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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
13/31

頼る当てが愛の果て

 ――恋はちょっとほろ苦いものである。出典、僕を初めてスキだと言った人。


「私を愛して」

 木島奈々は言った。

 二つくくりの小柄な少女。

 声色さえも木島奈々。


 でも中身が違う。若干の相違。


「ねえ、水面君。私は愛されたいのよ。女としてでなくていい、人外として価値があるのならそれでもいいの」

「妥協だらけじゃねーか」

「ええ、でも、君も同じ」

 お前が僕の何を知っているというんだ。


「世界に呆れたような顔をするのね。すっとぼけたようなふりをして。なんだか水面くんはドッペルゲンガーみたい」

「似てるってことか」

 僕とお前が。


「やっぱりワタシとあなたは似てる」

声がすっと通っていたような気がする。

 木島はそれを言いたかっただけかもしれないと思った。

 

 けれども、木島奈々は、というよりこのドッペルゲンガーは本人とは違っていた。 


「――でも、もっと似てる人がいるわね」


焼け付くような日の光が僕を照らした。

 廊下のタイル一枚一枚が熱せられて、固められて、そしてその上を僕らが歩いている。重く圧し掛かるものが、何であるか。重力だけか、本当はもっと別のものだって重みになっているんじゃないのか。

 視線が怖かった。

 攻め立てられているように思った。

 

 もう見えない視線が僕を裏切り者と呼んでいる様な気さえする。

 

 苦虫を噛むってこういうことだろうな。瞼が閉じたくなった。なぜか日が照っているのに、視界が灰色になった気がして、ふと学校のルクスの管理状況が気になった。

 というふうにはぐらかしたくなった。

 

 分かっていた。

 けれども目を背けたいのさ。僕は過去とかに縛られるのは嫌いだ。

 

 僕はその似ている人間が嫌いなんだよ。似てるってだけで腹が立つ。


「嫌そうな顔しないでよ」

 そういいつつもドッペルゲンガーからは表情の欠片も感じられなかった。


「ふってきたのはそっちだ」

「まあ、閑話休題で。続きは今度」

 木島は話を切り上げ、どこかへ行こうとするが、僕は呼びとめようとは思わなかった。

 僕は僕で自分のことが精一杯だ。

 実のところ、北側の要求に答えられる余裕さえも無い。

 

 木島は最後にこういった。捨て台詞のように。


「あなたは私以外が好き?」

 そのまま幽霊のように廊下を歩いていった。

 本当に幽霊じゃないのか。あれ。

 

 だったら成仏してくれよ。面倒な人は増えて欲しくない。

 

 思って。一瞬、足元がふらついた。

 打撃は後から来たようで、僕は何もしていないことを悟りながら。


 昔を思い出して、絶望に打ちひしがられた。

 思い出しても無意味なことを知りながら。


 それでも僕は、頭の片隅で過去のあることに後悔した。

 もう変えれない。終わったことを蒸し返して罪を感じる愚か者。

 けれども、今が幸福でゼロに帰ったようにすがすがしい自分に嫌気が差した。


本当に嫌いだ。なにもかも。


 四限目は退屈だった。病み上がりのおっさんが咳を連発しながらも熱心にフッ化水素について語ってくる。

 危険性、ガラスを腐食する。他にも極性とか係数は6とか言っていたが、残念ながら僕の頭にはそれらの情報はうまくインプットされなかった。


 要約すると、フッ化水素はポリエチレン容器にいれよう。

 これだけ覚えておくことにした。

 先生、ついでにドッペルゲンガーの保存方法も教えて欲しいですがかまいませんかね。

 まあ授業中に冗談を言えるほど僕はすごいヤツではない。そんなの戯言。戯れって漢字はいつまで経っても書けない。こんなままで大人になんかなれるわけじゃない。


 昼休みになって、僕は北側と机を並べた。

 正面から見ると、マッスルがますますだった。


 日本語が枯渇しているようにも思えるがそうではない。

 具体的に表現するといやらしくなる。そして僕が落ち込む。


「木島のドッペルゲンガーに会いたい」

 北側は言う。弁当を食べながら。


「会いたいって希望ばっかり言うんじゃなくて、自分で行動しろって習わなかったか」

 それだと駄々っ子みたいだろうが、いや、実際そうなのか。


「それを面と向かっていったのは水面が初めてだ」

 初めてと。

 それでほめられるのはおつかいくらいだ。


「人はいつだって汚れている」

 小説の冒頭のようなことを言いやがった。

 次点で遅れた中学二年の病気がランクインした。

 は。


「俺はそう思ってる。だけどな、それでも人間は本質的にはキレイ好きだ。浅はかにも思えるだろ。自分が汚れているくせにキレイなものは綺麗と重宝したがる」

「何が言いたい」

 まわりくどくて、その裏の感情が非常に気になった。


「俺はそういう感情を水面に持ってる」

 はい?


 一瞬脳みそがパニックした。

 そういう感情とは、重宝? 

 もしや人間監禁への関心。

 その思いの裏に隠れているのは本当に関心か? 

 

 それで恋愛感情とかいうなよ。そういうのは間に合ってるからな。


「なんか友達になれそうだよな」

 よかった。一番安心できる答えだった。


「ほっ、やっぱりそっちだよな」 

「そっち?」

「いや、こっちの話だ」


 普通はな……そっちの気の方の心配なんてしなくてもいいんだけどな。

 僕は自分の将来が不安に。


 て、待てよ。


「あ、あいつを使えばいいのか」

 頭の中である案がひらめいた。

 そうだ、あいつを使おう。


 もう一人の方に助けてもらおうとも思ったが、それでは僕に不利益が大きすぎる。

 僕は北側に尋ねた。


「なあ、ドッペルゲンガーってカメラには写るのか」

「多分。幽霊とかは俺には見えないんだ」と北側。


「じゃあ、もう一つ」

 僕はとても重要な質問をした。


「――そのマッスル、誰かに触らせるのって可能か」


 昼休みの中間が過ぎた所で僕は、教室にいたある人物に声をかける。

 ものすごい笑顔を振りまかれた。

 僕って愛されてるなあ。高校に入ってから一度は彼女持ちになり、クラスでは一定の存在として扱ってもらえたしな。人にしこたま嫌われるということも無かったように思う。

 

 だからといって好かれすぎるのは問題だということも実感済みであり。検証して欲しいヤツは僕の前にでてくればいい。

 特に男。実体験できるぞ。


「お前のご自慢のブツはいつものところか」

 そう聞くとそれは首を縦に振り、『鍵』を手渡してきた。

 先に行く。ああ、放送部の倉庫へってことだ。

 僕は急いで教室を後にし、人通りの少ない東階段を四階から三階まで駆け下りる。すぐのところに職員室、でもって隣に放送室。そのまた隣に放送倉庫がある。僕は急いで鍵を鍵穴に差し込んで、扉を押しながらあけた。その独特のコツがドアに染み渡ったのか、すんなり開いた。

 中に入って、急いでドアを閉めた。鍵まで掛けて。


 急がないといけない理由。後ろめたいから。

 僕は細心の注意を払ったつもりだ。


 中の光景が外に広がらないように、ドアを閉める。

 その後、流れ作業で僕は手でスイッチらしきものを、適当に点けた。残念ながらそれは蛍光灯のスイッチではなかった。多分機材で隠れているらしく、それは別のスイッチらしかった。

 パソコンを起動させた時のようなウィンの回るような音がして、光があらわれた。

 遮光カーテンで締め切られた空間に、青色の光が広がる。「液晶」というのは液体の結晶という意味らしい。結晶の塊、それが映像を映し出す。


 なら、これは誰の結晶だ。

 目の前にある大きな液晶に映し出されたのは日常だった。僕の教室だった。クラスメイトが談笑する姿を僕は画面越しに見ている。


 改めて辺りを見回す。

 カメラ。カメラ。カメラの山。

 パソコン。

 後何か分からない黒い物体……多分パソコンの友達か何か。

 続いてテレビ画面が一周ぐるっと並べられており、画面の中には制服姿の人が動いてお辞儀している。

 

 それは先生と廊下ですれ違う場面だった。

 声や表情。

 何もかもがうつっている。

 

 まとめると学校の廊下、階段。

 体育館、保健室、図書室等々が画面の中に移りこんでいた。


 さすがに全ての教室は網羅できないらしく、うちのクラスともう一つくらいしかうつっていない。


 ア、ウチノクラスはカレに監視サレテイルンダナー。ハハ。


 乾いた笑いしか出来ない。

 圧巻というべきか。

 『圧巻』を一瞬『悪漢』と誤変換したくなった。

 

 してもいいかな。

 怖ぇ、助けて誰か。

 そこへドアを叩く音が聞こえた。僕はおそるおそるドアを開けた。

 相手はさっきのそいつで、僕に笑いかけた。


「入れて」

「嫌だといえば」

「協力しない。水面はそれの使い方知らない分からない」


 それといい指差すのはもちろんデジタル用品の山。

 やつはにやっと笑い、僕は背筋がびりっとした、感電しそうだった。


「入れて。できないんだろ、水面は」

「分かった」

 そのとおりだ。

 僕は何も出来ない。

 

 だからこいつを頼る。

 僕はそいつを部屋の中にいれ。

 また鍵を閉めた。


「木島奈々を探してるんだ」

「木島狙い?」

「いや、恋愛とかじゃない」

「まあ、いいや。こっちにはそういう観念は関係ない」

 そいつはふっきれたように提案してきた。


「ベロチューで我慢する」

「すんな、変態。大体男同士でいちゃつく趣味は僕には無い」

 変態でヤバイストーカーはこの世に一人いるだけで十分だ。

 

 いや、いないほうがいいよな。



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