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聖郷の騎士達―Arcadia knights―  作者: 星屑
序章:主世界エルサレム
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第五章、その男、共闘する




 逃走用アイテム《ケムリダマ》は視覚、嗅覚を潰すことができる。入手するのが簡単かつ、威力も保障されているので、いつも俺のアイテムポーチにはこれが二個以上は入っている。



「……捲けたか…?」



 熊将軍から約100m離れた大木の幹に、俺は一度姿を隠した。未だケムリダマの白煙が立ち込める辺りからは、獣の唸り声が聞こえるが、俺の姿は完全に見失っているだろう。

 ふぅ、と息を吐き出すと、俺を覆っていた薄い銀の膜が薄れ、消えた。ミーティアの効力が切れたのだと理解した。




「さて……どうするか」



 現実逃避気味に他のことを考えていた俺は、しっかりと現実を見据える覚悟をして、自分の両腕に視線を落とした。

 なにかを抱えるような形をとっている俺の腕。その上には、銀の髪を持つ女性プレイヤーがいた。年は俺と同じくらいだろうか。思ったより近くにあった顔が、赤く蒸気している。だが、俺が目を背ける理由はそれではない。俺の近くに女性の顔があるなど、凛のおかげで慣れている。問題は、俺達の体制にあった。

 女性の首筋と膝の裏に回された俺の腕、そして俺の首にかけられた受精の細い両腕。所謂、お姫様抱っこという状態だった。まぁ、俺は意図的にやったわけなのだが、女性のほうはほぼ反射的だろう。故に、これは少々マズイ事態になる。今現在、俺には見えないが女性の視界の端っこには小さな赤いアイコンが浮かんでいるはずだ。これを押すと、運営会社のほうに通達がいき、俺にはペナルティが課せられてしまう。所謂、ハラスメント行為通達コードというやつだ。そうなれば、この後の防衛戦は愚か、一週間のログイン禁止になってしまう。それはつまり、俺の調査の妨げになるということ。それだけはなんとしても避けなければならない。




「……すまない」



 しかし、ここで変に慌てると事態が更なる混沌へとフライアウェイしそうだったので、取り敢えず、俺は女性を降ろした。



「あー、その、大丈夫ですか?」



 自分と比べて同年代か年上なのだし、相手は初対面。最低限の礼儀は守るのがマナーだ。



「……大丈夫よ」



 俺が安否を問うと、女性はぎこちなく頷いた。俺はそれにそうですか、と返すとポーチに手を突っ込んだ。

 取り出したのは、緑色の液体。回復用アイテムの中では最大の回復量の『ヒールドリンク』というやつだ。丁度、回復アイテムを切らしていたのか、女性は遠慮がちに受け取ると、一息に呷った。

 その様子を横目で見ながら、俺の思考は平行して別のことを考えていた。

 あの熊将軍がいる場所。あそこは紛れも無く、シルフ領へと繋がる正解の道だ。つまり、俺が最短距離かつ安全確実にこの森から抜け出すには、あの熊将軍を倒さなければならないということ。予想外の面倒臭さに思わず舌打ちしそうになるのを、溜め息と共に吐き出した。



「……ありがとう」



「ん?ああ。どういたしまして」



 おずおずとお礼を言ってきた女性に返答しながら、俺の視線は女性の装備を見ていた。

 上半身は白色の布装備。その上から小さな金属製の鎧。手には布装備と同色の革製グローブ。下半身は膝丈までのスカートに、長ブーツ。俺が言えたことではないが、この女性の防御力は相当低いだろう。まあ、それでも金属鎧を着ている分、俺よりはマシかもしれんが。しかしそうなると、あの脳筋熊の攻撃は脅威だ。それに見たところ、彼女の武器は遠距離武器の『二丁拳銃』。遠距離防具だとしたら、尚更だ。


 更に、装備の色は、赤でもなく青でもなく緑でもなく土色でもない。つまり、この女性の装備の色は、各勢力のシンボルとなる『軍色』のその全てと違うということだ。それがなにを表すのかというと、彼女がどの勢力にも属さない、俺と同じニュートラルプレイヤーだということだ。なるほど、同族ならば仕方がない。放っておけないのが俺という男だ。



「君、今どっちに行こうとしている?」


「シルフ領だけど…」


「シルフ領?行き先は同じか……」



 逡巡しているうちに、段々と荒々しい足音が近くなってきた。間違いなく熊将軍のものだろうが、行動を起こすにはまだ遠い。



「君、魔法は今なにを選択している?」



 足音のする方向へ向けていた顔を戻し、女性の瞳を見る。一瞬、顔を赤くした女性だったが、すぐに指を鳴らしてスキルウィンドウに指を走らせた。



「射撃魔法。熟練度は75くらい」


「射撃魔法か……」



 顎に手を当てて瞳を伏せる。近づいてくる足音。現状で考えられる策は、あまりないだろう。



「あの熊を倒さなければ、シルフ領へは行けない」


「ええ。分かってる」


 俺がそう言うと、女性は頷いた。


「そこで、だ。俺と共闘しないか?」


 人差し指を立てて進言した俺を見て、女性は目をパチクリさせた。


「私が、アナタと?」


 指を指して問う女性に、頷いてみせる。


「勿論、嫌なら俺一人でアレを倒して進む。だが、その代わり、時間がかかる」


 聞こえによっては誘導尋問に聞こえなくはないが、なりふり構ってはいられない。

 色々考えていたらしい女性は、やがて顔を上げた。


「分かった……」

















「グヴヴヴァァァァ!!」



 地響きと獣の呻き声が反響する森の中。俺の視線の先にいるのが、二足歩行する熊型のフィールド中ボス《ベアリング・ジェネラル》。通称、熊将軍。どうやら獲物を取り逃がしたことによって相当キレているようだ。目が血走っているのが証拠です。

 熊将軍の姿から視線を外すと、俺は向かい側の樹を、正確に言うとその幹に背中を預けて熊将軍の様子を窺う女性プレイヤーへと向けた。

 成り行きで共闘することとなったのだが、彼女と俺は案外、共通点が多かった。ます一つは、二人ともがニュートラルプレイヤーだということ。二つめは、彼女も俺も、この後の防衛戦に備えるために、この森を抜けた先にあるシルフ領を目指していること。そして最後に、あの熊将軍が邪魔なこと。



「グルァァ!!」



 そこまで思案すると、俺のHPゲージの横に小さなアイコンが明滅した。このアイコンは、ボス級モンスターのターゲットとなったことを示す。つまりは、俺の姿が熊将軍に発見されたということ。もっと簡単にするならば、戦闘開始の合図だ。



「っ!」


 素早く手を合わせて、天体魔法『ミーティア』を発動させる。銀色の膜が俺を覆った瞬間に、今まで潜んでいた樹の幹から飛び出し、熊将軍の遥か上空まで飛ぶ。空中でくるりと一回転しながら、熊将軍の背後に音も無く着地。どうやらそれで熊将軍が俺の姿を見失ったようで、アイコンが消える。それを確認するのと同時に、俺はミーティアを解除し、背中にあるミストルティンの柄に手を伸ばした。



「オオッ!!」


 気合一閃。鞘から抜き放ったミストルティンの刃を、熊将軍の無防備な背中に叩きつける。


「グガァッ!?」


 全くの警戒外からの一撃が決まり、熊将軍が驚きの声を上げる。流石に後ろにいるのに気づかれ、俺のHPゲージの横にアイコンが浮かんだ。

 反撃は、予想外に速かった。奇声を上げた熊将軍は、勢い良くこちらに向き直ると、右手の棍棒を高々と振り上げる。だが、次の瞬間、熊将軍の背後から飛来したオレンジ色の射撃魔法が、熊将軍の背中に降り注いだ。一発一発の威力は弱いが、熊将軍に着弾した魔法弾の数は十数発。これは、剣の三連撃よりも威力が高い。流石に無視できなくなったのか、熊将軍が俺への攻撃を中断し、そちらに体を向けた。

 その隙を逃さず、俺は一歩大きく踏み込んだ。そして、右上から大きな弧を描いた袈裟懸け、そこから力を転換して斬り上げる。片手持ちから両手持ちに変えて、右からの薙ぎ払い。最後に左方向への回転斬り。そのどれもがクリーンヒットし、また、女性プレイヤーの援護射撃もあって、ガクンガクンと熊将軍のHPが減少する。更に追撃を考えたが、熊将軍が立ち直ったため、不可能となった。出鱈目に振り下ろされる棍棒を悠々とかわし、一撃、一撃と隙を見て斬っていく。



「援護!」



 剣戟の合間、僅かな隙が生まれたとしても背後からの援護射撃が熊将軍の弱点である『鼻』を正確に突き、反撃を許さない。

 ジワリジワリと熊将軍のHPバーが減り、残りたった数ドットを残すのみとなった。どうやら、俺が来る前の女性との戦闘で三本くらいあったHPバーは一本にまで削られていたようだ。という思考が終わる前に、俺は熊将軍から距離を取った。

 瞬間、



「グヴァアアアアアアアア!!!」


 熊将軍が、天に向かって辺りの空気が揺れるほどの咆哮を放った。口があるモンスターの全てが使う威圧行動フリーズ・ヴォイス

 擬似的な電気信号が脳に伝わり、距離を取ったにも係わらず、動きが止まってしまった。それは、短い時間だった。だが、熊将軍が俺に攻撃するには十分だった。体の硬直が解け、目を開けた瞬間には、もう既に俺の体は棍棒に吹き飛ばされていた。ザリザリザリと地面を削って着地するも、俺のHPは緑から一気に黄色まで減少してしまった。だが、回復する必要はないらしい。今、熊将軍は女性の射撃で身動きがとれない。それに、HPはあと僅か。遠距離中魔法で、カタがつく。



「天体魔法……」



 そう呟き、俺は自分の左の掌に、右の拳を当てる。全身の力を、全て手に集めるイメージ。それが最大になったと思った瞬間に、それを、解き放つ。




「アルカナ・レイズ!」



 翳した掌から魔力が吹き出し、やがてそれは細い白銀の閃光となって、ベアリング・ジェネラルを撃ち抜いた。断続的に続いていた射撃も、最後に巨大な矢が飛来し、弱点を突いて消えた。それと共に、残り数ドットだった熊将軍のHPバーは、遂に0を示した。

 ゆっくりとその巨体が崩れ落ち、パシャンというサウンドエフェクトと共に砕け散るのを、俺はミストルティンをくるくる回しながら見ていた。





「ふぅ……」



 チンッとミストルティンを鞘に納めて、自分のHPゲージの下を見る。そこは、青色のゲージが増えている最中だった。モンスターを倒し、経験値が溜まったのだ。もう一度、ふぅ、と息を吐き出してステータスウィンドウから繋がるアイテムウィンドウを覗く。熊将軍のドロップアイテムが入っているのを確認して、ウィンドウを消す。そして、俺は背後を振り向いた。



「よ、ナイス援護だったぞ」



「アナタもね」



 いつの間にか背後に立っていた彼女に言うと、微笑と共にクールな返答が返ってきた。それに、軽く笑う。



「……どうしたの?」



「いや、ただ、あんまり感情を表に出さないんだな、と思ってな」



 少し冷ややかな視線を浴びせられ、苦笑いして弁明する。俺がそう言うと、彼女は視線を泳がせた。



「……そういう性格だから…」



「ほぅ?」



 この女性の言葉に、俺の好奇心のスイッチが入ってしまう。それと共に、弄りたいという欲求も沸きあがってきた。俺の脳内で好奇心とイタズラ心が闘うが、今回勝ったのはイタズラだった。



「俺が来る前は悲鳴上げてたのにか?」



「なっ……!?」



 その瞬間、女性の顔が一気に赤く染まった。

 自分でも、人の悪い笑みを浮かべていると分かる。


「何百メートルも離れた場所でも聞こえたぞ、君の悲鳴」



「ちっ…ちがっ……う、うぅぅ……」



 ジェスチャーまで使って必死に弁明しようとするが、なかなか言葉が見当たらないのか、次第に女性の声は萎んでいき、ついには俯いてしまった。流石にからかいすぎてしまったようだ。



「あはは、ごめんごめん。ちょっとからかいすぎた」



 真っ赤になって俯く彼女に謝ってから、苦笑いした。















――to be contunued――

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