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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第二章 体育祭のノックアウト
25/31

ターンアップ

 

 一限目は先生のご厚意により内容が変更。

 プリント演習を終えた人から体育祭の準備に取り掛かってもよいことになった。

 

 その助言の成果か、現在我が教室は違法地帯と化していた。

 応援合戦のダンスの練習で手をばたつかせ笑顔を振りまく女子、華麗にバク宙を決める男子などが散乱し取り返しのつかない状態。梱包材の私もそれに同調しておきたいところだが、残念ながら元から私にそのような能力は装備されていなかったのだ。

 そもそも目立ちたがり屋でも無ければ、適当に誰かにかまってもらえる愛されキャラでもない。

 そして私も主人格の彼女も、それらに率先して加わる性質は無い。ただひたすら手持ち無沙汰の自分の身の振り方に困って、挙句クラスの女子が強引に横断幕塗り役へと割り振ってくれるのに従うだけである。

 そのクラスの女子とは一体誰のことか、ここまで読んでくれた人は分かるだろう。でも一応これだけは手がかりとして述べておく。


 ヒント、彼女はリーダー気質である。

 中ヒント、その先導役の名前は「い」から始まる。

 最大ヒント、クラス委員長である。


 噂をしていたら何のこと。張本人が駆け寄ってきた。

「嶺さん、調子はどう?」

 なんて声をかけられた。

 教室の床に横断幕を広げて地べたに座り込んで色塗りをする私に合わせ、その魅力的な体型の女性がしゃがみかけの体制で、うつむき加減で聞いてくるものだから。暑くなりかけた5月末のこと、市原さんは白いYシャツの胸元がはだけて、そんなうつむくと、その巨大なお胸がシャツから張り裂けて飛び出そうで、あ、だめ。こっち見ないで。シャツの間から谷間見えてる。その柔らかそうな肌色の双丘が目の前で溢れていて色々な補正なしで見えるって、贅沢な一時なのに。目のやり場に困る。あ、うう。触れられない。だって彼女はそんなことする人じゃないし、ここで触れたら確実に変態だし。でも、触れたい。正直な欲望でこっちの胸まで張り裂けそうになる。


「右手がどうかしたの」

 いきなり言われたので意味が分からなかった。

 市原さんが心配そうな目で私の右手を見ていた。


 ああ、さっき舐められた方の手だった。

 その手を無意識に避けたせいか、右だけぎこちない動きになっていた。

「へ、あ、問題ないよ」

 だって、私左利きだしさあ。あはは。唾液の感覚まだ残っている。が、手洗い場はTシャツ班が独占していて使えそうにない。この場を凌ぐしか方法は無い。

「問題ないって、絵の具べっとり付いてるけど」

 市原さんの明確なご指摘どおり、横断幕に塗りつけた塗料が手に転写されるような形で張り付いていた。

 いつの間に。

「貸して」 

 言われたのも束の間、市原さんが私の右手を取って、え、汚いってペンキだけでなく誰かの唾液経由で口内細菌にも汚染されてることで有名な私の手だよ。それに手洗いは行けないって。教室の入口も出口の混雑していて人の通れる隙もありゃしない……。


「えいっ」

 湿った白地の何かを押し当てられた。

 携帯用のウェットティッシュだった。ってこの人、女子力高いな。自前でウェットティッシュ持ち歩く人って伝説の生き物なんじゃなかろうか。あの私は女子力の高いはずの彼女でさえ、ハンカチを忘れた時には、手洗い後の水滴をスカートで拭ったりするのに。抜け目の無い、流石としかいいようが無かった。開いた口さえ塞がらない。


 私の手を拭いながら、市原さんはふふっと笑いだした。

「女の子なんだからもっと身だしなみだって整えたっていいのに、もう」

 なんて困った風の口調をしつつも、微笑みを浮かべて、市原さんは私の目を見つめるんだ。


 その魅力的な目に吸い込まれてしまうのは。

 この胸の高鳴りは。

 一体何だと言うのか。

 

 その愛くるしいさはきっと目に入れても痛くないだろうし、正直どこぞのアイドルプロデューサーだってこんな魅力的なアイキャッチされれば一瞬にしてアイドルへの路をおすすめするに違いない。


 ――もう好きになっちゃっていいかなあ?

 

 さっきも変な人に絡まれたせいで若干病みかけた私の心をそっと癒やしてくれた彼女を、少しくらいは好きになっても良いのではないのか?

 確かに彼女も女性、市原さんも女性だ。けれども、そんな障壁越えていけないかなあ?

 彼女には一条君なんて不届き者でなく、可愛くて自分を思いやってくれる子をおすすめしたい。きっと私が男だったら、確実に交際を打診していたに違いない。彼女には申し訳ないが、市原さんみたいに包容力のある人との付き合いを見定める目をもっと養ってほしいのだ。まあ、やっぱり女性同士はいただけないけれども。


 そんな時、市原美香子と私に近寄るもう一つの影があった。


「市原、今ちょっといい?」

 そう言った彼の真っ白なポロシャツの袖下からは綺麗に割れた上腕二頭筋が見えた。腕を使うスポーツと言えばうちの高校ではアメフト部くらいしかない。我が校は確かアメフトでは上位校だったはず。

 じゃあこの人はアメフト部員? いやいや、うちのクラスにアメフト部はいないって。4組以降の文系組にはそこそこいるが、うちみたいな数Ⅲ履修クラスに運動部のガチ勢は居なかったはず。

 

 ではこの人は何部だ。

 そもそも名前が分からない。確かタ行かカ行だった。決定的な何かが、頭の底につっかかって取れない。

「朝言ってたカラーのこと、買いに行くのは俺でいいか? 販売店の場所も俺くらいしか知らないだろうし」

 カラー……って何の話だろう。ペンキか何かだろうか。

「そうね、それは美術部員の貴方に任せた方が良いわね」

 なんて市原さんが口走った。え、この人美術部員なのか? どうみても運動部にしか見えない。


「じゃあ、頼んだわね。北側君」 

 あ、そうだ北側君だ。

 確かこの人は、そんな名前の人だった。

 

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