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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
11/31

彼女でない彼女


――人の背中にはその人自身が描かれている。出典は北側。


 勿論、僕の目には何も見えない。

 誰かの心も自分の思いも。

 

 けれども北側の目には『その人の中身』と『その人自身が自分に負わせた役割』が見える。

 背中にな。


「さすがに部活動で人を描くのは躊躇ったさ。人の美は背中にこそ存在するのに、俺には見たものそのまま描く勇気は無かった。感じのいい先輩の背中に『クラスのラスボス。全て俺の支配下』と描かれていたときは度肝抜いたなあ。むしろ描きあげた方がよかったかもしれないな」


 だからか。美術部のくせにデッサンをボイコットしたり、周りは油絵描いてるようなコンクールに木彫りの竜を出品したりするのは。


 コイツの場合、それでも賞やら何やらをとってきてしまうのがすごい。

 その変人度合いが『描かない美術部員』なんて不名誉な称号作ってたんだな。

 何だそれ。


「何だそれ」

 僕は素直に言った。言葉がそれ以上は出なかった。


「俺こそびっくりした。俺みたいなヤツがクラスメイトにいるとは思っていなかったから」


 北側はそういってこっちを見る。

 北側の目はまっすぐ僕の方を見ているが。それって僕のことじゃないよな。


「俺の目は人の背を凝視すればするほど、その人の本性が見える。初めて水面の後ろの席になったから、俺はお前の背を見た。いや、きれいだ。意外と華奢なんだな。造形がいい。描いていて気持ちがいいくらいだ」

「華奢って、女なら喜ぶだろうけど、僕は喜ばないからな。ちっとも」


 というより、北側。

 僕の二重人格についてはつっかかって来ないんだな。


 あくまで背中が目的か。

 なるほど、これが本当の背中フェチか。いや、マニアってこええ。


 話を変えよう。そろそろ本題に戻ろうではないか。


「で、お前は俺に何をして欲しいんだ」

 背中触らせろなんて言わないよな。断る。男に触らせる背中を僕は持っていない。その場面を想像するだけで気色が悪い。


「木島奈々のドッペルゲンガーに会いたい」

 

 北側はそういった。

 確かに言った。

 前置き無しの爆弾発言とも言うべきセリフをだ。


 木島奈々とは前述のクラスメイトであり、クラスでの知名度はそこそこの『凡』レベルの女子である。

 さあ、そこで喋ってるから話しかけてくればいい。


「本人じゃない。ドッペルゲンガーの方だ。俺は一度だけ彼女にあったことがある」

 

 本人もなにもドッペルゲンガーって概念は何だよ。

 どこからやってきたんだよその超常現象。

 ネタフリがちっとも無かったように思うんだが。


「いや、ちょっと待て」

 僕は北側に疑問を呈す。

 ドッペルゲンガーって。何だよ。

 もう一人の自分的なものか。

 二重人格とはどこが違う? 

 

 まさか僕の二重人格って設定を加工しただけとかじゃないだろうな。


「木島奈々にはドッペルゲンガーがいる。似て非なるものが。水面だってあったんはずだ。さっきの話聞いてたぞ。お前が今朝、テンションの高い木島に会ったって、それはドッペルさんの方だ」

 北側は真剣に言った。朝の教室。外では小鳥がちゅんちゅん鳴いていた。太陽燦燦。どういうこっちゃ。


「呆れて物が言えねえ」

「言えてるが」

「違う。そういうことじゃなくて」


 北側はマジで言っているらしい。

 ドッペルゲンガーがいることを説明することは難しいが、いないことを証明する事も難しい。

 背理法でどう証明するかなんて誰も教えてくれなかった。

 

 いや、ちょっと待て。最初に北側は何と言った? 木島のドッペルゲンガーに会いたい……だったか。


「だいたい、自分のドッペルさんに会ったら死ぬんじゃなかったか」

 一旦ドッペルゲンガーの有無から目を逸らそう。そうさ、ドッペルさんにあったらヤバイぞー。死ぬぞーー。


「だから、木島本体に内緒で木島のドッペルに会いたい。というか会わせてくれないか」


 だからって何だ。展開がまた分からないんだが。

 え、何。お前ドッペルゲンガーに恋したのか。

 一目ぼれなのか、これが人生狂わすラブの氾濫かおい。 


「何のために」

 その後に続く北側の言葉も、僕には理解しがたいものだった。


「木島の背中が描きたいんだ」


――背中がどうしたって?


「俺の目に背中の文字が見える。確かに見える。けれど、木島奈々本人の背中には何も見えなかった」

 まあ、みえなくても生きていけるんじゃないか。僕みたいに。でもまあ気になるのなら。一言言っておこう。


「目が濁ってたんじゃ」

 目薬挿せ。

「今凝視してるけど見えないんだ」


 北側の目線は冗談では無く、本当に木島奈々を捕らえていた。本当に木島のことが好きなんだな。


 なんとなく分かってきたかもしれないと思った。

 きっと北側は幼いころから自分の能力に振り回されてきたんだろう。

 人の知りたくないところまで知って、それで傷ついて、その度にこの男は大きくなっていったんだろう。

 主に体格が。

 あれ、こいつの腕を見ているとなんか腹が立ってきた。

 

 筋肉くれ。

 美術部員にそのマッスルは無駄だろ。

 というか全身がどっしりしていて、なんだコイツ。

 若干憎しみが持てる。どうせ腹筋とか割れてるんだろ。

 

 でもって、ふにゃふにゃ民族を嘲ってるんだろ。ふにゃふにゃ民族の意味がわからないって? 

 僕みたいな者ことを言うんだよこんちきしょーー。


「黙れ変態腹筋」

 僕は苛立っている。猛烈にだ。


「俺は真剣に言ってるんだ。俺は木島のことを知りたい。木島の背中を描きたい。きっとあいつの中身はドッペルゲンガーが持っていった。きっとそうだ」

 北側は僕のほうをもう一度見て。らんらんと輝く目でこういった。


「――だから、ドッペルゲンガーの方を捕まえてきてくれ」


 お前、言葉の使い方を間違えてるぞ。何で捕まえろだよ。連れてくるの間違いだろ。

 それやりたくねえよ。何を好き好んでクラスメイトの追っかけをしろっていわれてそうですかってするか。

 お断りします断固拒否。

 

 しかしだ、僕は弱みを握られており、決定権は最初からない。

 深くため息をつく。

 今日は最悪だと思う。

 

 北側様のご機嫌とりか僕は。


「分かった」

 といわされた気分だ。ああ、家帰りたい。



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