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五部未完






「お前には来てほしくなかった」


「知ってる」


「お前には俺とは違う道に行ってほしかった」


「知ってる」


「でも、悪い、少しだけ――ほんの少しだけ救われた気持ちになってる」


「知ってる」


「ごめん、本当にごめん」


「いいの。わたしが望んだ事だから」


「俺が行く道は地獄への道行きだよ」


「知ってる。あなたが赴く場所が地獄の底なら、そこがわたしの居場所よ。幾万もの死の上があなたの死に場所なら、そこがわたしの最後を迎える所ね」


「多分……いや、間違いなくあいつらと戦う事になる」


「そうね」


「だから、だから――」


「だから私も連れていってよ。あなたがいる絶望の果てに。あなたがいく先に。私はその為に力を得たの。その為だけにこの一年を過ごしてきたのよ」


「……」


「行きましょう。最果ての地獄に。奈落の底に。一人なら辛くても、二人なら耐えられるかもしれない、そう思わない?」






――五部





 全てが終わったかと思われた。

 関東の新皇は一つを残して倒れ、その一つも行方知れず。

 中部の新羅は脅威であれど、三勢力同盟は揺るぎなく、このまま復興への道を歩むかと思われた。


 関西に帰り、自分の子どもたちの世話をしながら、後始末に東の地に残っていた兄と友人を思うスズカは、そんな時に耳を疑うような情報を聞く。


《関東にて新皇軍が復活》

《東北の地に攻め入り、そのほとんどを制圧》

《中部の新羅とも交戦》

《東海にも部隊を派遣している》


 あの件より約半年。

 友人から後始末に手間取っていると最後に連絡を受けてから二ヶ月。

 彼女が一番警戒し、何をしでかすかと恐れていた最後の色が動き出したのだと考えて、再び戦場に立つ覚悟を秘めて廃都へと出向く。

 ヌエ任せて一線を引いた黒鉄最強は、そこでさらに驚くべき情報を聞いた。


《新羅降伏》

《かの濃紺も手を貸している》

《現在は東北にも一軍が派遣され、中部を制圧した黒の軍と濃紺の軍は東海に、新たに翡翠の軍となった新羅と山吹は北陸長尾へと攻めいっている》


 この時点で、予想よりもはるかに事態は進んでいる事を知る。ヌエがスズカには戦わせたくないと隠していたからだ。


 ――濃紺、山吹、黒、翡翠、さらにもう一つ。


 それはかつての五色編成と全く同じだった。

 違うのは、その圧倒的なまでの戦意の高さと進軍スピード。


 黒鉄の長である三人――合議制となった黒鉄を引っ張るナナシ、カブト、ヌエの三人は、即座に東端の山都を守備する《碧兵》に防戦準備と、同盟関係にある中国地方の雄――瀬戸内水賊衆と学園に協力を呼び掛ける。


 次々と届く凶報。

 わずか十日たらずで、北陸の都市幾つかの陥落と東海全域を掌握されたという信じられない情報。

 時を置かず山都に攻めてくるだろうという予測の元に、黒鉄は最強の名前を欲しいままにした銀色の少女と何人かの有力者を増援に送ろうとして……それは間に合わずに終わる。

 一日と持たず陥落する山都。

 黒の皇による碧兵の死。

 関西以西諸勢力は、光の都にて防衛網を張るべく動き出す。



 黒の皇。

 マスケラのような仮面を被った白髪の女性。

 その勢力とのぶつかり合いは、始まりから不利を極めた。

 背後に控える濃紺の軍は動く様子を見せない。それでも互角――圧され始めてすらいる。

 それもそのはず、その黒の軍を構成するのはかつての《無色の軍》。その《ガード》のほとんどが顔を揃えている。

 そんな状況を見ながら、最強とされた男はその戦場の一角を見据えたまま動くつもりはないかのようだ。


 白銀と黒。

 二つの色を宿した皇はぶつかり合い、殺しあう。

 黒の皇は純正型ですらない。それでもスズカの《拒絶》をその黒い陽炎で迎え撃ち、攻撃を飛ばす。

 スズカは即座に気付いた。ぶつかり合ったからこそ一番に気付けた。

 強い。凄まじく強い。

 純正型ではない事は明らかであるのに、そんな差など全く感じられない。

 拒絶を包み込み、白銀を打ち消しあうその力は、皇と称されるにたるものだ。

 例えそれが後付けのものであり、生まれついての本物ではなかったとしても。


 ――だからこそあり得ない。あり得るはずがない。《全く違う》。《全く違うはずだ》。

 なのに……。


「なんで……なんであなたがそっちにいるの。なんであなたが私の敵になるのっ。答えてっ、《カーリアン》!」


 容貌は違う。髪の色はあんな色が抜け落ちたような白髪じゃなかった。

 肌の色もあんなに真っ白じゃなかったし、何よりその力の質が違う。色が違う。強さが違う。

 でも彼女にはわかったのだ。彼女だからこそわかった。

 初めての対等な友達を見間違うはずがない。


「……やっぱり、気付いちゃったか」


 そう言った声はよく知ったものでありながら、聞いた事のないものだった。

 揺らぎがない、芯がしっかりした分厚い声だ。


「でもね、やる事は変わらないよ。わたしがあなたを超えるか、あなたがわたしを止めるか」


 そう言った彼女の力は色を取り戻す。

 力だけは彼女らしい《紅色》。

 ただ僅か半年前からは考えられない圧倒的な力を秘めた紅だ。

 ゆっくりと捨て去った仮面の下には、見慣れた少女の顔がある。ただその瞳は炎を思わせる紅色ではなく、より深い血の色を思わせる深紅のものだ。


「あと、勘違いはやめてね。わたしがこんな滑稽な仮面をしてたのは、あなたに……あなた達に顔を合わせられなかったからじゃない」


 ――わたしのこの顔で、あなたに揺らいでもらっちゃ困るからよ。


「本当の白銀、本物の皇であるあなたを超えるには、この顔が邪魔だったから隠してただけ」


「言っておくわ、白銀。死にたくなければ全力できなさい。わたしは《あなたが知るカーリアンなんかよりずっと強い》わよ」


 漏れでるワード。

 力を制御する為の言葉。


「月光の降る丘で明日を見た

紅の月が浮かぶ世界で明日を見た

朽ちた剣の平原で果てぬ想いを見た

我が身は紅き炎。

全てに先駆けるただの紅蓮

我が心は赤き刃

煉獄の炎で鍛えた欠けぬ剣。

剣の姫が残した一筋の残り火」


「わたしは仮初めの黒の皇よ。でもその名前はもういらない。あなたに勝ってわたしは本物になる。本物として力になってやれるっ。

 見せ掛けだけの黒の名前は捨てて紅蓮の皇を堂々と名乗ろう」


 辺り一帯に無作為に広がる紅は、世界そのものを焼き尽くすかのように全てを真っ赤に染める。

 まるで純正型の世界のように、全てを己の色へと変えていく。

 己の理を力ずくで世界に馴染ませる。


「これがわたしのスカーレットロード。紅蓮領域。わたしが作り出した疑似世界」


 彼女の力の源泉は感情だ。

 だが、果たして世界そのものを染め上げるほどに力を振るうには、一体いかほどの感情が必要だろう。


「あんたはここで消えていけ。わたしがその名前を貰って先へいく。あんたはここでわたしに負けて、皇を捨てて人間として生きていけっ」


 轟――。

 疑似世界は白銀世界をも燃やし尽くそうと力を増し、辺りからは紅蓮の剣軍が舞い上がる。

 その数……目視では数えきれない。


「わたしを守る始まりの三騎士よっ、いまその身にかけた呪縛を解き放つっ!」


 それらの全てが彼女――スカーレットロードの言葉に従い、その刃を長く伸ばしていく。


「ドライリッター……《レーヴァティン》!」


「其は銀龍皇、輝く鱗を持つ――光の盾!」


 長く、長く、長く、長く。

 赤く、赤く、赤く、赤く。

 百に迫る長大なる刃は、その領域にある全てを焼き捨て、切り捨てながらスズカの拒絶をも引き裂こうと迫る。

 絶対防御にて背後にある全てを守ろうとするスズカと、疑似世界の構築すらなし得た最異能で作り上げた炎の剣。

 その勝負は――やはり白銀の勝利に終わる。


「……わたしの勝ちよ、白銀」


 そのぶつかり合いだけを見れば、だが。


「少しだけ残念ね。あなたの本気がわたしは見たかった。本気のあなたを超えてこそ、わたしは自分の価値を見つけられたはず」


 紅蓮の剣が盾に押し負け、絶対防御の力にスズカが安堵を漏らした隙に……舞い上がった粉塵を引き裂いて迫る一本きりの刃。

 スズカの喉元に伸ばされる初めて友達の手。

 押し倒され、密着した友はその刃をギリギリのところに当てていて。


「でも、もうわたしには時間がない。ごめん、ごめん、スズカ。わたしはあなたを殺さなきゃならない。わたしは地獄の底を歩くと決めたから」


 走りよるヌエも、スイレンも、ナナシも。

 止められない。間に合わない。

 彼女を止められるのは一人だけだ。彼女が共に歩くと決めた一人だけだから。


「やめろ、スカーレット。俺は関西にまで攻め入れとは言っていない」


 その彼女を止められる唯一の存在の声が響いて。

 その場にいた全員が、予想していながらも信じたくなかった現実を目の当たりにする。


「それは俺の役目だろ。そこまで肩代わりを頼んだ覚えはないんだけどな?」


 灰色。新皇。唯一無二を殺した唯一無二。

 そしてシャクナゲ。

 彼はその場にいた関東軍全てに膝を付かれ、頭を垂れられ、絶対の敬意を向けられて、宙高くに張り巡らされた場所にて見下ろしていた。

 濃紺ですら、刃を突き付けていた紅蓮ですら、今にも黒鉄の一人を殺そうとしていた関東軍の人間ですら。

 全ての行動に優先して、その場で礼を尽くしていた。


 彼はその周辺数メートルのみを己の世界へと変えていた。

 本来のあの広大な世界ではなく、わずか数メートルだけの世界。


「何を驚いてる。気付いていたんだろ? そして知っていたはずだ。新皇と呼ばれる存在がいるとすれば、それは三人だけしかいないってことを」


 そこにたなびく黒い上衣ではなく灰色の外套。

 見慣れた顔。見慣れ過ぎていて、誰よりも近い場所にいた男の顔。


「その三人のうち、無色はもういない。もう何も出来ない。そしてもう一人……濃紺はそこにいる。最前線にいる。最前線にしかいられず、中心には立てない。本質的には皇ではなく、指導者ではなく、中心でもない。どこまでいってもその側近で一戦士だ」


 濃紺を従え、紅蓮を従え、翡翠を従え、山吹をも従えて。


「ならば誰が新皇なんて存在か。濃紺や紅蓮がその場所に立つことを認めるのは誰なのか。

 分かるだろ、分かっていたんだろ? 俺しかいないってことが」


 無色、濃紺、そして灰色。

 この国で新皇と呼ばれる存在がいるとすれば、その三人でしかあり得ない。それはスズカが一番よく知っている。

 他の誰かがその名前を語ったのであれば、その三人を知る全ての人間が偽物を許さなかっただろう。

 名前を語られた三人……今では無色に残されてしまった二人は、その偽物を断罪すべく動いただろう。

 名前が惜しいわけではない。ただその場所からもう動けない無色の事を思えば、残る二人は許せなかったはずだ。

 間違っても従ったりはすまい。


「俺が作ったんだよ、今の新皇軍は。全てが俺の為の軍勢なんだ」


「引くぞ」


 そう宣言する兄にも何も言えない。


「三日後だ、その時には関西全域を貰いにくる。言っておくけど、お前じゃ俺は止められないよ」


 『もうお前は必要ない』

 そう言ってスズカを泣かせた彼に、全力で報いを与えようとするシルバーガード二人をも一蹴して、新たなる新皇軍――真皇率いる軍勢は撤退する。

 何故彼が――。

 そんな戸惑いを残して。




 この辺りで、アオイとスイレンは寝返り新皇軍へと身を投じます。

 そして三日後。



「やっぱり立ちふさがるのか、スズカ」


「うん、妹の私はあなたには必要ないかもしれない。でも私にはこの街が必要で、ここに残された思い出が大事だから」


「お前じゃ……俺は止められないって言っただろ」


「……そうかもしれない。その通りかもしれない。でも、やってみなければわからない」


「そうか。強くなったんだな、スズカ。それだけに残念だよ。お前の道を俺が終わらせなければならない事が」


 第二の灰色世界と拒絶の白銀世界。

 第三の灰色世界と狂える白銀世界。

 そのぶつかり合いは、新皇と呼ばれる存在の力を初めて目の当たりに者にはこの世の終わりを感じさせた。

 抉れる大地と、歪む大気。

 塗りつぶされる常識と拡がり続ける変異した理。

 舞い上がる必殺とされた鬼姫の刃は、灰色世界を引き裂いてその皇を殺すべく迫り、それを防ぐ手立てはないと思われた灰色の皇は幾つもの刃を――初代不貫の力を錬血させた剣を交差させ、それを幾つも作って盾として防いでみせる。

 その戦いの決着はあっさりと付いた。

 当たり前のように付いた。


「言ったろ。昔の俺ならお前の方が強かった。あっさりと負けていた。俺を殺す気になればすぐさま殺せていただろうな」


「でも、今は俺の方が強い。もう俺には勝てない」


 倒れ伏す白銀にとどめを刺そうとして、それを止めたのは迷いからか、はたまたなんらかの思惑があったからかは誰にも分からない。

 少なくとも黒鉄と呼ばれる誰にも分からない事だ。


「潔く降伏を」


 そう告げた男は、周囲一帯に剣を顕現させ、それを舞い上がらせた。

 無言で……でもたしかな効果がある恫喝。

 それらが降り注げば、その場にいる者は誰も生き残れないだろう。

 領域殲滅能力においては最高峰の世界を持った灰色を相手に回せば、大軍などなんの意味もなさない……死刑執行を待つ罪人の列に等しい事は、彼の力を知る者であれば誰でも知っている。

 対人において黒鉄最強であった白銀が敗れたいま、彼を止められる存在がいない事も。


 そうして降伏を受け入れて……北陸はいまだ粘っているものの、残されているのは関西北部の古都のみという状況。

 それが落とされれば、北陸に当たっていた二つの軍も合流する事は明らかで、そうなればなんとか離脱した瀬戸内衆や学園でも相手にならず、彼を止められる存在はもはやいない事も明らかだ。


 北陸に向かった軍勢が合流する前に、三軍はなおも西征する事となり――その前に紅蓮の皇となった女性と一人切り離されて囚われていたスズカが話す機会があった。


「なんでこんな事を?」


「必要だから」


「なんで必要なの?」


「話す理由はない。人間として生きるあなたは知らなくてもいい。許されるなんて思っていないし、許しを望んでもいない」


「わたしたちはこの国が必要で、欲っしたから軍を起こした。その結果あなたたちを裏切った。あなたたちは間違っていない。間違っているのはわたしたち。だからわたしたちの事は忘れて」


 その言葉から、少なくとも彼女は欲望に狂っていない事、いまだ迷いがある事、でも止まるつもりはない事が分かる。

 西征……まずは逃げ場を無くす為と、色々な情報から四国に渡る事だけを告げて、スカーレットはその場を後にする。

 もはや誰にも止められず、自らが止まる事もない。

 そう考えていたスズカ。自分だけ関西に帰ってきて、その間に一体何があったのかは分からない。

 そして――四国に渡った彼らは、致命的に近い敗北を喫して逃走してくる。

 誰もの予想を裏切って、スズカをも圧倒した二人と濃紺すらも敗れて。




 最後の……ノクターンシリーズの敵。

 それは世界の始祖。真なる祖。

 混迷の幕開け。狂える皇。進化を望み、強制的に人類を進化に導く事を定めとした大国の破壊者。

 リシャール・ベルナント。

 変種……中でも強力な力を持っている者か、純正型と呼ばれる者以外の人間全ての抹殺を目指し、世界の覇権を目指す本物の皇。

 弱い個体を殺し、強き存在の血のみを伝えていけば、人類は新たな段階に至れると考えて、実権を握った国では大量虐殺を起こした自らを《α》アルファ――人類の起点と名乗る者。

 《支配》の理を持ち、剣の端末を持った広大なる金色の世界――王者と強権の理を持った者。

 剣で刺したものは全て支配下に収め、力も思想もそして死者の肉体でさえも配下に加える絶対強者。




 関東にいた頃、山吹から接触があった。


「私はこの国の生まれではない。ある狂える変種に全てを奪われた女――それが私」


「あの男はやがてこの国にも手を伸ばすだろう。狂った思想はやがて世界を覆い尽くす。もはや南北アメリカ大陸はその思想に支配されているはずだ」


「南アメリカにあの男に対抗しきれる者はいなかった。駆け足で見回っただけだから確信はないけれど、五年持っただけでも幸運なぐらいだ」


「この国に来て、《彼女》なら……と期待した。彼女の理であれば、あの支配の理すらも侵せた可能性があった。その思想を歪められると考えた」


「でももはやその希望はなくなった。だからせめて恨み言を言わせてくれないか。君は希望を摘み取った。多くの人間の命で私が稼いだ時間を摘み取った。諦めたくはないけれど、もう時間がない」


「強制進化を目指すリシャール・ベルナントを止められる存在。それを探す気力もない。こんな事なら無理矢理にでも君を抑えつけて、彼女の側に置いておくべきだった」


「殺してしまっては彼女の心も死んでいただろうから、と静観したのは間違いだった。やがて帰ってきて、彼女の側にいるだろうという期待は君の歪んだ強さに砕かれたんだ」



 そのリシャール・ベルナントから接触があったのは、それからすぐの事だった。

 要求は《力を持たない人間全ての抹殺をした上での降伏》。

 《無条件で旗下に付いて、ユーラシア大陸への手勢に加わる事》。


 代表として返答にあたったシャクナゲは迷った。

 条件は到底受け入れられない。こういった思想を持つ存在が生まれる事は、アカツキの遺したノートからは想像出来た。

 進化論。自らを進化の先にあるとしたならば、その先には旧来からある種族の駆逐がある。

 別種の存在としたなら、対になる存在を追い落とすべきと考える者はいるだろう。

 それは殺戮によって成される事は簡単に想像出来る。力を持たない者を殺し続けていけば、残されるのは力を持った者だけだ。やがてその力を持たないという因子は駆逐されるだろう……そう考える。


 迷った末に彼が出した答え。それは

「自分が大陸への尖兵になり、その地で力を持たない人間を全部殺してみせるから、この国だけは見逃して欲しい」

「自分の世界ならそれが効率的に出来るから、その力に免じてこの国の人間だけは許して欲しい」

 というもの。

 自分は彼女にはなれない。彼女を殺した存在ではあっても、彼女に勝てる存在じゃない。

 恐らくスズカや……真っ当であれば濃紺や新羅にも勝てない存在だ。

 そんな自分に出来る事。

 それはたった一つの事だけだ。


 その返答はあっさりと拒否されて――受け入れる必要なしとされて。

 そうなれば、取れる手立ては徹底抗戦しかあり得ない。

 見捨てれば自分たちは生き残れるだろう。

 でもそんな道は選べない。

 力が必要だ。そう考えた。

 第三の世界では足りない。例え相討ちであっても――自分の身体が持たなくても、リシャールだけは殺さなくてはならない。

 そして純正型や強力な力を持った者ばかりの軍勢を相手に回すには、もっと大きな勢力が必要だ。

 地方ごとに別れて戦っている今の状況では、抵抗らしい抵抗は出来ないだろう。

 だから彼は今度は自分の意思だけで《新皇軍》を起こしたのだ。

 自分の中に眠る世界を引き起こす為に一日の大半は眠りに付き、その合間には的確に指針を示しながら。


 一度派遣されてきた軍勢は、灰色世界の領域殲滅能力で艦隊ごと海に沈めた。強い力を持った者は、濃紺の力で抑えてみせた。

 広大なる灰色に、王者の金色は興味を示し――

 そしてアルファの軍勢の上陸は、灰色がいまだ治めていない四国になされる。

 四国西征は、王者の金色に敗れる形で敗走したのだ。


 ちなみに、その敗走を助ける為にアオイの《停滞》は発動し、彼は死亡しています。支配の理を停滞させ、世界を抑えてはみせましたが、リシャール配下に殺された形で。

 あと、その配下たちの追撃を少数で迎撃した紅蓮のガード……スカーレット・ナンバーズも。

 彼らは無色の近衛。彼女を抑える事も、共に果てる事も出来なかった敗残者たち。

 スカーレットに従ったのも、その敗残の汚名を払拭し、彼女に恥じない自分になる為。

 その願いは命を持って成された形です。






 逃げ延びた新皇軍の中で、灰色とされた男はかつての親友が希望を遺したとされる地下に向かう。

 その街に囚われていた黒鉄たちは、混乱に乗じて逃げ出しており――いざという時の為に、シャクナゲの意思を受けてスカーレットが手引きをしておいた――そこに籠った新皇軍は、無人と化したその街で迎撃準備に。

 とは言っても、山吹はもはや諦めに入っており無気力、翡翠は自由奔放。

 頼れるのは軍勢が壊滅した紅蓮と濃紺のみ。


 進軍してくる始祖の軍。

 その中で幹部級……つまり大国において地方の皇クラスであった者たち……ジェネラルを相手に、当然劣勢に追い込まれる。

 せめて……せめてこのジェネラルたちの中で、トップの力を持った相手を倒しておきたい。

 そう考えるスカーレットは紅蓮領域を使って数名のジェネラルを相手にし、濃紺も先に進もうとするジェネラルたちの進軍を抑えるのが精一杯。

 あわやスカーレットがやられて、敗北必至かというところで、空間そのものを引き裂いて走る銀色の白刃。


「私はもう白銀じゃない」


 懐かしい……もう捨てたはずの白い外套。


「もうその名前に戻りたいとも思わない」


 たなびく長い尻尾を持ったニット帽。


「でもその名前なんかなくても、私は私。私はスズカ。あの人の妹で……あなたの友達」


 拡がり始める白銀世界。

 舞い上がる銀鈴。


 彼女の参戦を受けても、斜に構えながら戦いを観ていただけの山吹に、いずこかに落ち延びていたはずの長尾まりあは声をかける。


「状況を見てようかと思ってたけど、そうも言ってらんないわね」


「無駄だよ。リシャール・ベルナントには勝てない」


「かもね。でも仮にもこの国で皇と呼ばれた身よ。皇を捨てた女と、意地だけで皇に並んだだけの女に戦わせて見ているなんて出来ないでしょう」


「なら君は行けばいい。止めはしないよ、愚かだとは思うけどね」


「諦めて、成り行きに任せて、でも見る事は止められない。そんなあなたはあそこの三人より度しがたいわ」



「本当に諦めたのなら、誰か《あの女》の代わりでも探しに大陸にでも行きなさい。ここにいられたら負け犬根性が染るわ。

 私やあの二人以上の女がどこかにいるとは思えないけれどね」


 そう言って紫色の世界を展開し、背後の部下たちに命を下す。


「長尾まりあの名前において皆に告げるっ。

 見よっ、目の前ではあの新皇どもが海外の下郎を相手に力及ばず、情けなくも敗れ去ろうとしている。

 きゃつらを我等が手助けする義理などもちろんない。我等の不倶戴天の敵よ。

 だが、考えてもみよ。そなたらはこの長尾まりあの軍、女王長尾の手の者よ。

 義理がない? そんなものは必要ない。

 敵勢である? だからどうだと言うのだ。

 敵は外なる者である。新皇どもは理を介さず、女王に手向かう小癪な輩ではあるが、やがてはこの長尾が治めるべき者よ。

 そのような者を、今はまだ手向かうからと見捨てて構わないのかっ? それが長尾たる者のする事かっ?

 断じて否っ! 我等は狭量なる新皇とは違う度量を見せねばならん。我等こそが皇とそれに従う精鋭だと見せつけてやらねばならんっ。

 さらに敵を見よ、あの不埒なる外の者を見よっ。

 あの者は我等には接触せず、今も新皇軍しか目に入ってはおらぬっ。この女王長尾を……そしてそれに従う者を甘く見ておるのだっ。

 知らしめよっ、我等こそがこの国の皇軍であるとっ。新皇軍などは我等長尾が治めるまでの地均し役に過ぎんのだとっ!

 後れを取る事は許さんっ。付いてこい、栄華の果てをこの長尾が見せてやろうっ。まずは不遜にも世界の始祖を名乗る者を討ち、それに従う蛮族どもを討ち果たすぞっ」


 そうして北陸の女王も参戦する。

 自由奔放なる中部の革命家は、翡翠の世界でもって『面白そうだ』とばかりに混乱の真っ只中に飛び込んでいる。

 ただ見ていただけの――故郷から逃げ出して、自分の代わりに勝てる存在を探し歩いていただけの山吹は、そんな愚か者たちを見て――ゆっくりとその世界を拡げていった。




 スズカはその圧倒的な防御能力と必殺の一撃でジェネラルたちを相手取り、いつしかジェネラルのトップと一騎討ちを始めている。

 濃紺は進軍を続ける敵勢を一手に抑え、翡翠と紫は残るジェネラルを相手に回して戦っていた。

 この街の軍勢である黒鉄もいつしか部隊を展開し、元黒鉄第三班の本部には近付けまいと防戦に徹している。

 脇から突っ込んでくる紫の軍と翡翠の軍は、それぞれ高い戦意を見せてぶつかり合っている。


 そしてスカーレットは、ただ一人敵勢を抜けた先で真なる始祖である男と相対していた。

 剣に囲まれ、一本の刃に乗って浮かぶ始祖と。

 まだ彼は地下から出ては来ない。出て来ないのならばそれでも構わなかった。

 自分がリシャールを倒せば全てが終わる。それだけの話なのだから。


「わたしにはあなたの言う未来の事は分からない。新世界の事も、そこへ至る為に何人が死ぬかも数えきれない。現実味を感じられない」


「ならば道を開けるがいい、女。お前のような俗物と語る言葉など私は持ち合わせておらん。あの灰色――私と同じ《広大》と《膨大》を持ち合わせて、私を真っ向から否定した男を出すのだ」


「無理よ。あんたはあいつに会わせられない。こんなわたしにも見えているものが一つだけあるから」


「ふむ、興味がなくはないが、時間が惜しい。私はあれに――《アルファ(新たな世界を切り開く者)》として、対をなす《オメガ(古き世界の守護者)》に会わねばならんのでな」


 浮かぶ金剣を見ても、彼女は言葉を止めない。

 自身から溢れだす力を刃にして向かいたつ。その表情は僅かに笑みを浮かべてすらいた。


「それはあなたがいなくなれば、すぐ近くに救われるヤツが一人はいるんだって事」


「そいつはいつも自分一人で全部を背負おうとしてる。その重荷に潰されそうになっても、自分はまだ頑張れるって無理矢理言い聞かせて、真っ暗な道ばかりを歩いてる」


「あんたがいなければ、そいつは少しだけ救われるの。あんたの言う《未来》が潰えたなら、彼は少しだけ笑えるかもしれないの。少しだけ立ち止まってくれるかもしれないのよ」


「だから、だからっ、リジャール・ベルナント! あんたはここで死んでいけ。世界や真理なんて関係のない……単なるわたしのワガママで燃え尽きてしまえ!」


 紅蓮の剣軍はその刃を伸ばす。

 それはスズカに使った第一の魔剣、《燃やし尽くす焦土の王の剣》――レーヴァティン。

 彼女の紅は、あらゆる理すらも燃やす。リシャールの支配と紅の焼失。

 ぶつかり合いは一瞬。

 相討って、一度は共に消失しても、手数はリシャールの方が圧倒的に上だ。


「ほぉ、悪くない。あれを防ぐか。多少戯れ言が過ぎるが、私の創る新世界で生きる資格を認めるぞ、女」


「……行ったでしょ、必要ないって」


「なんだとっ!?」


 感嘆したようなリシャールの言葉に答えた声は、彼のすぐ真上から聞こえた。

 視線の先にいた女はそこにはいない。ぶつかり合って、光を散らした紅が目眩ましとなった隙に、彼女は高く舞い上がっていた。

 その手には第二の魔剣――硬く燃える刃、フランベルジュ。

 慌てて迎撃を飛ばすリシャールにも、スカーレット止まらない。間近を飛ぶ剣は気にもせず、直撃しそうなものだけを弾き飛ばす。

 自身の体はあらゆる理を受け付けない紅が詰まったもの。純正型以外では唯一彼の支配を受けない紅蓮の皇だ。


「くっ」


 ギンっ!!!

 甲高い音を残して、辛くもその斬撃を受けきる。

 王者の剣は、僅かにひび割れている。純正型ですらないスカーレットの硬き紅(想い)を受けて。

 もし、咄嗟に飛ばした攻撃がもう少しだけでも的外れなところを飛んでいたら。

 彼女がその剣で弾く回数が少なく、力が弱まっていなければ。

 致命傷は受けていなかっただろうが、大きな傷を受けていただろう。

 油断はあった。リシャールが誇る強者たちからの兵団……死者の軍隊であるゾンビアクターは使っておらず、剣で支配した変種の能力も使ってはいない。

 それらを使っていれば、この女は近付く事すら出来なかったのは事実だ。

 だが、ついさっき、運よく攻撃を受けきれた事もまた事実だ。リシャールは全く本気ではなかったが、世界の始祖たる彼は危うく殺されかけた事も事実なのだ。


「……ごめん、シャク。いいとこまで行ったんだけど」


「女っ!」


 一撃に残された力を込めたスカーレットはゆっくりと落下していく。

 激昂するリシャールは、そんな彼女に百を優に超える剣をむけた。


「もうちょっと粘りたかったけど、ははっ……わたしじゃもう無理みたい」


 その刃は大地に落ちて膝をつく彼女に……それでもリシャールを睨み付ける彼女に突き刺さるべく飛び――


 ――大地から生まれた鎖の壁がそれを阻んだ。





 《希望》

 アカツキが遺した希望。

 それは絶望と同じく、己の内面へと至る遺物。

 いまだ最後の壁を越えられない灰色の奥へと至る鍵――それの模造品。

 そこで自分の力を見つけて、最終局面に至る。







「来たかっ、オメガよ」


「ふん、色々名前を持ってはいるけど、そんな滑稽な呼び名を名乗ったつもりはないな」


「よいっ、お前であれば多少の無礼も許すぞ。我が対となる広大と膨大よ」


「俺と対になっているヤツがいるとすれば、それはお前じゃないな。他を当たれ……と言ってやりたいとこだけど、そうもいかないか」


 無限の鎖と無限の金剣。

 それは戯れ言を交わす間もぶつかりあう。

 剣が灰色を引き裂くべく走れば鎖がそれを打ち払い、鎖が金色の狂想を薙ぎ払うべく迫れば、金剣がそれを縫い止める。


「お前の持っている《毒(進化への想い)》は強すぎる。ここで死んでくれよ、リシャール・ベルナントっ!」


「我が想いが毒だと言うのなら、それを阻んでみよ、オメガっ!」


 金剣はその身に刻み支配した力を現し、鎖はその身に宿した記憶を現す。

 初戦――無様に灰色が敗れた時もここまではまともに戦えた。負けはしなかった。

 掠めた刃はリシャールの顔に薄く傷跡を残している。


「ふむ、この段階は終わったのだったな。

 誇るがいい。この国の始まりよ。この小さな島国生まれでしかない存在が、私の顔に傷を付けたのだからな。そして、この段階を超えられた者すら南北の大陸を合わせてもお前で四人目である事もな。

 だから少しばかり飛ばすぞ、前のようにあっさりと脱落はするなよ、オメガっ」


 生まれ行く力の群れにそこまでの差はない。

 記憶から産み出し、支配したものを呼び起こす二つの差は、そこまで大きなものではなかった。

 差が生まれたのはここからだ。


「私が直接全てを支配するに値する者どもよ。力を示す事を許すぞ」


 大地に刺さる剣がゆっくりと変貌する。

 人の形に。

 人の形をした何かに。

 人を模した強者に。


「進軍せよ、敵は私がオメガと認定した一人よっ。全てを持って駆逐するのだ」


 ゾンビアクター(屍演者)。

 そしてゾンビトループス(屍兵団)。

 生物ではなく、単なる物質と化した存在の全てを――肉であり、精神の残滓であり、魂の欠片を支配して、生前以上の……肉体の限界を越えた死者の兵団。

 鎖は剣で相手取る事が精一杯の間に――その制御にしか手が回らない間に、ただリシャールの命に従うだけの強者が迫る。

 二人の制御能力に差はなくとも、命に従うという原則に基づいた自律行動をする兵団の差は大きい。

 一度命を下せば、それ以上制御をする必要はない。支配の楔が《進軍》《殺戮》の命を与え続ける。

 最初はこれに敗れたのだ。


「Set――」


 だが、それに対する手立てはある。

 地下で先への道は見つけてきた。奥に進む為の扉の鍵は手に入れてきたのだ。


「4th-World……」


 代価はある。当然ある。諦めなければならないものは、諦めきれず求めてきたものだ。

 でも迷いはない。迷いはないと決めた。

 自分で迷いながら決めたのだと思い込まなければ揺らぎそうにはなるが、いまさら歩む足を止めるつもりはない。

 代価は明日だ。

 一番欲しかった、まだ見ぬ明日を諦める。

 自分の明日だけで、数えきれないぐらい多くの明日が手に入るのだから。


「――Gate-of-Valhalla-Souls」


 戦死者の館の門。

 戦死者とはすなわち戦友だ。

 戦い続けてきた彼にとって、その数は膨大なものになる。

 それが力の記憶を――力そのものを具現する世界で出来るのかについては自信があった。

 彼の持っている世界の理にはなんら矛盾していないのだから。





 鎖が刺さった箇所から、人型をした者が現れる。

 人間ではない。生物ですらない。現実世界ではあり得ない存在感の薄弱さ。

 それは遠くで見ていた者たちにも分かる。


「無理だ」


「そんな事は出来ない」


 誰かは言った。

 彼の理は《あくまでも力を具現する》だけのものだ。

 力を内包したものは呼び出せない。純粋なる力だけしか呼び出せない。


「大丈夫」


 でも彼の妹は言った。


「力を呼び出す、か。あいつなら行けるだろ」


 彼の第二の故郷で出来た親友も言った。

 それはある言葉を思い出したからだ。


「彼が力と認識したもの、力を持たせたもの、それを感じて受けたものが現せるなら――」


「今までよりさらに深く、広くそれを具現させる世界なら――」


「あいつになら出来る」


「あいつだから出来る」


 と、黒鉄である彼――アカツキの友である彼を知る者は言ったのだ。


「想いは力になる」


「誰かを想う事は力になる」


「あいつが仲間を想い続けた強さは、それそのものが力だ」


「ならばその力を形にする世界なら――」


「同じくあいつに想いを遺したヤツらなら――」


「ほら、来た……」


「来たぜ、あいつが何よりも強い力だと信じた存在が」


 生まれた人型には……存在感を持たない戦友たちの仲には、深緑の瞳を持つ華奢な男がいた。

 細身でありながら、不可視の刃を産み出す女がいた。

 顔に大きな火傷を負った発火能力者がいた。

 何重にも自分の写し身を作れる幻影の名前を持った女がいた。

 風を操る反乱者がいた。

 貫くを能わずとされた男女がいた。

 少年もいた。少女もいた。中年の男がいた。女もいた。灰色の外套を羽織った一団もいた。


「猿真似か。ふん、興が削がれるな。私の力を見て、それに内面世界が影響されただけに過ぎんものが、お前の新たな力だとはなっ」


 鎖と一進一退を繰り広げていたリシャールは鼻で笑う。世界が変質したからか、その鎖の圧力が消えた事に眉をしかめる。

 確かにゾンビアクターどもを相手に回すだけなら出来なくはない。

 だが、数が段違いだ。いまだ及ばない。

 そしてゾンビにかかりきりであれば、例えそちらに支配の力がいき別種の能力は金剣に乗せられずとも、金剣の刃で引き裂くだけだ。


「そら、まずは我が刃からだ。これはどう防ぐつもりだ、オメガよ」


 力は乗っておらずとも、その刃の切断力と圧倒的な数は脅威だ。まさに剣の雨としか表現出来ない。

 それが降り注ぐ様を見て、濃紺は力を飛ばそうとし、山吹は言の葉を紡ぎ、翡翠は破壊の力を舞い上がらせる。

 失策だと舌を打ちながら、手を出そうとする。


「大丈夫」


 そう言ったのは、紅蓮の道を歩む女……スカーレットだ。

 そう、彼女は知っている。

 こんな美味しい場面で、こんなにピンチの状況で、俄然張り切って力を示し……そのピンチを引き裂いてみせる女を。

 灰色ではなくシャクナゲであった彼の《最初の守護者》であり、《最高の相棒》であった女性を。


「終の剣陣……《三千世界》」


 一度だけ見た剣の息吹が空間を満たす力。

 剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣―――――――。

 世界をあらゆる色の剣が満たす。

 絶対不折と信じられた剣の姫の力が走り抜ける。

 数は負けていない。しかも純正型の世界《灰色》の力を介した剣だ。

 支配に与される事はない力だ。

 それが真っ向から飛び立ち、ぶつかり合い、支配の金剣を叩き落とす。


「なんだとっ!? ならばっ――」


 驚愕に目を見開くリシャールは、ゾンビアクターの数でもって押しきろうとするも、少数であるはずの戦友を押しきれない。

 それどころか押されている箇所すらある。

 南北大陸を蹂躙する際に、自ら支配する事を認めた強者たち。

 その進軍を阻まれる。


「何をしているっ! お前たちは新世界の先駆けぞっ。押し負ける事は許さんっ。数を頼みに核であるオメガを潰せっ」


 死者そのものであるだけに感情がなく、それゆえに勇猛な兵団は、その言葉に従って味方の体を踏み越えて迫る。

 数がいるだけに、越えるものは相当いた。


 ――だが。


「はっ、やっぱな。お前がいないはずはないと思ってたぜ」


 濃紺は笑う。嬉しそうに笑う。

 友人に迫る屍の群れを越えた先を見て笑ってみせる。


「純正型は不参加かと思ってたけどよ、そんな枠組みはお前にゃ関係ねぇよな。なんせユウとお前が愛したこの国のピンチだ」


 ――ここで出てこなきゃ嘘ってもんだよな。


「ほら、来たぜ。あいつにとって最初の戦友が。この国《最強》がよ」


 目前まで迫った屍の前に立つのは、たった一人の少女だった。

 存在感がなく、向こうが透けて見えような薄っぺらさがあるのに、誰よりも美しい少女。

 ――絶対毒という呪いであり、祝福を持った少女だ。


「やっぱ力はかなり落ちてるな。世界も展開されてねぇ。つまり純正型の力は半分以下ってとこか。

 でもよ、それでもあいつは最強なんだ。自分自身に負けるまで、ただの一度も負けてねぇすげぇ女なんだよ。背中にユウを抱えた時のアイツが、感情がねぇ屍風情に負けるはずがねぇだろ」


 圧倒的な力だった。

 世界は広がっていない。だからどうした?

 絶対毒はその分弱まっている。そんなものは関係ない。

 自分はすでに灰色世界に組み込まれた力でしかなく、そこから先にはいけない存在だ。それでも十分だ。

 世界は広がらない。でも、自分という核さえあれば、そこから力を飛ばす事は出来る。現実世界に見合った毒にはなる。

 大地を歪めた。空気を犯した。海を汚した。

 そして支配に与された肉を壊し、その法則にひびを入れた。

 屍風情では、彼女という壁は越えられない。

 そして金剣だけでは剣の姫は負けはしない。


 だが、やはり限界はある。

 それは核の限界。灰色世界を回す彼の限界だ。

 目から細い血の滴をこぼし、体の節々はピクピクと羽上がる。


「は、ははっ、はははははっ、やはりだ、やはり私は負けんっ。オメガよっ、お前は最強かもしれん。否、私が認めようっ、お前は私を追い詰めた唯一無二の存在で、旧世界の守護者であるとっ。

 だが、やはり世界は私を選んだ、新世界を求めたっ! お前の力は人間の限界を越えただけのものだっ。使えん力なのだよっ! 私の支配こそが最高峰であり、それを一時でも越えるものには破滅しかありえんのだっ」


 そう哄笑を上げ、灰色が限界を来すまで防御に徹しようとするリシャールに、シャクナゲはその右手をゆっくりと掲げた。

 もう全てを諦めると決めた彼には怖いものなど何もないのだから。


「……俺も一番欲しかったものを諦めたんだ。お前も諦めろよ。新世界って妄想はここで捨てて、俺と一緒に俺の世界に沈めっ、リシャール・ベルナント!」


 ――Set-----------


 そう最後に告げて。

 一番最期の楔を外す。力を具現する理が漏れだした、彼の本当の世界へ至る門をあける。

 月がかけ、世界は灰色から漆黒へと変わる。

 あとはそう、本当に最後の言葉を告げるだけだ。

 いつものように、あと一回だけ手をくるっと回してみせるだけだ。

 それを彼は迷わず行って――世界は完全な闇に覆われた。



ありがとうございました。

すみませんでした。

もはやどこか別の場所に別の話を書く事もないでしょう。

皆さま方に感謝を。

そして深い謝意を。

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