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思い返して見れば、同じ事を繰り返してばかりだ。
小学校の頃のブラスバンドも、ピアノも、中学でやってたバレーボールも、全部、行き詰まるたびに逃げ出してきた。どれも、最初は人より早く上達するのに、どこかでそれが止まって、他の奴に追い抜かれて、やる気をなくす。それが遅いか早いかぐらいの違いしかない。そんなのは、人より努力していないんだから当たり前なんだ。自分のできる範囲のこと意外は、その範囲を無理矢理にでも広げてやろうなんて、考えもしてこなかった。
別にいいだろう、それでも。特別なことができなくたって、それなりに生きていける。そんな風に考えてたし、実際そうだった。どうせ、自分からやりたいと思ってやった訳じゃないんだから。どれだけがんばっても、人並みのことさえできない奴だっているんだから……
俺は思うんだ。いつまで、俺は諦め続けるんだろう、って。できないことから逃げ続けて、気にくわないことを投げ出し続けて、最後にはいったい何が残るんだろう、ってさ。答えは簡単だよ。俺の中には、言い訳しか詰まってない。諦めてきた分だけの言い訳が、そこにあったはずの何かにそのまま上書きされてる。見渡す限り、叩けば簡単に潰れそうな虚しい言葉の固まりが充満してる。
ブラスバンドでは、確か、ユーフォニウムっていう金管楽器をやってた。チューバほどはでかくないが、小学生が胸に抱えるにはけっこうきついぐらいのやつだ。もちろん、学校が持ち主の、使い回しのやつ。マウスピースの金属臭が、どれだけ拭いても落とせなかった唾の臭いと混ざったあの嫌な感じは今でも覚えてる。むしろ、そんなことしか覚えてない。なんでやろうと思ったのかも、さっぱり。まあ、運動部に入りたくなかったっていうのは確かだろうけどさ。父さんが若い頃に吹奏楽で金管をやってたから、その繋がりもあったかもしれない。何にしても、自分の楽器が決まってからは、父さんに吹き方を教えてもらってた。上手くできてたかどうかは知らないけどね、別段問題はなかったと思う。男子が俺を含めて二、三人しかいなかったから、そのことで居心地が悪く思うことはあったが、それも大したことじゃない。一番しんどかったのは、毎年運動会で、派手な衣装を着せられて、グラウンドを走り回ったりしながらマーチングをしないといけなかったことだな。周りが小さい女子ばかりだったから、線の太い男子は嫌でも目立つ。夢中で演奏してる最中はそんなことも気にならないが、本番の前も後も、とにかく嫌でしょうがなかった。
でも、俺がブラスバンドをやめたのは、そういう理由じゃなかった。もう始めてから二年近く経ったときだったと思うけど、顧問の先生に一対一で指導を受けた時だった。俺は何も問題なく吹いてたつもりだったが、すぐに言われたんだ。「吹き方が違う」って。つまり、ああいう楽器はいくつか並んだピストンの押し方で音を変えるんだけど、俺が父さんから教わったの押し方が、まるっきり先生の言う押し方と違ってた。それでも音はだいたい合ってたから、きっと押し方の系統か何かが違ってただけなんだろうけどね、そこで、俺はもう吹っ切れちまった。何かが根本的に間違ってるが、誰も何も間違えていない。いや、間違っていちゃいけない。そこにできた歪みを、理不尽に押しつけられてる気がした。
泣いたよ、俺は。例のごとく。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ、って。まあ、先生にしても、どうして自分の教えた通りにやってないんだ、って言いたかったところだろうけど。で、その日からぷっつり、練習に行かなくなった。それくらいの間違いはいくらでも直せたのに、それも嫌になった。第一、そんな初歩的なことをずっと間違えてたなんて、恥ずかしくて大っぴらにできなかった。だから、練習に行かなくなった本当の理由は、親にだって言わなかった。
ちょうど、その頃、ピアノを始めたから、学校ではそれで忙しくなるのを理由に、親には、単にいづらくなったから―本当に、その時には俺ともう一人しか男子がいなくて、そいつとも仲がよくなかったから、居心地は最悪だった―ってのを理由にした。
それから始めたピアノも、長続きはしなかった。ピアノを始めた理由も、母さんが弾けたからだった。そこまで本気ではないけど、せっかくただで教えて貰えるんだから、とりあえずやってみろ、って乗りだった。まあ、これは単純に、続く理由の方がなかったかもしれない。そもそも音楽のセンスがなかったし、それを悔やむほど好きでもなかった。それに母さんも仕事があったから、そこまで教えるのに時間を割けなかったのもある。結局、バイエルが終わるか終わらないかってところで有耶無耶になっちまった。それいらい、俺の部屋に置きっぱなしの電子オルガンは、埃を被った物置になってる。
剣道でもブラスバンドでもそうだったが、俺は一度やめると決めたものからは、一度視界から逸れたものからは、本当にきっぱり、まるで最初からそんな事実はなかったみたいに手を切っちまう。そういう後味の悪い思い出は、ほとんど誰にも打ち明けたことがない。そもそもそこまで深くやりこんでいた訳でもないから、ほとんど足跡も残らない。きっと、俺が通ってた道場にしたって、ブラスバンドのメンバーだっや奴らにしたって、俺のことは少しも覚えてないだろう。俺は、そうであってほしいと思ってた。
あるいは、そうやって、何の未練も感じないで、開放感に酔っていられるのなら、幸せだったのかもしれない。でも、少なくともそれは愚かだ。俺はその愚かさに気づいたんだ。ようやく。
俺は、忘れようとしていたんだ。過ぎ去ったことすべてを。諦めてきたものだけじゃない。今までに関わってきたものすべて、今まで出会ってきた人すべてを。そいつらが視界から消えていく度に、そいつらを引き留めようともせず、ただ、俺の中でそいつらが占めてた場所に、そいつらがいないことへの言い訳を詰め込んできた。
―あいつとはそこまで仲良くなかった。あいつは連絡先を知らない。こいつとは何を話していいか分からない。そいつには合わせる顔がない。あいつは……
こうやって、繋がりを持ち続けない理由を作り続けてきた。今でも連絡を取り合っている中学からの友達なんて一人もいないんだ。ここに来た奴ら以外は。いや、ここの奴らにしたって、いつも交流があるのなんかほとんどいない。誰ともそれなりに上手くやってるが、それだけでしかない。かえってその方が身軽だと思ってたぐらいだし、実際俺は何にも縛られてない。俺は誰も必要としなかったし、誰も俺を必要としなくていい。俺が何もしなくたって、問題は何一つ起こらない。誰かを待つ必要もないし、メールだのラインだのに時間をとられることもない。そういう意味で、俺は自由だ。
俺はその自由に慣れきろうとしていた。いや、もうそれは自由ですらないんだ。俺は、自分の存在に何も背負ってないんだから。何も求めようとしていないんだから。
気づいたとき、俺の中身は空っぽだった。




