ぼくたちの しっぽの せかい ー風の章ー
登場人物紹介
猫家族
■ サリー
茶のハチワレ柄の男の子猫。誰よりも仲間の異変に気づく優しい心を持つ。「懐かしい風」に導かれ、不思議な塔へ足を踏み入れる。理屈よりも先に、大切な人を守ろうとする気持ちが身体を動かす。
■ ミック
白黒のブチ柄の男の子猫。考えるより先に動く性格だったが、この旅では「考えること」の大切さも知っていく。見えないものを信じようとし、仲間の言葉をつなぎながら、世界の真実へ近づいていく。
■ とうちゃん
車椅子に乗った、サリーとミックのとうちゃん。車椅子を含めた総体が、とうちゃんという存在だ。「ココネ」を信じ、誰の心にも希望は残っていると信じ続ける。戦うためではなく、分かり合うために旅を続ける。
■ かあちゃん
今回の旅には同行していないが、
もくもくの森でクロベーとエンちゃん、そしてたくさんの動物たちを見守りながら、仲間の帰りを待ち続けている。帰る場所を守るその優しさは、遠く離れた仲間たちの「ココネ」を静かに支え続けている。
なかまたち
■ ミーゴロ
綺麗なグレーの野良猫。ぶっきらぼうで豪快。難しい話は苦手だが、誰よりも命の重さを知っている。「腹が減った」「それっていいのかよ?」という素朴な言葉が、ときに誰よりも深く心へ届く。
■ ぴょん太
白いうさぎの仲間。「不殺の剣」を胸に、人を傷つけず命を守る道を選んだ。森で育った感覚は鋭く、誰よりも早く「風」の正体へ気づく。
■ アウ
博識なフクロウ(焦茶色)。冷静で少し天然。緊張した空気を変える不思議な力を持ち、仲間たちを何度も笑顔へ導く。彼の一言が、閉ざされた心を開くきっかけになることも。
黒い塔
■ ムーム
目が4つあり、黒色でバサバサの細かい羽で包まれている。番号だけで生きることを強いられてきた存在。仲間から「ムーム」という名前をもらい、初めて自分自身として生きる喜びを知る。やがて「ココネ」を通して、命とは何かを静かに教えてくれる。
■ ドクターフラック
普段は黒のコート姿で姿でフードを深めにかぶっている。863号――ムームを生み出した科学者。秩序を守ることだけを信じ、多くの命を数字で見つめてきた。しかし旅の仲間との出会いは、閉ざしていた心に小さな揺らぎを生み始める。
黒い塔
山も海も森もない世界に、静かにそびえ立つ巨大な塔。命を支える装置であり、同時に誰かの悲しみを抱え続ける場所でもある。塔の中を吹き抜ける風には、まだ誰も知らない秘密が隠されている。
『風の章』 プロローグ
時間と空間のねじれ。
あの奇妙な小屋のドアを開けたとき、僕たちの知っている「世界」は、音を立ててひっくり返った。
森の白蛇は言っていた。
――「誰も帰ってきた者はいない」と。
故郷の森を追われ、大切な仲間たちと離れ離れになりながらも、とうちゃんの白いしっぽを道標に、僕らは必死に歩き続けてきた。
けれど、ねじれの向こう側に待っていたのは、僕らの想像を遥かに超えた、あまりにも奇妙で、あまりにも美しい「異世界」だった。
どこまでも続く、鮮やかな緑の草原。
空を覆うほどに咲き誇る、パステルカラーの巨大な花々。
そして、どこからともなく吹いてくる、不思議な風。
一見すると、そこはまるで天国のような美しい世界。
だけど――何かがおかしい。
いつもなら優しく話しかけてくれる草花たちは、気味が悪いほどに沈黙している。
風は、遠い場所の記憶を運んでくるように、胸の奥をざわざわと掻き立てる。
「……作り物ってことか?」
誰かがそう呟いた瞬間、世界を覆っていた美しい「偽物」の皮が剥がれ落ち、冷酷な鋼鉄の真実が姿を現す。
これは、失われた命の匂いを探す旅。
感情を捨てて宇宙の秩序を守ろうとする孤独なドクターと、
心を持ってしまったがゆえに「失敗作」と呼ばれた四つ目の生き物・ムーム。
そして、どんなに冷たい世界でも、
互いを信じて手を繋ぎ続ける、とうちゃんたちのココネ(魂)の物語。
耳を澄ましてほしい。
ほら、僕たちのすぐ後ろから、あの懐かしくも不気味な風のような「呼吸」が追いかけてくる――。
第一章 ――異世界から異世界へ――
とうちゃんの一行は歩き出していた。
どこまで行っても緑だった。
風に揺れる草。
空へ伸びる見知らぬ木々のような植物。
遠くで光る、小さな青い花。
けれど、その景色には妙な違和感があった。
色は鮮やかなのに、
世界から音だけが抜け落ちているようだった。
「……なんか変だね」サリーがぽつりと言う。
いつもなら、草花たちが「こんにちは」と笑い、
木々がざわざわと歌い出す。
でも、この草原は違った。
ココネが、ほとんど聞こえない。
まるで世界そのものが、
息を潜めているようだった。
ミックも不安そうに辺りを見回す。
「うん……。
誰もしゃべってくれない……」
風だけが、長い草原を撫でていく。
その風は冷たいわけではない。
けれど、どこか遠い場所の記憶を運んでくるような、
胸の奥をざわつかせる風だった。
ぴょん太は、不殺の剣を背中に背負い直しながら、
少し前を歩いていた。
以前のぴょん太なら、
草むらへ飛び込んだり、
「競争だー!」と騒いだりしていたはずだ。
けれど今は違う。
時折立ち止まり、
耳を澄ませるように周囲を見ている。
まるで、誰にも聞こえない声を探しているみたいに……
とうちゃんは、その後ろ姿を静かに見つめていた。
(ぴょん太も……変わったな)
ミーゴロが大きくあくびをする。
「しっかしよぉ〜。
どこまで行っても草ばっかだニャ」
その瞬間――
ぐぅぅぅ〜〜。
間の抜けた音が響いた。
みんながミックを見る。
「ち、違うよ!? 今の僕じゃないもん!」
すると今度は、
ミーゴロのお腹が盛大に鳴った。
「……あっ」
サリーが吹き出す。
「ミーゴロじゃん!」
「うるせぇなぁ〜!」
だが、ミーゴロは急にニヤリと笑うと、
背中をごそごそ探り始めた。
「ふっふっふ……」
取り出したのは、
少しぺしゃんこになったパンだった。
「実はよぉ、あの小屋を出る時、
残りもんを持ってきてたんだよ」
「えぇっ!?」
サリーとミックが目を丸くする。
ミックも慌てて、
小さな袋を取り出した。
「じ、実は僕も……
木の実、ちょっと持ってきた」
「ぼ、僕もあるよ!」
サリーまで胸を張る。
その様子を見て、
とうちゃんがふっと笑った。
「みんな、なかなかやるなぁ」
少しだけ、 張り詰めていた空気がほどける。
とうちゃんは続けた。
「でも、それなら――
みんなで分けた方が美味しいな」
みんなが元気よく「うん!」と同意した。
その返事だけが、やけにはっきり草原へ響いた。
まるで、沈黙に閉ざされた世界が、
その一言だけを大切に受け止めたみたいだった。
その時、上空からアウが降りてきた。
「皆様、今日はこの辺りで休みましょう。
暗くなる前に寝床を作った方がよろしいかと」
リーダーのように言う。
「えー、まだ歩けるよぉ」
ミックが不満そうに言うと、アウは羽をたたみながら、
静かに周囲を見回した。
「何がいるかわかりません。
それに、この静けさ…… わたくしは少々、不気味に感じます。
草を編んで寝袋を作ります。保護色にもなりますので」
アウは長い草をくちばしで引き抜き始めた。
「おぉーっ」ぴょん太が感心する。
みんなも真似をして草を編み始めた。
サリーは途中で草を絡ませすぎて、
「これをこうやって……うわぁ〜!
しっぽまで編み込んじゃったぁ!」と転がる。
ミックは笑いながら助け、
ミーゴロは「お前、不器用すぎだろ」と呆れていた。
その横で――
とうちゃんの車椅子が、
シューン、カシャン。カシャン。
と音を立て始める。
「うわっ!?」
ぴょん太が飛び退く。
車椅子はゆっくり形を変え、
簡易ベッドのような姿になった。
「……便利だろ?」
とうちゃんが少し得意げに言う。
「ずるいぞぉ〜!」
ミックが頬を膨らませ、みんなが笑った。
笑い声が消えると、また風の音だけが戻ってくる。
その静けさが、 少しだけ怖かった。
寝袋へ入ったあとも、 誰もすぐには眠らなかった。
サリーが空を見上げる。
「……ねぇ、あのお月さま」
みんなも空を見る。
「なんか、折り紙を丸く切ったみたい」
たしかに妙だった。
月なのに、ぺったんこに見える。
星の並びも、おかしい。
ミックが急に起き上がる。
「あっ……! 北斗七星がない!」
とうちゃんも空を見上げ、
静かに眉をひそめた。
「本当だ…… 知ってる星座が見当たらない」
だが、ミーゴロだけは首をかしげる。
「そうかぁ? 俺にはいつもと同じ
夜空に見えるけどニャ」
その言葉に、 アウが羽を整えながら低く言った。
「なるほど……」
みんなが振り返る。
「おそらく我々は、
時間的、空間的な“ねじれ”から
飛び出してしまったのでしょう」
「ねじれ?...えっ?!」
サリーが聞き返す。
アウは夜空を見上げたまま続ける。
「もしかすると…… ここは地球ではないのかもしれません」
「ええぇぇぇっ!?」
全員が飛び起きた。
ぴょん太の耳がピンと立つ。
ミックは寝袋を抱きしめながら震えている。
「じゃ、じゃあ……ぼくら、どこにいるの?」
風だけが、草原をざわざわ揺らしていく。
その夜は、「寝よう」と言いながら、
誰もなかなか寝つけなかった。
サリーは何度も空を見上げ、ミックは寝返りを繰り返し、
ミーゴロは「眠くねぇなぁ」と言いながら、
真っ先にイビキをかいていた。
ぴょん太は、不殺の剣を胸に抱いたまま、
じっと目を閉じている。
やがて、みんな……疲れには勝てず、
静かな寝息が草原に並び始めた。
けれど―― とうちゃんだけは、まだ眠っていなかった。
草原を渡る風の音。知らない空。知らない星。
とうちゃんは、眠る仲間たちを見回しながら、
そっとしっぽを握った。
(……明日から、どうする)
帰れる保証はない。
ここが何処なのかもわからない。
あの小屋から森の多くの仲間が、
時間と空間のねじれに入り込んで、
どこかに飛ばされて帰ってこれなかった。
白蛇が言っていた。
――「誰も帰ってきた者はいない」
その言葉の重みが、
今になって胸へ沈んでくる。
それでも―― 守らなくてはいけない。
その時だった。
遠くの闇の向こうで。
ヒュゥゥゥゥゥ――……
まるで、誰かが泣いているような風の音がした。
その風はただの風ではなかった。
草原が一斉に揺れ、青い花が淡く光り、
空気そのものが震えた。
とうちゃんのしっぽが、 風に触れ、
かすかに温かく光る。
第二章 ――先住者?――
「あわーぁっ!? わぁぁぁっ!!」
朝の草原に、
ミーゴロの叫び声が響き渡った。
「うるせぇなぁ……」
ミックが寝ぼけながら顔を上げる。
「ウェ!な、なんだ...これは!?」
ミックは何度も目をこすりながら叫んだ、
すると......
その騒ぎで、残りのみんなもようやく目を覚ました。
みんなは、「ハッ?……えぇぇ?!」と、息をのむ……
昨夜まで、見渡す限り、草原だった場所が――
人の背丈くらいの巨大な花で埋め尽くされ、
風に煽られ大きくザザザーと揺れていたのだ。
淡い桃色。
青。
黄色。
紫。
パステルカラーの花々が、
朝露をまといながら、
空を覆うほど大きく咲いている。
ぴょん太は鼻をヒクヒクさせながら、
「俺、こういう花の香り......科学的で、
嫌いなんだよな」と言いながら、
辺りを警戒する。
それでも花々は、
甘い香りを霧のように漂わせていた。
「いやいや、いやっ!みんな!!
そんな場合じゃねぇぞ!!」
花の群の中から、
ミーゴロの慌てた声が聞こえてくる。
みんなが花々の茎をかき分け駆け寄ると、
ミーゴロはしっぽを逆立て、
足もとを見下ろし、完全に固まっていた。
「お、俺、夢を見ててよぉ、
腹の上に乗っかっているときは、
クロベーかと思ったんだよぉ……
あぁ、びっくりしたぜっ」
なんと、ミーゴロの隣には、
毛むくじゃらの生き物が、
丸くなって眠っていたのだ。
目が四つ。
耳のようなものはあるが、
形が妙に柔らかい。
身体は大きな犬ほどあるのに、
脚は短く、
ふわふわの毛に埋もれている。
「……な、なんだコイツ」
ぴょん太が真っ先に飛び出した。
背中の“不殺の剣”を抜き、
生き物へ向ける。
「お前、何者だ!?」
花々がざわりと揺れる。
サリーとミックは、
花の茎の後ろから顔だけ出して覗いていた。
だが、その時。
「ちょっと待って……」
とうちゃんの声が、
静かに響いた。
ぴょん太が振り返る。
とうちゃんは、
その生き物をじっと見つめながら言った。
「しっぽが警告色になってない」
「え?」サリーも気づいた。
「危なくないみたいだよ」
みんながもう一度、
生き物を見る。
たしかに――
怯えてはいる。
けれど、
敵意のようなものは感じない。
その時、
花々を押し分けながら、
アウがふらふら近づいてきた。
「わたくしは……
つい先ほど寝たばかりでして……」
半目だった。
かなり眠そうだ。
「ですが、基本的なことなので、
共有しておきたいのですが……」
アウは羽を整えながら、
低い声で続ける。
「よく考えてみてください。
今、この世界では――
我々の方が異端者であり、よそ者なのですぞ」
みんなが黙る。
「だから、危険でない限り、威圧はいけません」
サリーがハッとした。
「……そっか」
しっぽが少し下がる。
「好きで来たわけじゃないけど……
僕たちの方が、よそ者なんだ」
ぴょん太も、
ゆっくり剣を下ろした。
「……そうか。
僕らが、よそ者なんだよな……」
不殺の剣が、
静かに鞘へ戻る。
ミーゴロだけは納得していなかった。
「いやいや!
なんで俺の横で寝てたんだよ!?
何なんだコイツ!」
その言葉に、
全員が黙った。
気づけばみんなで、
その生き物を囲んでいる。
目を覚ました四つ目の生き物は、
ぶるぶる震えながら、
小さく身体を丸めていた。
とうちゃんは、
そっと車椅子を近づける。
「怖がってるみたいだな」
ゆっくり手を差し出した。
すると生き物は、
ビクッと身体を反らせた。
「……そっか。怖いのか」
とうちゃんは静かに微笑む。
そして、
白いしっぽで、
その生き物をそっと包んだ。
まるで毛布のように。
とうちゃんは目を閉じ、
ココネで優しく囁く。
(こんにちは。
君は、だぁーれ?)
風が止まった。
花々も揺れを止める。
しばらくして――
微かな声が返ってきた。
(……ニゲテ……キタ)
みんなが息を呑む。
(アタタカイ……)
その瞬間、
生き物の身体から力が抜けた。
「うわっ!?大丈夫?」サリーが覗き込む。
ミックも駆け寄る。
「とうちゃん!力込めすぎたんだろ!」
「いや、違う違う!」
とうちゃんが慌てる。
だが、
みんなが止める間もなく、
アウはその生き物の毛の中へ潜り込んでいた。
「ちょっ、アウ!?」とうちゃんが声をかけた。
もぞもぞ。
花畑が静まり返る。
しばらくして、
毛だらけになったアウが顔を出した。
「……なるほど」
羽に毛がいっぱい付いていた。
ひとみは互い違いになっている。
ミーゴロも、
「大丈夫かよー、
で?、ど、どんな感じだった?」と
恐々とのぞき込む。
「この者は、おそらく……
生物的には鳥類に近いですな」
「と、鳥ぃ!?」サリーが叫ぶ。
アウは真面目な顔で続けた。
「ただし、脚が六本あります。
羽は退化しており、
飛行能力は失われているかと……」
「ろ、六本……?」
ミックが青ざめる。
「さらに――」
アウは少し間を置いた。
「......乳が四つありました」
全員が固まる。
「つまり、卵を産み、
乳で育てる生態かと思われます」
「そんなの地球にいないよ……」
ぴょん太が呟く。
そして、
少し震える声で続けた。
「……さっき感じたぞ。
“ニゲテ キタ”って」
ミックとサリーも
「ぼくも聞こえた……」
その時だった。
ヒュゥゥゥ――。
強い風が吹き抜けた。
巨大な花々が、
一斉に大きく左右に揺れた。
まるで何かが、
こちらを見ているような、
警告するような......。
第三章 ――作り物――
相変わらず、風は吹いていた。
横回転していくような、
不思議な風......
巨大な花々は、
ざわぁ……ざわぁ……と、
波のように揺れ続けている。
その景色は絵画のように綺麗だった。
ぴょん太は腕を組みながら、
片足をパタパタと地面へ打ちつけていた。
ダン。
ダン。
落ち着かない時の癖だった。
「……なんか変だよな
この地面の硬さも、この音もーー」
耳を伏せたまま、
ぴょん太が呟く。
「全部、不自然っていうかさ、
なんか、イラつく......」
ミックも巨大な花を見上げる。
花びらは透き通るような色をしていて、
朝日を受けるたび、
キラキラと光を返していた。
「普通さ、こんなに風が吹いてたら、
もっと楽しそうに歌うんだよ」
ミックは小さく首を傾げる。
「まぁ、その“普通”は、
もしもの世界での話だけど……」
その時ーー
ガサガサッ。
花をかき分けながら、
ミーゴロが現れる。
「おぉ〜い。
なーに悪巧みしてんだよぉ」
欠伸をしながら、
二人の間へ割り込んできた。
「俺にも教えろよな」
ぴょん太の足ダンが止まる。
「なぁ、ミーゴロ。
ここ、やっぱ変だよ」
「何がだよ?」
「生きてるなら、
ココネが通じるはずだろ?」
風が吹く。
花々が揺れる。
けれど、
何も返ってこない。
ぴょん太は続けた。
「花もデカすぎる。色も綺麗すぎるんだ」
ミーゴロは鼻を鳴らした。
「綺麗ならいいじゃねぇか」
花の香りを吸い込みながら、
両手を広げた。
「匂いだっていいし、天国みてぇだぞ」
そして、いつもの調子で笑った。
「だいたい世界そのものが違うんだ。
そのくらい、わかんねぇの?」
ミックは少し顔をしかめる。
「だから言ってるんだよ」
巨大な花を見上げながら、
ぽつりと言った。
「何もかもが、“すぎる”んだ......
そうだ、混じってないんだ......匂いが」
風。
色。
土の香り。
静けさが別々に感じる違和感。
全部が完璧すぎる。
「……なんか気味が悪いよ」
ミーゴロは、
まだよくわかっていなかった。
でも――
心のどこかで、
同じことを感じ始めていた。
そして、ぽろっと呟く。
「……作り物ってことか?」
その瞬間だった。
ぴょん太とミックが、
同時にミーゴロを見る。
「それだ!」
ミックのしっぽが膨らむ。
ミーゴロは驚いて後ずさった。
「な、なんだよぉ!?」
だが次の瞬間、
ミーゴロはニヤッと笑う。
「だったら、こうすりゃわかるだろ」
そして突然、
巨大な花へ噛みつこうと飛び込んだ。
「あっ、ミーゴロ!?」
その時だ!
黒い丸いものが、
ものすごい勢いで飛んできた。
ドゴッ!!
「ぶべっ!?」
ミーゴロが吹き飛ぶ。
花畑をゴロゴロ転がった。
「いってぇぇぇ!!」
その正体は――
朝、ミーゴロの隣で寝ていた、
あの四つ目の生き物だった。
毛を逆立て、
必死な顔で首を振っている。
「……止めた?」
ミックが呟く。
「何をするー、コノヤロ!
さっきからベタベタとついてきやがって〜ぇ」
ミーゴロが怒鳴る。
だが、四つ目の生き物は、
さらに大きく首を横へ振った。
まるで、「ダメだ」と言っているみたいに。
「このやろぉーっ!」
ぴょん太が飛び出す。
四つ目の生き物は、
ビクッと身体を丸め、
両手で頭を抱え、
身体を震わせた。
「ま、待て待て待て!」
ミーゴロが慌てて止める。
「なんか知らねぇけど、
コイツ言いたいことあるみてぇだぞ!」
「うぅ……どういう意味だ!
だいたい解読できねぇし.......」
ぴょん太は困り果て、イライラしながら、
不殺の剣を握り直した。
ぴょん太はーーチラッと
近くに立っている花の茎を見て、
「ええい、どけっ!」
四つ目の生き物が、
慌てたように丸くなる。
次の瞬間。
ぴょん太の剣が、
巨大な花の茎へ叩き込まれた。
バキィッ!!
手応えがおかしかった。
植物を切った柔らかさじゃない。
まるで硬い骨を砕いたみたいな、
嫌な感触。
ビシィッ、ビビビィ!!
機械が壊れたような、
金属音。
火花が散る。
花の断面から、
青白い光が漏れた。
「うわっ!?」
細い金属片のようなものが弾け飛び、
ぴょん太の額をかすめた。
熱い。
そう思った時には、
赤い血が頬を流れていた。
「えっ……」
ミックが凍りつく。
すると......
周囲の巨大花たちまで、
次々と震え始めた。
キュイィン。
キュイィィン。
まるで連鎖するように。
そして――
ズズズズズ……。
巨大な花々は、
地面へ吸い込まれるように沈み始めた。
「う、うわぁっ!?」
サリーとミックが飛び退いた。
色鮮やかな花畑は、
みるみる崩れていく。
花が沈んだあとに現れた地面は、
あまりにも滑らかだった。
土じゃない。
石でもない。
触れると、
水のように冷たいのに、
指はまったく沈まない。
ミックは恐る恐る耳を近づける。
――ゴゥゥゥ……
地面の奥から、
微かに何かが唸っている気がした。
「……生きてる?」
誰にも答えはわからなかった。
誰も返事をしない。
風だけが吹いている。
もう、花の匂いはしなかった。
「……ツクリモノォ?」
ミックの声だけが、
静かな世界に小さく響いた。
第四章 ――機械仕掛けの夢――
風だけが吹いていた。
花の消えた草原――いや、
もう草原ですらないその場所で、
ミックたちは大の字になって倒れていた。
冷たい。
硬い。
灰色の地面は、
どこまでも滑らかで、
鈍い光沢を放っている。
まるで巨大な鉄板の上へ、
放り出されたみたいだった。
「……はぁ……」
ミックが空を見上げる。
空だけは変わらない。
知らない星。
平べったい月。
終わりのない風。
その全部が、
急に遠く感じた。
ぴょん太も隣で倒れている。
耳はぺたんと寝て、
足先だけが時折ピクピク動いていた。
ミーゴロは腹を出したまま、
「もぉ無理ニャ……」と溶けている。
そして、
その隣には――
あの四つ目の生き物も、
同じように転がっていた。
ぴょん太が横目で、
ミーゴロを見て......
「お前ら、何シンクロしてんだ?」
からかうように言った。
ミーゴロは......
「は?ハハハ、
んなことねぇよ」と、軽く笑うが、
横でころがっている、
四つ目の生き物を見つめた。
「……どうしたの?」
サリーが駆け寄ってくる。
だが、
誰もすぐには答えなかった。
乾いた風だけが、
灰色の大地を滑っていく。
その空気に耐えきれなくなったのか、
サリーは急に身体をモゾモゾさせ始めた。
そして前足をぺろぺろ舐めている。
不安な時の癖だった。
その時。
ぴょん太が、
ぽつりと呟いた。
「……俺、切った」
ゆっくり腕を持ち上げ、
ある方向を指差す。
そこにはーー
巨大な花の茎だったものが転がっていた。
断面は、まだパチパチと、火花を散らしている。
青白い電気が、
虫みたいにチラチラとしていた。
「えぇっ!?」
サリーの毛が逆立つ。
「これ……切ったの!?」
ぴょん太は力なく頷いた。
「うん……」
ミックが、
ぼんやり天井みたいな空を見たまま言う。
「サリーだって、
本当は変だって思ってたんだろ?」
サリーは黙る。
それから、小さく二度頷いた。
「……やっぱり、本物じゃなかったんだ」
その声は、
どこか寂しそうだった。
ミーゴロだけは、
相変わらず寝転がったまま。
「まぁ、悪かぁねぇなぁ〜って思ってたけどよ」
頭をぽりぽり掻く。
「魚がいねぇんだよなぁ」
みんなが振り向く。
「こんだけ広いのに、川もねぇし、
池もねぇ。なんの匂いもしねぇ」
そして、
ミーゴロは鼻を鳴らした。
「だから変だとは思ってた」
「えー、そこ!?」
サリーが思わず叫ぶ。
だがーー妙に説得力があった。
この世界には、
命の匂いが薄すぎる。
その時だった。
「ぴょん太!」
サリーが急に叫んだ。
「おでこ!ち、血が!」
サリーは慌てて駆け寄り、
ぺろっと傷を舐めようとする。
だが――
「やめろって!」
ぴょん太が顔を背けた。
「切った時、なんか飛んできたんだよ!」
すると。
もぞっ。
あの四つ目の生き物が動いた。
「……あ?」
次の瞬間、
生き物はぴょん太へ飛び乗り、
そのまま頭まで駆け上がった。
「うわっ!?」
ぴょん太が慌てる。
「なんだお前ぇ!?」
払い除けようとしたその時。
「待って!」
ミックが止めた。
「ちょっと、見てみろよ!」
四つ目の生き物は、
ぴょん太の頭へしがみつきながら、
小さく震えていた。
「ムゥームッ……
ムゥームッ……」
まるで、
呪文みたいな声。
いや、
泣いているようにも聞こえた。
生き物の身体が、
ほんのり温かく光り始める。
「な、なんだこれ……」
ぴょん太が固まる。
だが、生き物は動かない。
必死に、
ぴょん太の額へ身体を押し当て続ける。
「や、やめろぉ〜っ!」
ぴょん太が暴れる。
その拍子に、
四つ目の生き物は、
ぽとりと地面へ落ちた。
「……あっ」
動かない。
力尽きたみたいに、
小さく丸くなっている。
みんなが慌てて駆け寄る。
「息……してるよね?」
サリーがのぞき込む。
ミーゴロがお腹に耳を当て
「大丈夫だ。動いてる!よかった……」
だがその時。
「あれ?」
ミックが声を上げた。
ぴょん太の額......
さっきまで流れていた血が、
綺麗に消えていた。
傷そのものが、なくなっている。
「……え?」
ぴょん太が額を触る。
何もない。
サリーが目を丸くする。
「治ってる……」
ミーゴロが飛び起きた。
「なんだぁ!?
コイツ、魔法使えんのか!?」
その時だった。
ヒュゥルルン――。
ヒュヒュゥゥゥン――。
風が吹く。
だが、
その音は妙だった。
まるで、
笛でも、
機械でもない。
金属の隙間を、
風が無理やり通り抜けているような音。
世界そのものが、
軋んでいるみたいだった。
第五章 ――ムーム――
サリーたちは、
とうちゃんたちと合流していた。
灰色の大地の上を、風だけが流れていく。
いや――
もう、
それを“風”と呼んでいいのか、
誰にもわからなかった。
ウォォォン……。
ウォォォォン……。
地面の奥から、
低い機械音のような響きが続いている。
まるで、
巨大な何かが眠りながら呼吸しているみたいだった。
「どうしたんだ?何があったんだ?」
とうちゃんが尋ねる。
ミックは、花畑が消えたこと、
ぴょん太が花を切ったこと、
断面が金属だったことを、
できるだけ順番に説明した。
話しながらも、時々空を見上げてしまう。
あの空が、本物じゃない気がしてならなかった。
アウは翼をたたみながら、
「なるほど、なるほど」と何度も頷いている。
そして、
ゆっくり空を見上げた。
「わたくしは以前から、
少々妙だと思っていたのですが……」
みんなが振り返る。
「もし、この夜空が宇宙の一部であるなら、
星々はほんの少しずつでも動くはずなのです」
アウの瞳が、平べったい月を映す。
「ですが――まったく動いていない」
その言葉に、ミックも頷いた。
「雲も変なんだよ」
遠くの空を指差す。
「あの雲……
ずっと同じところにいる気がする」
サリーが耳を伏せる。
「……絵みたいってこと?」
誰もすぐには答えなかった。
ミーゴロだけが、
寝転がったまま大きな欠伸をする。
「もう俺は、何が起こっても大丈夫だぁ〜」
それが覚悟なのか、諦めなのか、
本人にもわかっていない顔だった。
「空なんかどうでもいいよ」
灰色の地面を軽く叩く。
コンコン。
乾いた音が返ってきた。
「地面がこんなになっちまってよ。
こんな場所じゃ、寝ることもできねぇよ」
その瞬間。
ウォォォォン――。
低い音が、
地面の奥で響いた。
みんなが黙る。
四つ目の生き物は、
ミーゴロの後ろへぴたりと隠れ、
小さく震えていた。
四つの瞳が、
忙しなく辺りを見回している。
「おいおい。
何がそんなに怖いんだよ?」
ミーゴロが振り返る。
だが、四つ目の生き物は答えない。
ただ、耳とも羽ともつかない柔らかい部分を、
ぺたりと伏せていた。
サリーが、
そっとしゃがみ込む。
「ねぇ君。ぼくたちの言葉、わかる?」
すると――
四つ目の生き物は、
小さく“コクリ”と頷いた。
「えっ……!」
ミックのしっぽが膨らむ。
アウは翼を大きく広げた。
「おぉ……!
わかるのですね!?」
その声には、珍しく興奮が混じっていた。
「つまり、
意思疎通の可能性があるということですぞ!」
その瞬間だった。
みんな、自然にとうちゃんを見る。
ボールは、とうちゃんたちへ投げられたのだ。
とうちゃんは、少し困ったように笑った。
「……そう言われてもなぁ」
アウは咳払いをする。
「皆さん。もし本気でムームと話したいのであれば、
諦めてはなりません」
羽先で、自分の胸を軽く叩いた。
「ココネを、最大まで試してみるのです」
ミックが、ぱっと顔を上げる。
「そうだ!そろそろ名前をつけようよ!」
「名前?」
「うん!いつまでも“四つ目”じゃ、
かわいそうだし、呼びにくいだろ?」
その言葉に、四つの瞳がぱちぱち瞬いた。
ぴょん太が腕を組む。
「名前かぁ……」
少し考えてから、ぽつりと言った。
「じゃあ、“ムーム”は?」
「ムーム?」
「俺の傷を治してくれた時、
“ムームッ”って言ってたろ?」
ミックがしゃがみ込み、
優しく尋ねる。
「君、ムームでどうかな?」
四つ目の生き物は、
飛び跳ねるみたいに身体を震わせた。
「わっ!?」
サリーが驚く。
だが、嫌がっているわけじゃない。
むしろ、喜んでいるみたいだった。
四つの瞳が、きらきらと光っている。
その様子を見て、
とうちゃんが微笑んだ。
「気に入ったみたいだな」
しばらくして、
ミックが思い出したように言う。
「そういえばさ、
とうちゃんが前にしっぽで包んだ時、
“ニゲテ キタ”って聞こえたよね」
「あぁ……」
とうちゃんが頷く。
するとアウが、背中の小袋をゴソゴソ探り始めた。
取り出したのは、古びた本だった。
表紙には、
『しっぽの使い方』と書かれている。
「もくもくさんから頂いた本ですぞ」
アウはページを開きながら続ける。
「ここに記されております」
そして、ゆっくり読み上げた。
「“相手のココネが見つからぬ時。
または通じぬ時は、その者へ直接しっぽで触れ、
祈るように心を合わせるべし”――」と。
みんなが黙る。
風の音だけが通り過ぎる。
ヒューンーーヒューンーー
アウは本を閉じた。
「ただし――かなり難しいでしょうな」
「難しい?」
「誰かの心が強すぎても、弱すぎても、
うまく繋がりません」
ミーゴロが、
なぜか拳を握る。
「うん!わかった!」
みんなが振り返る。
「俺のしっぽ短いけど……やるぞぉ!」
「なんでお前が一番やる気なんだよ」
ぴょん太が呆れる。
だが、少しだけ空気が和らいだ。
その時、ミックが手を打った。
「ねぇ!みんなしっぽをくっつけよう!」
「しっぽ?」
「輪になるんだよ!」
とうちゃん。
ミック。
サリー。
ミーゴロ。
ぴょん太。
そして、
アウは羽先を伸ばした。
みんな、そっと触れ合う。
サリーが数え始める。
「一本……
二本……
三本……」
だが途中で、首をかしげた。
「あれ?」
もう一度数える。
「……七本ある」
「え?」
みんなが一斉に見る。
そこには――
ムームの黒く細い手足のようなものが、
そっと輪へ混ざっていた。
「……あ」
ムームは、
少し恥ずかしそうに身体を丸める。
とうちゃんが、優しく笑った。
「ムームも、仲間に入りたいんだよな。
さ、こっちにおいで」と、
長いしっぽでムームを包み膝に乗せた。
ミックが嬉しそうに頷く。
「これなら、きっとうまくいくよ!」
みんな、静かに目を閉じた。
風の音。
遠い機械音。
冷たい地面。
それでも、
少しだけ温かかった。
しばらくして――
微かな声が、みんなの胸へ触れた。
(……ミンナ……アリガトウ……
ナマエ……アリガトウ……)
サリーの毛が、
ぶわっと逆立つ。
「き、聞こえた……!」
アウが、静かに尋ねた。
「ムーム。
君はどこから来たのです?
本当の名前は?」
長い沈黙。
それから。
(ボク……コノシタ……ウマレタ……)
みんなが、ゆっくり地面を見る。
灰色の大地。
冷たい床。
その下。
(ナマエ……863ゴウ……)
そこで、
ココネは途切れた。
ぴょん太が、
チラッと肘枕で横になっている、
ミーゴロを見て、
ガバッと起き上がる。
「お前ぇ!寝てたろ!」
ミーゴロも飛び起きる。
「寝てねぇよ!寝ながら念じてたんだよ!」
「いや!絶対寝てたね!」
「ーー」
「だから、寝てねぇ!!」
アウが慌てて割って入る。
「まぁまぁ!ムームも寝ていますし。
ですが、
ちゃんと通じましたぞ!」
羽をばたつかせながら、
興奮気味に続ける。
「皆さんも感じましたでしょう?
確かに繋がったのです!」
だが、その表情はすぐ曇った。
「しかし……
“この下で生まれた”というのは、
少々気になりますな……」
とうちゃんも、強張った顔で
静かに灰色の地面を見つめる。
ぴょん太が足ダンを繰り返す。
「この下はほとんど空洞だ......
気持ち悪りぃな。」
虚しい目をしながら言った。
その時だった。
グォォォォン――。
低い音。
地面が、微かに震えた。
ムームが、ビクッと身体を縮める。
「ん、どうした!?」
ぴょん太が叫ぶ。
次の瞬間。
ズンッ!!
灰色の大地が割れ、
大量の埃が吹き上がった。
ヴォォォォォン――!!
地面の奥から、
熱い風が吹き上がり、
何か巨大なものがせり上がってくる。
みんなが後ずさる。
そして現れたのは――
黒光りする、
巨大な鉄の塔だった。
第六章 ――悲しみの黒い塔――
黒い塔は、
音を止めていた。
いや――
止めているように見えるだけだった。
耳を澄ますと、
塔の奥深くから、
低い唸り声のような音が続いている。
ウォォォォン……。
ウォォォォォン……。
まるで、
巨大な何かが、
眠りながら呼吸しているみたいだった。
塔の周囲だけ、風の流れがおかしい。
草もない。
花もない。
音まで吸い込まれていく。
とうちゃんは、
静かにその塔を見上げていた。
黒い。
空よりも黒い。
なのに、
どこか濡れているような光沢があり、
生き物の皮膚みたいにも見えた。
「……何のための塔なんだろうな」
誰に向けるでもなく、
ぽつりと呟く。
ぴょん太は、もう我慢できなかった。
「行ってみる......」
そう言うと、
ためらいもなく、
一歩、
また一歩と塔へ近づいていく。
「ぴょん太!」
サリーが呼ぶ。でも止まらない。
ぴょん太は、そっと黒い壁へ触れた。
すると、耳がピクリと動く。
「……あれ?」
ゆっくり振り返った。
「冷たくない......」
みんなが顔を見合わせる。
ぴょん太は、少し不思議そうに笑った。
「むしろ……少し暖かい」
その時!。
ズ……。
ぴょん太の手が、
黒い壁へ沈み込んだ。
「え?」
次の瞬間。
ズズズゥッ――。
「うわっ!?」
ぴょん太の身体が、黒い霧へ溶けるみたいに、
塔の中へ吸い込まれていく。
「ぴょん太ぁ!!」
ミックが飛び出そうとする。
だが――
ぎゅっ。
しっぽが掴まれた。
振り返ると、ムームが震えていた。
四つの瞳を潤ませ、必死に首を横へ振っている。
「……ダメってこと?」
ムームは、さらに強くしっぽを握り締めた。
その小さな身体は、恐怖でガタガタ震えている。
サリーも飛び出そうとしたが、今度はそのしっぽまで掴まれる。
「ど、どうして!?」
ムームは答えない。
ただ、泣きそうな顔で、二人のしっぽを握り直す。
その瞬間だった。
ココネが流れ込んできた。
(ココ……ボクノ イエ……)
ミックとサリーが固まる。
(ドクター……トテモ コワイ……
ボク……モウスグ……シヌ……)
「し、死ぬ!?」
サリーの毛が逆立つ。
ミックも叫ぶ。
「ど、どうしてだよ!」
その時だった。
ウォォォォン――。
黒い塔が、低く唸り始めた。
さっきまでの静寂が、嘘みたいに崩れていく。
ウィィィン。
ウィィィィン。
乾いた風が吹き抜ける。
塔の根元が、
ゆっくり左右に開いていった。
まるで、巨大な口が開くみたいに。
中は暗い。底が見えない。
その闇の奥から、黒い影が現れた。
人間くらいの大きさ。
長い黒いコート。
深く被ったフード。
だが――
歩き方が妙だった。
足音が、まったくしない。
一定の速さで、操り人形のように。
ムームは、さらに激しく震え始めた。
「ムーム……?」
サリーが不安そうに見る。
ムームは、完全に怯え切っていた。
四つの瞳が、逃げ場を探すみたいに揺れている。
その時、アウがぴょこぴょこと前へ出た。
「はじめまして。
わたくしはアウと申します」
翼を軽く広げ、
礼儀正しく頭を下げる。
「あなた様は、どなたなのでしょう?」
黒い影は、静かに立ち止まった。
それから、低い声で答える。
「私か?」
少しの沈黙。
「私はドクター......フラック」
ヒュルヒュルーと風が吹く。
「863号の生みの親だ」
アウは、やはり――という顔をした。
「なるほど」
ムームを見つめる。
「やはり、この子はあなた様がお造りになったのですね」
ドクターフラックは、
感情のない声で答えた。
「そうだ、排他的戦闘用バイオメカノイド863号。
私が造った絶対的な兵器群の一体だ」
ミーゴロの耳がピクッと動く。
「……なんだよ、その名前」
低い声だった。
「武器みてぇじゃねぇか」
「そうだ、武器だ」
ドクターフラックは即答した。
「惑星規模殲滅能力を持つ、完全戦闘用生命体」
その言葉に、空気が凍った。
だが次の瞬間。
「ふざけんなっ!!」
ミーゴロが怒鳴った。みんなが振り向く。
ミーゴロは、ドクターフラックを睨みつけていた。
「さっきから聞いてりゃ、“これ”だの“兵器”だの!」
ムームを指差す。
「ちゃんと生きてるだろうが!」
声が震えている。
「怖がってる!泣いてる!
名前呼ばれて喜んでた!」
拳を握り締めた。
「だったら命じゃねぇのかよ!!」
風がミーゴロの頭の毛をなびかせて行く。
黒い塔は、低く唸り続けている。
ドクターフラックは、
しばらく黙っていた。
やがて、静かに言う。
「……だから失敗作なのだ」
その言葉に、みんなが息を呑む。
「863号は、恐怖を持った」
「優しさを覚えた」
「愛を知ろうとした」
「仲間を求めた」
「それは、
排他的戦闘用バイオメカノイドとして、
致命的欠陥なのだ」
ムームが、小さく震える。
ドクターフラックは続けた。
「このままでは、
863号は自己崩壊を始める」
とうちゃんが、
静かに尋ねる。
「……ムームが言っていた
“もうすぐ死ぬ”というのは?」
その答えは、
あまりにも冷たかった。
「細胞分裂停止」
「自己破壊装置起動」
「そして、ステーション全域への連鎖崩壊」
ドクターフラックは、
まるで天気を説明するみたいに言った。
「残るのは“無”だけだ」
「……えっ?」
サリーの声が震える。
アウが、ぶわっと羽を逆立てた。
「じゃ、じゃぁ〜!わたくしたち......
宇宙のチリになるということですかな!?」
「そうだ」
ドクターフラックは頷く。
「だから回収に来た」
そして、ムームへ手を伸ばした。
「863号。こっちへ来い」
ムームは俯いたまま、
ゆっくり歩き始める。
その背中が、小さく震えていた。
ヒック。
ヒック。
泣いていた。
その姿を見て、
ミーゴロが歯を食いしばる。
「待てよ……」
ドクターフラックが振り返る。
「お前……本当にそれでいいのか?」
「何がだ?」
「ムームは、こんなに怖がってんだぞ!」
ミーゴロの声が、塔へ響く。
「なんでそんな平気な顔してられるんだよ!」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、ドクターフラックは、
静かに肩を揺らせた。
「フ……」
「フ……ハァァ!!」
それは笑い声というより、
喉の奥から漏れる、
空虚な呼気のように聞こえた。
「非道だと?」
ゆっくり、
みんなに近づいてくる。
「我々は、宇宙の秩序を守っている」
「......」
「行き場のない魂を拾い集め、
恐怖も優しさも取り除き、
兵器として再生しているのだよ」
サリーが、小さく呟く。
「行き場のない……魂?」
ドクターフラックは、
静かに答えた。
「自ら命を閉じた者」
「戦争で砕けた命」
「飢え」
「病」
「事故」
「乱獲」
「愛によって見捨てられた命」
「宇宙には、生まれ変わることもなく、
居場所を失い、安らぎすら持てぬ魂が
粒子となって溢れている」
その声だけが、
冷たく響く。
「我々はそれをエネルギーへと
変化させ再利用しているのだよ」
誰も後の言葉が出なかった。
薄気味悪い風だけが吹いている。
ヒュー、ヒュルルー……
そして、ドクターフラックは、
ゆっくりフードへ手をかけた。
「見たいのだろう?」
フードが外れる。
ミーゴロが、息を呑む。
「うわぁっ……!」
そこにあったのは、
悪魔の顔ではなかった。
銀色だった。
丸く、無機質な頭部。
そこに、底のない
目が二つだけ穿たれている。
その目を見ていると、吸い込まれそうなのに、
何もかもを拒絶しているような、
氷よりも冷たい光があった。
表情はない。温度もない。
まるで、心そのものを、削り取られた存在だった。
ミーゴロは、尻もちをついたまま動けない。
サリーも覗き込んで……
「……わっ」と手で口をおさえる。
そして、ミーゴロの後ろに隠れた。
「ド、ドクターも魂を取られちゃったの?」
サリーはミーゴロの肩越しで聞いたが、
ドクターフラックは無言で、
静かにムームを抱き上げた。
その時だった。
ココネが、みんなに触れた。
とても小さい。
でも、
とても温かい声。
(ミンナ……アリガトウ……)
ムームの四つの瞳が、少しだけ笑う。
(ヤット……ココネ……キガアッタヨ……)
その言葉は、悲しいのに、
どこか嬉しそうだった。
(ボク……キボウ……シンジテル……)
黒い塔の闇が、ゆっくり二人を飲み込んでいく。
そして最後に――
(マタネ)
温かなココネだけが、
みんなの胸に、じんわり残り続けていた。
第七章 ――生きている――
太陽がない、なのに明るい。
山も川も海も森もない。
なのに風は吹く。
あるのは鋼鉄の大地だけ。
それが虚しい光を、
遥か彼方まで放っていた。
ぴょん太は黒い塔に、
取り込まれて出てきていない。
ムームもドクターフラックに、
連れて行かれたままだ。
「どうする?どうしたい?」
とうちゃんの自問と沈黙がながれた……
その時、アウが突然ミックの頭に
ちょこんと乗って、
「えーみなさま、ひとまず、
ここは休憩いたしましょう」
アウがリーダーのように言う。
「ちょ、ちょっと、なんで俺の頭なんだよ」
アウを追い払った。
「それは失礼いたしました」と、
今度はミーゴロの頭にちょこん。
「でありまして〜ぇ、
みなさまお腹がすきませんか?」とアウが聞いた。
「そう言えばずいぶん飲み食いしてねぇな」
思い出したかのように言うミーゴロだったが、
“ウザイ”とばかりにアウを追い払う。
そして今度は、サリーの頭にちょっこん。
「オッホン、たしか…とうちゃんさんの荷の中に
もくもくさんから頂いた、
水竹と木の実があると思うのですが……」
今度はサリーに追い払われる前に、
とうちゃんの頭にちょっこん。
それを見ていたみんなは……
「ぷ、うふ、あはははー」と
下を向いていた顔がパーっと明るくなった。
【これからの作戦会議】
ミーゴロがポツリと言った。
「ムームの奴“マタネ”って言っていたよな」
「……」
「それって……
また会いたいってことだろう」と
ミックは、何もない空を見上げた。
サリーは腰を落とし、
変な格好で後ろ足の爪を噛みながら、
「実はさ……この世界に来る前の、
あの家で、か細いココネが聞こえていたんだ」
ミーゴロが”そんな事あるかい”と
疑い深く......
「誰の?空耳じゃねぇのか?」
「いや、でもわからない、
ノイズがいっぱいあったし、
みんながさ……
でっかい声で騒いでいただろう?」
サリーは自信なさげに思い返す。
とうちゃんも記憶の糸を引き寄せて考えている。
「もし……もしもだ、
それがムームからの信号なら
世界……いや、異空間がひっくり返って、
時間と空間がねじれて、
あの家の、あのドアにつながっていた……
意図的に......とは考えられないか?」
また訳が分からないことを、
頭の上のアウに聞くとうちゃん。
アウはしばらく考えていたが、
「……ないとは言えませんなぁ、
生けるものは危機に陥ると、
意思とは関わらず、“助けて信号” を
出すものなのです」
アウは羽先でアゴをさすりながら言った。
「そ、それをサリーがキャッチして?……」
ミックが乗り出して、
「なになに、そんじゃ、サリーとムームが
時空をひん曲げてつながっちゃった……
ってことか?!」
ミーゴロがねむそうな顔で
「ナイナイ、そんなSFみてぇな話。
それより、助けに行こうぜ。
ぴょん太たち……今ごろ、何をされていることか……」
「もちろんさ、一刻の猶予もないけど、大丈夫」
ミックはなんか笑っている。
ミーゴロが少し不機嫌そうに言う。
「何、余裕ぶっこえているんだよぅ」
「あのね、うさぎの習性で
“足ダン“っていうのがあってさ」
ミックは得意げに言った。
サリーが”あぁ、あれかー”と、思い出した。
「ああ、緊張している時とか、
ぴょん太が時々やっているあれね?」
マネしてみるが、ぴょん太のようには鳴らない。
「あの“足ダン”で合図を作ったんだ」
ミックは鉄の地面に耳をつけた。
右手でOKサインを出した。
「ダンダンダンダン」と
4回ずつ鳴らしている。
「これは大丈夫だというサインだから……」
みんなも一斉に地面に耳をつけた。
「確かに……聞こえる……
こっちからの信号は、
どーやるんだ?こうか?」と
ミーゴロはどんどこどんと足踏みした。
「それでも届くかも知れないけどさ、
もっとシャープで音は高い方がいいみたい。
こんな風にね」と言いながら、
鉄の地面に爪で、
トントト、トンと叩くと、
ダンダダ、ダンと返ってきた。
「ほらね、ぴょん太は生きているよ」
「良かったー」とサリーがミックをだきしめた。
アウは「それでは、わたくしは、
黒い塔の上に行ってみましょう。」
パタパタと羽ばたき、
塔にぶつかりながら上昇する風に乗って、
あっという間に黒い塔の頂上で羽を畳んだ。
サリーとミーゴロは、
ムームが連れて行かれた、
入り口付近を探し。
ミックととうちゃんは、
入り口の真裏を探す。
ミックは軽く叩いてみるが、
何も起こらない。
とうちゃんは塔に、
手で触れてみる。
さすってみる。
しばらく考えて……
とうちゃんは気づいた……
「この塔はココネをエネルギーとして
吸い取っているのでは?」と、
つぶやいた。
それを聞いたミックは首を傾げて、
「なんで?」と聞く。
「うん?うん……これは鉄じゃない。
有機物で出来ているみたいだ」
ミックはますますわからなくなる。
とうちゃんは静かに言う。
「この壁をそっと触ってごらん」
ミックは壁をそっと触ってみると……
「うっわ、細い線がいっぱいある……
う、動いているよ」
「耳をつけて音を聞いて……」
とうちゃんは壁に耳をつけた。
「何か聞こえるだろう?」
「う、うん、聞こえる」
それは、心臓の音のように、
ドックンドックンという音だ。
とうちゃんは「これは線じゃなく、
細いパイプだ……血管?冷却用?」と言って、
そのまま横に動き出す。
ちょうどサリーとミーゴロも
この塔がただ物ではないと気づき、
塔の壁に耳をつけ、
音を探るように動き出していた。
「なんかぁ、眠くなってきたぞ」と
あくびをするミーゴロ。
「
というミックの声で我にかえる。
すでに、ミックは右手だけを残し、
塔の中にもぐり込んでいた。
とうちゃんは、ミックの手をつかんで、
懸命に引っ張り戻そうとするが、
間に合わず、
とうちゃんも塔の中に、
引きずり込まれてしまった。
――・――
その塔の壁は意外と厚く、そして
命の鼓動(ドックン、ドックン)が
心地良かった。
厚い塔の壁を抜け出ると、
そこにはサリーとミック、
ミーゴロにアウが、
ぴょん太もいた。
そして、驚いたのは、
風景がもくもくの森だったこと。
でも、おかしいのは、
他の動物たちが誰もいないこと。
鳥たちとの歌声に羽ばたきの音、
草花の声も聞こえない。
風は、かろうじて吹いているが、
まるで空調的な無臭無味の、
無機質で乾いた風だ。
木々に触ろうとすると
映写された物のように触れた感触がない。
サリーをはじめ仲間たちの目は、
悪い果実でも食べた時のように
自我を失っていた。
「!……ホログラム?これはホログラムだ!
みんな!目を覚ませ!これは偽物だ!
この塔は、ぼくらの大事な思い出を、
きっと、スキャンし、投影しているだけなんだ!」
とうちゃんは、一人一人の肩を揺らしながら、
「魂を渡してはダメだ!しっかりしろ!」と、
起こそうとした。
すると、ドクターフラックの声が響きわたった。
「なぜ、邪魔をするのだ!」
「邪魔?!誰も魂を渡すとは言ってないだろう!」と、
とうちゃんは強く叫んだ。
「こいつらは、今、感情の束縛を離れた究極の境地に、
立とうとしているのだよ」
・・・
「愛は何者も独占しようとし、エゴを生む。
愛ゆえに相手をも殺す。
また、異なる意見や外見が違うだけで、
その存在を排除し、抹殺が始まる。
どこの星でも......
やがて......その愛は正義となり、戦争が始まる......
それを守るために皆盲目状態になるのだよ」
「そんな簡単に決めつけないでほしい!。
目の前のこの子達は、助け合い、励まし合って、
あなたのところまで来たのですよ!」
とうちゃんは、ドクターフラックの、
あまりにも身勝手な言い分に怒りをぶつけた。
「そんなこと......そんなことはない。
助け合い、励まし合い?
そんなもの、生きるためには危険な考えだ。
その優しさは、弱さの裏返し。
そして裏切りを恐れる。
だから……感情の支配から解放するのだよ」
「……」
とうちゃんは、
「そうだ……ドクターフラックの言うとおり。
その側面があるのは認めよう
しかし、その側面は信頼と希望と安心で、
補おうとしている」
ドクターフラックは、尚もとうちゃんに尋ねる。
「ファハッハ、では、聞こう。
なぜ、絶滅させられた生き物がいるのか、
なぜ、無駄に殺し合いをしているのか、
そして、現在でも動物たちを追い詰め
住むところを奪い排除し続けるのか、
答えてくれ!」
「あなたの問いは建設的ではない。
わかりきったことをどうして聞くのですか?
あなたを見ていると哀しくて心が震えます。
まるで、暗く、深い海の底で、
あなたの心は溺れかけている。
いや、ちがう、涙だ……涙で溺れている……」
とうちゃんは感じた。
少し慌てたドクターフラック。
「な、涙だと?……
馬鹿なことを……涙など私にはないわ!
お前は魔術師か?
わ、私の何が見えると言うのだ。
ふざけたことを言うな!
私に、はそんなくだらないものは無かろう!」
「いや、ある!
そうやって慌てているのが証拠。
あなたは、おろかなものをたくさん見て
あなたは泣いて来た。
何もかも閉したまま、深い海の底で」
「……」
「だから、感情に支配されたものは
相手を攻撃する、全滅させようとする。
悪しき根源は感情なのだ。
感情は悲しみや憎悪の連鎖を生む。
その、感情を取り除いてやれば、
平安な世界になるのだよ」と、
同じようなことを言い続ける、ドクターフラック。
「そろそろ、姿を表せて、
ちゃんと話し合いませんか?」と、
とうちゃんは、ドクターフラックの目を見て話したかった。
しばらくして、奥の方の
闇のカーテンが開き、ゆっくりと、
ドクターフラックが現れた。
「ドクターフラック……ありがとう……」
とうちゃんは頭を下げた。
「どうして礼を言われなければならない?」
とうちゃんは何も言わず
頭をふった。
「……実は、ずっと考えていた事があります......」
「あなたは……人間……」と言いかけた時!
正気を取り戻したぴょん太が
とうちゃんの前に飛び出して……
「俺があばいてやるー」と、
不殺の剣を振り上げ、
ドクターフラックに切りかかった。
すると……
ドクターフラックは微動だもせず、
不殺の剣をよけた。
「え!この距離で切れない?」
ぴょん太はもう一度切りかかった。
ドクターフラックが避けたのではなく、
剣がドクターフラックを避けたのだった。
「おっ、お前、本当は……
生きているんじゃねぇのか?」と、
ぴょん太は確信したように叫んだ。
「なぜわかる。なぜそんなことが言える?」
ドクターフラックは不思議そうに聞く。
「俺のこの剣はな、不殺の剣といって、
生きているものは切れないように
魔法がかけられているんだよ!
だから、お前は生きている、機械じゃねぇ!」
ドクターフラックは笑うようにこう言った。
「フ、お前の剣筋はぶれていた。
あれでは、私を切る事はできん。
お前が下手なだけだ。
それが生きているという事にはならんわ」
ぴょん太が「な、何だとー」と
食ってかかろうとした時、
とうちゃんが、止めに入った。
「いいんだ、もう、
私にもわかった。
あなたが邪悪なものを見過ぎ、
それでも大事な魂を抱きながら、
生きていることが……」
「私は、宇宙に浮遊している魂を、
回収し、選別し、管理し、再利用する身。
生きているはずがない!」
すると、とうちゃんは、深呼吸をし、
静かに語りかける。
「実は私、ずーと、ココネで、
あなたに語りかけてきた。
そしたら、あなたもココネで返してきている。
ココネは、生きているもの同士の会話。
つまり、魂同士の気が合わなければ、
伝わり合わないのですよ。
あなたは……生きている」
とうちゃんは何かを感じていた。
それはドクターフラックの後悔か。
それとも、あってはならない、繋がっていくことへの
恐怖、守ってきた孤独、信じていた正義の揺らぎか。
「私にはこれ以上求めることなどないわ!
生きているという感覚は、
常に欲という魔物に支配される穢れだ。
私が必要とするもの......
あるとすれば……それは秩序だ。
汚れない完全な世界。
しかし......
ほんの一握りの都合と力で、
全てを巻き込み、破滅へと進むことを止めなくてはならない。
平穏と秩序を取り戻そうとしているだけだ」
ドクターフラックは懸命に心を閉ざそうとしていた。
と……
「おい、ドクターさんよ、
お前が考えている、やり方ってよ、
お前が一番きらいな少数の力をおおきな力で、
制圧するってことだろう?」と、
悪い夢から覚めたような顔でミーゴロが言った。
とうちゃんは戻ってきたミーゴロに少し頬を緩め、
大きく頷いた。
それに対し、ドクターフラックは、
気まずい空気を飲み込みなだら、
「そうだ!秩序を乱すものは、
抹殺せねばならなのだ!」と言う。
「おれさー、むずかしいことわかんねぇけど、
抹殺とか制圧とか言うけどよ、
勝手に戦い始めている奴らの周りにはよ、
貧しくて飯も食えねぇ、
祈るしかできねぇものも、
一緒に消しちまおうってことだろ?
それっていいのかよぉ?」
……ドクターフラックは黙った。
とうちゃんも考え込んだ。
そこに……
「あっれぇ〜!どうしてぇ?ー、
いきなり屋根が開くのですか?ー」
アウがあたふたしながら、バタバタと落ちてきた。
すると、ドクターフラックは、
片手をアウに向けると、
透明な箱?床?のようなものが出たらしく、
まるで止まり木に救われたように、
アウの動きは落ち着き、
静かに降りてきた。
思わず、とうちゃんとぴょん太、
それにミーゴロの声がまるで、ハモるように……
「ド、ドクター?!」と、叫んだ。
ドクターフラックは「はっ」とした。
「私が……あのフクロウを助けた?」
バカな。ありえない。この私が?
なぜだ。
いや、違う。
あの魂は傷つけられないのだ。
猛禽類の貴重な魂だから……
そうだ。
だからだ。
だから――
……なぜ、私は言い訳をしている?」
ドクターフラックは混乱の渦に飲み込まれて行く。
そこへ、アウがチョンチョンとやってきて、
「先ほどは何やら助けていただいたようで、
ありがとうございました。
わたくしは飛べても10メートル以下でございまして、
(滑空は得意なんですけどぉ)
あんな高いところから落ちたらコントロールできません」と、
礼を言った。
「何を言うか、研究素材の分際で!
礼など言われる筋合いは無いわ!」と
慌てるドクターフラック。
これはアウの作戦なのか。
「ドクターフラックさま、
お優しいところもあるんですね……」と言うと
ドクターフラックの銀色の丸い頭から、
蒸気のようなものが出てきた。
「あぁ、私が作り上げてきた……
感情のない世界が……ぁ、汚される」
そして、ドクターフラックの前でキョロキョロしながら、
そんなこと関係ないと言いたげな顔で。
「あのぉ、ムームはご一緒ではないのですか?」と、
質問を繰り返すアウ。
「863号のことか?
あれは、今、研究室のベッドで、
生命維持装置に繋がれ、眠っている。
今のところはな」と、
含みを持たせた言い方に……
腹を立てたミーゴロが、
「それはどういうことなんだよ。
元気になるのか?ならねぇのか?
どっちなんだよ!」
ドクターフラックに詰め寄った。
すると、その時……
小さなココネが聞こえた。
“ボクナラ ダイジョウブダヨ。
ドクタート ツナガッテイルカラ“と、
ドクターフラックは、驚いたように顔を上げ、
「そんな、バカな。
意思伝達はまだ出来ないはずだ!」と、
研究室へ駆け出した。
“ドクター アワテナイデ。
ボクハ イマ、コノ トウノ セイメイ
イジソウチニ ツナガッテ トウノ
イシデンタツ カイロデ オハナシ シテルノ“
とうちゃんのしっぽは黄色く点滅し始めている。
このココネを聞いたサリーもミックも、
何かの呪文が解けたように起き出してきて、
「今のムームの声だよね」と、サリー。
「どこにいるんだー」と、ミック。
「バカな!バカなぁ、
あやつは今、抜けがら状態のはずだ。
それなのに……なぜだ?」
ドクターフラックは膝をつく。
「命というやつは、時として念の方が、
強くなることがありますぞ」とアウが言った。
「念の暴走か、
止めなくては……」
立ち上がるドクターフラック。
とうちゃんがその前に立ちふさがって、
「ただ、みんなにまた会いたいだけですよ。
そうだよなー」と、ムームに呼びかけた。
……
“ウン、ソウダヨ マタ アイタカッタ。
ボク ハ コノトウ ニ ツナガッテイル、
コレガ ボク ノ セイメイ ヲ イジ シテイルノ、
ソシテ コノトウ ハ ドクター ノ シンゾウ デ、
マザー コンピュー……ター…… … “
「なっ、なんだって?
ということは……ドクターとムームは、
この塔に支配されているということ……で、
今、僕らは、その中にいる?ということ?」
ミックは首を傾げながら考える。
「待てよ……」
「山も海も森も無いのに、
風が吹いてたんだ」
「あの風……」
「この塔の呼吸だったんじゃねぇか?」
ぴょん太は確信した。
「ということは……
この塔そのものが生きてる?」
ミックは毛を逆立てた。
「そんな、のんきに考え込んでいる場合では無いみたいですぞ」
アウがムームのことを気遣った。
「私は研究室に行かなくては!」
ドクターフラックは、とうちゃんの手を払い除けて駆け出した。
「研究室はどこですかぁ」と、
みんながドクターフラックの後を追った。
闇が続く回り階段を上がると、
ガラス張りの部屋があり、
驚いたことにヒューマノイドが3体、
何か作業している。
ドクターフラックは、その部屋に入るが早いか、
内鍵をかけてしまった。
奥の手術台に何本もロボットアームが、
まるで大きな虫の足のように動いている。
そこに寝かされていたのはムームーだった。
ぴょん太とミックは、ガラスを叩きながら、
「ムーム、ムームゥゥ」と、叫んだ。
ムームは周りの計器の赤や緑の光に照らされ、
もう何色だかわからない。
でも……みんなの声に気付いたのか、
四つの目を嬉しそうに点滅させた。
そのまた奥にもう一台同じ手術台があり
その手術台にドクターフラックも上がった。
何やら慌ただしい様子。
「な、何が始まるの?」
サリーは不安そうにつぶやいた。
”アンドロゲン投与開始30パーセント!
人工筋肉検査、人工心臓および肺臓補強。
MCVやや減少、145flを上限!
メモリー交換準備完了。
ディスプレー投影、スーパーCPU交換。
AB共に良好。A記憶装置 ジェネレーターオープン。
……”
「何言っているのか、何やってるんだか、
さっぱりわかんねぇよー」
ミーゴロがガラスを両手で叩いた。
すると、骸骨のようなヒューマノイドが、
とうちゃん一行を睨みつけたかと思ったら、
誰一人として声が出せなくなった。
サリーは、口をパクパクさせて泣いている。
ミックとミーゴロは、もがきながら怒っている。
ぴょん太は背の剣を握りしめながら怒りで震えている。
アウはもくもくさんから貰った本を一生懸命解読している。
とうちゃんは黙って、ガラス越しの状況を見ている。
アウが気がついて......
「皆さん、ここからはココネで、
全てお話しいたしましょう」
「そうか、あのアンドロイドたちには、
わからないかもしれな」
そして、研究室を見つめていた、
とうちゃんが妙なことを言い出した。
「ドクターフラックとムームって、
本当は一つの存在なんじゃないかな。
どちらかが表の顔で、
どちらかが裏の顔なのかもしれない」
「そんなことないよ。性格もまったく違うし」
ミックがすぐに否定する。
「たとえば、表には暖かさや喜び、優しさ、悲しみや寂しさがあって、
裏には冷たさや裏切り、憎しみ、妬み、恨みがある。
感情には表と裏の二面性があるんだ。
その感情が分かれたことで、別々の存在になってしまい、
表の部分だけが排他的戦闘用バイオメカノイドに誤って移植された……。
そんなことは考えられないかな?」
とうちゃんは、少し自信なさそうに言った。
それを聞いていたアウが
「その推理は大変興味深いですな。
ドクターが慌ててムームの隣の、
手術台に上がったのも理解できます。
そして、あの二人はこの塔を、
心臓として共有している......?
なんとも悲しい話ですなぁ.......」と、
アウは大きくため息をついた。
サリーとミック、それにミーゴロとぴょん太は、
大人の話を一生懸命、
聞いていたけれど、
分かったような、わからないような、
大変なことが今起こっているということを
直感的に感じていた。
しばらくしてーー
一体のヒューマノイドが、とうちゃんのところに来て、
「お客様たちは、上の階へ.....」
移動することを頭を下げながら促すのだった。
ぴょん太が斬りかかろうとしたが、
とうちゃんが手の平をぴょん太に向け止めた。
抵抗したら、余計に傷つくだけだからだ。
「どこに連れていかれるの?」
不安そうにサリー.は、
とうちゃんのしっぽを握る。
「見たところ、
そんなに悪いことにはならないだろう。
とにかくついて行ってみよう」
とうちゃんは冷静だった。
みんな納得がいかないようだったが、
仕方なく、とうちゃん達の後について行く。
みんなが、ひとつにまとまると、
床がすっと上がって行くような気がした。
その時、ぼーっとしていたサリーが
下の方で風が吹く音が追いかけてくるような気がして、
耳を澄まし、目を凝らして身を乗り出し、
確かめようとする。
下をのぞき込みながら、「ねぇ、何か聞こえない?」と、
みんなに聞いた。
サリーは耳をぴくりと動かした。
どこかで聞いたことのある風の音、
懐かしい風の音だった。
ヒュルルンー、ヒュルルルンー
でも、どうして懐かしいのか思い出せない。
もっと聞きたい。確かめたい。
そう思った次の瞬間ーー
サリーは身をのりだしすぎ、
床から落ちてしまう。
「うわーっ、待ってぇぇぇー」と言うサリーの声が、
どんどんと小さくなって行く。
それにいち早く気づいたぴょん太が
「おい!止めろ。サリーが落ちたぁ!!」
そのぴょん太の声に反応するかのように、
ゴーォォと言う風の音を立て、
風が近づいてくる......
誰かの意志で動いたかのように吹き上がってきた。
風はみんなのところで止まり、
サリーはみんなの元に戻ってきた。
サリーもみんなも、
何が起こったのか理解できなかった。
ミックが疑り深く、とうちゃんに聞く。
「とうちゃん何かやったでしょう?
しっぽの力とか、ココネとか使って…...」
とうちゃんは驚きながら首を横に振った。
ただ、”サリーが無事でありますように”と、
願っていただけだった。
そうこうしているうちに目的の部屋に着いたようで、
黒い入口が開く。
そこは、下の方に研究室が見える場所だった。
ムームとドクターフラックが、
あの虫のように動いているロボットアームに囲まれて、
何かされているのが見える。
ふっと気がつけば、
ヒューマノイドは消えていて、
さっき、入ってきたドアも閉められ......
鍵がかかる「カチャッ」と言う音がした。
「ひ、ひでぇーな。閉じ込められたぜ、俺たち」
ミーゴロが叫び、猫パンチをくらわせたが、ビクともしない。
「チクショウー、やっぱり裏があったんだっ」
ぴょん太が拳を握りしめる。
アウは「状況判断が追いつきません」と、
羽をバタバタさせた。
すると、機械的で不気味な、
「ウォーン、 ウォーン」と言う音が聞こえ始める。
そして、ムームを見守る窓のシャッターが降りた……
ビビリまくるみんなは、
完全に閉じ込められたと、一塊になって、
座り込んだ。
そこに……
真っ暗になった室内にムームのココネが響く。
「サリー、サッキハ、ゴメン。
トウチャンノ、タスケテ、シンゴウ、.キコエタカラ.....」
「えーさっき、助けてくれたのムームだったの?
ありがとう......
ねー、この先、僕たちどうなるの?』
サリーは不安で胸が張り裂けそうだった。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ、シンパイシナイデ、
ボクタチハ ゼッタイニ マタ アエルカラ・・・」と。
ミックが「一体どう言うことなんだ?!」と言った途端!
ポッ、ポポポポッと明かりがついた。
でも、それは見たこともない計器とディスプレーだった。
「な、何だこれは!」とぴょん太がのけ反った。
アウは「これは……わたくし、思うに…計器ですな……」と
珍しそうにのぞきこむ。
みんなものぞき込んで、顔が計器類の反射で、
緑色になっている。
機械音はさらに大きくなって、
「ウォーン、 ウォーン、ギギギー」と言う音と共に、
「椅子が出ますのでシートベルトをおしめください」
と言う、アナンスが流れ……
「59.58.57……10.9.8」と言うカウントダウンが響く。
ミックは、何が起ころうとしているのか、
ただ、感覚的に大変なことが起こるんだと感じていた。
「何でもいいから、早く椅子の乗って!」焦った声で言う。
カウントダウンは更に進み......
ムームのココネが聞こえた。
「ミンナ ダイジョウブ、マタネ」と言うココネは優しかった。
でも、ミーゴロは珍しく青ざめている。
「ムーム、またねって、どこで会うんだよぉ」
ぴょん太は眉間にシワを寄せてながら......
「ムームなんだろう?この操作してるのー?」
そして......
「3.2.1.0」「ガガガー」「ドドドーッ」
「切り離し成功。自動操縦にてワープ航行」
とうちゃんが「き、切り離し?自動操縦?」
アウが「そうです。我々は宇宙に放り出されたようです」
一同「えぇぇぇーっ!」
とうちゃんは思った。
世界はまだ終わっていない。
ムームはまだ終わっていない。
フラックもまだ終わっていない。
しっぽたちの旅もまだ終わっていない。
誰も諦めていない。
みんな生きている。
――だから、まだ続けられる。
あとがき
最後まで『ぼくたちの しっぽの せかい ―風の章―』を読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語を書こうと思ったきっかけは、私が感じてきた「命」と「つながり」への思いでした。
野生動物の命が失われること。
災害や戦争によって多くの命が奪われること。
そして、人と人とが傷つけ合う世界。
そんな現実に触れるたび、私は「どうしてだろう」と考え続けてきました。
そして、もう一つ大きなきっかけになったのが、コロナ禍でした。
人と人が会えなくなり、助け合う機会が減り、多くの人が孤独を抱えるようになったように感じています。
その孤独を埋めるようにSNSへ人が集まり、ときには真偽の分からない情報が広がり、誹謗中傷が繰り返される光景を目にしました。
さらに近年、AIという新しい技術が急速に私たちの生活へ入り込んできました。
そして、考えることまで誰かに任せてしまったり、自分にとって都合のよい情報だけを受け入れてしまったり、
人と向き合うことが少なくなってしまうのではないか──そんな漠然とした不安を抱いていました。
その思いを込めて書いたのが「風の章」です。
ドクターフラックは、自分が正しいと信じて行動しています。
しかし、その正義は、人の心や多様な価値観に耳を傾けることなく、自分だけの答えを押し進めてしまう「孤独な正義」でもあります。
一方で、少し的外れに見えるミーゴロが本質を突く言葉を口にしたり、のんびりしたアウが場の空気を和らげたりします。
サリーの優しさ、ミックのまっすぐさ、とうちゃんの静かな強さ、ぴょん太の勇気。
誰か一人が正しいのではなく、それぞれが違うからこそ、お互いを支え合えるのだと私は思っています。
そして、この物語の最後でムームがみんなを脱出ポッドに乗せ、新しい世界へ送り出したのは、「逃げる」ためではありません。
本当のことを知るための旅に出るためです。
自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で考える。
そして、自分とは違う考えを持つ人とも向き合いながら、ともに生きていく。
私は、それが「ココネ」でつながるということなのだと思っています。
この物語が、命について、人とのつながりについて、そして自分自身で考えることについて、ほんの少しでも立ち止まるきっかけになれば、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
皆さんの後ろにも前にも温かい風が吹きますように......
ちょ、ちょっと待ってー。
終わらないでー。
あのね、ぼく、どうしても
ここに書き残してほしいことがあるの。
これまでの旅でね、
いろんなことがあったでしょう?
心の魔物に出会ったり、
クマのエンちゃんと出会って、
「命って何だろう」って考えたり。
どうして、みんな自分が正しいと思うと、
ケンカや戦争になっちゃうんだろうって、
考えたりもしたよね。
でもね……
ぼくたちだけで世界を変えることは、
きっとできないと思うんだ。
だけどね、
一つだけ分かったことがあるの。
それは、
あきらめないこと。
無駄だって思われても、
何度でも無駄だと思うことをすること。
その「無駄」の中に、
誰かの心へ届くものがあるんじゃないかなって、
ぼくは思うんだ。
たとえ願いがすぐに叶わなくても、
ぼくが、ぼくらしく生きていれば、
その思いは、きっと誰かにつながっていく。
そう信じてる。
それだけを伝えたかったの。
じゃあ、みんな……またね。
もし、風が吹いてカーテンが揺れたら、
ぼくたちかもしれないよ (^^
サリーでした。
しまむら じょう




