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彼女の昔話2

一話目のサブタイトルを変更しました。



「またお前か。本当にトラブルメーカーだな。」


 そう言って呆れたように彼の目が細められるのを、眩しく感じるようになったのはいつからだったのでしょうか。


+:+:+:+:+


 子爵家が爵位を剥奪され、国外追放になってから早二年が経ちました。


 あれから私達は、隣国ネルチス王国の母方の遠縁を頼って生活しております。どのくらい遠縁かと言いますと、母の父、つまり私の祖父の妹が嫁いだネルチスの貴族の当主、その当主の姉が駆け落ち同然で結婚したという商家の次男、その次男の妹の娘という最早他人も同然なのですが。

 

 私にとって幸運だったのは、その娘さん(と言っても母と同じ年代なのですが)が、ネルチス王都で有数の仕立て屋の経営者だったことです。ここでやっと私の刺繍の腕が役に立ったのです。

 もちろん貴族令嬢のお遊び程度の腕前かもしれないという心配はありましたが、フィーヌさん(先程の遠縁の女性です)に試しに見てもらったところ、すぐにでも働いてほしいと言っていただけました。というわけで、私はフィーヌさんのお店「キュティピス」で刺繍部門の針子として働くこととなったのです。


 始めのうちはそれはもう大変でした。何がって母と姉がです。一刻も早く隣国での生活を落ち着かせなければならないというのに、やれ使用人を雇えだのもっと流行りの服を買ってこいだの、一体誰のせいでこのような状況になったのかというのを、未だに理解できていないのですから。

 父が過酷な増税を課していたこと。さらに母と姉の社交界での傍若無人な振る舞いもあって国外追放の沙汰となったのですが、本人達に反省の色は全く見られませんでした。ちなみに父は先程言った商家で住み込みで働いていましたので、私が二人の面倒を見るしかなかったのです。


 

 家に帰れば我儘放題の母と姉、お店では下っ端として忙しく過ごす日々。でもそんな中でも、心を休める時間があるのは幸せなことだと思いませんか。

 私にとってそれは、とある騎士団の隊員の方とのおしゃべりの時間でした。彼の名前はリディス・マーストン。青騎士団の第二小隊長でした。主に庶民から構成される青騎士団の中でも、なかなかの実力者だったそうです。


 お店のおつかいで市場を歩いているときに、柄の悪い男性達に囲まれていたのを助けて頂いたのが最初の出会い。それから食料品を買いすぎて困っていたのを、偶然通りかかった彼が運んでくれたり。お店のお客様がなぜか私を気に入られて、外でも付け回されている時も。迷子の子供が泣いているのを止められなくて、おろおろしているところを助けてもらったこともありました。給金を前借させろと母と姉がフィーヌさんのところへ乗りこんできたりもしましたね。


 私が困っているとどこからともなく現れて、颯爽と解決してくれる、まさに彼は私のヒーローでした。

 初めのうちは、助けてもらったお礼を言っても「仕事だ。」とだけ返事をしてすぐにいなくなってしまった彼でしたが、だんだん打ち解けていくにつれて会話が続くようになり、いつしか休みの日に会ったりするようになりました。

 男性とこんなに親しくなるのは初めてだったので、戸惑うことも多かったのですが、それよりも彼と会えるのが嬉しくてたまりませんでした。


 

 ええ、分かっていました。自分が彼に惹かれていることくらい。

 でも、私は国外追放される程の犯罪者の家族です。もとより人並みの人生が送れるとは思っておりませんでした。

 ただ恋と言うのは恐ろしいものでして、だめだと思うほど抑えられなくなるものなのです。お店のおつかいや買い物に出かければ、どこかで会えないかとそわそわし、彼がおいしそうに食べていたものを思い出して料理してみたりと、思い返しても悶えそうなくらいのめり込んでおりました。

 

 彼の方は…どう思っていたのか分かりません。会えば話してくれる、時々遊びに連れて行ってくれる。でもお互い決定的な言葉を言ったわけでもないし、簡単に言えば仲の良いお友達だったのでしょう。彼も六つも年下の少女のことなんてそんな対象ではなかったかもしれませんし。よく絡まれるのを助けてくれたのも、街を守る騎士としては当然の行いなのですから、私だけが特別ではなかったのでしょうね。


 

 ネルチスに移住してからの二年間、必死で生きてきました。もともと自分の身の回りのことは使用人任せでしたから、お世辞にも何もかもが順調にいったとは言えません。でも、お陰さまで刺繍の腕は王都一と評判を頂き、いくつも指名を抱える程になりました。家族は相変わらず非常識で傲慢でしたが、上手く諌めつつそれなりに付き合えている…と思っていました。


 あのときまでは。 


 

 


 あの日、仕事を終えて帰宅した私を、満面の笑みの家族が迎えました。そして父の口から信じられない言葉が飛び出したのです。


「喜べアンナ。お前を嫁に欲しいと仰っている方がいる。しかも貴族だぞ!これで我がクラベス家も復興の兆しが見えてきたんだ。」


 父の言っていることの意味が分かりませんでした。あのような処罰を受けたのにも関わらず、未だに爵位を欲していることですとか、件の貴族は街でも評判の悪い好色じじいだとか。


「良かったわね、素晴らしい嫁ぎ先が決まって。ジゼルのためにも、せいぜい旦那様に取り入っておくことね。」


 この期に及んで、未だに(ジゼル)のことしか考えていない母にも何と返事をしてよいのやら、己の不運を嘆けば良いのやら…。


「私より先に嫁ぐのは納得いきませんけれど、仕方ないのかしら。できるだけ高貴な方との縁を持ってきて頂戴ね。まあ、侯爵家以上でなければ受け付けませんけど。」


 毎日の怠惰な生活の所為ですっかり太って汚らしくなった姉の言うことも耳を素通りしていきました。



 

 いつ家を飛び出したのか覚えておりませんが、気付けば泣きながら街中に佇んでおりました。

 どうして。やっと穏やかに暮らしていけると思ったのに。家族だって少しずつ心を入れ替えてくれるんじゃないかと僅かでも期待していたのも無駄だった?貴族だったことも忘れて、ネルチスの一国民として生きていけると…そう望むのさえ許されないと?


 そうして泣いている私のところに、やはり彼は現れてくれるのです。「どうした?」と優しい手のひらと一緒に。


 しかし、そんな優しい彼に、私は卑怯にも身勝手な望みを抱くのです。


 

「リディス、お願いです。今夜はずっとあなたの腕の中にいたい。」




「私を抱いて下さいませんか。」


 

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