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ある女軍医のお話  作者: ハル
8/12

打解

冷たい風が吹き荒れる真夜中……


喧しかった兵士達も就寝に入り、ようやく落ち着いて事務仕事が出来る環境になった。予備が無くなってきた薬剤や治療器具などの発注は本部に要請書を提出しなければならず、在庫管理や薬の消費期限の把握なども数ある仕事の1つだった。これらは比較的怪我人が発生しない夜の時間帯でしか行う事が出来ない。


「ペニシリン300……ライム剤10ℓ……デパス500錠……他に足りないものは何かあったかしら」


記憶を頼りに書類に薬品名と数字を書いていく。ぼそぼそと独り呟く独り言、シャー芯をカチカチと出す音……不意に咳する音が入り込んだ。


「……」


ペンを置き部屋の隅のカーテンで仕切られた空間へ向かう。


«カシャー…»「……苦しいの?」


答えはしないが高熱によりうなされる顔で男は頷いた。厚めの毛布を掛けているのに身体が震え額は所々汗で濡れている。乾燥しきった空気が気管支を咳き込ませた。


「……水、あるか…」


苦し紛れに男は言った。

腰に差していた水筒を開け飲ませようと近付いた。

しかし……


「いい……自分で飲む。貸してくれ」


と震える手を伸ばしてきた。「…でも」と言いかけたが、結局男の手に水筒を握らせ口の所まで持っていった。


男は水筒の水をゆっくりと全て飲み干した。空になった水筒を渡そうとしたが落としてしまった。


«カランカラン……»「…悪い」


それを拾い上げ蓋を閉めた。


「他に欲しいものはない?」


女の問に男は目を瞑ったまま首を横に振る。


「水が欲しかっただけだ。仕事の邪魔して悪かった」

「そう。私ももう寝るわ、何かあれば声を掛けて」

「分かった……そういえばお前のベッドも借りていたな」


男は申し訳なさそうに女に言った。


「そうよ。あなたが早く治らないといつまでも床で寝なくちゃいけないんだから。しっかり休んで」

「……ありがとう」



カーテンが閉められると5分も経たないうちに女は明かりを消して眠り出したらしい。物音がひとつもしない。先程より熱が下がったのか身体が軽くなっていた。男は少し起きてみることにした。


「…()、……フゥ」


上体を起こすだけでもやっとだ。軋むベッドから降りると音がしない様にカーテンを開けた。


整頓された部屋の真ん中に女が寝ている。

折れた片足を引きずりながら音を最小限に留めて女に近付いた。


小さな毛布にくるまりながら女は疲れきった身体で熟睡していた。(まと)めていた長髪は解かれて顔にうっとおしく被さっている。


男は手を伸ばすと女の髪を耳にかけてやった。髪の中から現れた美しい顔を男は眺めた。その白い頬にそっと触った。


「……何触ってるの」

「っ!?」


慌てて伸ばしていた手を引っ込める。すると寝ていると思った女の目がゆっくりと開いた。


「あ、いや………起きてたのか?」

「あなたが私の髪を耳にかけた時にね。襲ってきたら思いきり殴ってやるつもりだったのに。どうしたの?どこか痛むの?」

「いや、どこも。たださっきより気分が良くなったから久々に歩いてみようと……悪かった、もう寝る」


慌てて立ち上がった拍子に骨折した方の足に体重がのしかかり激痛を感じた。男の身体はそのまま横へ不様に倒れた。


«ドサッ……»「あーあー……」




「気分が良くなっても骨折はそう簡単に治らない事くらい分かるでしょ。全く……だから何かあれば呼んでって頼んだのに」

「すまん、俺が悪かった。もういいから寝てくれ。包帯は自分で巻けるから」

「ほらね、そうやって軽々しく考えるでしょ。これだから素人の言う事は腹が立つのよ…「いや俺も…」…黙って話を聞きなさい!「はぁ…」…治療で1番大事な事ってのはね、いかに傷を乾燥させかつ細菌から傷を守るか。その為には…って、聞いてないでしょ…「聞いてます、聞いてます…ハァ」


転んだ時に足の包帯が切れていなければ……


その後も足の包帯を巻き終わるまで女の小言は延々と続いたのであった。



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