a.m.8:10
「もう時間切れなんだ。終わり方は選べない」
金森は言った。静かな声だった。
「時間切れ?」
「そう、時間切れ。幕はもう降り始めた。それに、舞台裏ではもう次の役者がスタンバイしてる」
「待ってよ。その時間切れ、っていうのが来たら、いったいどうなるんだ」
嫌な予感がした。春の雪山で、遠くで何かが崩れる音がするような、そういう感覚。
「俺以外のことは知らないけど、少なくとも俺は、俺として存在する必要がなくなる。するべきことは全部やったから」
「だから、どうなるっていうんだよ」
金森は少しだけ顔を上げ、目を細めて黙した。彼の視線の先には、一筋の飛行機雲が遥か彼方を横切っていた。それをよく見ると、一筋に見えたものは実は二本の線が寄り集まったものだった。それがゆっくりと、向かって右側から左側へ移動していく。いや、きっと正確には、右側が次々に消滅し、左側がそれと同じ速度で生成されているのだろう。そして、あるところで、左側の端は一本の線にしか見えなくなった。
「俺はもともと存在しなかったんだ」
金森は言った。
「どういうこと?」
「ただの裏事情だよ。最初は一つのものがあった。それを、うまい具合に半分に分けた。矛盾していたものを、矛盾しないように。サイコロから、偶数の目と奇数の目を分離するように。そうやってできた半分ずつに、他のとこからいろいろと付け加えて、逆に持ちだして、一ではないけれど限りなく一に近づけたのが、俺だし、君だ。あるいは、この世界全部だ」
「ねえ、難しい話はやめてくれよ。だいたい、なんでそんなことを」
「もちろん理由はある。たいした理由ではないかもしれないけれど。それで、今、もう、この世界が、この世界である理由を終えたんだ」
「よくわからないけど、悲しげだね」
「どうだろう。確かに悲しいかもしれない。でも、言い換えると、この世界は完全になろうとしてるんだ。つまり、あるべき状態に。ゼロか一に」
「で、結局どうなるんだ」
「それを、今から試してみるんだよ」
気づくと、僕らは夕闇の中にいた。




