待つこと
翌朝 7時30分
半分ほど飲み干したお茶のペットボトルに固く蓋を閉めると、寺岡は小ぶりなリュックサックにそれをしまい、静かに一息入れてから立ち上がった。自分の腰よりも高い椅子からずり落ちる格好になる。そしてサックを担ぐと、空になったおにぎりの包みをゴミ箱に捨て、コンビニの休憩コーナーを後にする。彼の次の目的地は、昨日金森に言いつけられた通り、このコンビニの近くの公園である。
コンビニの扉を押し開けると、ピロピロという音が背後の店内から聞こえてきた。彼は、予想外の扉の重さに少々よろめきながら、無表情を崩さないで外に出る。空は俄に雲が厚くなり、再び夜の気配を感じさせるような、薄ら青い光がそこかしこで垂れ込めていた。寺岡は、ちらりと辺りを見回してから、その、暁前の空気がいっそう濃く蟠っている、街中の一角へと足を踏み出した。
それは駅前のコンビニよりも太陽の沈む方角へ奥まったところにあって、路がY字型に分岐しているその分岐の間の三角形を陣取っている。その三つの辺がすべて街路を挟んでマンションに囲まれているせいで、そこは陽がある程度の角度まで昇らない間はただでさえ薄暗く、古びた遊具が点在する閑散とした様子は、それだけで肌寒さを感じさせた。
寺岡は三角形の一つの頂点から公園の中に踏み込んで、すぐ近くにあった背の低いベンチに腰をおろした。もちろんこの時間、公園には誰もいなかった。ホームレスが埋まっていそうなダンボールもない。放課後にコンビニを訪れると、この公園に同じ制服を着た一団が騒いでいることもあるが、それもせいぜい昼過ぎより後の話だ。少なくとも寺岡にとっては、これまで身近にありながらも縁遠い空間だった。
彼はベンチに座ったまま、公園を注意深く見渡した。彼の目と鼻の先には、いくつかのパステルカラーで塗られた模範的な滑り台があった。その奥にはバラバラの向きに据え付けられたシーソーが二台あって、その隣には家の形をした遊具が、ペンキの剥がれたところを吹きさらしにされたまま放置してある。その更に奥には、名前は忘れたが、地球儀のように回して遊ぶジャングルジムのような遊具がある。ジャングルジムはない。それだけだった。それらを遠目に難度も点検していると、向こう側から街路を歩いてきた若いサラリーマンと不意に目が合って、寺岡は思わずうつむいた。そのサラリーマンは、束の間怪訝そうな眼を彼に向けたが、そのまま駅の方へ歩いて行った。薄暗い公園の中にあって、寺岡の青白い小さな顔は、それを視界に入れるものにある種の相乗効果を与えるのだ。
どうして自分はこんな場所にいるのだろう、と寺岡は心の中で呟いた。彼はそもそも誰を待っているのかさえ分からないのだ。今彼に分かるのは、少なくともまだ、その相手がやってきていないということだけだ。
寺岡は少々困った様子で目を細め、うつむいて腕組みをしながら、待った。彼に与えられているヒントはただひとつ、「待っていれば分かる」というだけだ。
また一人、彼の姿を無遠慮に観察しながら、どこかへ向かう誰かが通りすぎていった。
十分が経った。寺岡は自分の腕時計のデジタル表示が7時40分を映しだしているのを確認した。7時30頃と言ってしまうには多少遠慮がちにならなければならないズレである。もちろんその程度のことで気を悪くしたわけでもなかったが、そもそも彼にはそうやって待っている義理がないのである。いきなり仕事を押し付けられた挙句顔も知らない相手の遅刻を多目に見るのはあらゆる観点から理に適っていない。そういうわけで、彼は“7時30分頃”の限界値を後5分間に決定した。彼の頭上のどこかで、カラスが変てこな声で鳴いた。
そのまま、何も起こらず、4分と30秒が経過した。それまでに合わせて五人が、寺岡の姿を視界に入れ、様々な反応を示しながら、この公園を通り過ぎていった。
寺岡は立ち上がった。もう時間切れだ。そう思って、コンビニの方へ振り返ろうとしたその時、寺岡は、背後で、誰かが公園の土を踏みしめる音を聞いた。




