ヒロインが可愛いんです
とりあえず行き帰りは夏樹がいるから問題ない、正確には夏樹が行き帰り車だから一緒に乗ればいいだろどうせ家近いんだしって言ってくれたんだけどさ、うんなのでまあ足的に学校生活以外の問題点は今のところないです。
ゆっくりなら松葉杖なしに歩けるからね。階段とか急ぎ足とかはまだ傷口が危ないって言われてるけど、そもそもうちの学校エレベーターあるからさ。
はは、通ってるのが金持ち学校だって事に今は感謝するよ。時々特別授業でダンスとかマナーとかあると凄い腹立つけど。
で、体育は欠席というか代替えにレポートとなりました。階段さえ禁止じゃね、やらせようがないもんね。
という訳で夏樹と一緒に登校してみたら。
「……あっ、おは、よ?」
「おはよう、ビックリした?」
にっこり笑ったら、正門で待っててくれてたらしい桃香ちゃんの顔がポンって音がするように真っ赤になった。やだ、なにこの子可愛い。
あ、ちなみに桃香ちゃん呼びは昨日のうちにメールで宣言済みだったり。代わりに私の事も波音って呼んでくれるようにってお願いしてある。
でもね、男装するっていうのは言ってなかったんだよねー。
「え、え、波音ちゃん?」
「そうだよ、似合わないかな?」
「に、似合わないっていうか、カッコよすぎるっていうか、ええ!?」
お、カッコいいか。それは嬉しい。
「可愛い彼女に惚れて貰えるよう努力した結果だよ」
わざと茶化して言ったら口をポカンと開けて。それから耳まで真っ赤になった。
「や、やり過ぎ!! もう、波音ちゃんってば……」
「あれ、惚れ直してくれないの?」
「も、もう!! 口調まで違うし、ドキドキしちゃうでしょ!! 波音ちゃんの馬鹿っ!!」
「――桃香」
意識して低めの声を出せば、桃香ちゃんは真っ赤な顔のままパクパクと金魚みたいになって。それから軽く涙目で私を睨んできた、けど、可愛いからまったく怖くないです。
「波音ちゃん、ズルい!!」
「あはは、ごめん。桃香ちゃんがあんまりにも可愛いからさ」
手を伸ばして頭を撫でる。髪の毛を乱さないようにそっと指を滑らせれば、流石主人公、絹糸のような極上の手触りですな。ずっと触りたくなるような、うーんちょっと変態ぽいからやめておこう。
「……なあ、波音」
「ん、何?」
空いた手をわきわきしてたら、何故だか深いため息と共に夏樹が私を呆れたように見つめて。
「やりすぎ」
「……おや、ごめん」
そういえば正門の前でしたね。いちゃいちゃ周りに見せつけてすみませんでもいいだろこんな可愛い女の子が笑ったり怒ったり困ったりする表情独り占めだぜ!!
なんて口に出したら引かれるだろうからおとなしく謝って。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「だな。桃香、右についてくれるか」
「あ、わかった」
お? 何故か夏樹が左を、桃香ちゃんが右を挟んでだね。あとさりげなく私のカバンを夏樹に取られた。持てるし普通に歩けるって、ゆっくりだけどさ。
でも、役得かも。イケメンと美少女に囲まれちゃうとかさ。
「波音ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「痛くないって言ったら嘘になるけど、耐えられない程じゃないし。松葉杖だって必要ないから大丈夫だよ」
「波音は松葉杖を使わなくていいんじゃなくて、松葉杖を使った方が危なっかしかっただけだろ」
「こら、バラすな」
実はそうなんだよね。病院で貸出しするって言われたんだけど、上手く体重を分散させられなくて逆にコケそうだからやめましょうって言われたんだ。
でもそんな事言ったら、桃香ちゃんが心配しちゃうでしょ!!
「波音ちゃん……」
「だ、大丈夫だから!! 本当に大丈夫だからさ、ね?」
ああ、桃香ちゃんの目がうるうるしちゃったよ。ごめんね、本当に大丈夫だからさ、薬飲めば痛みだいぶ和らぐんだ、だからさ。
「泣かないで、桃香。君に泣かれると、胸が痛くなる」
「だ、だって、だって……」
ポロポロと本格的に泣き出した桃香ちゃんにハンカチを差し出しても多分気付かないから、勝手に拭う事にする。
俯いてた顔を少し持ち上げて、苦笑しつつハンカチで拭えばむうっと口を尖らせるのが可愛い。
「うん、その顔も可愛い。でもやっぱり笑顔が一番可愛いから、笑って?」
そう言ったら少し桃香ちゃんの顔が曇る。……ああ、そっか。
「今、目の前にいる桃香ちゃんが好きだよ」
バッと桃香ちゃんが顔を上げる。うん、わかるよね。桃香ちゃんになら、わかるはず。
「他の誰でもない、私の心配をして泣いちゃうような優しい桃香ちゃんが好きだよ。私を私として見てくれる桃香ちゃんが大事だよ」
「波音ちゃん……」
「だから、桃香ちゃんに笑っていて欲しいんだ。私を幸せにしてくれる、君に」
ちょっとカッコつけすぎたかな? なんてちょっと照れてたら、ポスンと胸元に小さい頭が。
足に負担がかからない程度に、それでも間違いなく抱きつかれて。
「波音ちゃん、大好き!!」
それはそれは可愛らしい花のような笑顔で笑ってくれたのに、不覚にもときめいた。
こう、子猫の愛らしさに身悶えするのとよく似た感覚で。
流石ヒロイン、この笑顔を見せられたらそりゃ惚れるわって感じだよ、本当に。
.