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彼女の昔話3

いつもありがとうございます<m(__)m>

「私を抱いて下さいませんか。」


 その私の言葉を聞いた時の彼の顔、今でも忘れられません。だってあまりにも「予想外なことを言われた」ってことが丸わかりでしたから。


 それからのことですか?ふふ、もちろん本懐を遂げさせて頂きましたよ。これでも二年間も年上の姉さま方と肩を並べて仕事をしていたんですもの。男性の落とし方の一つや二つ学んでいてもおかしくないでしょう?幸い、偶然ですが彼の家のすぐ近所で出会ったので、なんだか呆けている彼を尻目に、自宅に上がり込んで押し倒して差し上げました。

 始めは女性相手に本気で抵抗することもできずに、なんとか説得して私を止めようとしていましたけど、どこで気が変わったのかあっという間に攻守交替させられ、それからのことはあっという間でした。それはまるで嵐のように激しく私の心に流れ込み、幸せな気持ちで胸が一杯でした。


 彼と夜を過ごすのはこの時だけだと、たぶん自分でもわかっていたのでしょうね。どんなに嫌だと思っていても、私は家族を捨てられないと。例え相手が評判の悪い好色じじいだとしても、最後にはそれを受け入れてしまうと。


 だからこそリディスのものになりたかった――――――――――それが一夜の夢であっても。



 私の隣で自己嫌悪に陥っているらしい彼の唸り声さえ愛おしかった。彼の温かくて広くて安心できる胸の中に潜り込んで、一つの隙間もないようにしがみつくのも。考えることを諦めたのか、彼が優しく髪を撫でてくれた時は、天にも昇る気持ちでした。

 その温もりがあれば何でもできるような気がしたのです。本当ですよ?


 彼には何も言うつもりはありませんでした。こんなことをしておいて今更ですが、私たちは恋人でも何でもなく、ただの友人でしたから。ただ私が最後に足掻きたかっただけなのです。一番強い思い出が欲しいと。それでも少しでもいいから気付いてほしかったと思うのは、過ぎた望みだったのでしょう。




 ぼんやりと目を覚ませば、まだ外は暗く、あれからそれほど時間が経っていないようでした。隣にいたはずの彼の姿はなく、その代わりに居間の方から話し声が聞こえました。まさか父や母が私を探し当てたのかと青くなりましたが、その割には静かなトーンで話しているようでしたから、すぐに違うと分かりました。

 でもこんな夜中に尋ねてくるなんて、一体何の用なのかと少し好奇心が湧いてしまったのは仕方のないことだと思いませんか?それを聞いてどんなに後悔するかも知らずに、息を殺して廊下で扉に耳をつけて彼らの会話を聞いてしまったのも、ただの好奇心だったのです。



 始めは理解できませんでした。いえ、もちろん彼らの会話はしっかり耳に入っていたんです。ただ、その言葉が頭に入ってこなかったのです。


「デュトリス王国」「監視」「あと一年」「侯爵家」「昇格試験」



 ―――――――ああ、と漸く欠片が全て埋まりました。

 

 

 つまり、彼は私の監視役だったのだと。


 

 それはそうでしょうね。問題を起こして国外追放された貴族なんて、押しつけられた国から見れば厄介な不穏分子以外の何物でもないのですから。

 だからこの二年間、ずっと怪しい動きをしないか見張っていたんでしょう。他の家族はともかく、私を監視したって何にも出てきませんのにね。


 私がしたのは、仕事と家事と――――――――恋だけだったのに。


 その恋だって、はっきりと一方通行だと突き付けられたのです。いつも助けてくれる彼に次第に惹かれたというのに、もしかして彼も私を見ていてくれたんじゃないかと淡い期待を抱いていたのに、実のところは監視されていただけだったのです。

 だったら遠くから監視すればよかったじゃありませんか。どうして声を掛けたり優しくなんてしたのですか。彼を知らなければ、誰かを好きになることもなかったのに。

 

 先程までの幸せな気持ちが、一瞬で萎んでいくのが分かりました。


 もう何もかもがどうでもいい。家族も仕事も彼のことも、そして自分自身さえ。



 しばらくして彼がベッドに戻ってきてそっと私を抱き寄せ眠りにつきました。私は彼に背を向けて横になっていたので、起きているとは気付かなかったのでしょう。ましてや先程の会話を聞かれていたとは思ってもみなかったはずです。


 

 その時流した涙を、私は一生忘れないでしょう。



 

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