ライバルにはまだまだ遠い
「何かあったら呼べよ?」
「お昼、一緒に食べようね!!」
「うん、じゃ、また後で」
二人に送られて教室に着いたら、教室中の目が私に向けられた。ま、ビックリするよね、クラスメートが男装して来たら。
「みんなおはよう」
「……苑宮さん!?」
「うん。ビックリした?」
「したした! えー、すっごいカッコいい!!」
「あはは、ありがとう」
近くの女子にニコニコ笑ったらちょっとほっぺた赤くされた。そんなに印象違うかな?
「にしても、なんで男装?」
「怪我した場所が悪くてね、スカートだと色々大変だから許可貰ってズボンにしたついでに違和感ないようにしたらこうなった。口調もさ、この格好で『ですわ』とか言ってたら違和感あるでしょ?」
「あー、確かに。でもそういうのも似合うって凄いねー」
きゃいきゃいと笑う女子達がありがたい、引かれても仕方ないって覚悟はしてたから。男装そのものじゃなくて、口調とか身振りを変える事に対してね。
「怪我、そんなに酷いのですか?」
「んー、完治半年らしいの。綺麗に切れた訳じゃないから、傷口がくっつくのに時間がかかるって」
「まぁ……」
「でも気にしてないんだ、あんまり見せるような場所じゃないしね。傷物と言われるかもしれないけど、むしろこれで篩にかける事にすればいいし」
一応お嬢様なのよね、私。だから夏樹と結婚しないなら他の誰かと多分見合いする事になる。
で、その時に傷であーだこーだ言う人はこちらからお断り出来るなって前向きにですね。いや、家の為って政略結婚もあり得なくはないんだけど、一応両親が恋愛結婚派だからね。問題はお祖父様くらいでさ。
「強いのですね、苑宮さん」
「というよりは、気にしたせいでこれ以上大事な人を泣かせたくないからね。自分を追い詰めちゃう子だからさ」
「大事な、人?」
おっとりしたクラスメートがそう言ったのと、とある男子が飛び込んで来たのはほぼ同時。
この学校にしては乱暴にやって来たのは、昨日の俺様お坊っちゃまで。
「苑宮ってやつはいるか」
地を這うような声にクラスがシンと静まり返る中、私はゆっくりと立ち上がった。
「私に何か?」
「きっさま……よくも桃香をたぶらかしたな!!」
うーわなんだそのセリフ。クラスの皆は意味がわかんないって顔をしてるけど、ごめんね。
もっとビックリさせるから。
「悪いけど、たぶらかすって言いがかりはやめてくれないかな」
「桃香が俺との昼食を断った。貴様と約束したからだと」
「そうだね、約束してるよ」
「あの桃香が俺の昼食を断った事など今までなかった。貴様がたぶらかしたからだろう!!」
「……馬鹿馬鹿しい」
心の底から吐き捨てるように呟けば、近くの女の子がビクッとなるのが目の端に見えた。
怖がらせてごめんね。でも、ちょっと退けない理由があるんだよ。
「桃香が誰と昼食を共にしようと、それは桃香が決める事だ。私も、君も、口出ししてどうにかなるものじゃない」
「うるさい!!」
「うるさいのは君の方だ。だいたいたぶらかすなんて言いがかりも甚だしい。君は桃香をそういう女の子だと思ってる訳? 簡単にたぶらかされてほいほいついていくような、考えなしだと? だとしたら、君には二度と桃香に近づかないで貰いたいものだね」
「なっ!! 貴様に指図される筋合いはない!!」
「本来はね。でも、自分のとても大事な人を侮辱されて怒らない程お人好しでもないんだ」
にっこりと殊更心がけて笑う。なるべく男の子っぽく見えるように気をつけながら、何を言われてるのかいまいちわかってないお坊っちゃまに笑いかけて。
「誰だって自分の好きな人を侮辱されたら、怒るでしょう?」
あ、ポカーンってなった。大口ですね、温州蜜柑くらいならまるっと入りそうなくらい大口ですね。
クラスの空気がさっきとは違う意味で固まったのを感じつつも、それには気づかないふりをしてトドメをささせて貰おうかな。
「ちなみに私は桃香から大好きって言って貰ってるよ。嘘だと思うなら今日の正門での目撃者を探せばいい」
「だっ!?」
「キラキラの笑顔ですっごく可愛かった。いいだろ」
腕組みしてふふんって笑ってやれば、ショックを受けたらしいおぼっちゃまはガーンって顔をしてる。
あ、予鈴鳴った。
「さて、チャイムも鳴ったし帰って貰えるかな。じゃないと昼休みに誑かしたって君の発言を桃香にバラすけど」
「くっ……こ、これで勝ったと思うなよ!!」
わーお、見事な捨て台詞。ダッと駈け去る背中を見送る、なんて事はしないでさっさと席に戻れば好奇心の視線がビシバシと。
「……みんな、気になってる?」
「当たり前だと思うの」
「という訳でさっさと話そうか」
男女問わずワッと周りを取り囲まれて。さてさて、どこからどこまで、どんな風に話そうかな?
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