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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
Re;1月
66/95

やかましいこと

 林野は、振り返った先の相手が誰か分かると、向こうに見えないように、心の中で胸を撫で下ろした。


「なんだー、誰かと思ったら画伯先輩じゃないっすかー」


 林野はむしろ馴れ馴れしささえ混じった調子で言う。彼の後ろから昇り始めた朝日が、“画伯先輩”の悪戯っぽく歪んだ表情を照らしている。


「それはこっちのセリフだぜ。まったく、朝の学校にはいろんな奴がいるもんだな」


 ナオヤは半ば感心したような面持ちで言う。林野は、「いろんな奴」という言葉に首をかしげた。


「他にも誰かいるんですか?」

「さあ? まあ、ここには俺たちだけだ」


 林野は、いちいち限定して言葉を使うナオヤの言い回しを妙に思ったが、それとなく辺りを見回して誰もいないことを確認すると、そのことについては不問にした。先生に見咎められていないのならなんだってよかろう。


「お前は、朝から撮影か。ごくろうごくろう」

 ナオヤは未だに林野の手に握られている一眼レフに目をやる。

「そんなところっすけど、画伯はこんな朝早くから何やってるんすか?」


 林野とナオヤは文化部男子同士というたいして理由にもならない理由から、学年を超えて縁があった。林野の知っているナオヤは専ら文芸部をやめて美術部を中心にあれこれとつまみ食いを始めた頃からの姿であるから、自然、彼に対する呼び方は「画伯先輩」「画伯」「遊び人先輩」となる。もちろん三つ目は本人に向かって使うことはない。そして前二つは、「先輩」が付こうと付くまいと、敬意は含まれていない。


「なに、朝のグラウンドを描こうと思ってるから、どこから描こうか下見をしに来たのさ」

「グラウンドを? なんでまた」

「ん、少し説明しずらいが、人から頼まれてね。記念日のプレゼントに」

「え、もしかして先輩こんな常識はずれな時機に彼女でもできたんですかー。先輩モテモテっすね、爆発してくださいよー」

「ハハ、そうだったら良かったんだが。ことはもっと複雑かもしれん。……丁度いい。お前のシャッターポイントを教えてくれよ、ついてくから」

 ナオヤは林野の横に歩み寄る。小柄な林野は見下ろされる格好になる。

「えー、俺がプロだったら高くつきますよ」

「あとで自販機の紅茶でもおごってやるさ」

「ここの自販機、午後の紅茶しかないじゃないんですよ。それを午前に飲ませるとか先輩正気ですか?」

「分かった。一旦黙れ」

 ナオヤはそう吐き捨てて、ズボンのポケットに両手を突っ込み、ついていくと言ったそばから、先に歩き出した。林野は、歩幅が違うせいで、ナオヤよりもせかせかと歩いて隣に並ぶ。二人の足は校門の方へ向かっていた。


「それにしても、いいんすか? こんなことしてて。センターまであと一週間ぐらいですけど」

 林野は言った。必ずしもそれはからかいではない。

「センター前には朝っぱらからのんびりしてちゃいけないか」

「いや、逆にそう聞かれても困るんですけど。焦ったりとかしないんすか、先輩」

「今のところ、焦る理由は見つからないな。あったところで焦っても得がないのは分かってるし。それに、本番近くになって急にガムシャラにやって実力以上の結果を出すっていうのも、馬鹿げてるだろう。悪銭身につかずってのと一緒で、いつもの自分じゃついてけないようなところに行くのがいいとは思えない」

「それは、ぐうの音も出ない正論ですけど……画伯先輩、本気でいってます?」

「まさか。言ってみたかっただけさ。俺にだって向上心はあるからな。でも、俺は自分のやりたいことに使う時間を削るつもりはないぜ。第一、俺の場合はそうしてないと勉強にも身が入らないから。絵を描くにしたって、暇な時にやりたくなる訳じゃない。むしろ、そういうことをやってる時間と勉強に勤しんでる時間は正比例してる。もちろん例外はあるが。俺にとっては、勉強も絵を描くのと同じようなもんだ」


 二人はちょうど正門の前に着いていた。そこから振り返ると、南北に二つ並ぶ校舎の横顔が一望できる。朝日を受けて、窓ガラスが橙色に輝き、その中には黒い靄状の雲の影がいくつか映り込んでいる。周りを囲む鬱蒼とした茂みとの対照になって、その橙色は余計に映えていた。林野は、試し撮りのつもりで一眼レフのレンズを覗き込みながら、言った。


「画伯ってやっぱり変態っすね」

「なんだと、こら」
















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