空白と告白
――空欄に答えを埋めるのが生徒への問題。
それを可とするか不可とするかは受け取る側の問題だ。出典、担任先生。
5限目が始まる10分前、僕はある人のところに行ったんだが、それはまた別の話。
最終時限を過ぎ、放課後の教室では担任先生の一人演説会が開催された。
そろそろ体育祭だとか、たわいも無い話をしてきた。
もう5月だし、僕たちだって青春の一ページくらいあったっていいはずである。
それらを晴れやかな思いで塗りつぶしたいと思うことは問題ない。
果たして今の僕にそのような余裕はあるだろうか。
僕の後ろの席の北側は、昼休み以降話しかけてこなかった。
僕は振り返りなどしなかったから、実際北側がどういう表情をして過ごしていたかは分からない。
ただ鬱屈した空気だけが漂い、覆っていたことだけは察する。
このときの僕らはまだ何も話していない。
だから、北側はまだ何も知らない。
それだけのことだった。
僕は担任先生の話が中盤にさしかかったところで、作戦を実行した。
手を机の中に差込み、適当なノートの端をちぎった。
それに事項を記入し丸めて後部に投げた。
それを北側がキャッチできたかどうかは僕のあずかり知らぬ所だ。
それ以上は僕ではなく、北側自身の意思によるものでないといけなかった。
そうでなければ僕は。
いや僕たちは。
木島奈々のことを詮索などしてはいけなかったから。
彼女のことを深く知ることは、すなわち彼女のプライバシーに関わることだから。気乗りしない。
僕らが知る必要の無いこと。その際限は誰が決めるのか。
僕でも北側でもない、木島本人だった。
「――なあ、水面。何でずっと黙ってるんだ」
北側は僕に問う。
ホームルーム終了後の教室には、僕と北側がいた。
北側に残っていろと言ったのは僕だし。問い詰められるのも当たり前だ。
でも、言い出せなくて。僕は目を伏せた。
とっさに言えたのはただ。
「ごめん」
誤りの言葉だけだった。
「は?」
北側が呆れ声を出した。
「何が言いたいんだ」
「今、木島に謝った」
木島奈々に僕は謝るべきだった。
「謝ったって何をだ」
北側は本気で分かっていないようだった。
無理も無かった。僕だって知らなかったから。
僕は北側を目を見据えて、言った。
「北側、お前は木島のドッペルゲンガーを見たのか」
僕が見たように、こいつも見たんだろう。
――何かを。
「ああ」
北側はうなずいた。
僕は、それをみて確信した。
――こいつの見ている世界は、『非日常』だった。
僕とは違う、まっさらな偽者の美しい景色。
僕は続けて聞いた。
「お前は木島の背中を何も無いって言ったよな」
「ああ」
返事が返ってきた。
何もない。それは文字通りだったんだよ北側。それは。
「それは、『木島奈々』には『何にも無かった』ってことだったんじゃないのか」
何もかも、彼女には無かった。
一人の少女の孤独な話。
木島奈々の『空白』の話。