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俺は、何かを得るための努力ってのを知らないんだ。それ以上に、そもそも何も得ようとしていないのかもしれない。そう思えるぐらい、常に必要なものには充足してた。家も家計に余裕がない訳じゃなかったから、欲しいものはだいたい何でも買ってもらえたし、それにしても、そう大したものを欲しがった覚えもない。過保護にされたっていう程じゃないにしても、所謂世間知らずのボンボンと本質的には一緒なのかもしれない。苦労を知らないし、苦労するぐらいなら、今ある以上のものを望みたいとも思わない。出来る範囲でやれればいいと思ってた。
どうしても欲しいものを、誰かと争って勝ち取りたい、っていう意欲も、俺には毛頭ない。勝負だとか競争だとかに、積極的な意味を見いだせないんだ。そこまでして欲しいと思うものがないのが一番の理由だろうけど、そうだな、もし俺に兄弟がいたら、もう少し我の強い人間になってたのかもしれない。やっぱり、一人っ子ってのはどうしても甘いところがあるんだろう。そのことをかえって誇らしくさえ思ってるんだから、そうじゃなくて、どうにかして人に勝とうと思ってる奴らと同じ土俵で戦っても、様になるはずはないのさ。
物心ついてからずっとそうだったせいで、俺は、何か得難いものを掴み取るためだとか、誰かとの勝負に勝つためだとか、そういう目的のために頭が回らないんだ。もっと言うと、未来形の論理を組み立てられない。逆に、どれだけ行き当たりばったりでも、どういう訳か、その場その場でいつも上手く対処できてきたんだ。まったく馬鹿げてるけどさ、やればできたんだよ。ある程度までは、ほとんど何だって。
小学校の高学年から、中学の三年まで、剣道をやってた。お前には言ったことがなかったな。正味五年間ぐらいか。そうは言っても、デパートのテナントに入ってる交流センターで、週二ぐらいでやってる小さな道場だったから、あんまり大っぴらなもんじゃなかったが。その頃から勝負嫌いだった俺が、どうして剣道を始めたのかはもうすっかり忘れちまったけれど、どうせ、親に奨められるまま、何も考えずに、ってところだろう。
そういえば、俺の体格が良くなり始めたのは、剣道を始めてからだったか。何せ終始竹刀を握ってるんだから、握力がついたのは分かるが、それ以外はどうだろう。とにかく、最初のうちは、順調だった。多分、その道場での練習が、一週間の内で一番きつくて、一番汗をかいたと思うけれど、それを苦痛には思わなかった。だいたい、できることをやるのには誰も苦労しないからね。しばらくすると、練習試合もやらないといけなくなったが、その時点じゃ、それもそう問題なかった。同期の中じゃむしろ体は動く方だったし、先輩とやるにしても、ただ胸を借りてやるだけで良かった訳だから。
それが、その内、俺が先輩の立場になる頃には、そうじゃなくなる。で、俺はさっきも言った通り、勝負に勝つために頭を使うってのができない。壊滅的にできない。剣道はね、見た目はダイナミックな競技に見えるかもしれないが、―もちろん、根本的な腕力とか、敏捷性とかは必須だけれど、本当に勝とうと思ったら、それなりに繊細な駆け引きみたいなものが必要になるんだ。俺は、そういうことができない。咄嗟の判断が利かない。せいぜい、打ち合って、鍔迫り合いをして、引き技をして、打たれて、返し技をして……それを練習通り繰り返すだけだ。それ以上のことは何も考えられない。同期でやってきた奴らも、後輩も、みんなその“それ以上のこと”ができるようになってくのに、俺は力任せで竹刀を振り回してるだけだった。試合に勝つことよりも、なんとか見苦しくないようにすることばかり考えてた。そのおかげで、俺の試合は引き分けばかりだったね。相手にとっちゃ、あんまり気持ちのいいものじゃなかっただろう。俺だって、楽しい訳はない。神経がすり減るばかりだ。
そうなると、俺はすっかり嫌気がさしてきた。完全に目指すべきものを見失ってたから。試合に勝ちたいとも、そのために強くなりたいとも思えなかったし、段位の認定も、仮に取れたとして、かえってそれが重荷になるような気がした。
で、俺は逃げた。自分でもうっとりするぐらいもっともらしい理由を並べて、その道場をやめた。ちょうど、道場の移転の話があったから、その機会に。その時俺はもう十分陰湿な人間になってたし、道場仲間にもそこまで気心の知れた奴はいなかったから、後腐れもなかった。最後に師範と挨拶をしたとき、師範は「また縁があればいつでも戻ってきなさい」って言ってくれたけれど、もう俺が戻ってこないのを分かっていたような口調だったし、実際俺は少しもその気がなかった。そうやって剣道をやめてから、どれだけ俺の心が軽くなったか知れない。
結局、俺は何とも戦ってなかった。




