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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
1月
4/95

貯金箱とゴリラのこと

 この前思いついて以来、僕は自分のことを貯金箱にたとえることにしている。豚の形でも、ポストの形でもなんでもいい。とにかく、コインの入れ口しかない貯金箱だ。

 コインを入れれば、その分だけコインは貯まっていく。入れるたびに音だってする。貯金箱は入れられたコインを持ち逃げしたりしないし、何も要求したりはしない。けれど、そのかわり貯金箱それ自体は誰にも何もしないし、悲しいほどシビアだ。

 そして何より、貯金箱からコインを取り出そうとするなら、それを叩き割るより他にない。もしそれができなければ、結局誰も何も得られない。

 この”貯金箱”のところを「僕」に置き換えて、”コイン”のところも、まあ適当に換えれば、それはほぼ二つの点を除いて、完璧な「僕」の説明になる。


 つまり、貯金箱は僕と違って自己変革できないというのが一つ。僕が自己変革しようとしないのは、貯金箱と違って僕が身勝手だからだということがもう一つ。




―今日も僕が教室に一番乗りだった。教室も校舎も、今日は少し違和感を覚えるぐらいしんとしている。むろん見届けてくれる人は誰もいないが、連続一番乗りの記録は現在絶賛更新中である。

 ところで最近は、たいやきさん以外にも、朝早く教室にやってくる人が増えた。ついこの間センター試験が終わって、残りが一年間になったことにそろそろ焦りだしたのかもしれない。一応この学校は進学校ということになっている。そして大多数の生徒は三年になってから本気をだすことになっている。その実状をあざ笑うかのように、黒板の左端には、センターの翌日から先生が始めた、本番までのカウントダウンの数字が禍々しく居座っている。残り360日・・・・・・いつまで先生が飽きずにカウントダウンを続けるかは見物だが、しかしえげつない試みである。

 教室に朝勉しに来る人こそまだ少ないが、この学校には自習室というものがあり、おそらく優秀な人たちはこの寒い教室よりも、ヒーターのガンガンに焚かれたそっちに集まっているのだろう。それを思えば、僕もうかうかしていられない。明かりのついた教室に一人だけでいると、妙に黒板に睨みつけられているような気がする。マイペースっていうのもなかなか難しい。


 鞄から荷物を出して支度をしていると、大きな足音が廊下をやってきた。それが教室の横を通り過ぎかけたころに、教室の後ろの戸がミシ、と軋んで、それからどんどんと拳が戸を乱暴にノックする音が響いた。僕はやれやれと思いながら席を立って、件の戸まで歩いていく。前から入ればいいのに。まあしかたがない。後ろの戸の鍵を開け忘れたのは僕だ。


「ようシノちゃん!」


 戸を開けると、既に分かってはいたが、大きな顔の横でやはりお大きな右手の平をぱくぱくさせた花田がいた。


「やあ、ゴリラ」僕が言うと、いや言い終わる前に、花田は僕を押しのけるようにして中へ入った。


「ウェー、さむっ。おまえよくこんなところにいられるな」花田は肩に提げた巨大な野球部バッグを引きずりながら自分の席まで歩いていく。彼の席は一番後ろの一番窓側だ。

「ふん、今日はやけに早いじゃないか。部活はなかったのか」僕は聞いた。時計はまだ、7時40分を指していた。

「おう、今日はオフだからな。職員会議があるんだってよっと」

 花田が勢い込んで持ち上げた野球部バッグは、机の上に落ちて、ちょっと考えられないぐらいの音を出した。机三つ分離れた僕の足下にも揺れが届くぐらいの衝撃である。

 少し前に、この野球部バッグの中に一体何を入れたらあんなことになるのか気になって、花田の見ていない隙に中を覗いたことがあったが、なんのことはない。使いどころのない辞書やら、ろくに読みもしない参考書やらを無分別に突っ込んで、その隙間にユニフォームやら着替えやらを突っ込んでいるのだった。

「まったく、いい加減近所迷惑だぞ、ゴリラ」僕は言った。


 僕は彼のことを、普段からゴリラと呼んでいる。そうでなければテロリストと呼ぶ。ここではその事実に免じて彼のことを本名で書く。

 彼がゴリラである理由は書くまでもないと思う。どこの学校にだって一人ぐらいゴリラはいる。だからゴリラと同じクラスになる可能性はもちろん誰にでもあるし、ゴリラと友達になる可能性もある。当然ゴリラが隣の席になる可能性だってあるが、今のところ僕には実現していない。その先の可能性については考えたくもない。

 もう一つ、僕が花田をテロリストと呼ぶ理由だが、それは彼自身が、テロリストを目指しているからだ。それもこっそりとではなく、誰の前でもそう豪語している。まずはジーシェパードのような環境テロをしたいらしい。やはり自然が彼の野性を惹きつけるのだろうか。


「シノちゃん、暇過ぎ」野球部バッグに両手をたたきつけたかと思うと、花田は言った。それじゃあ僕がつまらないみたいじゃないか。

「じゃあ何しにこの時間に来たんだ」

「勉強」

「じゃあ勉強しろよ」

「いや、来たらやる気失せたわ・・・・・・そうだ、肩パンしない?」

「誰がするか。というか野球部が肩パンとかだめだろ」

「大丈夫、ずっと俺が殴ってシノちゃんが殴られるだけだから」

「馬鹿にしてるのか」

「オーケー決定」そう言って花田は立ち上がった。おいおい、冗談は口だけにしてくれよ。


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