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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
2月27日
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3

っと、本気にした? 面食らったような顔だな。それとも、また面倒なのが始まったとでも思ってるのか? そうならまあ、期待通りっつうか、予想通りなんだけど。ハハハ、安心するのはまだ早いぜ。俺が言ってることは全部本当だから。ただ、今のはちょっと改まって言ってみたのさ。どんな顔をされるか見てみたくてね。イタズラだよ、イタズラ。

 はは、そんな変な顔するなよ。趣味の悪いイタズラだったのは謝る。うん、イタズラなんて、誰かにやった試しがないからね。こういうことを考える脳味噌がないんだ、俺には。そもそもまとまった量の会話だって苦手なんだから、こっちから人にちょっかいかけるなんて、おっかなびっくりもいいとこだ。

 俺はね、そういうことが平気でできる奴が羨ましいよ。すごく。どんな会話でもすぐに頭が回る奴とか、やるって決めたこと以外何も考えないで集中できる奴とかも。いや、嫌味じゃなくてさ。本当にそう思うんだ。そういうことができるようになるんなら、俺の成績だろうが身長だろうが文才だろうが、何を質に入れたって惜しくない。

 紙に書けって言われれば、何だってどれだけでも書くのに、人と気楽に話すってだけのことができないんだ。そういうことになると、俺の頭はストップする。ほとんど病気だよ。何も思い浮かばなくなるんだ。なんとか笑って、前から考えてた決まり文句を繰り返すしかできない。カズだけなんだぜ、俺がこうペラペラ喋れるのは。なんでだろうね。却って、どうでもいいときの方が口がよく回るのに、本当に話したいってときには、ダメだ。

 とにかく、俺にとってそんなに辛いことはない。そのお陰で自分に全然自信が持てないんだ。誰も、俺と一緒にいたって楽しくないんじゃないか、誰も、俺と話したいと思ってないんじゃないか、って。

 意外か? 俺もね、どうしてそんなことを考えてるんだろうって、情けなくなるよ。でも、事実、そうなんだ。


 正直、寂しいんだよ。一目置かれたり、遠慮したりされたりするのに疲れた。誰とでも、気兼ねなく付き合いたい。

 今までは気兼ねしてたのかって? そうさ、俺が何の遠慮もしなかったことなんて数えるほどもない。理性が効かなくなるぐらいまでへとへとに疲れた時ぐらいだ。こんなことを言うと誰かを傷つけることになるかもしれないけどね、俺には一人も、気を許せる相手がいないんだ。少なくとも、物心がついてからは。

 俺だって、好きでそんな孤立策を取ってる訳じゃない。けど、何をするにも考えすぎるんだ。実にどうでもいいことを。そいつは本当に気を許していい相手なのか? そいつは俺が気を許すのを望んでいるのか? 鬱陶しがられないか? 気を許したところで何が出来る? こういうことが一斉に、しかも執念深く襲いかかってきて、一向に考えが進まなくなる。やっぱり病気だ。人前で頭がストップするのは、そうやって思考回路がショートするからなんだよ。毎回、破綻したデモクラシーの縮図が俺の中で繰り返される。何も出来ないうちに、すべてが終わってる。

 俺は考えすぎなんだ。理性の塊。いつでも絶えず役に立たないことを考えてる。だから、却って一つのことに集中できない。お陰で頭の回転は速くなったが、その分、考える量も増えて、結局どっこいどっこいだ。慢性的に需要を賄い切れてない。お手上げだよ。まるで駄目だ。

 あるいは、もっと自分ってやつに絶対的な自信があれば、どれだけ悩んだって、最後には決断ができるもんなんだろう。ああ、俺は臆病だ。



 どうして、俺はこんなのになっちまったんだろう。俺にだって、いつごろまでかは、バカ正直だった時期があったんだ。思いついたことは何だって大声で言ってたし、なんだってやったし、それに泣き虫だった。

 信じられるか? 俺が泣き虫だったんだ。それも、大声で泣いたりするわけじゃなくて、隅っこで、顔を隠しながらしくしくとやるんだ。まあ、ガキっていうのはそういうもんなんだろうけどさ、感情が昂ぶってくると、ほとんど挨拶代わりに涙が出てくるんだよ。それで一々、周りを困らせるんだ。


 こんなことがあった。確か、俺が小学校に入ったばっかりの頃だ。そこまで都会の学区じゃなかったから、入学したてでも、保育園のころからの顔見知りは結構いた。そういう顔見知りの中に、Aっていう女の子がいた。そいつは、もう今じゃ顔も思い出せないが、頭の回転の遅い奴だった。少なくとも、俺はそう思ってた。小生意気な話しだけど、俺はその頃から、そういうことを考えてたんだ。で、俺はAのことを露骨に馬鹿にしてた。悪口だって、平気で言ってたんじゃないかと思う。なんせ、バカ正直だったから。

 そのAが、帰りの会か何かのとき、みんなの前で、先生に褒められるってことがあった。そこで俺は、よっぽどそれが気に入らなかったんだろうね。「Aのくせに」ってこぼしたんだ。それも、よっぽど大きい声で言ったんだろうね。先生がそれを聞きつけるぐらいだから。

 俺はすぐに先生の前へ呼び出された。あれだよ、謝るまでみんな帰れません、っていう。

「なんであんなことを言ったの」

 先生は怖い声でそう言った。その先生の顔ももう覚えちゃいないけどね、優しい先生だったとは思う。その先生が、聞いたことのない声色を使って俺を叱りつけてるんだ。それでも、俺は「だって、Aだから」なんて言った。まったく、今思い返しても大した度胸だよ。それに、自分が悪いだなんてこれっぽっちも思ってなかった。

 でも、俺の片意地も結局そこまでだった。そう言ったそばから、目頭が急に、止めようもなく熱くなってきたんだ。なんでそのタイミングだったのかは分からない。そのまま、俺は、先生から次の言葉が飛んでくる前に、泣き始めた。それにつられて、Aも俺の横で泣き出す始末。まったく、先生もたまったもんじゃなかっただろうね。俺は、その後どうなったかってのを全然覚えてない。もしそのとき泣き出してなかったら、きっと俺は、Aについて、もっと酷いこと口走っていただろう。



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