黒歴史の記憶
昨夜、うっかり感情に任せて叫んだせいで外に控えていたメイドが飛んできてちょっとした騒ぎになった。すわ襲撃かと執事や騎士も集まってきて更に黒歴史が更新されてしまった。
昨夜の顛末を聞いたのであろう両親と二番目の兄からの視線を感じる居心地の悪い朝食を終えた私はさっさと自分の部屋に引きこもった。前世の実家のリビングルームの二倍以上はあるだろう部屋も、十年も使えばすっかり慣れてしまった。
「ローラ、悪いけれど外に控えてくれる?少しひとりになりたいの」
「お嬢様…」
ローラは若いけれど私が幼い時から公爵家にいるメイドだ。両親やメイド長からの信頼も厚く、私もとても好ましく思っている。ただひとつ、彼女の悪癖を除いて。
「ついに想い人が出来たのですね!」
「違う!」
そう言うと思った!
ローラは小麦色の髪を纏め、聡明そうな青い瞳を持った清楚な見た目の少女なのだが、人の恋愛に目がない。あまり表情が変わらないので付き合いの浅い人からは無愛想と捉えられがちなのだが、私にはわかる。彼女は今すごく楽しんでる。
「いいえ、お嬢様。私には隠さなくていいのですよ」
「違うと言ってるでしょ!なにをどうしてそう思うのよ!」
「アンナから昨日の騒動を聞きました。恋する乙女にはいきなり暴れたくなる時もあるのです」
黒歴史を思い出した時もね!
そう叫びたいのを堪えて手を振ると、ローラは名残惜しそうに出て行った。
それを横目に私は紙とガラスペンを取り出した。ガラスペンは私が作らせたもので、美しい見目と使いやすさから令嬢を中心に売れているそうだ。
どうしてそんなことをしているかというと、処刑や没落ルートを回避するためだ。とはいっても私は前世でただの一般人に過ぎなかったので知識チートは諦めて、せこせこと好感度集めに勤しんでいる。家族や使用人だけでなく領地の民にも心を配り、自分で言うのもアレだけど美しい容姿も相まって人気は高いはずだ。そして幸か不幸か、私はやはり悪役令嬢に生まれ変わっていた。
『星の解読者リリア』
私はそこまで書くと一息ついてペンを置いた。これだけでもとんでもない重労働だ。だって考えてもみてほしい、中学二年生の時にこっそりノートに書いていたロマンス小説のタイトルを書き出しているのだ。訓練された殺し屋でもそれだけはやめてくれと泣き叫び知ってる情報を全て吐くくらいの拷問だ。
けれど仕方がない。私は諦めるわけにはいかないのだ。なぜなら、私はそのロマンス小説の悪役令嬢になってしまったのだから。
舞台はルミナ帝国。ある日、帝国の端にある下町で暮らしていたリリアに魔力があることが発覚する。魔力を持つ者は、平民であっても帝都にある王立星魔法学院に無償で入学することができる。田舎から出たことがなかったリリアは胸を躍らせ帝都に飛び出した。アカデミーに入学したリリアは様々な事件に巻き込まれていく。
というのがあらすじだ。なにが悲しくて中学生の時の黒歴史を必死で思い出さないといけないんだ。
しかも、昨夜から考え続けているのに大した収穫がなかった。なにせ前世での私はとっくに大人だったし、転生してから十年経っているのだ。細かい設定を思い出せるはずがない。それに皇太子とヒロインの恋愛が見たくて書き始めた小説なので、背伸びして頑張って書いたキスシーンなんかは思い出せてもその他の記憶は曖昧だ。そんなもの思い出してもただ私が重症を負うだけだというのに。
昼食を食べ終えた私は午前中に続き部屋に篭ろうとしたが、母に誘われて温室でおやつを食べることになった。私はお茶を飲みつつ母の顔を眺めた。母の名前はエニレルファ。薄い桃色の髪と紫色の瞳の母はいつも温和な笑みを浮かべている。
「どうしたの?リリィ。そんなにわたくしのことを見つめて」
「なんでもないわ、お母様。ただ、お母様は何年経ってもお綺麗だと思って」
「あら、ふふ、お父様のようなことを言うのね」
不思議な気分だ。前世の私は当然、悪役令嬢の母親のことなんて考えていなかった。私が作った世界で私の知らないキャラクターがこんなにも精巧に動いている。まぁもし私が作ったキャラに囲まれたなら、頭を抱えて叫び出したい衝動を抑え込まないとならないだろうから、今の私にとってはありがたいことだ。
「リリィはすごく大きくなったわね。あんなに小さかった子が輝石の儀を迎えるなんて」
…ここ、本当に私が作った物語の世界だよね?
頭の中で自問した。私が作っていない儀式まで登場してしまったので。




