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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
最後の日
95/95

あとがき


 -愚劣な小説ほど浅薄な根底から取捨選択され一のことに十の紙数を費やす-


 坂口安吾の言葉だ。これと同じことを言っていて、更に簡潔な言葉はいくらでもあるだろうけれど、一番最近目にしたものがこれだから、これを挙げた。この考えが正しいのであれば、たった一つのことを書き表すためにこれだけもの文章を乱費し、挙句その一つのことさえ満足に表現することのできなかったこの小説は、実に愚の骨頂としか言いようがないかもしれない。あるいは、これは、小説ですらないのかもしれない。


 僕は春という季節が非常に好きだ。なぜなら、根拠のない希望を抱かせてくれるからだ。いや、そもそも希望には根拠などないかもしれない。無尽蔵の、とでも言うのが正確かもしれない。

 そのため、夏はあまり好ましくない。嫌いというほどではない。たとえ無から沸き起こった希望のほとんどが、再び消えてなくなっていくとしても、夏、その季節自体には何ら責任がないからだ。

 この小説を書き始めたのは、ちょうど、一年前の春だった。何を書きたいと思ったのでもなく、ほんの随想的な文章にむやみな伏線を入れ込んで、曰く「どれだけでも膨らんでいけばいい」などと考えていた。先のことなど何も見えてはいなかったが、その分だけ楽しく書き進めていた。

 しかし、どこからがターニングポイントになったのかは知れないが、まあ、いろいろなことがあって、僕は、半ばそれどころではなくなってしまった。言い方を換えると、書くのが苦痛になってきたのだ。別に、話の続きが浮かばなかったから、というわけではない。たいてい二日も溜め込めばすかしっ屁ぐらいは出る。そうではなくて、要するに現実が見えてきた。

 目的もなく生きている人間は、いつかどこかの段階で、なんで自分のような人間が生きているのか、激しい自己嫌悪に襲われることになる。それと同じようなことだと理解してもらえればいい。そのような段階に入ると、それまで楽しくて書き進めていたものが、何か、書かなければいけないという重圧になって、早く終わらせてしまいたいという気持ちになってくる。しかし、これが不思議なもので、そう思い始めると、文章の調子が間延びして、ずるずると延命されていくのだった。なぜか。それは、文章を書くということの中で、一番難しいのが、それを終わらせることだからだ。


 本当はもっと書きたかったし、書くべきだっただろう。拾いそびれた伏線もいくつかある。けれど、もうそれは諦めることにした。例のターニングポイントが過ぎてからは、この文章を一話更新するというのは、僕の創作意欲とか、精力とかを切り崩していく作業でしかなかった。そして今、これ以上元手を失えば、二度とそれらが回復しないだろうというところまで来てしまっている。深爪で喩えれば、僕の指に残っているのは爪の根本の白い三日月部分だけなのだ。おかげでこの春は、精神的に腑抜けのような毎日を送っている。


 こういうわけで、この物語は終わりです。その中身について解説することはないし、したくもありません。僕の手に余ってしまった部分は、皆さんの豊かな想像力にお任せします。

 この文章によって何かを得られるようなことがあれば幸いですが、最後まで読んで、何も得るところがなかったのであれば、それは僕にとっても残念なことです。とはいえ、僕の友人であるだとか、何らかの義理で読み通したとかではなく、単なる興味だとか意地だとかでこのくだらない文章を読み通してくださったという方がいるのであれば、それはよほどの酔狂としか思えませんので、改めて謝辞を尽くそうとは思いません。あえて書くとすれば「その常人ならざる忍耐力と寛容さに惜しみない拍手を!」というところでしょうか。


 最後になりますが、以上の駄文をお読みいただきありがとうございました。恐悦至極に存じます。いえ、本当に。書き手でさえ何度も投げ出そうよ思ったほどですから、それはそれはつまらなかったことでしょう。

 僕は、もちろんこれからも、創作意欲と精力、その他諸々が回復し次第、これまで通りものを書くことを再開します。たとえ誰も見ていなくとも。



            平成二十六年三月二十七日

                  春井武修






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