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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
19/31

欲しがりと星空

 木島奈々は僕に話しかける。


「日直の仕事を増やさないで欲しいなあ」

 木島の右手には錠前が。

 左手には鍵があった。

 

 僕は動揺して声がでなくなった。

もし彼女が今までの話を聞いていたらと思うだけで恐い。


「で、さっき何を話してたの? 気になるじゃない。私がどうしたって」

 

 さあ僕の顔、今どんなかんじになっているかな。

 案外、青筋が綺麗にたって死にかけ状態にでもなっていないだろうか。

 無理だろ、これ。さてどう解決したものか。

 

 なあ、北側。

僕は北側に応援を求めた。


 北側は何故か目を見開いていた。

 まるで宝石を目の中に詰めたかのように、光を乱反射させて、驚きを息さえ止めてそこにいた。


 どうした? 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってるぞ。

 

 北側が動いた。

 僕の目の前を通り過ぎて、木島に駆け寄った。


 「木島」って呼んだかと思うと、木島が距離を詰めた。

 ぶっきらぼうに「何?」と聞いた木島に対し、北側はなぜかこんな話を振っていた。


「――君は『月の石』を知っているか?」


 遠目で見ているこっちが吹きそうになった。


あいつは何が言いたい?

 すると木島は考え込み、しばらくの間沈黙を続け、その後にこうつぶやいた。


「月の一部ってこと?」

 そういうと北側は相槌を打つ。


「そう。月面の一部ってことだ。月は太陽の光が反射して綺麗に輝く。でも、月自体は光ってもいないただの衛星。その『月の石』もただの玄武岩だ」


 月の石はただの石。

 それは誰もが想像のつくような話だった。

 誰もが知っているような当たり前を、平凡な日常を、北側はなんて言うつもりなのだろう。

 

 などと考えた僕が馬鹿だった。

 

 あいつは元から『描かない美術部員』だ。

 絵を書くはずの部活で絵以外のことをやって大成したようなやつなのだ。

 そんな男がごく普通のことを言うわけが無かった。

 


「――その月の石を、綺麗だと言う人がいることを知っているか?」

 

 北側が目をキラキラ輝かせて言うものだから、誰もが食い入ってしまう。

 もしかしたら、あいつは凡人が持ち合わせない、そういう何かを持っているのかもしれない。 

  

 北側は焦る口調で続ける。


「その石がどのような過程を超えて得られたものかを知っている人間だけが、石の価値を知っている。その目にはその価値さえ光り輝いて見えるんだ。人間の叡智が目下に明らかになるところを、その人間だけが目撃できるんだ」


 僕は北側を直視できなくなった。

 ふと目をそらして、窓の外の仄暗い世界が自分の世界だと思った。

 曇った色が自分によく似合うと呼びかけた。


 だって、あいつの目は僕がどっかで失くしたような目をしだしたから。

 それが僕には直面したくないものだったからだ。

 

 真っ向から真に受けたら自分が死ぬと思った。

 北側の言いたいことが何となく分かる自分に嫌気が差した。


「――その目が、俺は欲しかったんだ。こんな気味の悪い目の代わりに、それが欲しかった」

 北側は自分の目を押さえる。


 事情知らない木島には意味の分からないことだろう。

 だからといって、事情を知っている僕にだって対処なんて出来ない。


 何かを求めるなんて、僕には出来ない。

 そんな惨めな、みっともないまねは僕には出来ない。

 

「いつかはそんな美しいものに出会える可能性を考えていた。俺の目は俺の欲しいものをくれなかった。人の罵声、薄汚い本性なんか見えて欲しくなかった。ずっと他人の目玉を繰り抜いて、自分の中に埋め込みたかった」


 その凶暴にも聞こえるそれは、僕を愛した誰かと同じに聞こえた。


 僕を好きだと言ったあの女の真っ黒な心とそっくりで、思い出すのはあいつとの綺麗な思い出と裏切られた記憶だ。

 けれども、北側は僕の気持ちなんか、お構い無しに叫び続けるんだ。

 自分の声を簡単に叫んで伝える。


 その率直さを羨ましいと思うのは負けだ。

 ただこいつは馬鹿なんだ、何も分からずに声を上げているんだ。

 でも、北側の口から出てくるものは全て響く声で、ちゃんと心に響く言葉になって放たれる。


 そんなことを出来る人間は馬鹿を通り越して代え難い尊いものに変わっていくんだ。

 

 僕は愚かだ。

 馬鹿だとあざ笑う僕がいればよかったのに、中途半端な僕は嫉妬するんだ。


「そんな俺が初めて描きたいと思ったものが君の背中だった。この世界に木島奈々は一人だけだ。かけがえのない、たった一人だ。だから、君のその思いを描かせてくれ」


 北側はちゃんと自分の思いを伝えられた。

 けれども、木島奈々の背中には何も映りなんかしない。


 北側は木島奈々を指差した。


「――君の、その星空の浮かぶそれを描かせてくれ」

 

 ――星空? 

 窓の向こうの話か? 

 

 でも、北側は木島奈々だけを見つめていた。

  

 どういうことだ。

 木島の背中は何も無かったんじゃないのか?


「俺の目には君の背中が、夜空に輝く星に見えた。今までそんなものを覗いたことは無かった。そんな綺麗なものを、誰もが持っていないものを、君だけが持っていた。その尊ささえ僕の目には見える。やっと見えるようになったんだ」

 

 星が見える。北側はそう言った。


 今まで人の背中に文字が見えていた男に、初めて絵が見えた。

 その星空は一体どんな色をしているんだろう。

 それは北側だけにしか見えない。


 それが、北側が初めて占有でき、価値を導けた美しいもの。

 

 北側はこの後、欲張りな願いを言う。

 流石に簡単には許容できない内容だった。


「出来れば君の全てを描かせてほしい。背中だけじゃなく、表情感情内側を描きたい。外側を全て網羅してその上抜け欠けた君のパーツをみたい。描くのが好きだけれど、俺はこの感情の溢れを今まで感じたことはなかった」


 そこまで細かく言うな馬鹿。

 せめて背中に絞れよ。

 ったく、真面目人間が暴走しだす。

 

 なんだか、告白を聞いているようなこっ恥ずかしいさまで襲ってくるじゃないか。


 北側秋津はそこまで言って何かに気がついたようで。はっとして答えた。


「そうか、俺は君が好きなのか。この独占したいと思うのももっと知りたいと感じるのも全て感情だったんだな」


 呆けつつ、北側は自分の手のひらを眺めた。


――ただの告白だった。

というか自分の気持ちに気がついていなかったのかこの馬鹿は。


 こいつは自分の気持ちを上手く掴めないのだろうか。

 北側は木島奈々を描きたいと言った。

 でも、それは芸術としてだったのか。

 

 僕はこいつの感情は最初から恋心だと思っていた。

 全く僕よりも不器用なんだな。この男は。


 北側は最後にこういった。


「俺は君が描きたい。都合が合えば今度美術部に来て欲しい。油絵の具の臭いの染み付いた部屋が嫌いならどこだっていい。君の好きなところで君の絵を描きたい。それじゃダメか」

 早口でまくし立てたそれを聞いている人間はなんて思うのだろう。

 

 これに対して、木島奈々は一言で返した。


「へんなの」

 あっけらかんにそう言い放った。 

 

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