0・いつか在りし邂逅の夢
連載再開。
思ったほど書きためができなかった。
題名に悩んでテンション上がらず、プロット書くのでいっぱいいっぱい。
ここから気合い入れて書いてきます。
最初は色々と考えた末にこんなシーンから。
一人の少女が泣いていた。
――寂しい、一人は寂しい。
――悲しい、一緒じゃないと悲しい。
――ここにいる。わたしはここにいる。
そう声を枯らして、悲しみに沈んで泣いていた。
止めどなく溢れる涙を拭う事なく、手探りで誰かを探し求めながら、掠れた声を上げていた。
――わたしは特別なんかじゃない。
――わたしは特別なんかになりたくない。
――わたしは特別なんて必要ない。
彼女は一人色を失った荒野にあり、誰かにすがって手を伸ばしている。
彼女自身が壊した場所にありながら、それを省みる事はない。
青みがかった黒瞳は光に濡れていて、それでも求める誰かを探して歩き続けていた。
――側にきて。
――わたしの側にいて。
――もう他の何かを求めたりなんかしないから。
『他のものを欲しいなんて言ったりしないから』
そう言って、彼女は覚束ない足取りで壊れた世界を歩く。
自ら汚してしまった世界を歩き続ける。
絶対毒の皇……彼女はそう呼ばれていた。
圧倒的に反則的な力を生まれ持った為に、そう呼ばれてしまった。
本当はとても優しくて、誰よりも真っ直ぐで。
その反則的な力をむやみやたらと振りかざすような人間じゃなく、誰かの為だけに自分が持つ反則を使えるような強い少女だった。
自分の為だけにその力を振るったならどこまでも高みに行けたはずだったのに、その道を選べないような不器用な少女だった。
本来なら彼女は奇跡の少女として――人間という種族が持つ可能性の極限にいる一人として、誰からも祝福されるべき人だ。
それだけの価値が彼女の力にはあったし、彼女自身にもその価値があったはずなのだ。
そうならなかったのは――そうはなれなかったのは、周りにいた人間の至らなさと、全ての人間が持つ猜疑心や虚栄心によるものだ。
至高はその他のものに引きずり落とされ、彼女という奇跡はそれ以外のものに名前を変えられてしまった。
――わたしの側にきて。
――あなただけはわたしを裏切らないで。
――わたしももう、あなただけしか望まないから。
そんな彼女が泣いている姿を、ただ無様に……どこまでも情けなく見ていただけの自分。
そんなちっぽけな存在に、奇跡の具現たる少女は美しい瞳の焦点をゆっくりと合わせ、涙に濡れていた顔を綻ばせていく。
嬉しそうな、溢れんばかりの満面の笑みを見せてくれたのだ。
変わりゆく彼女を放ったらかしにして。
傷つけられて堕ちてしまった大切な少女から逃げ続けて。
ずっと裏切り続けてきた人でなしに、思わず瞳を反らしたくなるほどの笑みを向けてくれた。
――あぁ、そこにいたんだ。『ユウ』。
――もう離さない。もうどこにも行かせない。
――もうあなただけでいい。わたしはそれだけでいい。
『他のものなんか必要ない。他のものなんかもう求めない。
――絶対に手に入らないものなんか、みんな壊れてしまえっ』
……彼女にはそれが出来る事を知っている。
彼女ならば、それぐらいあっさりと為し遂げられる事を知っている。
だって一番近くでその様子を見てきたのだから。
すぐ側に立って、《彼女が壊れていく様子と壊していく様子を見てきた》のだから。
彼女こそが最高の祝福で、有史以来人類に与えられた最高の奇跡の持ち主だ。
そして、それと同時に。
彼女こそが最悪の呪いであり、有史以来与えられたものの中では、比類なき災厄である事もまた理解している。
最高は反転して最悪となり、奇跡は逆転して災厄となった。そうなってしまった。
それは決して彼女のせいなんかじゃなく、他の誰か個人のせいでもない。彼女が諦めてその歩みを止めた責任まで、全て自分で背負えると思うほど大それた自意識なんか持っていない。
俺は彼女をほんの少し絶望に向かって後押しして、他の誰もが――国中の全ての人間がそれと同じ事をした。
ただそれだけだ。
そしてたったそれだけで、人の形をした美しき災厄は生まれた。
人が生んだ絶望は花開いた。
奇跡は壊れ、その死骸から災厄が芽吹いたのだ。
彼女に与えられた祝福ならば、きっと神様でも汚してしまえる。
光輝く天使も真っ黒に堕とせるだろう。
悪魔を狂わせ、死神にさえも死を与えられるはずだ。
それほどの奇跡――人の弱さが認めなかった奇跡は、認められなかったがゆえに反転して大悪の力となった。
国を壊して人を殺した。
それがさらに彼女を狂わせた。とことんまで追い詰めた。
奇跡の少女は――誰も彼もを救えたはずの彼女は、災厄を運ぶ新たな人類の王様になってしまった。
その責任を……莫大なる債務を、どん底の環境で国中の人間が払っている。
壊れた国の中で。
無料だった身の安全と、当たり前に感受出来た便利な生活を全て失って。
一人の少女が背負った奇跡を、最高の祝福を、壊してしまった咎を負っているのだ。
そんな彼女を、最近になってまた夢に見るようになって。
自分が仕出かした重すぎる過去の代わりに、今も東の地にいるだろう彼女の夢を見るようになって。
彼女との距離がまた近くなった事を自覚して。
『あぁ、風が吹いている』
心の中に、冷たい灰色の風が吹き始めた。
ゆっくりと自分の中にあった軋みがその風に煽られて、少しずつ少しずつ酷くなっている。
少しずつ、本当に少しずつ、彼女から離れた事によって薄い膜が心の傷口に張ってきていたのに……過去を覆ってくれていたのに、それが無理矢理剥がされていくような痛みを覚える。
でも。
それでも。
これが夢なのか、はたまた俺と彼女の間にある、数えきれないほどの繋がりによる何かなのかは分からなくても。
彼女に言うべき事は決まっていた。
自らが言うべき言葉は一つしかなかったのだ。
『……大好きだ。本当に大好きだ』
――だからゴメン。
そう言って、生まれもった力を解放していく。
彼女の奇跡に比べればほんのささやかな力。
壊すだけで、殺すだけで、何も産み出さない矮小なる力。
俺だけが持った、俺だけの世界を広げていく。
彼女の《理や自然法則、生命の在り方から世界の在り方まで、領域内の全てを汚す絶対毒》の世界に、《知覚した他者の能力を記憶して具現化させる》だけのちっぽけな灰色の世界で相対する。
一度暴走を始めた彼女を止めようとして。
命懸けで――命を差し出してでも暴走を止めようと決めて。
全く相手にもされず、一蹴された経験があったというのに迷いはなかった。
ここは夢の中だと自覚していて。
あるいはそれに類する何かだと分かっていて。
それでも確かに感じる心の痛みも、自分の抱えた罪の重さに見合わないものだと言い聞かせる。
そして……夢の中の彼女に、生まれて初めての告白をする。
生まれて初めてで、遅すぎた告白をするのだ。
いつか合間見えた時には同じ事が出来るように、同じ言葉を口にすると誓いながら想いを告げるのである。
『愛してるからゴメン。お前を止める事しか出来なくてゴメン。命を懸けても助けてやれなくてごめん。放っておいてゴメン。情けないヤツでゴメン。
……いっぱい待たせてゴメン。りぃ』
そう言って、今日も《彼女を殺す夢》を見る。
彼女を殺す為に力を向ける自らを夢に見る。
いつも見る。
過去ではなく、未来を見る。
彼女に会いに行く為には――彼女を止めてあげる為には、まだ時が熟していないのに。
やるべき事があり、負うべき責任があり、後を任された場所があるというのに。
それでも彼女を見る。
彼女の声を聞く。
同じ名前を持ち、同じ日に産まれて、同じ時間を過ごしてきた片割れを、今になって求めているかのように。
自身と対になる《本物の王様》。
掲げられただけの《偽物の王様》だった俺とは違って、本物の高みにいる少女の存在を感じる。
彼女は遠く離れた場所にあり、自身は全く及ばない偽物の領域にあるはずであるのに。
それは彼女に敗れたあの時に、はっきりと自覚させられたはずなのに。
その距離が縮まっているような感覚を確かに感じている。
機は熟してなくて、やるべき事が昔より沢山あって、彼女に追い付けた自信なんて欠片もないというのに、何故か彼女を近くに感じるのだ。
その夢の結末はまだ見えていない。
彼女を止めようとして、結局相手にもされずまた敗れるのか、はたまた奇跡の少女を相手に回して、信じられないような結果を射止めて彼女を止められたのか。
その結末はいまだ霧の中だ。
夢の終わりはいつも唐突で、結末を見る事を許してはくれない。
残酷な現実も、望んでやまない未来も、何一つ見せてはくれない。
それはきっと全てをやり遂げて、出来る事を全てやりきって、命を賭け札にしなければ見る事が許されないのだろう。
その時はまだ来ていない。
――ノクターン第三部。
黒鉄色のレクイエム〜〜The lamentation of Black-Metals――
次回から登場人物の紹介を入れていきます。
ページが変わりましたので、簡単にですが。
二話目は出来るだけ早くあげます。
予定では一人称の予定でしたが、三人称で。
時おり一人称っぽい感じのところもありますし、一人称のページも入れますが、違和感がありましたらお知らせください。
本作は、黒鉄シリーズの第三部になります。