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ある女軍医のお話  作者: ハル
6/12

良心

「…入るぞ」


返事が返ってこない。「来るな」という空気が中から漂ってくる。


そういう訳にはいかない。

幕を捲り中を覗いた。


「……あーあ…荒れてんな…」


簡易棚は乱暴に倒されており中に収められていた様々な大きさの本は床に散らばっている。

机も椅子も重量がある家具なのにひっくり返され椅子のキャスターがカラカラと回って泣いていた。


床の障害物を踏まないよう慎重に奥へ進んでいき簡易カーテンで仕切られた一角へと辿り着く。

そこは女の唯一のプライベートな場所だった。


わざとらしい咳払いをしてみた。

すると中から不機嫌な声が聞こえてきた。


「……悪いけど怪我なら他の衛生兵(ひと)にお願いしてくれない。今日は誰の顔も見たくないの。特に隊長の顔なんか一番見たくないから」

「隊長の俺だ」

「知ってる…だから言ったんです……何の用ですか…」

「何の用じゃねぇよ。報告、まだ受けてねぇぞ」

「………」


沈黙が少し続き、ベッドから起き上がる音がしたと思えば目の前のカーテンが勢いよく開いた。


中から現れたのは…

艶めく茶髪はボサボサ、大きくて切れ長の目は泣いていたのか大きく腫れている。ふてぶてしい表情に思わず失笑しそうになるがそうすれば女から平手打ちの一発でも食らいそうでなんとか堪える。

女は横柄な口調で話す。


「報告?……私から?どして?」

「………」

「あぁ、そっか。さっきの行為は任務妨害になるのか……どんな罰でも受けますよ(笑)隊長のご意思のままに。私は軍医の身でありながら捕虜の尋問を邪魔するという由々しき行動をしたんですから。責任は取らないと…でしょ?」

「……」


口を開かない隊長の側を通り過ぎると床の本を踏みながらロッカーに向かい私服を取り出す。


「どこへ行く気だ?」


女は答えない。黙々と着替え終わるとリュックを取り出し荷物をまとめ出す。


「どこへ行くと聞いているんだ」


先程より恐い声が飛んで来た。それでも話さない。話したくなかった。


重くなった荷物を置き姿勢を正した。


「お世話になりました、とりあえず除隊願を提出するまで一時帰国扱いにして下さい。では」


リュックを背負い出口へ向かおうとした…が、

不意に物凄い力で肩を掴まれ引き戻される。


«バシッ!!»


乾いた音と共に熱く感じる左頬。痛みはなかった。

全然痛くなかったのに何故か涙がつたり始める。


「目…覚めたか?」


優しい隊長の声が余計に涙腺を緩ませる。


「お前が間違った事をしていないのは俺が1番よく分かってる。本当に腐った奴等はあの男を弄んだ部下(ばか)共、そして隊長の俺だ。だが戦地(ここ)では違う。本当に正しい事をしようとするお前みたいな奴が馬鹿を見る場所なのさ…そんな馬鹿の方が俺は好きだがね。……今ここで逃げたらお前も俺達と同類だぞ。いいのか?」

「……じゃあどうしろって言うの?こんな腐った奴等の腐った場所で私に何が出来るの?」


倒れた椅子を起こして座ると隊長は目を見据えながら言った。


「意思を貫け。己の良心を信じろ。どんな邪魔が入ろうが自分が決めた事はやり通せ。そうすりゃどんな結果になろうが後悔はしない…分かるか?」

「…………」


「お前が今したい事は何だ」

「……あの(ひと)を助けたい……」


「どうすりゃそうできる」

「それは……分からない」


すると隊長は椅子から立ち上がり姿勢を正した。

思わず女も姿勢を正す。


「ではっ!____っ!貴様に任務を与える、現在尋問という名目で拘束している敵兵をお前の管轄に置く」

「……は?」

「その間奴から様々な情報を収集すると同時にあの男を我が隊の兵士として教育するよう命じる」

「管轄?兵士?…教育?えっ、でも隊長…隊長はあの男に3日しか与えていないはずじゃあ…」

「だから言ったろ、名目だと。俺が重点的に置いていた目的は尋問による情報収集ではない。お前を試す事だった」


女の頭の中は「?」でいっぱいになっていた。


「俺が皆の前で言った3日という期間は捕虜(おとこ)

に与えたんじゃない。お前に与えたんだ。お前がこの3日の間に医者として動くのか軍医として動くのかを観察していた」

「…どうして、そんなこと……」


隊長は笑いながら言う。


「それも先に言っただろ。俺は馬鹿が好きなんだ。お前の中の良心(ばか)が生きてるのか死んでいるのか確かめたかったのさ」









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