弐矢
「腹ごしらえをしよう」
久し振りにまともな言葉を聞いた気がした。
思い起こせば、夜中に突然起こされて、気付けばそのまま空中飛行と森の散策。庭園に臨む和室で会話をすること、体感で数時間。
腹は十分に空いている。
それを凌駕する出来事が続いていたので、腹の虫も鳴りを潜めていただけだ。
だが俺は知っている。
家主の長老が食事を提案したのは、どこかで『誰か』の腹の虫が一瞬の隙を突いて自己主張したときだったことを。
「坊は準備の間に着替えじゃな。ついて来い」
長老に言われて、俺は一緒に部屋を出ることになった。
確かに、着の身着のままだったから寝間着一枚という風体だ。
少し肌寒さを感じていたのだが、見ず知らずの他人に「服を貸してくれ」とは大変言い難く、我慢していたので、長老の言葉はありがたかった。
さすが、亀の甲より年の劫。気が付く部分が違う。かく言う長老も、部屋着らしい浴衣一枚だから、俺の気持ちを察してくれたのかもしれない。
ただ、気に掛かるのは服のサイズだ。小学生体型の長老のサイズは、いくら痩せ気味の俺でも無理がある。物理的に無理……なはず。
(大人用があることを祈ろう)
胸の中で呟いて、長老の後に続いて廊下を行く。
座って話をするに当たって不便だということもあり、呪布の位置を両肩を拘束するものから両手首それぞれに替えてもらったため、歩く足取りは軽めだ。
ただ、首から下がった鎖が、時折ジャラジャラと音を立てて気分を底面に引き止める。
大体にして、俺にこんな物を付けて歩く趣味は無い。犬じゃあるまいし。
だがこちらの不満は、「呪布を外す代わりに必要な部分よ☆」と言う澄羽子に一掃された。
正直なところ、単なるオプションに見えるのは俺の胸に密かに芽生えた感想だ。
「―― 一先ず、好きな物を選んで構わんぞ」
長老が障子戸を開けながら言った。
通された一室は、姿見の置かれた和室だ。箪笥の見当たらないその先で、さらに襖を長老が開けると、意外と洋風なウォークインクローゼットが現れた。
勿論、畳張りではなく木目張りの床。キャスター付のラックが並んで、その下には靴の箱。上には小物と思われるケースが陳列する棚。衣装の類が種類別に並べられている。
(どこのセレブのお宅だよ、ここは……)
芸能人のお宅訪問くらいでしかお目に掛かったことのない、壮絶な量の衣類が所狭しと置かれている。
呆然としながら目の前の光景を見ていると、長老が呼んだ。
「ほれ。この辺りなら大きさも丁度良かろう」
「ありがとうございます。じゃあ、早速…――」
「これとか、良くない?」
長老に礼を言って前に進み出た途端、横から明るい声が聞こえた。
(お前はカリスマ店員か……)
さも当然のように、服を両手で掴んでこちらに向けてくる澄羽子がそこに居た。
「これとこれと…あ、蝶ネクタイと眼鏡は必須ね☆」
「……。(俺に、真実はいつも一つ、とか言って欲しいのか、アぁ?)」
「う~ん。それにはちょっと成長し過ぎちゃってるわね」
問題はそこじゃないと思うが、既に服選びを再開している由翬子の背中を見たら、俺の言葉は霧散した。
「じゃあこっちは?」
「シャツとストレートパンツ、夏物学生服ね。一見地味目だけど、華奢さが際立つのよね」
「小物を付けるとしたら、やっぱり頭のコレとか……」
「あ。いいかも。逃げちゃダメだって感じが似合ってるよ」
「でも髪の色からすると、カヲ…――」
「お前らは、出とれ!」
出された服装には、サイズ云々よりも、それぞれバックグラウンドがありすぎたので、取り敢えず断っておく。
キャピキャピと明るい声を出し始めたふたりには、頭痛を覚えるほどだ。
空腹時に余計な体力を使わせやがる。澄羽子はともかく、由翬子までが乗りかかっているのが一層重い。
俺の中で、ふたりの関係の備考録が書き足される。どうやらその方面で息が合っているらしい。こんな山奥で暮らしているにしては、その情報力に驚かされる。
日本の電波網は届かない場所が無いのか。まあ、澄羽子の場合は宇宙電波っぽいからそんなの関係なさそうだけどな。
「すまんのぅ。騒がしくて」
「い、いえ。こちらこそ、ご迷惑をお掛けします」
「ふたりとも、珍しいんじゃよ。だから悪く思わんでくれ」
長老はどこか意味深な言葉を残して、二人の背中を押しながら部屋を出た。
静かになった所で、何が珍しいのかと考える。
珍しいって、人間が?
だが話を聞いていた限りじゃ、澄羽子は一〇八人の人間と接していたから、そんな事はないだろう。由翬子だって、初めの様子からすると、人間に強い興味を抱いている感じはしない。
この姿が?
ならば最初の時点で奇特な待遇を受ける気がする。皆の驚きが少なかったから、俺だって自分の姿がここまでとは思わなかったのだから。
じゃあ何が珍しいんだろう。
長老の言葉が妙に引っ掛かるが、俺は手近にある物を幾つか取って着替えを済ませ、先程の部屋に戻った。勿論、普通の白いシャツに細身のパンツを合わせただけの、至って『一般人』に見える服装だ。
そして部屋に入りかけて、俺は思わず足を止めた。
目の前の卓に並べられた食事が、意外にもまともな風景だったからだ。
「何をしておる。適当に座って良いぞ」
上座に座った長老が座るように言った。
着替えている僅かな間に用意されたにしては、あまりにも整然としている。
白米のご飯に味噌汁、漬け物は当然ながら、芋とイカの煮物と魚の煮物が並ぶその食卓は、正に日本の朝ごはん。
『人間びっくりショー』をここまで経てきたので、食事もその手の(山の幸がそのままドンと言うような)ものを想像していたため、これは良い意味の予想外だった。
そこへ遅れてやって来た澄羽子と由翬子のふたりが席に着き、その後ろから見知らぬ女性が長老の側に座った。
「いつも済まんな。また頼むぞ」
長老が脇に置かれていた箱チーズを渡すと、その女性は静かに笑って部屋を出て行った。
(……チーズ?)
俺が目を丸くしている間に、三人は手を合わせる。
「「「いただきます」」」
「い、いただきます」
少し遅れて手を合わせた。
あの女性のことは気になるが、ほんの些細なことだと言い聞かせ、今は目の前の食事をありがたくいただこうと決める。
鼻先を掠める食欲を誘う香りに従って、箸を取った。
(……美味い。見た目通りの味だ)
あっさりめの味付けではあったが、空きすぎの腹には丁度良い。
期待を裏切らない味に満足する。
(和食って地味なイメージだけど、やっぱり育った国の味だよな。ウンウン)
見事に馴染んだ様子で食事を採っていると、長老が不意に話を振ってきた。
「さて、朔一君の歳はいくつなんじゃい?」
「一七です」
「それじゃ、学生さんじゃな……若いのにしっかりしとるのぅ」
「そうでも……って、長老?!」
「何じゃ」
普通に会話をしたが、ふと視線をやって気付いた。
そこに座っている筈の小学生体型の長老様が、全くの別人になっていることに。
「え、えぇ!?」
「長老様はね、お酒を飲みすぎたり力を使い過ぎたりすると小さくなるのよ」
俺の疑問を汲み取ったらしい、向かい側で箸を取る澄羽子が説明した。
(いやいやいや……。そう簡単に成長されても困るし)
「本来はアノとおり、中年のおじさんよ」
「中間年齢もできるぞ」
自慢げに笑ってくる長老に、俺は呆気に取られた。
これは夢――と思おうとして、既に自分がこの現状を夢ではないと受け止めようとしていることを、改めて知った。九割方が、『俺の現実』だと教えている。
もとより長いものには巻かれる。流れには逆らわないタイプだ。
こうなったら、「郷に入っては郷に従え」「長老が変身体質でもそれに従え」それしか無い、とパニック寸前の頭の中で格言が言い渡された。
気を取り直して再び食事を始めた俺の視界に、澄羽子がにんまりと不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
「アナタ、やっぱり何でも受け入れちゃうタイプね」
「は?」
「ううん。こっちの話」
聞き返したが、澄羽子は首を振って箸を進めた。
含みのある言い方で、人のことを射抜くような目だったせいで、澄羽子の言葉は俺の胸に魚の小骨のように残る。
だがもう一度聞き返すことも出来ず、そのまま煮物に手を伸ばす。
流されている感はあったが、深く追求する気があまり起こらない。
食べ物に何かその手の物が混ぜ込まれている訳じゃなく、こういう性格なのだ。だって、更に突っ込むと面倒事になる気がしたから。
俺が黙々と煮物を口に運んでいると、再び中年男性に変わった長老が話しかけてきた。その声は、やはり大人びたと言うか、オヤジの太い声に変わっている。
「それで、朔一君。家の方のことなんじゃがのぅ。暫らく儂らに任せてもらって構わんか?」
「でも、髪とかは染めてしまえば何とか……」
「だがその体質じゃ、帰るに帰れんじゃろぅ」
確かに。
連れて来たくらいなのだから帰りも送ってもらえば良いので、道中は心配ないが、首と両手首に呪布を巻かれて、その上鎖まで付けられた格好じゃ少し難しい。
しかし、任せてしまって大丈夫なのか。これまでの彼らの対応からすると、人間慣れしてはいるようだが、その中身はまだまだ疑わしい。
何と言うか、観点がナナメにズレている気がする。
俺の心配をその顔から読み取った長老は、応えるように柔和な笑みをその顔に浮かべた。
「大丈夫じゃよ。その方面のえくすぱーとっちゅうんに頼むから」
「エキスパート?」
「そうじゃ。対人間社会の事後処理班じゃ」
聞きなれない言葉だが、妙に安心感のある響きだ。
いや、むしろそう言ったエキスパートを必要とする活動を行っていることに触れるべきなのだろうか。
「帰りたいって言っても、ちょっと無理だけどね」
「どう言う意味だ?」
「だって、鬼霊を寄せ付ける体質だもの、今の朔一は」
何て言ったの、コイツ。何を寄せ付けるって?
しかも他人事というか他山の石っていうか……さらっと言い過ぎだ。
「多分気付いていると思うけど、ここへ来る途中の小鬼やさっきの小鬼の襲撃は、間違いなくアナタを狙ったものよ」
「な、なんでそんな事に……」
「原因は…判っているけど…ともかく、今帰れば大惨事ね」
「今、小さい声で何か言わなかったか?」
「そ、空耳よ。とにかくそういう事だから、まずは戻ることを考えなくちゃ」
「だけど、そもそもキリョウって何だよ。見た目はグロかったけど、何か害があるのか?」
「え、そこからなの? ……人間って不便……」
そんな、憐れむような目で不便だとか言われても……。大抵の人間はそんな言葉と縁のない生活をしている。その辺りをもっと勉強しろと言いたい。
俺のもっともな質問に澄羽子は眉を潜めたが、それでも丁寧に説明を始めた。
「まず『鬼霊』とは。人間とは以って非なるものなり。その性質は邪悪にして狡猾。血肉を好み、争い、強奪し、暴挙を振るうなり。得てして人心を惑わし、災禍をもたらしむものなり。その姿、千変万化にして、人を模すもあり。されど本質は変わらず。妖、魔、霊魂を用いて、人に害為すもあり。其は万物に及ぼす力を持つがゆえなり。……と、こんな感じかしら。つまりは、人にとっての敵。鬼霊にとって人は餌。そんなところね☆」
そんな、上手くまとめられましたって顔をされても、対応に困る。
(第一、その鬼霊に狙われるって……ジャングルに放たれた兎か、俺は)
「因みに、昨夜のとかはさっきも言ったように、小鬼。鬼霊の一部だけど、雑魚中の雑魚ね」
「あの飛んだりしていた奴が、雑魚…鬼霊の一部」
「数だけは多いの。弱い奴は群れたがるって言うでしょ。ソレよ」
「そ、そう言えばお前、アレを倒してたよな?」
「お前じゃなくて、澄羽子よ。ス・ワ・コ」
昨夜の一件を思い出して訊ねると、呼び方が気に食わなかったらしく、訂正を求められた。
藁にも縋りたい気分なので、そんな些細なこと、と思ったが、ここは大人しく従っておこう。話が進まないので。
「……。澄羽子はアレを倒す力を持っているんだよな?」
「様が無いのが気になるけど、まぁ倒せるわ。むしろ消すって言うのが正確ね。だってそれが私達のお仕事ですもの」
「私、たち?」
「由翬子も私も、鬼霊を消すのが仕事。『鬼斬り』とも呼ばれているわ」
「何だ、あたしが『鬼斬り』じゃ不満か?」
「いやいや、そんなことは…既に腕前も拝見してますから」
少し意外に思ったが、確かに由翬子は目の前で二回ほどその行動を見せている。しかもかなり早業のものを。
「えぇっと、それじゃ。『鬼斬り』の御二人に同行してもらえば、俺は帰っても……」
「それは無理ね」
「それは無理だ」
ふたり同時に声を揃えて断られ、胸にぐさりと突き刺さる。
「で、でも。由翬子さんはともかく、澄羽子は同行すべきだろう」
「残念ながら無~理~」
道理を通した筈なのに、いとも容易く折られた。しかも悪びれた様子がまったく無い。
少しこめかみの辺りの血管が浮き上がったが、常識人らしい由翬子までもが、それを肯定する言葉を口にした。
「たとえ自分の蒔いた種であろうとも、澄羽子もアシナギの一員だから無理だ」
「アシナギ?」
「あたしたちが所属している鬼斬りの組織のひとつだ。澄羽子は下っ端だがな」
「言ってくれるわね。私だって、ハクア様の氣を手に入れたら、御側衆に上がるんだからっ」
「ハクアって……お前、まだそんな事を言っていたのか」
「当然でしょ。私の夢だもの」
「それで『清廉の氣』か。まったく、いい加減に現実を見ろ」
由翬子の鋭い言に、澄羽子が黙った。
いや、黙ったのは数秒で、勢い良く味噌汁を飲み干して碗を卓に叩きつけて言い放つ。
「フン。そんな事言っていられるのも今の内よ。私は絶対に手に入れて見せるわっ」
「人に忠告されている内に聞いておきな」
「何よ、由翬子は使役できるからって上から目線で……思い上がらないでよね」
「上から目線なのは当たり前だ。実際お前より上役だからな、あたしは」
「むむむむむ……妖術は私より弱いくせに…」
「体術はあたしの方が上だ。何なら今、行使してやろうか?」
「そこまでっ!」
ふたりの間に火花が散り始めたところへ、長老が一喝した。
それもふたりの頭に水を掛けるオプション付だ。
「互いの力を謗り合うなど、食事時に人様の前で何たる失態じゃ。恥を知れっ!」
「…すみません、長老様…」
「………」
「由翬子っ」
「ハイハイ。失礼しました」
「それが反省しとる態度かっ?」
「ご馳走様です」
長老が引き止めるが、彼女はそのまま立ち上がって何処かへ行ってしまう。
遠ざかる足音に、長老の口から溜め息が零れる。
なんだか急に重い空気になってしまった……。茶をすする音にすら気を遣う。
どうやらふたりの間には、友人関係だけでなく同僚、しかも由翬子の方が先に出世しているという、溝があるらしい。
澄羽子は出世欲よりも別の目的を持ち、友人に呆れられてもなお、そのために『清廉の氣』を集めていたようだ。今現在、俺の中に在る『清廉の氣』を。
(あぁ……。何だか凄く、本当にもの凄く不本意なことで、自分が妙なポジションに位置付けられている気がする)
気まずくなった空気の中で食事を済ませ、後片付けをする澄羽子に俺は声を掛けることにした。
聞きたいことはまだまだ残っている。(主に自分に関して)
実際、食事を済ませたら質問できるだろうと思っていたのだが、突然の由翬子の退出と、その後を長老が食後に追って行ってしまったことで、必然的にふたりきりになった澄羽子に、ここまでの疑問をぶつけることにしたのだ。
澄羽子も予想はしていたのか、「聞きたいことがある」と言うと、すんなりと話し合いの席に着いてくれた。
そして再び、ふたりで向かい合って座った。
「さて、質問タイムを始めましょうか」
「取り敢えず確認しておきたいんだが、俺は人間のままだよな?」
「そうね。…少し変わっているけど…私達とは全く違う人間だわ」
「何か微妙なのが聞こえたが……ともかく、私達とは違うって言うのは何でだ?」
「だって私達、人間なんかじゃないもの」
予感はあった。確かに違う匂いは感じていた。見た目はどうであれ行動に。
でも、今、こうして明言されて初めて、自分が凄い現状に直面していることを実感した。
眩暈を覚える頭を何とか起こして、また訊ねる。
「人間じゃないなら、何?」
「俗には烏の妖霊獣と言われているわ。あ、カラスと言っても、その辺に飛んでいるカラスとは全く違うから。そこのところ、ヨロシクネ」
「違うのは、見た目から分かってるから安心しろ。で、ヨウレイジュウって何だ?」
「ふ~ん」
「何だよ?」
「ううん、別に。妖霊獣って言うのはね、妖魔の氣を持つ霊獣の一種。妖怪よりは高位だけど、霊獣ほどではない。それからついでに教えてあげると、ココは【烏森】と呼ばれる、烏の妖霊獣たちが暮らす里。私も由翬子もここの出身よ」
「……んで、ここの長老が烏樟さんだな。それから、澄羽子たちは『鬼斬り』という仕事をしているんだったな。ここまでは了解」
「そう。鬼霊を倒すのが私たちのお仕事」
「鬼霊は人間を食べる奴で、俺はその鬼霊に襲われる」
「本当に呑み込みが早くて助かるわ」
「……俺が元に戻る方法は?」
「元って?」
「昨夜お前が来る前までの、大多数の人間と同じように暮らせる生活のことだ」
「う~ん、それは分からないわ」
澄羽子が少し考えた素振りを見せたのは、明らかなフリである。
何か思い当たることを、コイツは隠している。
本能的な部分で、俺は澄羽子の様子を見抜いた。
「本当に分からないのか?」
「分かっていたら、その方法を取ってる。長老様だって言っていたでしょ」
「いいや。何で取り出せるか気にしていても、長老は分からないとは明言していない」
「……男のクセに、細かい部分を覚えているのね」
「んなことはどうでもいい。お前、何か気付いてるだろ?」
「な、何で?」
「今どもったな。知っている事を包み隠さず吐け」
「い、いやぁね。女の子に吐けだなんて……教えて下さい、澄羽子様って言えば考えても…」
「教エテクダサイ、澄羽子サマ。ほら言ったぞ。早く教えろ」
「ンナっ。まさかすんなりと言うなんて、考えていなかったわ」
「俺の人生が掛かっているからな。当然だ」
開始当初からあった二者間の温度差を、俺は勢いで詰めていく。
なかなか口を割らない澄羽子だったが、黙って見詰め続けていると、ようやく観念した様子で尖らせていたその唇を開いた。
「……勘が良いのね。ちょっとだけど、アテが無い訳ではないの」
やはり何か手掛かりを持っているらしい。
大体、最初の頃は焦った様子を見せていたのに、食事をしているあたりからの澄羽子は別の何かを考えている風だった。
それは由翬子や長老にも見られた様子ではあったが、俺の『中身』にあれほど執着していた澄羽子がそう簡単に諦めるとは思えないし、現状である「取り出す方法がない」ことを受け止める筈はないと、当事者である俺は薄々感じる部分があった。
自分たちの話をして関心を逸らそうとしても、俺は自分の現状を忘れたりはしない。
そうしたら案の定、澄羽子は俺に対して何か思うところ――隠していることがあると言う。微かに苛立ちを覚えたが、話を続けるために我慢する。
確固たる意思で、澄羽子に詰め寄った。意外と素直っぽいし、コイツ。
「どうして、そのアテを最初に言わないんだよ」
「ちょっと、って言ったでしょ。それに、私だって聞きに行くつもりはあるわよ」
「ならそれに俺も同行する」
俺の申し出に、澄羽子の表情が固まった。
「え、ごめんなさい。今、何て言ったの?」
「だから、俺も一緒に聞きに行くって言ったんだ」
「……一応話しておくけど、普通の人間では無いわよ?」
「それは大体予想済み。むしろ普通の一般人って言われる方が胡散臭い」
「ついでに言うと、外は危険よ?」
「澄羽子がいれば何とかなるだろ?」
「私の腕を買ってくれるのは嬉しいけど、良く聞いてね。今は呪布に加えて長老様の結界があるから大丈夫かもしれないけど、鬼霊は……比較的少ないけど……昼にも襲ってくるのよ?」
「例え現れても、澄羽子の力があれば楽勝だろ?」
「そ、そりゃ私もアシナギの一員ですから……」
「なら問題は無いだろ。さ、善は急げだ。聞きに行こう」
俺が立ち上がると、澄羽子は慌てて引きとめようと手を伸ばした。
しかし寸でのところで腕が擦り抜け、それを追うように澄羽子も立ち上がる。
丁度そこへ、外廊下を歩いて来た長老と鉢合わせた。
「ん、なんだ。何処かへ出掛けるのか?」
「いえ、別にそういう訳では……」
「ああそう言えば、トシエに聞いてみたらどうだ、澄羽子」
「はい。私もそれを考えまして。……ですが朔一も同行すると言い出して……」
「自分自身の事じゃからのぅ。そういう事なら、丁度良い物をやるぞ」
「え、長老様。外は危ないですし……」
「お前が一緒なら大丈夫じゃろ」
「でもでも、騒がしいのはお好きじゃないですし……」
「お前より数倍静かじゃ。朔一君、履物を貸してやるから一緒に行ってきなさい」
「ありがとうございます。裸足を覚悟していたので、助かります」
澄羽子の抵抗空しく、長老は俺の同行を許してくれた上に履く物まで貸してくれるらしい。
もとより無理矢理にでも付いて行く気だったので、ラッキーな展開だ。
玄関で待っているように言われて、対照的な様子でふたりは部屋を後にした。
澄羽子も始めは何とか説得しようとしていたが、諦めたのか、黙って一緒に玄関先で長老を待っている。いや、足をぶらぶらさせて頬杖を付きながら、まだ何やら小さくブツブツと呟いているので、同行は受け入れていないようだ。
あまつさえ、ときどき俺を見て溜め息を吐くから、その不満は相当らしい。
しかしこの時、俺は澄羽子の視線が自分の顔――むしろ頭部分に向いていたことに気付かなかった。勿論、溜め息の意味も、単に自分が付いて行くことに対する抗議だとしか、考えていなかった。
「――待たせたのう。朔一君、良かったらこれを履いて行きなさい」
「ありがとうございます」
奥からやって来た長老は、長靴のような物を手にしていた。
「…地下足袋、ですか…?」
地面に置かれたそれは、先が二又に分かれている地下足袋だった。
ただ、外側は紺地に黄緑の唐草模様と、足首部分は烏の紋様が施されるというカジュアルな物だ。ゴム底にもなっているし、むしろ足袋の形をしたスニーカーだ。
「この前、土産にと貰ったんじゃが、儂には幾分か派手でな」
「へぇ。こう言うお洒落な物もあるんですね。サイズも良いので、お借りします」
実際に履いてみると、紐の無いスニーカーのようで履き心地も十分だ。内側の金具を止めて立ち上がると、予想より馴染んでいる気がする。
「そりゃ良かった。朔一君の服装を見て、思い出したんじゃよ。さ、澄羽子。大丈夫じゃとは思うが、気をつけて行ってきなさい」
「……ワカリマシタ。では、行って参ります」
長老に背中を押されるようにして立ち上がった澄羽子は、挨拶をして戸口に手を掛けた。
俺はもう一度お礼を言って、澄羽子の後に続いて屋敷を後にした。
やや整然とされた山道を歩きながら、澄羽子は時折溜め息を零す。
それでも歩いていたので、俺は何も言わなかったが、分かれ道に差し掛かった所で澄羽子が立ち止まり、「休憩をしましょう」と言い出したので、さすがに口を開いた。
「まだそんなに歩いていないだろ」
「慣れない山道に、朔一が疲れていないかと思ったの。私のやさしさよ」
「心遣いはありがたいが、心配無用だ」
「でもでも、睡眠不足でもあるんだから、無理はしない方が良いと思うの」
「理由を作った張本人の言葉にしてはまずまずだな。でも、大丈夫だから」
「……ひ弱い現代人のくせに」
ぼそりと呟かれた澄羽子の言葉は、見下したものと言うよりは「どうして此処では強さを見せるのか」と不満気なものだ。
勿論、俺だって好き好んでヤル気を出しているわけではない。
むしろこんな山道を、いくら踏み固められているとは言え半分は獣道に近い場所を歩くことなど、片田舎と呼ばれる地域で育ったものの、舗装された道ばかり歩いてきた俺にとっては気力が要る。
(小学校五年の林間学校以来だな。あの時は砂浜も山道も歩かされたっけ)
ふと自分の記憶から似た情景を思い出し、気持ちが下降する。
大体、自然に親しむことを目的とするとか言っても、やっていたのはただの体力作りだし、所詮は海も山も大人の用意した、整えられた自然だったな。そういえば確かその頃だったか。「ぶなしめじ」とかあだ名を付けられたの……。
黙って人によく付き従い、人の輪には居るがパッとしない淡白な子。
クラスメイトがそのあだ名を付けた理由だった。
モヤシよりマシか。とか考えていた自分が懐かしい。「モヤシっ子」と呼ばれた過去もあったので、そんな風に前向きに捉えたりした時期があったのだ。だが結局は軟弱なイメージに変わりはなく、その後も「ぶなしめじ」というあだ名は俺に付き纏う結果となった。時には好きになった子から「しめじ君じゃね……」と言葉を濁され、クラスメイトからは「小形キノコ」などとからかわれることもあった。
(ま、今じゃどちらにしろ食用ってカテゴリーで、俺に当てはまっているけどな……はは)
慣れない山道歩きによる疲労からか、自嘲気味な思考が浮かぶ。
そこへ再び、澄羽子の大きな溜め息が聞こえて、俺は仕方なく澄羽子に向き直った。
「そんなに俺のことが嫌いか?」
「アナタの事、と言うよりも一緒に行く事が」
「その理由は?」
「ヒミツ」
「納得できないから、要求は呑めない。以上」
「むう…。女の秘密は魅力のひとつなのに」
「そんなのどうでも良いから。ほら、行くぞ」
「嫌~よ」
またもや口を尖らせる澄羽子に、呆れながら溜め息を吐く。
「あのなぁ。お前がそういう態度なら、俺は一人でも歩いて行くぞ」
「あら、強気ね。でもそんなことしたら、鬼霊に襲われてアノ世に還る事になるわよ?」
「だろうな。でもそうなって困るのはお前じゃないか?」
「どうして私が困るのよ……?」
「俺の中にはまだ『清廉の氣』がある」
「ム、そんな事……」
「鬼霊に喰われれば、それも鬼霊のモノだろうな~」
「そ、それは……確かに困るわ」
俺の話に、澄羽子の中で葛藤が始まる。
眉間に刻まれていく皺が次第に深くなり、天秤の揺れが烈しくなっているようだ。
俺を一人で行かせるか、同行を許すか。
その答えが出るまでに、そう長くは掛からなかった。
「……仕方ないわね」
澄羽子は重い腰を上げて、俺を見据えた。
「でも、アナタが同行する理由にはならないわ。危険度を盾に取るなら、長老様の所で待つのが一番の安全策よ」
「でも、お前一人で行ったら、絶対に都合の悪いことは隠すだろ。自分のことはしっかり知っておきたいんだ」
「う……。さっきはあんなに素直に話を聞いてくれたのに」
「さっきって、烏森やお前達の存在についての話か?」
「そうよ。私達の話はすんなり受け入れていたじゃない」
「その点に関しては、俺の性格だ」
「だったら、その姿も受け入れちゃえば良いのに」
「それは別」
ここは即答する。
澄羽子は自分理論で話を進めたが、俺にだって考えというものがある。
「何が別なのよ。同じでしょ」
「違う。全く違う問題だ。お前達の能力とか暮らし方とかはお前達の環境であって、それに対して俺が言うことは無い。だが俺のこの外見を戻すことや家に帰ることは俺自身の問題だから、お前達の意見よりも俺の意見が尊重されるべきなんだ」
「ぅわ、カタ」
「何とでも言え」
「じゃあ言うけど――…」
ガツ――ッ!
突然体当たりされて、側の木の根元に押さえ付けられた。
痛みに歪む顔を怒りに染めて振り向くと、苦無を手にした澄羽子の横顔があった。
「アナタはもっと現状を見るべきよ。自分の立つ場所が、まだ認めきれていない」
「何を…――っ!」
言っているのか、と続ける前に、上に乗っていた澄羽子が跳んだ。
次の瞬間、俺の頭の上を短刀が掠める。
幹に刺さって止まったその刃先は、薄汚れて少し錆びている。澄羽子の仲間の物では無いと、何となく思う。手入れのされていない武器なんて、持つ筈がないから。
悠長にも分析しているその向こうで、澄羽子の冷めた声が響く。
「邪魔しないで。今、私たちは重要な話をしているんだから」
「キキ…っ、キヒヒ…――」
鳥の鳴き声よりも金属質な響きを放つ音が、返答のように聞こえてくる。
澄羽子は、仕様が無いというように肩を竦めて両の掌を空に向けた。
「ふぅ。言葉を理解できないのね。……かわいそうに」
草むらの中からこちらを窺う光が三つ。
三角形に並んだその光が奴の目だと分かったのは、陽光に晒された姿を見た時だった。
土気色の肌にヒトのような体。肩から下がる手は異様に長く、間接が節だって骨が浮き出ている。三つ目のある頭には大きく横に裂けた口と、そこから覗く発達した犬歯。そして鼻らしき二つの穴が見える。ただ、その頭に耳らしきものは無く、本来耳があるであろう場所からは黒い角が左右に生えていた。
「キヒ、キヒヒヒヒヒっ」
「そう。私も嬉しいわ。お前みたいなのが相手で」
硝子を擦るような高い音を立てながら草むらを踏み分けて来た奴に、澄羽子は微笑む。
会話が成立しているとは思えないが、両者の間にはそれで十分なようだ。
「さぁ、いらっしゃいな」
「キ、キィッィイィィ――!!」
「…うふ★」
澄羽子の挑発に乗って、奴は地面を蹴った。
両腕を広げ、獲物を捕まえるように口まで開けて、澄羽子目掛けて襲い掛かる。
だがそれと同時に、目の前の光景に見入っていた俺の背中に、ざらついた感覚が湧き起こった。
突如走った悪寒に、俺は慌てて立ち上がる
正確に言うと、足より先に上体が動いたから前のめりに倒れこむ形だ。
それと一瞬ずれて、頭の上を横一線に風が走る。
アブねぇ。少しでも遅れていたら、俺の首は風に巻き込まれていた。
しかもタダの風じゃない。鋭い刃付きの、人為的な風だ。
「キヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒィ!」
恐る恐る振り返れば、案の定、腕がやたらと長い土気色の怪物がこちらを見ている。
目が合った。
そう思った途端、奴の腕が振り払われた。
鞭のようにしなる腕の動きに、声も出ない。
俺は無心で走り出していた。
とにかく、奴から距離をとらなければ。
――ザシュン。
(ひょえっ!)
言ってるそばから、背中にかまいたちが襲ってくる。
エビ反りよろしく跳び上がった俺は、なんとか奴の二撃目を避けた。
人って、いざって時には動けるもんだな。凄いよ、俺の潜在能力。
なんて感心している場合じゃなく、実際はすんげぇヤバイ。
後ろからくる殺気はハンポァない。
ぞわぞわくる悪寒は冷や汗通り越して脂汗出させるし、心臓バクバクだし、思考はフル回転だし。
……走り過ぎて、脇腹は痛ぇし……何より――
「キヒキヒうるせぇんだよ! こちとら寝不足なんだっつうの!!」
頭に響く不怪音(誤字じゃなく、シャレだ)に、俺は手近にあった棒を掴んで薙ぎ払っていた。
「キヒヒヒィィイ!」
「……思い知ったか、この…――」
一際甲高い奇声に重なりながら息をつこうとしたが、不意に脳内をケモノの舌が舐めた。
びちゃびちゃと、涎のように映像が降ってくる。
次から次へと降っては崩れ、跳ねる。
断片的な映像は、所々で声が聞こえる。女。男。人人人。
笑って、怒って、泣いて、話して。
様々な映像。
その内のひとつに、見たことのあるモノが紛れていた。
ソレに気付いた瞬間、俺はそこに立っていた。
目の前から両手を広げて、抱き締めるように襲い掛かる、ソレ。
『鬼霊』という名のソレ。
何て嬉しそうに口を開けるんだろう。
何て愛しそうに『俺』を見るんだろう。
ああ、俺は食べられるのか――。
「しっかりしてっ!」
突然左頬を打たれて、俺は目が覚めた。
目の前には険を含んだ澄羽子の顔がある。俺を打ったのは澄羽子のようだ。
「な、なんだ。今の?」
「見たのね……」
「確かに、何か……涎みたいな、映像みたいなモノが……」
「それはね、人間の記憶よ」
「記憶?」
呆けたまま、澄羽子の言葉を繰り返す。
記憶って、誰の?
「当然、『食べられた人間』の」
……………………………。
誰に、とか聞くほど俺も呆けていない。
視界の端で蹲っている奴のだろう。
土気色の肌と体躯以上に長い両腕。耳まで裂けた口と発達した犬歯。そして三つの目を持つ『鬼霊』と呼ばれる存在。
俺の予想を裏付けるように、先ほど見た最後の映像は、大口を開けた奴が直ぐそこまで襲い来たところで弾けて消えた。
思わず胃が痙攣して、腹の底から湧き上がる物を口を押さえて呑み込む。
「朔一が何を見たのか、聞かなくても察しは付くわ。少しそこで休んでなさい」
俺の肩に軽く触れて、澄羽子が立ち上がる。
その腕を俺は無意識に掴んでいた。
「……どうして、そんな物が……」
「そりゃあ、血が流れているからよ」
「血?」
「そう。食べれば、それが血肉となるのは自然の摂理よ」
「ま、まあ。それはそうかも知れないけど……」
直前までの記憶が在り続けるって、おかしいだろ。
「でも、やっぱりアナタって凄いわ」
何が? どの辺が?
まだ舐められた感覚が残ってて、気持ち悪いんですけど。
「場慣れしてる、っていうのかしら。凄く助かる」
つまり、わたわたパニクってないからってことか?
そりゃお前、こんなに色々あれば……感情が付いてくるのも遅いって。
しかも、目の前でニコニコ朗らか笑顔を向けられてみろよ。
慌てふためけって方が無理ってもんだろ。
……まあ、そろそろ限界に近いけど。
「んで、さっきの話…――」
澄羽子は瞬き一つで真剣な眼差しになると、直前まで話していた内容を引き戻してきた。
まだ続いていたのか。意外と引き摺るな。
俺としては答えが固まっているから、もうどうでも良かったんだが、澄羽子にとっては決着がついていないらしい。
と、そこへ――
「キェエエエエィ!」
再び奇声が響いた。
蹲って動かなくなっていた奴が、再び襲い掛かって来たのだ。
やばいと思う俺の前に立つ澄羽子は、溜め息をひとつ吐いて振り返る。
「大事な話をしているって、言ったでしょっ!」
言いながら澄羽子は手にしていた苦無の刃先を左手で覆い、まるで鞘から抜くように右手を動かし、薙ぎ払う。
一振りで鬼霊の巨体を吹き飛ばしたその手には、細い棒のようなものが握られていた。
(武器なのか、アレ……?)
見たことの無いその棒――一見すると指揮棒のような形で、刃などは見受けられない。ただ、澄羽子は至って余裕の様子だ。
地を軽く蹴って宙に躍り上がると、にっこりと口角を上げる。
「私の躾は、ちょっと高いわよ★」
ビシィ――ッ!
空を切る音、と言うよりも皮と肉を打つ音。はりのある乾いた音が響き渡る。
その刹那、奴は顔を仰け反らして喉元を晒しながら足を止めた。
澄羽子が地面に降り立つのと、奴の首から血が噴き出したのは同時だった。
断末魔の声を上げることもなく、開いた口からも血を流して奴は倒れこむ。
一撃だった。
それは分かるが、何が起こったのか、澄羽子が何をしたのかが分からない。
呆然と見詰める俺の前に、一仕事終えた澄羽子が視線を向ける。
「さっきの続きだけど…―」
「何だ、それ?」
平然と話を戻そうとしてくるあたりが、やっぱり澄羽子だ。
その流れを押し退けて、俺は疑問を口にした。
「何が?」
「お前の手にしてる、それ」
「私の武器よ。瞳白っていうの」
「どこから出したんだ……しかも武器に名前付けてるのか。今、見えた……」
「私たちの能力のひとつよ。自分の妖気を具現化して形成された物。自分の分身みたいな感じで、とても扱いやすいの。名前があるのは当たり前よ。そうして名付けることによって、ただの妖気から成る武器ではなく一固体として定義付けられて、格別の威力を発揮するの。由翬子だって、愛用の長物はカヤって言うわ。瞳白は武器の種類で言うと、硬鞭っていうらしいんだけど……打って欲しい?」
怖ろしい申し出に、ぶんぶんと首を振る。
今の一戦を見ただけで、その威力は脳裏に刻まれている。横たわった奴の姿を見ただけで、背筋がゾッとする。与えられる衝撃は、痛いという部類ではないだろう。
第一俺、そう言う趣味は持ち合わせていないんで。
尚も目の前でぴょこぴょことそれを揺らす澄羽子に、断固として拒否していると、ようやくこちらの意思を受け入れて、袂の中に戻した。
その時、澄羽子の顔が残念そうだったのは敢えて見なかったことにしておく。
突っ込むと同時に打たれそうだから。それに、いい具合に澄羽子はそっちに気が向いている。
何はともあれ話も逸れたし、俺は澄羽子の背を押すように歩き出した。




