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金曜日のバックアップ  作者: 希恵和
第一章 始まりのイマージング
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背中越しの真実

 

――人生は自分探しのたびである。出典僕以外の誰か。


 五月中旬の金曜日。水面純(みなも じゅん)は登校中、歩道でクラスメイトの木島奈々に思いっきり肩を叩かれた。


「よっ!はりきってるー?」といい彼女は背後からやってきて、止まりもせずに颯爽と走り去った。


 一応言っておく。

水面純という男子高校生の交遊録に『木島奈々』は登録されていない。

 

話しかけたこともなければ話しかけられたこともない。赤の他人以下。僕としては木島奈々にとって僕の存在自体認知されていないと思っていたが。まあ、ビックリ。


 そんなことを思い浮かべつつ、高校へと向かういつもの通学道をすたすたと歩いた。

 止まれば遅刻の過激な滑走路を僕は今日ものんきに歩いていた。

 歩幅はいつもどおり、タイミングは少し早め。僕という人間は少々のことでは驚かないし、驚いても60秒以内に回復する。

 そんな感情制御のすばらしい人間。我ながら感動するよ。

 

 別にクラスメイトが『ハッチャケ娘』ということが分かったとして、それに何の意味がある? そうさ何の問題もない。

 

 その時の僕はそう思っていた。


「え、何それ。知らないけど」


 教室で再会した木島奈々は確かにそういったのだ。


「今日水面(みなも)くんにあったのは教室が初めてなんだけど」

 ぽかんとしたくなった。じゃあ、あのそっくりさんは誰だよ。

「勘違い」

「いやあれは確かにお前だったよ」


 顔が似ているならともかく、声まで同じだった。どう考えても他人の空似ではない。身長、体格、中でも特徴的なのは二つくくりの髪型。青色のゴムと赤色のゴムが黒髪の上に乗ってる感じは確かに『木島奈々』といえるくらいの存在感を放つ。それをしかと伝えたくて、僕はその言葉を告げた。

 

 けれども、木島はこういった。


「何それ。きもい」

 その言葉はそっくりさんと僕。どちらを指しているんだろうなあおい。男子高校生のもろいハートが叩き壊されたぞ。慰謝料を請求する。

 

 しかしだ、さすがに僕も悪かったよな。いつもは会話も無いようなクラスメイトに髪形凝視されて不快におもわない女子はいないだろう。

 分かってくれ、最初に話しかけてきたのはお前の方だ。出なけりゃ、生き別れたお姉さんの類が木島の変装をしていたに違いない。そうだ、そうに決まってる。

 

 自らの机にリュックを置く。少し荒く置かれたそれは今にも机から落ちそうだったので、右手で支えて、形を整えた。

 僕はめったなことでは驚かない。前述のことは嘘ではない。しかしそれは全く驚かないというわけではない。さすがにクラスメイトの顔を間違えたとなればへこむし、少々ネガティブにもなるさ。今日の星座占いの順位は何位かなんて考えにも及ぶ。

 僕は目と耳には自信があった。もし今、それを全部そぎ落とされれば僕はただのモブキャラではないだろうか。いや、せめて売れないゆるきゃら程度の愛嬌が……そっちのほうがないな。どうやら気が狂ったらしい。今日は厄日だ。


 そして僕は席に座った。

 すると、後部から肩を叩かれた。

 

 トントン。誰だ。振り返るとクラスメイトの男子がそこにはいた。

 というか、いつからいたのだろうか。

 いたのか。全く気が付いていなかった。疑問が頭の上でぽっかり浮かんで、まあいいやと払いのける。気が付いていたとしても気にも留めなかっただろう。そいつは確かにそこにいた。それだけでいいじゃないか。ああ、平和が一番。でも用件くらいは聞いておいてやろう。


「何だ」

 僕が言う。

 そいつは確かにクラスメイトで、ガタイのいいやつだった。名前は忘れた。確かアメフト部の部員だったかな。残念だけれど、僕はお前と話すつもりも無い。軽く流しておきたい。用件をさっさといえ風の空気を出してみる。


「話がある。二重人格」


 風が吹いた。

 教室の静けさが非常にしみわた……るわけが無い。

 周りには有象無象がゲラゲラしゃべってるんだからな。


 ああ、そうさ。

 静けさは僕の脳みその中だけの限定的な感覚であり、個人的感覚であり、というか何で僕は自分自身に対して言い訳してるんだよ。

 なあ、誰か状況説明してくれよ。

 

 ――何故ばれた。そう思うしかない。


 彼は言った。はっきりと二重人格と。僕は何故ばれたという驚きを隠すことが出来ただろうか、いやできなかっただろうな。声さえもでないくらいだ。血の気も引いた。

 だが、見ず知らずの男はそれを露も知らず、ただ続ける。


「俺はこのとおり、お前の秘密を知ってしまった。だが、人の秘密をばらまく趣味はない。そのうえでは安心しろ。しかし、これではなんだから交換条件といかないか。俺の願いをたった一つかなえてくれ。それで手を打とう」


 そいつはそんなことをのたまわった。


「断るとすれば」

 僕が神妙な面持ちで返すと。

「俺に悪趣味が増えることになる」

 皮肉な言い方だな。もっと直球に言えよ。


「それって脅しか」

 それ以外の何者でもないのは分かってるけどな。


「それほど悪条件でもない。お前になら簡単に出来るであろうことを望んでいるんだ」

 

 男はそういった。

 何コイツ、どこかの悪徳セールスかと思うくらい言葉が巧み過ぎて、気を抜くと僕でも頭が下がりそうな威圧感があるのだが。

 

 しかし、僕を買いかぶりすぎてないか。

 僕はただの男だ。

 それ以外には人格が多いということ以外は何も利点がない。欠陥だ。

 

 そいつは笑う。それはさわやかスポーツマンの笑みではなかった、そういえばこの男は運動系ではなく、文化系ではなかったか。

 

 訂正、さきほど僕はこの男のことを見ず知らずと称したが、それは間違いだった。

 僕のデータベースの中にはその男の名前は確かにクラスメイトとして保管されていた。

 

 北側 秋津(きたがわ あきつ)。描かない美術部員。名前のとおり、デッサン油絵を好まない工作専門の部員。

 だが、今日の北側は手に大きなスケッチブックを持っていた。

 そこに描かれていたのは。


 ――僕の背中。


 でも、何故かその背中には『二重人格。ただし手抜き要員』との文字があった。


 

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