第七章、その男、七色の武器使い
「よっ、と!」
少々迫力に欠ける掛け声で、濃紺の刃が敵の片腕をすっ飛ばす。しかし、敵はそれぐらいで倒れるはずもなく、なんでそんなんで剣を持ち上げられるんだよとツッコミたくなるような骨ばった、ていうか、まんま骨の腕を振り上げる。ここでいつもなら、回避行動を取らなければならないのだが、今回は勝手が違う。
俺に腕を振り上げた骨の騎士が、俺に獰猛な笑みを浮かべた、気がした。骨のくせに。俺もそれに、ニッコリ微笑みかけてやる。瞬間、激しいサウンドエフェクトが鳴り響き、骨の騎士の顔面を数発の弾丸が突き抜けた。それによって骨騎士様のHPがゼロを示し、バシュンとポリゴンを撒き散らして消えた。
「いやー、怖いね」
「…………」
心霊病棟に入ってから数10分。今までずっと沈黙を守り続けてきたアスカに話しかける。しかし、今度も彼女が口を開くことはなかった。
「おーい、アスカさん?」
尚も呼びかけると、反応を示しているのか体をピクッと動かした。ダメだこりゃ、と思い、依頼書に記載されている心霊病棟のマップを見る。現在位置は、五階建ての建物の四階、の眼科だ。目標到達ポイントは最上階の、手術室。なぜ、最上階に手術室があるのかは知らないが、ここからだとすぐ側にあるエレベーターを使って行ったほうが早いが、なーんか怪しいんだよなぁ、あのエレベーター。
「ここから遠い階段と近いエレベーター、どっちがいい?」
困ったときはすぐ相談。
隣で見えない敵と戦っているパートナーに問いかける
「エレベーター……」
………マジすか?
ゴクリ、と生唾を飲み下した俺の目の前にあるのが、心霊病のエレベーター。怪しい臭いをプンプンさせている重厚な扉を前に、俺の掌は常にミストルティンの柄に触れていた。
「どうしたの?」
そんな俺の挙動で不安になったのか、アスカが俺に問いかけてきた。
それに、何でもないと微笑み返すと、矛盾するように俺の手は固く柄を握り締めていた。
「………」
扉の上に表示されるエレベーターの位置表示が刻々と四階に近づいてくる。その度に、仮想の肌を突き刺す威圧感が強くなっていった。
「おい、アスカ……俺の後ろに来たほうがいいぞ」
警戒心剥き出しでそう言うと、アスカは疑問を挟む前に俺の後ろに回った。
階層表示が三階離れた時、俺の不安は確信に変わった。仮想の聴覚が、微弱のサウンドエフェクトを拾ったのだ。ザリザリとナニカを削る不快な音と、獣の呻き声。それをアスカも聞き取ったのか、密着した体が強張るのを感じた。
「来るぞ……扉が開いたら取り敢えず俺が突っ込む。アスカは援護してくれ」
「分かった」
長く息を吐き出し、右足を下げてミストルティンを少しだけ鞘から抜く。
そして―――
「グルルルラァァァァァァ!!!」
「逝くぜ!!」
「字が違う!」
開け放たれた扉から現れたのは、巨大な四足歩行の犬。顔が三つあるから《ケルベロス》というやつだろう。そんな思考をミストルティンを巨体に叩きつけながら考えていると、瞬間、横から錆付いた剣が俺に向かって突きこまれた。
「くっ……!?」
一直線に俺の心臓目掛けて迫る剣を辛うじて避ける。しかし次の瞬間、ケルベロスの巨大な爪が俺を襲っていた。
「ぐっ……!?」
咄嗟にミストルティンで衝撃を吸収するも、俺の体は押し切られ、後退を余儀なくされた。視界の端で、HPが僅かに減る。
「厄介すぎんだろ!?」
叫び、剣と爪をかわす。俺が見る先にいるのは、三つ首の巨犬と、骨の体に無骨な鎧を着た《ジェネラル・ボーンナイト》だった。こいつら二体とも《ベアリング・ジェネラル》には劣るものの、同時に相対するには厄介すぎるモンスターだった。
「アルカナ・レイズ!!」
天体魔法中技『アルカナ・レイズ』を、ケルベロスの真ん中の顔の鼻っ面に放つ。白い閃光は狙い違わず、ケルベロスを射抜いた。だが、ケルベロスのHPが僅かにしか減っていないのを見て舌打ちする。
この世界のモンスターには、魔法が弱点のモンスターと、通常の武器攻撃が弱点のモンスターがいる。今いる《ケルベロス》と《ジェネラル・ボーンナイト》は珍しく、あまり情報が出回っていないために、魔法を試しうちして確認する必要があるのだ。結果、ケルベロスは耐魔法属性が強いことが分かった。
次に―――
「ミーティア、からの……セヤァッ!!」
速度上昇魔法で一気に《ジェネラル・ボーンナイト》俺訳:骨将軍の背後に回りこんで、ミストルティンを振り下ろす。ガギン、という硬質なサウンドエフェクトが鳴り、HPが減少する。しかし、その変化は微々たるものだった。結果、骨将軍は耐武器攻撃属性が強いことが分かった。
「うおっ、とと……」
勢い良く迫る怪物の尻尾を潜り抜け、骨将軍の剣戟を捌きつつ、俺はアスカの元へ下がった。
「四つ首犬の弱点は武器攻撃。骨将軍の弱点は魔法だ。俺が二体のタゲを取り続けるから、アスカは的確に弱点をついてくれ。四つ首犬からな」
「分かったわ」
早口で捲くし立てたにも拘らず、アスカはアッサリと頷いて拳銃を構えた。俺はそれに微笑み、ミストルティンを握りなおした。
「さあ、魅せてやる」
重心を落とし、コンクリートの地面を蹴り放つ。フワッと浮遊感が俺を包み、四つ首犬と骨将軍の頭上へ飛んだ。
二体の視線が俺を捉えた瞬間、ミーティアを発動させ急落下。
「ハアッ!」
着地と同時にミストルティンで四つ首犬の左の顔を縦に切り裂く。
「ギャオァァ!?」
悲鳴を上げてノックバックした四つ首犬には目もくれず、突き迫る骨将軍の刃をかわす。突き、突き、薙ぎ払いのコンボを全てかわし、大きな隙を見逃さずに反撃に移る。まずは居合い斬りのように左腰から右上への斬り上げ。右から左への横薙ぎ。突き、突き、頭上からの切り下ろし。その全てが綺麗に決まり、骨将軍の動きが一瞬止まる。その隙を見逃さず、右手で握ったミストルティンを頭上で薙ぐ。後ずさった骨将軍の頭を追うように濃紺の刃が迫り、ガァン!という会心の手応えと共に激しいライトエフェクトが飛び散り、俺の視界を白く染めた。
だがまだ、HPは0を示していない。アスカの射撃もまだ続いている。油断禁物。
そんな俺の思考を裏付けるかのように、火花にも似たライトエフェクトの間をすり抜け、骨将軍の錆びれた剣の切っ先が伸びてきた。
「ぐっ……!」
それをモロに喰らい、目に見えてHPが減少してしまう。だが、回復している暇はない。体勢を整えた俺は、再びコンクリートの地面を蹴って浮遊した。
眼下に、剣の届かない所に移った俺を恨みがましく睨む骨将軍と、アスカの変幻自在の銃弾の嵐に苦戦しながらも、意識はまだ俺に向いている四つ首犬が見えた。骨将軍のHPゲージは残り6割。四つ首犬のHPゲージは残り4割だった。それを確認した俺は、再びミーティアを発動させ、更に上空へ移動。
「ラァッ!!」
そして乾坤一擲。一球入魂、いや、ここは一剣入魂と言うべきか。とにかく、俺はミストルティンを四つ首犬の首に向けてブン投げた。クルクルと高速で回転しながら落下していった濃紺の剣は、狙い違わず四つ首犬の真ん中の首に突き刺さった。HPゲージが、ガクンと減少して残り2割となる。
そんな時、下にいる骨将軍がほくそ笑んだ、気がした。骨のくせに。だから俺は、いつかのボーンナイトに向けたようにニッコリ微笑んでやる。そして、ミーティアの効果が消えたと同時に、音高く合掌、否、両の手を合わせた。そして、光が手の間に満ちたと感じた瞬間、合わせた両手をゆっくりと離し―――
「魔刃・デスサイズ!!」
「ッッッ!?」
「ギャガゥガアア!?」
―――着地と同時に、巨大な漆黒の鎌を一閃した。
大きな弧を描く漆黒の刃は、丁度俺を挟むようにして存在する二体のモンスターを巻き込んだ。ガリッと一割、四つ首犬のHPが減り。
「ハァァ!!」
続いて飛来した青色の弾幕が立て続けにヒットし、その巨体は爆散して消えた。銃系統武器のスキル、弾丸変更。アスカが選択した弾丸は《水氷弾》。水属性を纏った弾丸だ。どうやらケルベロスの弱点属性は水属性だったようだ。
視界の端で上昇する経験値に目もくれず、俺は未だに健在な骨将軍に向き直る。突き出される切っ先を、鎌の柄で受け流し、その勢いのままに石突で顎を打ち上げる。ガァン!というサウンドエフェクトと同時に、骨将軍がノックバックした。
「フッ!」
その隙を逃さず、俺はしゃがみ込んで鎌を下段で一閃させた。確かな手応えを感じながら、体が起き上がる力を利用して上空へジャンプ。骨将軍の流石な反応で、上空にいる俺に剣を伸ばしてくるが無駄。
呼気もなにもなく放たれた、大上段からの振り下ろしが、無骨な剣ごとすっかすかな頭を吹き飛ばした。
「喰らいな!」
叫び、手に収束した魔法を放つ。天体魔法小技『クロス』。突き出した二本の指先から金色の十字架が伸び、残り一割となった骨将軍のHPを削りきった。
「ふー……」
骨の将軍がポリゴンの欠片となって四散していくのを見ながら、俺はゆっくりと息を吐き出した。デスサイズの、俺の胸の辺りまである柄に両手を置き体重を預ける。
「お疲れ様」
「んー……」
アスカは、ダレる俺の目の前に回りこんで笑った。俺はテキトーに返事を返して、装備ウィンドウを開いた。その中に、ミストルティンの名前があるのを見て思わずほっ、と息をつく。どうやら、スキルはしっかりと発動していたようだ。
「さて……じゃあ色々聞かせてもらいましょうか」
「へ?」
前から溢れ出る怪しいオーラに、俺は疑問符を浮かべてその発生源を見上げた。
真っ黒なオーラとは正反対の、美しい笑顔のアスカさん。しかし、どーも、その目がダークネスダネ。
「アナタのあの妙なスキルのこと、たっぷり聞かせてもらうわ」
「……マジで?」
「マジで」
「アレは『転換』っていって、ある設定しとけばウィンドウを開くことなく簡単に武器が変更可能っていうお得スキルだよ」
ほへーっ、ていう顔をしたアスカを見て、俺は思わず意外、という顔をした。
「なによ?」
「いや、な。俺がこのこと言うとどいつもこいつも妬むような、気分が嫌になる顔をするからな……けど、お前がしなかったから意外だった」
俺がそう言うと、アスカは一瞬、虚をつかれたような顔をして、プッと噴出した。
「……なんだよ?」
「ごめん。でもアナタってそんなこと気にする人じゃないと思ったから、つい」
バツの悪い表情を浮かべる俺に、アスカは微笑みつつそう言った。
「ったく。俺はそこまで豪胆な人間じゃないっつーの。………ほら、次いくぞ。そろそろクエスト終わらせて帰ろうぜ」
「ええ、そうね」
パートナーの返事を聞いて、俺は鎌を握り直した。
――to be continued――