかである。

 きっとねえな。救いもへったくれもないのだろう。私の運命はそんなものである。


 運命の変更点はさら地状態。曲がり角どころかそもそも道がない。

 人生はうまくはいかないにも程がある。第一そんなものがわかっていれば、きっと彼女は記憶を失くすこともなかったよ。


 文系リア充教室の中に人混みがあった。中では色塗りや、ダンスの練習をしていて。

 その中に見知った顔が抜き出てきた時、悪寒がした。 


「な、何でまた私の前に姿を表したのですか。要件は済んだでしょう」

 

 呼び出しに応じた少女がおさげ髪であった時点で詰んだことに気がつく。

 髪色は茶色。どことなく優等生の雰囲気漂うその人が、花形の金具の緑色のメガネをかけていた。

 

 そこにいたのは、厄災こと私の精神乱し撹乱マシーン。

 おしゃれメガネさんだった。

 

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