第四章、その男、SSSランクの巻き込まれ体質
『中立域』と呼ばれる無所属プレイヤーが主に活動の拠点としている街は、半径約7kmの円形になり、その全方向を他の四大勢力に囲まれている。東側にサラマンダー。北にシルフ、南にノーム、西にウンディーネがある。今回の侵攻戦で、恐らくだが敵連合軍はサラマンダー領とウンディーネ領のそれぞれはら侵入してくると俺は見ている。理由は簡単、どんな兵法書にも載っていることだ。答えは、挟み撃ち。東西から攻められれば、必然的にこっちは人員を裂かなくてはならんくなるし、混乱にも陥れやすくなる。その予想を逆手にとって一度に攻めてくる可能性もなくはないだろうが、リターンは挟み撃ちのほうがあるだろう。
しかし、オレだけでこんなことを考えていても仕方がないのだ。誰かが、軍の指揮をとらねばならない。
「ま。俺はやる気はないけど……」
と、知り合いの誘いを断った俺は、レンタリングサイクルというNPC経営のバイク貸し出し屋から一台バイクを借り、跨る。キー型のオブジェクトを差しこみ、アクセルを踏む。バイク独特の重苦しいエンジン音が鳴り、漆黒のフォルムは初っ端から120kmでぶっ飛ばし出した。目指すは、シルフ領。
流石に緊張感漂う中立域の、シルフ領へ繋がる大通りをバイクで疾走する俺の姿は、少々場違いだったと言えるだろう。
中立域を、四国が取り囲んでいるといったが、その国々が直接隣接しているわけではない。それぞれの領域の間には、ちょっとしたフィールドがあり、モンスターも現れる。そして、フィールド内へのバイク類での侵入はシステム的に不可能なため、やむなく俺はバイクから降り、契約を解除した。すると、オブジェクト化していたバイクがパシュンとポリゴンの塊になって四散した。恐らく、レンタリングサイクルの店へ戻ったのだろう。今頃、店には漆黒のバイクが突如現れているはずだ。
まあ、それは置いといて、だ。視線を、木々が鬱蒼と生い茂る森型のフィールドに向けて、俺は右手の指を鳴らした。パチン、と小気味良い音が響くと、眼前に紫色のウィンドウが現れた。『ステータスウィンドウ』とは違う、『スキルウィンドウ』というものだ。
この世界には、『魔法』なるものが存在する。だが、他のRPGのように職業別や種族別といった縛られたものではなく、誰にでも、その気があれば全ての魔法を扱うことができるのだ。だが、その習得方法も他とは違う。レベルアップや、スキル熟練度ではなくて、モンスタードロップなどで手に入れることができる、『マジックアイテム』と呼ばれるアイテムで魔法を習得することができるのだ。だから、レベルが弱い人でも高レベルの魔法が扱えたりするのだが、勿論、『アイテム』はドロップ元が強ければ強いほど、習得できるアイテムもランクが高く、また、『アイテム』のランクが高ければ高いほど作成できる魔法のランクも比例して上がる。つまる所、通常戦闘の腕が立てば魔法の腕も立つというわけだ。
そんな魔法と、もう一つ『スキル』という能力の設定ができるのが、この『スキルウィンドウ』だ。
『魔法』のアイコンをクリックして、選ぶ。通常、魔法は一度に一種類しか選択することができない。俺は、一番使い慣れていて、尚且つ強力な『天体魔法』を選択した。
「さて、行くか……」
ウィンドウを消した俺は、剣の柄に一度触れてから、森の中に足を踏み入れた。
中立域からシルフ領域に繋がるこの森、名を『迷いの森』。何度も訪れたことがある森だが、俺は未だにこの地形を完全に覚えられていない。と、いうのも、この森が、名前の通りにまるで迷路の如く複雑に入り組んでいるのだ。シルフ領に繋がる正しい道ならば、なんとか覚えている。が、もしも一度でも道を間違え迷ってしまうと即座に現時地が分からなくなってしまうのだ。そう、まるで今の俺のように。
「……マジで?」
立ち尽くし、唖然として呟く俺の前にあるのは、木、木、木only。天然の迷路となっているこの森は、ものの見事に俺のことを飲み込んだらしい。
「まぁ……いいか」
迷ってしまったのなら仕方が無い。元来た道を戻ろうにも、既に道は忘れた。ならば、進むしかない。うん、そうだ。
そうして、一歩踏み出した瞬間だった。
「ん?」
遠くで、獣の咆哮と誰かの悲鳴が聞こえた。疑問に思い、その方向に目を凝らしてみる。
現在位置から約200m先に、青色の細長いバーを、視界が捉えた。そして、そのすぐ前にあるのは黄色の半減した細長いバー。どちらのバーも、残り体力を表すHPバーだが、『青色のバー』は、プレイヤーでは有り得ない。つまりは、モンスター。その上、紫、青、白と湧出モンスターを表すHPバーはあるが、青色はフィールド内の中ボス級のモンスターを表すことが多い。
対する『黄色のバー』は、プレイヤーのHPバーだ。プレイヤーのは緑色、黄色、赤色とあるが、黄色はHPが半減した危険な状態を示している。
「こりゃ、助けに行ったほうがいいか?」
当然、助けに行かなければならないという訳ではないのだが、純真ハートを持つ一般の男子高校生にして、SSSランク以上の巻き込まれ体質というシステム外スキルを有する俺としては、みすみす見逃せる状況ではない。
だが、俺は急いでいるのだ。この後には防衛線が大口を開いて待っている。もし、死んだりしたらレベルを上げるどころか、ペナルティで下がってしまう。しかし、その程度のモンスターに殺されたことが一度も無いというのが現状で。
「あーーーー………」
あれこれ考えて、逡巡しているその隙に、いつの間にか、プレイヤーのHPバーは、危険信号の黄色から瀕死の赤に変わっていた。
「あーー―――もうっ!」
遂に、見ていることができなくなってしまった俺は、次の瞬間には魔法を発動させていた。
低ランクの天体魔法にして、移動速度上昇魔法『ミーティア』。その、流星の名を冠する魔法は俺の体を包み、覆った。魔法が完全に発動したのを確認すると、俺は瞬間的に地面を蹴り砕いていた。その間、約2秒。
ビュンビュンと木々が通り過ぎ、風を切る音が俺の耳元で鳴り響く。一瞬で距離の半分を詰めた俺の視界に、中ボスの全貌が写った。
黒い、毛むくじゃらの生物。恐らくは二足歩行する大型の熊なのだろうが、左腕には巨大な円形の楯。右手には長大な棍棒を持っていらっしゃった。
モンスター名『ベアリング・ジェネラル』。俺訳:熊将軍。
何度かあいてをしたことがあるモンスターだった。確か、その巨体に見合う攻撃力と鈍くささを保有し、左腕の楯は大した見た目でもないくせに大分硬かったはずだ。
どちらにせよ、厄介なことには変わりなかった。
そうこう考えている内に距離は詰まり、もう眼前には熊の黒い毛に覆われたドテっ腹が迫る。軽く息を吐き出すと、俺は最後の距離を地面が捲れ上がれるほど力を入れて蹴り抜き、滑空した。熊将軍の腹が射程距離に入った瞬間、濃紺の剣を抜き放つ。シャン!という音が響き、血にも似たライトエフェクトが瞬いた。俺と、熊将軍の体が交錯し、熊将軍のHPゲージが減少した。俺のHPは一ミリたりとも減ってはいない。
「グオオ!?」
不意打ちに驚いたのか、熊将軍は素っ頓狂な声を上げた。まったく、ゲームのくせにリアルすぎる。だが、今の俺にそんな挙動に付き合っている暇はなかった。警戒外からの一撃を喰らい硬直している毛むくじゃらの胴に三連続の斬撃を叩き込む。目に見えて減少する熊将軍の体力に、俺は短く息を吐き出し、更にもう一太刀をその腹に加え一旦下がった。一定の距離を取ってから、腰のポーチに手を伸ばす。硬直から立ち直った熊将軍が俺を探すように首を振った瞬間、ポーチから取り出した円形状のものを、その鼻っ面に向けて全力投球。
一球入魂した円形状のなにかは、熊将軍の鼻にぶつかった瞬間、弾け、煙を撒き散らした。一気に奪われる視界。完全に見えなくなる前に、俺は赤く点滅するHPバーを発見し、まだミーティアの効力が残っていることを確認してから、走り出した。
僅か一秒にも満たない時間の内に、赤色HPバーの元にたどり着き、取り敢えず抱え上げる。そして、逃走。
――to be continued――