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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
14/31

化け猫と立ちまわる悪魔

――知恵は必要時に回る。ただし、個人差はある。出典、悪質ストーカー


 一条照明はかなりできるヤツだと思う。成績優秀で容姿も良い。極めて優秀な人間だ。

 さらに若干天然なところが女子受けしているらしい。

 まあ、全てこいつの外面でしかないのだが。


「水面のことばっかり頭に浮かんで仕様が無い。これが恋か」

「言ってろ。馬鹿が」

 一条照明は僕のことが好きな変態である。

 が、殆どの人間はそのことを知らない。


 そう、一条の特技は『猫かぶり』だ。

 他人からの目をそらして、自分の印象をうまく操作する。さながら詐欺師みたいだな。

 

 僕が一条の顔をまじまじと見つめると、一条は眉をひそめた。


「また何か考えてるんだろ」

 一条が訝しげな顔をする。

「いや、なんでもない。お前は外面だけはいいなと思ってさ」


 そういうと一条はより不機嫌そうな顔をした。


「何度もいってるけれど、俺は他人の目なんか本当はどうでもいい。水面の目が俺に向くのなら、俺なんかどうにでもなればいい。というか、水面のためになら俺は死んだっていい。好きだ」

 

 表情がころころ変わるんだよな。さっきまで怒っているようだったのが、いきなり喜んだ風に。

 いや、それどころじゃないな。

 一条が僕の肩に手を乗せた時点で何か体勢がやばい。


「こんな密室で告白するな、顔を近づけるな」

「好きぃ」


 ほころんだ表情で語尾を延ばすな。気色が悪い。

 一条が襲いかかる。後ろによける僕。僕に倒れこむ一条。押し倒された僕。身の危険を感じた。事件はもう現場で発生していた。く、苦しい。


「水面のためになら何でもする。手段は選ばないよ」

 選べよ。でもって、俺の上からどいてくれ。


 この変態野朗『一条』が僕に誓ってること。

 それは『永遠の服従』である。

 

 高校一年の時に告白してきた時から変わらない。

 しかも、こいつはそれを大真面目に言っているのだ。

 

 一条照明は心の奥底を見せず、かつ思いをオープンに見せびらかす天才だ。その才能をふざけにしか使わないのがたまに傷でもある。いや、欠陥だらけだよな。世間的には。


「いいからどいてくれ」

「今夜は寝かせない……言ってみたかったんだよな。これ」

「寝かせないなら、起きあがらせろよ。僕を」

「ふふ、残念だな水面。たとえ俺の王子様のご命令であっても、それはきけないなあ」

 

 おいこら運命の神様や。

 あんたに質問だ。王子様だと?

 

 誰が、いつどこで、どういうふうに、どんなかんじでそれを許可したかを100字で述べよ。

 

「――ってかお前、ほかに好きな人居るのに。よくそんな事いえるな」

「あ、やっぱり知ってた?」


 風の噂でな。

 ま、それはおいといてだ。


 一条が僕の上から退いた。ぱっと手を上に挙げて。何もしませんよって風だけれど、それ事後だからな。さすがに押し倒した後では、未遂とは言えないからな。

 

 まあ、今回は水に流そう。

 僕は起き上がり、一条に手を差し出した。


「へ、あいはい」

「誰がお手しろって言った」

 情報提供だよ。さっき、何でもするって言っただろうが。


「今日の昼ごろの廊下の映像を見せてくれないか」


 僕のお願い事はそれだった。

 木島のドッペルゲンガーはカメラには映るはずだ。僕と話した後、あいつがどこへ逃げた又は隠れたのかを確認したかった。

 

 一条は近場のモニターの端を指先で追い、息をすっと吐いた。


「廊下って、うちの教室の前?」

 彼はそういった。


 そういっただけだったが、何故か一瞬、一条の動きが止まったようにみえた。

 二人だけの室内は薄暗く、顔に影がかかっているために表情は見えなかった。

 ただ、一条が珍しく戸惑っているようにみえた。

 そして今、部屋が若干湿っているようにも感じてたまらない。


「そうそう」

 僕は空返事をした。渇きが欲しくて。

 

 一条は、ふーんといい、しばらく手で自らの周りをかき回した。で、お目当て物を見つけ出したらしい。

 イカみたいな関節のなくなった腕でぬるっと引き出した。キーボードだった。

 熱心に何かを打ち出した。それを見ていると、パソコンのハッキングとかが趣味の人ってタイピング得意なんだろうなあと関係ないことを頭に浮かべてしまった。そもそも僕は一条が休日何をしているか知らないしな。興味が無い。

 

 でも、そんな僕にも少し疑問に思うことがあった。


「理由は聞いてこないんだな」

 こいつはこいつで、僕に対して興味は無いのだろうか。

 一条は、何を今更と言わんばかりの顔をして。


「水面の頭の中なんか、水面にしか分からないよ。俺は見返りさえもらえればそれで」

「おい、見返りって何だ」

 怪しい響きだった。


「礼は体で」

「だからそれは嫌だっつーてんだろうが、ガチホモが」

「ホモってさ、言われ続けると差別用語でも何でもないよな。いっそ清清しくも感じる。ああ、これが慣れか」

 お前は勝手に鋭敏化でもしてろ。

 一条は僕をあざ笑うかのような目で


「それに俺、男だけじゃなくて女でも興奮する」

「両刀じゃねーか」

 興奮って生々しい響きが怖ええ。


「罵倒も好き」

「変態じゃねえか」

 特殊性癖のオンパレードで、目がまわる。


 一条と話していると自分の性質が突っ込み体質かと錯覚するが勘違いだ。たぶん僕はボケ要員。

 

 一条はキーボードを強く叩く、ロックバンドのドラム担当みたいに指先で音を奏で続ける。

 古典的ではなく、デジタルな響きがキーボートではなく、一条自体から発せられているような気がした。本当はコイツ自体が機械か何かかも知れないとか。

 カチカチと言う一定の音は徐々に大きくなっていく。そして。


「終わった」

 この一言で、時が止まったような感覚と浮遊感が僕を襲った。

 気がつくと、一条の息継ぎだけが聞こえた。


「水面、これが今日の11時30分ごろの映像だ」

 画面の中の廊下に僕がいた。カメラの映像は鮮やかだった、結構性能がいいな……が、ちょっと待った。


「そこまで正確に時間指定していたか。僕は」

 昼としか言わなかった気がする。


「いや、水面がトイレに行った時刻を見せているだけだ。これでよかったのか」

「何で僕がトイレにいった時刻を知っているんだお前は。この馬鹿ストーカーが」

 僕のことをカメラだけじゃ飽き足らず実眼でも監視しているって、何だそれ。変態のこじらせ具合が想定外だよ。


「愛は尽き果てない」

「そんな愛はくさっちまえ」

 賞味期限切れだよ。もう。


 気を取り直して、僕は画面に目を向けた。

 確かに僕が映っていた。


 が、その時刻僕が話していたであろう少女、木島奈々の姿は無かった。

 

 僕一人だけが、独り言のようにただしゃべっているだけだった。

 カメラ越しに少年の一人劇を見ているようだった。返答の無い会話に、画面の中の僕は満足していた。

 

 「何で」

 木島奈々の姿が無いって。ドッペルゲンガーはカメラには映るんじゃなかったのか。じゃあ、あれは何だよ。


「やっぱりお目当ては無かったか」

 一条はカーソルを動かして、画面の中の僕の頬に突き刺したり、離したり。いじくるなよ。

「お前は何を知ってるんだ」

 それを言うのは僕の仕事ではないような気がした。

 ただ僕が言うしかなかったのだ。バラバラのピースを接着剤でくっつける作業を忘れたパズルが、枠から外れた。飛び散った。

 一条は僕の顔を見て、また画面に目を向ける。


「何も。ただ、また変なものに足をつっこんで抜けなくなってるってことだけ」

 一条はため息を吐いて、人差し指で、僕の頬をつっついた。

 触れられた所から不快感が湧いた。

 心配してるのか。

 でもさ。


「――抜けなくなんかならない」

 もう二度と。

「前科持ちのくせに」

 一条が追い討ちを掛ける。


「おい」

 僕は一条に掴みかかった。そんなことをするつもりはなかったのに。

 逆上した僕は、何をしでかすか分からない。

 一条は驚きもせず、眠たげな顔をして一言。


「――でも、そういうところが好き」

 にやりと笑った悪魔の微笑み。見ているこっちが面食らうような笑顔の仕返し。

 ボディーブロー並みの衝撃を受けた。


 ――こいつこそ、本当の悪魔なんじゃないのか。


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