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星の解読者  作者: 恒星
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準備

輝石の儀までの一ヶ月、私は前世のことなんて考える隙もないくらいに忙しい日々を送った。


まず、十歳の誕生日というのは貴族にとって大きな意味を持つ。輝石の儀を行うのは魔法の属性を調べるためだが、魔法が使えることは貴族の第一条件だ。魔力の有無は魔法具で調べられるし、家で調べてから儀式を行うのだが、教会で正式に認められることは貴族としての第一歩になる。


ちなみに、逆が然りのように貴族に生まれても稀に魔力を持たない子がいる。そういう子は十歳までに平民の家に養子に出される。逆に、平民の子が貴族に迎えられることもある。


昼に輝石の儀を終えたあと開かれる十歳の誕生日パーティーは成人に次ぐくらいに規模の大きなものになる。今までは親戚や両親の仲のいい友人しか招かなかったが(それでも公爵家ともなれば百人以上が集まる)、今回は帝国中の貴族に招待状を送る。


そんなわけで、母の気合いの入りようといったら凄かった。母と仕立屋や宝石商の話し合いに参加する傍ら、アルプとクラヴサンを指が擦り切れるくらいに練習した。アルプは前世でいうハープ、クラヴサンはピアノに似た楽器だ。どちらも貴族令嬢の嗜みとしてメジャーな楽器で、十歳の誕生日に皆の前で披露するのだ。私が披露する予定の楽譜は既に練習し終わっていたが、会場が皇宮になるという話を聞いて家庭教師が俄然張り切ってしまいもう一段高度な曲に変えることになった。全て例の断罪回避運動の一環で私が口ずさんだ前世の曲なのだが、こればかりは失敗だった。私を音楽の天才だと思った家庭教師からのハードルが上がってしまい、おかげで普段の練習がとても大変なのだ。


「つ、つかれた…」


ドレスの採寸を終えた後、私は温室で束の間の休息を取っていた。しばらくぼーっとした後、そのままごろんと芝生の上で横になる。母に見つかればはしたないと言われてしまうだろうが、今母はドレスの生地や刺繍について話し合っているはずだ。


久しぶりの穏やかな時間だ。最近は体はもちろん、心も休まる暇がなかった。微睡みつつ、何をするでもなく空を眺める。


「わっ!」

「ぎゃっ!!…カシ兄様!!」


突然視界に入ってきた顔に乙女らしからぬ悲鳴を上げてしまった私は犯人を睨んだ。犯人───私の兄であるカシエルは愉快そうに笑っている。三歳年上のカシエルは両親や長男とは違ってよくいえば活発、悪くいえばヤンチャで、アカデミーでは騎士コースを取る予定だと言っていた。


「もう、やめてください!」

「忙しそうな妹を労わってやろうと思って」

「結構です。お引取りください」

「冷たいなぁリリィ。お兄様は悲しいよ」


カシエルはわざとらしく悲しげにため息を吐いた後、起き上がった私の隣に座った。


「僕も十歳の誕生日は大変だったよ」

「あら、兄様より兄様の家庭教師の方が大変だったと思うけど?」


稽古から逃げ回るカシ兄様を追いかけ回すのに。

言外にそう言うと、カシエルは苦い顔をした。三年前、カシエルは最終的に母に大目玉を食らったのだ。私は母が怒るところを初めて見た。以降、カシエルが座学から逃げ出す頻度は格段に減った。それでも大の苦手である音楽はよくサボってるけれど。


「それにしてもリリィがもう輝石の儀を迎えるなんてな。こーんなに小さかったのに」

「お母様も同じことを仰ってたわ。それにわたくし、カシ兄様とは三歳しか違わないのよ」


十三歳なんてまだまだ子供だ。私があの黒歴史物語を書いていた時とちょうど同じくらいだし。

と、余計なことを思いついて内心悶えている私の頭をカシエルが撫でる。いつもは乱雑に頭を掻き回されるのに、今日はなぜか優しかった。


「リリィは特別小さく生まれたから心配だったんだよ、みんな」


赤ちゃんだった頃の記憶は前世のことより曖昧だ。なにせほとんど見えないし聞こえないし、自分の身に何が起こったのかわからず混乱していた。自覚はないが、生きるか死ぬかの瀬戸際をさまよったこともあるらしい。


だから、兄たちとちゃんと交流するようになったのは一歳になってからだった。その時カシエルはまだ四歳で、前世で大人だった時の意識が強かった私からすると本当に幼い子供だった。


『僕が騎士になってリリィを守る!』


そう言って、小さな体で得意げに胸を張るカシエルは可愛くてしょうがなかった。けれど、頼もしくもあった。両親だけでなく、兄にも歓迎されて生まれたという実感が湧いたから。


どうして私が転生したのかわからなかった。死んだ記憶がないということは、私は一時的に眠っているだけでまた戻れるかもしれない。前世で私は幸せだった。公爵家の足元にも及ばない小さな普通の家だったけれど、同じくらい温かかった。戻るために死のうか迷ったこともある。


未だに理由はわからないままだが、考えは変わった。私が死ぬと悲しむ人がいる。


「兄様は時々頼りになるわ」

「時々ってなんだよ」

「セラ兄様はいつも頼りになるけれど」

「兄上はお前にだけ優しいからな」


カシエルの方へ倒れ込むと、カシエルは危なげなく私を受け止めた。そのまま抱きつくと「もう十歳なのにいつまでも甘えただな」と言いつつ腕を回してくれる。


この幸せが続けばいいと思った。星属性の魔法は厄災を招く者を消す魔法。悪役令嬢リリアネヴィラは世界の破滅を招く魔女。そう決めたのは、皮肉なことに紛れもなく私自身だった。


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