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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
2月27日
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4


 そういうガキだった。三つ子の魂百までってのが本当なら、今でも、そのクソガキのままなのかもしれない。

 その俺が、いつの間にか、人前で泣かないようになってたし、思ったことをそのまま口にしないようになってた。理性で身を飾る、っていうのを覚えたのかもしれない。要するに、陰湿になった。

 それと同時に、学校の成績が良くなっていったし、運動音痴だったが、足は速くなった。それは、小学生だの中学生だのにとっちゃ、重要なことだろ? 自分でも、本当によくやってると思う。

 でもね、俺は、そういう自分がどこかで納得できないんだ。いや、満足してないって訳じゃない。なんて言うかな、そう、不当な感じがするんだ。ここまでやってこれたことが。


 たいがいの奴は、俺が努力家だとか、真面目人間だとか、そういうのだと思ってるらしいし、まあ、お世辞なんだろうけれど、そう言われることの方が多い。それでも、やっぱり見てる奴は見てるんだ。俺はね、一度だけ、「苦労を知らないように見える」って言われたことがある。実のところ、それが正解なんだ。少なくとも、俺は努力家じゃない。苦学をした覚えもない。もちろん、天才だとも思わないが、とにかく、要領がいいだけなんだ。

 俺だって、最初は何もできなかった。それか、できてもせいぜい人並みだった。徒競走じゃいつもビリっけつだったし、スポーツでも工作でも音楽でも、全般的に不器用だった。食い物の好き嫌いも結構あった。特に、ピーマンが嫌いだったね。まあ、食わず嫌いの対象としては上等だな。平気で食えるようになったのは、中学に入った頃ぐらいだ。正直、今でも生のを目の前に出されると胃が緊張する。

 そういえば、こんなこともあった。小学校の中学年だか、そのあたりだった頃の、夏だ。プールサイドのことだった。俺は体調が悪くて、他の見学者と一緒に日陰で水泳授業の様子を眺めてた。で、どういう話の流れだったかは忘れたけど、俺はぼそっと、ピーマンが嫌いだ、ってことを言ったんだ。で、俺は馬鹿にされた。ガキはそういうしょうもないゴシップが好きだから。それで、俺はいつものごとく泣き出したって訳さ。全くたわいのない話だけど、なんでか急に思い出したんだ。あの時の悔しさと、情けなさと、日差しの強さを。

 少し話が逸れた。まあ、要するに、俺はどっちかと言えば、できた子供じゃなかった。それがいつの間にか、できる奴になってた。まず、足が速くなった。たいして筋トレをしてた訳でもないのに、そこらの運動部に入ってる奴よりも体格がよくなった。成績も良くなった。高校に入るくらいまで、どうしようもなく数学ができなかったのも、いつのまにか、人に教えられるぐらいになってた。文章だって、特に練習してる訳でも、人並み以上に本を読んでる訳でもないのに、しゃべるよりよっぽど流暢に書けるようになった。手先が不器用なのはあまり変わらないが、それでも必要なことは十分こなせるようになった。ずいぶんな進歩だよ。で、そのどれをとってみても、そのために、一つも特別な努力をした覚えがないんだ。本気でそういう能力が欲しいって思ってたかどうかも怪しい。ただ、ぼんやりと受動的に成長するうちに、まるで初めから敷かれてたレールの上を走ってるみたいに、俺は、今の俺になってた。その間、何の障害もなかった。俺は、そういうことができるようになるのを待ってればよかったんだ。そして実際、そうなった。

 俺は、何かが間違ってる気がするんだ。誰かの努力に対して報いられるべきものが、何かの手違いで俺のところに送り届けられてるんじゃないかって。……いや、多分、それ相応のことはしてきたんだろう。それを、大した苦労だとも思ってないだけってことも十分あり得る。でも、それなら、俺はもっとやれたはずなんだ。もっと、“がんばった”って言えるぐらいにやっていれば、もっと別な生き方をしていたはずなんだ。けれど、俺はしなかった。一度も全力なんて出したことのないまま、そんなものの存在さえ知らないまま、その場その場を凌げるだけのものを得ることに汲々としてる人間になった。


 どうした? ……そう、俺の言ってることが、嫌みに聞こえるか。フン、悪いけど、それは俺じゃなくて、お前の問題だよ。第一、いつも、テストやらなんやらで、一位なり二位なりの成績を取るたびに思うんだ。他の奴らはいったい何をしてるんだ、って。毎回大した準備もせずに、できることをやればいいやと思ってその通りやってる俺に、どうして負ける? どうして、やっぱりまたお前か、みたいな、いかにも当然の結果をみるような目で俺を見るんだ。そこまで舐められたいのか? それとも俺が人を舐めるような人間じゃないとでも思ってるのか? そんなのは大間違いだ。そういう奴らが、勉強はどうのこうの、どうするのがいいだの大きな声で言い合ってるのを見ると、笑ってやりたくなるんだ。だったらその力を出し惜しんでないで、さっさと俺よりいい点を取ってくれよ、って。冗談じゃない。何で俺はいつも追われる側にいなくちゃいけないんだ。俺だって、誰かの背中を見ながら走りたいんだ。一番前なんて、そう長い間いたいと思える場所じゃない。少なくとも俺にとっては。一回その景色を見ちまったら、後は追い抜かれるまでただそこに居続けるしかないんだから。



 また、話が逸れた。








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