第三十話:闇に舞う白刃、佐々木兄弟の加勢
『梅の屋:騒動記』
第三十話:闇に舞う白刃、佐々木兄弟の加勢
鴻池の北蔵を囲む闇は、予想を遥かに上回る賊の軍勢に支配されていた。
下級武士と浪人の連合、その数およそ五十。対する源之丞、剛蔵、弦一郎、そして辰三が連れてきた曲者たちは、数に押され、防戦一方となっていた。
「……くっ、これほど集まっていようとは! 剛蔵殿、正面を死守してくれ!」
源之丞が十手で浪人の太刀を弾き飛ばすが、次から次へと影が這い寄ってくる。
その時、蔵の屋根から、音もなく一人の若者が舞い降りた。
漆黒の装束に身を包み、鋭い眼光を放つその男は、佐々木兵馬の弟・**数馬**である。
彼は密偵としての過酷な教育を受け、大坂の闇を監視する役目を担う麒麟児であった。
「……源之丞さん、遅くなりました。兄もおっつけ参ります」
数馬の声は氷のように冷たく、だが戦場に響き渡った。
彼は抜刀するやいなや、驚異的な身のこなしで賊の包囲網へと突っ込んだ。その剣筋は、正規の剣術とは一線を画す。闇に潜み、一撃で急所を断つ、実戦特有の「殺しの技」であった。
「な、なんだこのガキは! 構うな、斬れ!」
浪人たちが数馬に襲いかかるが、数馬は影のように彼らの間をすり抜け、三人、四人と一瞬で石畳に這わせた。
そこへ、さらに威勢のいい声が響き渡った。
「おーい、源之丞! 弟に先を越されちまったが、こっちも着いたぜ!」
遅れて駆けつけたのは、源之丞の相棒・佐々木兵馬であった。
兵馬は西町奉領所の精鋭を数名引き連れ、提灯を掲げて反対側から賊を挟み撃ちにする。
「……数馬! 暴れすぎるなよ、俺の手柄がなくなるだろうが!」
「……兄上こそ、足元がお留守ですよ」
兵馬と数馬。
陽気な兄と、冷徹な弟。
佐々木兄弟の阿吽の呼吸による加勢により、圧倒的だった賊の勢力は瞬く間に瓦解していった。
剛蔵が長刀で最後の一人を叩き伏せ、ようやく鴻池の蔵に静寂が戻った。
蔵の扉には、傷一つついていない。
源之丞は肩で息をしながら、刀を収める数馬に向き直った。
「……助かった、数馬殿。そして兵馬も」
「礼なら数馬に言ってやってくれ。こいつ、密偵の教育を受けてからってもの、俺の言うことすら聞きゃしねぇんだからな」
兵馬が笑いながら弟の肩を叩くが、数馬はそれを無表情にかわした。
「……源之丞さん。私はただ、梅子さんの『出汁』を静かに飲みたいだけです。……こんな野良犬どもに、街を騒がせておくわけにはいかない」
夜明け前、佐々木兄弟を伴った源之丞たちは、守り抜いた蔵を背に、「梅の屋」へと歩みを進めるのであった。
【本日のお献立:激闘後の「勝利」膳】
一番出汁の熱々うどん(梅干し添え): 数馬のリクエスト。冷徹な戦いを見せた彼が、この汁を飲む時だけはわずかに表情を緩める。
厚切り豚の生姜焼き: 体力を使い果たした兵馬と剛蔵のための、力強い一品。
(梅子の独白): 「……数馬さん、またそんな格好して。兵馬さんも、弟さんを危ない目にあわせんといて。……でも、二人おったら、大坂の夜は一番安全やね」




