コンビニのこと
久しぶりに、登校の途中でコンビニに寄った。校門の前の坂を下った地下鉄の出口から、横断歩道を一つわたったところにあるコンビニである。
僕は、朝に早く着きすぎたりしたとき、たいていこのコンビニに寄る。このあたりには他にもいくつかコンビニや喫茶店があるが、僕がこのコンビニを選ぶのに、とりわけたいした理由はない。高校に入ってから最初に使い始めたのがここだったというだけだ。しかもこのコンビニには自由に使える休憩コーナーがあるから重宝する。
いつものように店内を一周してから、やはりいつものように飲み物の棚で立ち止まって、飲むゼリー(こういう風に書くとかなり見栄えがしないけれど、ちゃんとした名称は忘れた。容器を手で揉んで、中身を吸い出すアレだ)を取る。小売り価格204円。これを買うと何かの特典で10ポイント貯まるらしいが、何のポイントなのかは知らない。そんな特典を付けるぐらいなら、値段を200円か205円にしてほしいと思う。210円でも、まあ、いい。いつものようにそう思いながら、僕はレジで百円玉を三枚出す。レジ係さんが96円をレジからつまみ出すのに少しかかる。毎回その手間をかけてもらうのが申し訳なく思うが、僕が買い物をする時間帯には他の客も少ないから、まあ、多少のんびりでもいいかとは思う。レシートとレジ袋はいらない。そして、休憩コーナーのカウンターに直行する。店内の時計の針は、7時10分と15分の間を指していた。
僕が朝早く着きすぎる日にはいくつかのパターンがある。一つは、親の出勤時間に併せて車で送ってもらう場合。冬に入った頃から、送ってもらうことが増えた。確かに僕だってそっちの方が楽だし、親もある程度は気を遣ってくれてるのだろう。少し時間が早すぎる(家を出るのは6時40分頃になる)が、それは僕が文句を言えたことではない。
二つ目は、天候が悪くて時間に余裕を見て家を出たら、そのまま早い時間に着いてしまった場合。これは今までに三回ある。そういう日に限って、乗り換えが上手くいく。世の中は実に不条理にできている。
そして最後の一つは、誰かと待ち合わせをする場合だ。これは今までに一度だけあった。相手は例によって金森である。待ち合わせの理由は忘れた。ただ、たいした理由ではなかったと思う。
そういうわけで、もし誰かが少し早く登校したときにこのコンビニの前を通りかかったとして、運が良ければ、窓ガラス越しのカウンターで何かを飲みながら携帯をいじっている僕の姿を発見することができる。その気があれば、十分ばかり、僕の様子を観察することができるだろう。もちろん、僕が通りかかる側だとしたら、たった一分だけでもそんな非生産的な作業は御免被る。それに、そこを通りかかったとしても、運が悪ければ、窓ガラス越しにいるのは作業服を着たごついお兄さんかもしれないし、暇を持て余した早起きなご老人たちが屯しているかもしれない。あるいは誰の姿も見えないかもしれない。
どっちにしても、これは仮定の話である。
休憩コーナーには誰も座っていなかった。そもそもが五つしかイスのない、小さな角の空間である。席は五人分あるが、両端に一人ずつ座れば、もうそれだけで間に入りづらくなってしまうようくらい窮屈だ。僕は、その左端、一番レジに近い側に座る。目の前の窓ガラス越しに、信号を渡った先の、いつもの地下鉄出口が正面で見える位置だ。これも特に理由はないが、この左端のイスが僕の定位置になっている。このイスに他の誰かが先に座っていたりすると、僕は少し混乱することになる。
後ろで入り口の手押しドアが開く音が聞こえて、ピロピロという客の入店を知らせる電子音が鳴った。「いらっしゃいませー」という店員さんの声がする。それから、今までも流れていた店内のBGMの音量が、少し大きくなったように聞こえた。いかにもモーニングタイム用というような穏やかな洋楽である。このコンビニでは、いつも僕の知らない歌手の、他では聞いたことのない曲が流れている。そういうBGMのチョイスは、僕が言うのも変だけれど、なかなかいいものだと思う。どこがどういいのかというのはちょっと分からない。これで、BGMの途中に時々挟まれるコマーシャルーー少し前に流行った人気子役のわざとらしい声で、コンビニチェーンの宣伝がされて、さらにその声で、終わりに恐ろしくやっつけ感のあふれるテーマソングが歌われるやつがなければ、もっと穏やかに朝の十数分間がつぶせるのに、と思う。いったいどこのニーズに応えようとしてるんだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら自分のケータイをいじっていると、目の前の窓ガラス越しに、知っている顔が通り過ぎた。どうしてこんな時間に? と僕はクエスチョンマークを拵えながら彼の姿を目で追う。すると彼は、僕の視線に気づかないまま入店してきた。僕のクエスチョンマークはエクスクラメーションマークに変わった。




