第二十七話:天満の再会、八百八橋の守り人
『梅の屋:騒動記』
第二十七話:天満の再会、八百八橋の守り人
源之丞の傷が癒え、ようやく西町奉行所への本格的な復帰が決まった頃。源之丞は、命の恩人である医官・曲直瀬弦一郎を伴って、北組一番組の屯所(小屋)を訪ねた。
「……荒木殿。此度は、私の治療にあたってくれた曲直瀬先生を紹介したく参った」
「おお、源之丞か! 傷はもう良いのか」
一番組の頭・荒木剛蔵が、火消し装束のまま豪快に出迎えた。
剛蔵は、弦一郎の白く細い指先と、涼やかな顔立ちをまじまじと見つめ、熊のような手で自分の後頭部を掻いた。
「……ほう、これが噂の曲直瀬流の若先生か。俺たち火消しは、火傷や怪我が絶えねぇ。……先生、この荒くれどもを、その綺麗な指で治してやってくれねぇか」
弦一郎は微笑み、優雅に一礼した。
「……荒木殿、お任せください。火を鎮めるのが貴殿の務めなら、その火に焼かれた者を救うのが私の務め。……以後、よしなに」
剛蔵は弦一郎の肝の座った態度を気に入り、その場で「一番組の掛かり付け」として彼を迎え入れることを決めた。これによって、弦一郎もまた、大坂の「現場」に深く関わることになったのである。
数日後。
源之丞の完全回復を祝い、三人は天満の賑やかな店で顔を合わせることになった。
場所は天満宮に近い、川風の心地よい料理屋。
「……いやぁ、源之丞。お前が生き残ってくれたおかげで、大坂の空も少しは澄んだ気がするぜ」
剛蔵が、大きな盃を煽る。
「……荒木殿、そして弦一郎先生。お二人の助けがなければ、私は今頃東横堀に沈んでいました。……感謝いたします」
源之丞が深々と頭を下げる。そこへ、弦一郎が静かに言葉を添えた。
「吉本殿。あなたが守ったのは法だけではありません。……『梅の屋』のあの温かな灯。それこそが、この街の宝だと、私は治療を通じて知りました」
三人が大坂の行く末を語り合っていると、座敷の襖が勢いよく開いた。
「……見つけたで、源之丞さん! 先生も!」
そこには、天満へ買い出しに来ていた梅子と竹子が、息を切らして立っていた。
竹子は、弦一郎の姿を見るなり、持っていた買い物籠を落としそうになりながら、再び顔を真っ赤にしている。
「……竹子殿。相変わらずお元気そうで」
弦一郎の爽やかな挨拶に、竹子は「は、はいっ! 出汁、引いてきますっ!(ここは天満の店なのに)」と、見当違いな返事をして周囲を笑わせた。
剛蔵がその様子を見て、源之丞の肩を叩く。
「……がっはっは! 源之丞、お前の周りは、火事場より賑やかだな。……だが、それでいい。俺たちが守るのは、この笑い声だ」
天満の夜空に、一番太鼓の音が響く。
同心、火消し、そして医師。
大坂の八百八橋を支える新たな「三本の矢」が、ここに固く結ばれた。
【本日のお献立:天満の再会・祝いの膳】
天満名物・鱧の皮の酢の物: 梅子が「先生の疲れが取れるように」と、天満の市場で一番良いものを目利きして差し入れたもの。
寒鮒の甘露煮: 剛蔵の好物。骨まで柔らかく、酒の肴に最適。
(梅子の独白): 「……源之丞さんに荒木さん、それに弦一郎先生。……この三人がおったら、大坂に怖いもんなんて何もないわ。……あ、でも竹子姉ちゃんの暴走だけは、誰も止められへんみたいやね」
【後書き:時代考証】
天満:
大坂天満宮を中心とした、青物市場(天満青物市場)や芝居小屋が集まる大坂随一の活気あるエリア。町奉行所からも近く、役人や商人の交流の場となっていました。
火消しと医師の提携:
江戸時代、町火消は常に危険と隣り合わせであり、優秀な外科・接骨の医師との繋がりは死活問題でした。公式な医官である曲直瀬流が、民間の火消しを診ることは、異例ながらも非常に心強い助けとなりました。




